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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
66/108

第二十三話 ニッチ


 ▶


 重い瞼を少し持ちあげると、ぼんやりとした視界に……俺を見つめる蒼い瞳が映る。

 早く起きてっ、散歩に行こう、と期待して待つ真白の瞳だろう……

 朝の散歩は随分してなかったものな。

 俺はゆっくり手を伸ばし、その頭を撫でる。


「……な゛っ」

 ……変な鳴き声だな、どうしたんだろう。

 いきなりで驚かせた?ごめんな、俺はやさしくその毛並みにそって頭を撫でる。

 あれ?真白ってこんなに長毛だったかな……あれ?真白は俺の一部であれ?


「…………」

 目を開くと……顔を真っ赤にして押し黙った金髪に蒼い瞳の少女がそこに居た。



「ご、ごめんっ、寝ぼけてちょっと勘違いしちゃったみたい」


「……もしかして……ティノだと思ったの?」

 俺はその問い掛けにぶんぶん首を振る。

「……じゃぁ……もう一人のアンジェってこ?」

 俺は続けて頭首を振った。


「えっと、こ、仔犬と勘違いしちゃって……」

「!……そ、そう……それなら……しょうがないか」

 あれ?怒るかと思ったけどいいみたい……真っ赤な顔を反らして俯いちゃったどうしよ。



「あっ、起きた?」

「大丈夫?ヌィ」

 共に駆け寄るティノとアンジェ。それに気づきルーシーはすっと脇に避けた。

 俺はアンジェに手を貸してもらいながら半身を起こす。


「大丈夫だけどえっと……」

 辺りを見渡す……あぁティノの師匠、ガードナーさんに稽古をつけて貰っていた場所だ。


「ヌィ凄かったよ、師匠の攻撃が当たらないんだもんっ」

「でもおれからは攻撃することさえできなかったよ」

 ティノは嬉しそうに語るが、俺はガードナーさんとのその実力差に少し打ちのめされた。

 これが稽古でティノの師匠だから良かったものの、この世界にはガードナーさんと同等、それ以上の強さを持った者もいるのだろう。もしそんな相手と敵対することになったら、俺はアンジェ、ティノ、みんなを守れない……



「うむ、リードらがティノを任せたのにも納得した」

「け、稽古をつけてくれてありがとうございます」

「うむ、儂も久しぶりに楽しめた」

 何か満足げなガードナーさんに礼を述べる。

 俺があれだけ必死だったのに全然疲労した様子もないんだもんなぁ。


「師匠っ!もうひと稽古してっ!」

「あぁ良いぞ、躰も暖まってこのまま終わりにするのは惜しい気がしていたところだ」

 うん、この二人の体力に追いつくのは大変そうだ……




「あっ、ヌィが休んでる間に星の結晶のことはガードナーさんに聴いといたよ」

「ぉお、ありがとアンジェ」

 ガードナーさんに逢いに来た目的をすっかり忘れていたが、アンジェがしっかりしてくれていてよかった。

 探索はシャーロット達とも話してから、明日にでも向かってはどうかということに。


 ガードナーさんとの稽古を楽しむティノを残し、俺とアンジェは宿へと戻った。



 ▶▶|



「ア、アンジェ……、ヌィ……ごめんね……」

 ティノは力を振り絞ろうとするが……横たわったまま辛そうに顔を歪める。

「いいよ、ティノ……そのまま横になっていて」

 アンジェは心配そうに声を掛けいたわる。


「おれが昨日のうちに気づけていれば…………こんなにはならなかったろうに……」

 そう、ティノはあれから日が暮れるまでガードナーさんとの稽古を続け、今朝は全身を襲う筋肉痛に苦しんでいた。

 俺自身は魔法でアイシングしていたので問題ない……ティノには申し訳ないことをした。

 俺も昨日は疲れてティノが宿へ戻る前に爆睡してしまい、ティノにアイシングしてやることができなかったから。



「まぁ昨日あれだけ躰を動かしたらこうなるって普通はわかると思うんだけど」

 ジトっとした蒼い瞳からの視線がティノに向けられる。


「ルーシー……みんなを頼む……ね……」

「ごめんね案内をお願いしちゃって、ありがとう」

「ありがとうルーシー、助かるよ」

「べ、別にこれくらいどうってことないし」

 昨日の時点でこうなると察したルーシーがティノの代わりを勤めてくれるという、シャーロット達も含め、今日は6人での探索となった。



 ▶▶|


 様々な木々と草花が生い茂り、緑が視界を埋め、さわやかな香りと綺麗な空気が満たす。


「目的地って植物園だったの?」

 星の結晶探索の為、ルーシーの後に続いて到着したのは植物園。

「あれ?そうなの?」

 話を聴いているはずのアンジェも首を傾げるが、ルーシーはさして気にした様子もなく先へと進む。


「入口はいくつかあってね」

 植物園の中心付近だろう、そこに現れた外壁ではないであろう石壁の前に立ち止まる。

「一番近いのがここ」

 石壁の中央にある雨宿りくらいできそうな大きな窪み。踏み込んだルーシーの姿が壁の隙間へと消えた。少し戸惑いながらも後に続くと、そこは石壁に囲まれた小さな部屋。更には地下へと下る階段へと続いていた。



「奮発して買った魔道具の灯りが早速役にたったわね」

 先頭のルーシーとちょっとうれしそうなシャーロットの灯りを頼りに地下通路を進む。


「なんか月の神殿のダンジョンや洞窟とは少し雰囲気が違うね」

 アンジェが少し不安げにそんな言葉を零す。

 地下通路は広さこそ十分だけど左右上下に蛇行していて見通しが悪い。壁は土壁だが、ところどころに大きな石が混ざり、太い樹木の根が複雑に絡らんでいる。大丈夫だとは思うけど、崩れるのではという不安感はぬぐえない。


「何かの巣みたいっすね」

 カプリスに白い目が向けられる。

「でもまぁ当たりかな、ここには元々ダンジョンだったんだろうけど、今通っている地下通路は崩れた後に巣食ったヤツが作ったモノだよ」

「噂をすればかな……」

 ルーシーの言葉を聞いていたように、ソイツが暗闇の奥から姿を現した。



 左右に分かれた巨大で肉厚な湾曲した顎、それは地を掘り、肉を裂く為にあるのだろう、牛くらいの家畜ならば容易に仕留められそうだ。

 巨大で平たい頭と体は頑強そうな黄褐色の甲殻で覆われている。

 節のある太い6本の脚、特に突起のあるその前腕は凶悪に見え、顎同様に地を掘り、獲物を捕らえる為にも使われるのだろう。


 ソイツはケラやアリにも似た巨大な甲虫だった。


「アンケグ、ここに巣食うヤツラの一種、どうする?」

 ルーシーの言葉と同時にシャーロット達がアンケグの前へ出る。


「ここは私たちに譲って貰ってもいいかしら」

「様々な獲物を狩って自分を鍛えるのがアタシ達の旅の目的っす」

「ええ、新しい武器の斬れ味も確かめたいですからね」


「わかった」

「無茶はしないでね」

 俺とアンジェは後ろに下がり、ルーシーも3人を見守る様に一歩引いた。



 カプリスがボーガンを構え、戦闘開始の引き金を引く。

「くっ……済まないっす」

 放たれたボルトはアンケグの胴を掠め、上方へと逸れた。

 カプリスが後退し、振り上げられたアンケグの爪をクロエが湾曲した長剣で受け流す。


「はっ!!」

 Gyyyeeeehh!!

 シャーロットが合間を潜りアンケグの右眼を突く、ダメージを与え怯ませるが、その視界を奪うまでには至っていないだろう。


「次は外さな……っ」

 Gyeeeh……

 カプリスが撃った二撃目、ボルトはアンケグの背に当たるが頑強な甲殻に弾かれる。


「どうしましたカプリス、腕が落ちましたか?」

 アンケグの顎、爪での連続攻撃を長剣で止めるクロエ、だが、その長剣から銀色の欠片が零れる……攻撃を受けた止めた刃先が欠けてしまったようだ。

「ぐっ、これはっ……」


「クロエ下がってっ」

『暴風 プロケッラ』

 クロエの後退に合わせシャーロットが魔法剣を放つ、だが、吹き荒れた風が土を削り、巻き上げ、アンケグ諸共一帯が土埃に巻き込まれ視界が悪化した。


 Gyyyeeeehh……

「「うぅっ」」



「これはダメみたい……3人は撤退した方がいい」

 ルーシーは眉間に皺を寄せ、シャーロット達=リトルスクエアに厳しい視線を向ける。


「なっ!?あまり私たちの腕を見くびらないで」

「ま、まだやれるっす」

 ルーシーからの戦力外通知ともとれるその発言にシャーロットとカプリスが声をあげて抗議をした。うーん、確かにこれまでの戦いぶりと比べても調子がおかしい。



「いや、腕じゃなく装備の問題。不良品とまでは言わないけどB級いやC級品を掴まされたんじゃないかな」

「その様です……刃が欠けるまで気が付かなかったとは不覚です……」

 クロエは落ち込んだ様子を見せ、カプリスも悔しそうに視線を逸らす。




「ふんっ、ダメならダメなりの戦い方をするわ……」

 シャーロットは何度か剣を握っていた手を開き、握り、剣の束を握りなおした。

「カプリス、ボーガンで撃つのは諦めて」

 その言葉にはっと顔をあげるカプリス。

「クロエも同じよ、斬るのは諦めて」

「わかったっす」

「わかりました」


 再び戦いの姿勢を見せた3人にルーシーは僅かに目を見開く。


「じゃぁ、この後は任せるね」

『Tuman/霧/フォグ』

 アンジェが視界を閉ざしている土埃に向かい魔法を放った。

 発生した霧は土埃を静めると消え、再びアンケグが凶暴な姿を現す。




「撃てなきゃ直接打てってことっすね」

 再び凶暴な姿をを現したアンケグに、ボウガンを手放したカプリスが距離を詰める。

 人差し指と中指の間から突き出したその鋼の串はボウガンの矢=ボルト。カプリスは拳を突き出してアンケグの胴、甲殻の隙間へとそれを突き刺し、更に力を籠め打ち込んだ。

 更に新しいボルトをその拳に籠め、アンケグへと打ち込む。アンケグの爪を躱しながら。


 Gyyeeehh!!


「ちょっと浅いんじゃないですかっ」

 刃先の欠けた長剣をクロエが振り降ろし、金属音の響きと共に刃がまた零れる。


 Gyyyeeeeeeehhhhh!!


「もう一本っ!」


 Gyyeeeeeehhh!!


 クロエが長剣で打ったのはカプリスが打ち込んだボルト。的確に打ち込まれたそれは、甲殻の隙間を無理やり抉じ開けた。



「はぁぁああっ」

 シャーロットが振るった細剣は、抉じ開けられた隙間に深く突き刺さる。

『暴風 プロケッラ』

 突き刺したままの剣をティースプーンでも扱うかのように捌くシャーロット。


 Gyyyaaaahhhhh……


 その一撃でアンケグは断末魔の声をあげ、地面に伏せ動かなくなった。



「ふふん、どう?これだと皮や外殻の素材を傷つけずに矧ぐのに便利なのよ」

「暴風が殻の中で暴れますから、中身がかなりダメになりますけどね」

 確かにアンケグに外傷はほとんどない。けど中身はどんな状態になっているのか……

 ゎう……かなりえげつない技じゃないかな、これ。


 装備の所為でどうなるかと心配したが、リトルスクエアは無事アンケグに勝利した。




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