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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第二十二話 庭師


「……ということがあって、急いで知らせに来たんだ」

 急ぎ、東コルノ村での寄生蜂騒動を報告したけれど……

「ぷはぁ、うんうんそれは大変らったねぇえ」

 酔っ払いギルド職員のヘイリーはちゃんと聞いてくれているのかな……


「でも、タウロスの街に何もなくてよかったよ、ね」

 アンジェは街の人たちの宴の様子に安心して笑みを零す。


「らよねぇえ、ぱららいてっくの巣がみっつもあったろにぃ」

「「「え!?」」」

「るぅしぃがぁ、みんらしまつしてくれちゃったんら」

 港町のギルド長が心配していたように、タウロスの街でも寄生蜂が出没したらしい……無事解決していたみたいなのでよかったけれど。

 酔っ払いヘイリーからそれ以上の詳しい話を聞くことは難しそうだったので、翌日改めてギルドを訪ねることにした。



「ところで、これはどういう集まりなのかしら?」

「舶来の酒や食いもんが入荷してなぁ、めずらしぃもんに街中が大騒ぎってわけさぁ」

「……なるほど、グレイバックの船で届いたモノですね」

「おぉ、それは是非とも味わってみたいっす」

「あぁ遠慮せず呑め、食え、ガハハハ」

 直面していた心配事も片付き、俺たちも宴会の輪に加わった。舶来の品や街の名産品を振舞われ、こちらもアンジェ達が用意した料理でお返し、なかなか賑やかな晩餐となった。



 ▶▶|



「ぅぇええ!?東コルノの村人がパラサイティックワスプに襲われたぁ!?」

 翌日、書状を手にハンターギルドへ正式な報告をすると、ヘイリーはそのことの重大さに驚き大声をあげた。うーん、昨日の報告はやはりちゃんと聞いてはいなかったみたい。


 でも、タウロスでも巣が3つも発見されたと言っていたが、そちらはどうだったのかとヘイリーから話を聴くと、タウロスの寄生蜂の巣=宿主は人ではなかったそうだ。

 3つの巣は牛、豚、鶏と宿主は違うが全て家畜。加えて早期段階で対処され、被害もほとんど出なかったらしい。ヘイリーは東コルノも家畜の被害と思い込み重要視しなかったようだ。


「ま、まぁ無事に解決して良かった、期待のルーキー登場ですね、さぁさぁ評価と報酬を」

 何か誤魔化しながらだけど評価と報酬が渡された。俺たちも評価の銀星は初めてでうれしいが、シャーロット達はかなりの喜びようだ。


「舶来のお酒や食料があるってことは他にも目新しいモノがあるかもしれないっすよね?」

「ええ、武器や魔道具の類は気になりますね」

「王都でも手に入りにくい装備が買えるかもしれないわね、手袋を新調したかったの」

 もちろんその報酬にも頬を緩ませ、早速装備を新調したいとかお土産を買うと言って商店街へと繰り出して行った。




「それで、わたし達は星の結晶を探してるの。夜空みたいな色をしてて」

「あぁ、それなら見たことありますよ」

「「「本当!?」」」

 俺、アンジェ、ティノは星の結晶について情報を集めようとギルドに残ったのだが、早速ヘイリーから得られたその言葉に、思わず詰め寄るように身を乗り出した。


「お、落ち着いてください、っていうかティノちゃんは見てるんじゃないの?」

「え?なんで?」

 ヘイリーはそう言うがティノは首を傾げる。


「ガードナーさんがいくつも持ってらっしゃいましたよ?」

「師匠が?」

「ええ、植物園にいらっしゃるんじゃないかしら?王都へ送る大荷物があるみたいだから」

 早速見つかった有力情報、そのティノの師匠とやらに聞けばどこで入手したのかも教えてもらえるかもしれない。


「じゃぁ、ティノの師匠のガードナーさんに逢いに植物園に行ってみよう」

「「おーっ」」



 ▶▶|



 植物園はタウロスの街の南側大半を占めるほど広く、その外周を街と同様に石壁と蔦で覆い囲われていた。

 ただ、ティノが植物園の鍵を持っていたので、街へ入る時のような苦労はせずにすんだ。


 植物園内は様々な木々と草花が生い茂り、緑が視界を埋め、さわやかな香りと綺麗な空気が満たす。大樹の森の樹の様な巨木こそないが中々の光景だ。


 園内の道をしばらく歩くと、数台の大きな荷車と掘り起こされた樹木が目に映った。


「あっ、師匠~」

「おぉティノか、帰って来たと聞いたが、元気そうで何よりだ」

「…………」

 ティノは嬉しそうに白髪交じりの男性に跳び付く。年はとっているが老人と呼ぶには随分とガタイが良く、ティノを余裕で受け止める姿を見れば足腰もかなり丈夫みたい。

 そしてその傍にもう一人、こちらをじーっと見つめる金髪の少女。それは昨晩俺たちに襲い掛かって来たルーシーだ。


「お、そちらが連れかな?」

「うんっ、一緒のパーティで旅をしてるんだ」

「はじめまして、ガードナーさんですよね。わたしはアンジェで、こっちがヌィです」

「どうもっ」


 ガードナーさんが俺たちに視線を向ける。

「庭師のガードナーだ。うむ、二人とも良い目をしとる……ティノと仲良くしてくれているようだな、ありがとう」

「「はいっ」」

 僅かに何かを見定めるような眼差しを送り、にっこりと微笑んでくれた。


「んふふ、なんだ二人きりじゃなかったのか。まぁティノにはまだ早いよね、うんうん」

 何に納得したのか頷きながら、ルーシーも笑みを浮かべる。

「ガードナーの孫で同じく庭師のルーシー、よろしく」

 良くわからないが機嫌が良いようなのでほっとした。



「ここまで来たということは何か用があるのじゃろうが、ちょいとコイツラを送り出してやらねばならぬ、少し待っていてくれるか」

 そう言いガードナーさんは掘り起こされている樹木にぽんぽんとやさしく手を置く。枝葉が纏められ、根も包まれている状態だ。何か庭師の仕事なのだろう。


「どうせ、ここまで来たんなら手伝ってくれてもいいんじゃない?ティノ」

「うん、いいよ」

「おれも手伝うよ、何をしたらいい?」

 聞くと用意された樹木全てを王都へと送るらしく、荷車に乗せて表門まで運ぶのだそうだ。


「よいしょっ……」

 筋肉にマナを込め、重い樹木を持ち上げて荷車に載せる。ティノと俺がその枠割を引き受け、アンジェ達は載せた樹木が崩れないように固定する作業を担当した。


「ふうん……まぁ役に立つみたいだね」

 チラチラと見るルーシーの視線が少し気になるが、荷積みを終え荷車の轅を握る。


「では、表門まで頼むが無理せんように……大丈夫そうだな」

 一番重そうな荷台をガードナーさんが楽々と曳く姿には驚いたが、ティノの師匠だと思えば納得することだった。俺とティノも荷車を曳きその後に続く。



 ▶▶|



 樹木を載せた竜車が表門を離れるのを見送ると、ガードナーさんがゆっくり口を開いた。

「さて、では」


「久しぶりに稽古をつけてよ、師匠っ」

「おぉ、そうか、どれどれ少し見てやるか……」

 待ってましたとばかりのティノ。いや、星の結晶について聞かなくちゃだけど……嬉しそうな二人の顔を見たら、なんかそのほのぼのとした雰囲気に呑まれて後回しでもいいかと思ってしまった。けれども……



「……ナニコレ」


 繰り出される拳と蹴りの応酬。の次の瞬間には投げ飛ばされたティノが地面に叩きつけられて跳ねる。が、倒れている間もなく跳び込み間合を詰め、再びのラッシュ。転がるティノ、拳の連打。宙を舞うティノ、襲撃の打ち合い。跳ね飛ばされるティノ。


「それまでっ」

 その衝撃的な稽古はルーシーの声で突如、停止した。

 ガードナーさんの拳はティノの顎に決まる寸前で停められたが、ティノはそのままバタリと後ろに倒れ込んだ。


「だ、大丈夫?ティノ」

「はぁはぁ……うん……やっぱり、師匠との訓練は……楽しいや……ぇへへ……」

 アンジェが心配して駆け寄るが、その心配を他所にティノはとても満足げに笑った。



「じゃぁ、次は貴方の番?」

 楽し気に細められた蒼い目。

「うむ、いいだろう」

 あぁ、この二人は確かに祖父と孫なのだろう、同じような笑みを浮かべている。


「!!」

 まだ辛いだろうに躰を起こしキラキラとした瞳を向けるティノ。


 ……ナニコレ


「ヌ、ヌィ、あまり無茶はしないでね……」

 アンジェだけが心配そうな表情を向けてくれた。




 |▶


「は じ め ぇ  え   え」


 ……ナニコレ


 ルーシーの掛け声が引き延ばされ……

 気付けば喉元に向けて拳が迫り、視界に映る映像がスロー再生される。


 肘の関節が徐々に伸ばされ、腕の筋肉に込められた力が拳へと流れて行く動きが見える。

 拳を避けなくちゃ、躰を反らし倒れ……ダメだ。

 師匠の膝が動き……このまま倒れたら膝蹴りを喰らう。

 俺は膝を曲げ、脚に力を籠めて後ろへ跳んだ。


 時間の流れを遅く感じるこの現象は……

 生命の危機に瀕した時に起こるモノだと思ってたけど……


 俺が避けた地点の上空へと飛び込む師匠、膝蹴りを繰り出した脚が伸ばされ、その踵が振り下ろされる。

 背後には避ける場所がない。

 俺は這うように低く、両手も使い全力で前方へと地を駆ける。


 師匠の攻撃を受けた地面が砕け、弾けた土石に襲われると思っていたが。

 その衝撃はなく、背後から迫ってくるのは途轍もない気配。


 俺は地についた腕を曲げ、その勢いで上へと跳ねた。

 師匠の地を擦りそうな回し蹴りが、先ほどまで俺がいた空間を削ぐ。

 師匠の軸足に力が籠った……不味い。


 真っ直ぐ俺へ向け突き上げられた靴裏、それに合わせて俺は両足を揃えて靴裏で受け。

 自分の躰を背後へと倒し、回転させるように力の向きを変えて受け流す。


 ぐっ……だが、その勢いを流しきれず、地面に着いた脚がビリビリと痺れる。


 気づけば既に地面に着地し、蹴りだし、拳を俺に放つ師匠。



 ▶▶|



 実際にはどれだけの時間が経過しているのだろう……

 時間の流れが遅い今はもう何時間も戦っている気分だ。


 疲れがかなり溜まり……意識に対して躰の反応の遅れが目立つようになってきた。



 師匠の右拳が迫り、左拳にも力が籠められ……拳のラッシュが来る……避けられない……


『も  っ  と  は  や  く  っ』

 全身にビリビリと電撃が駆ける。

 躰を右に……左に……屈み……転がり……避けたっ…………



 ▶


「そ   こ  ま で っ」

 引き延ばされていた声が戻り、そこで稽古は終了した。

 ラッシュを避けたまではよかったけれど、俺は地面に伏したままでもう躰が動かない。



「良かったんじゃない……」

「ふむ……」

 満足そうな二人の声が聞え……


 俺の意識はそこで途切れた。



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