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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第二十一話 入門


「タウロスのハンターギルドはあっちの大きい門からの方が近いよ」

 ティノが身を乗り出して北の方角を指す。地図で確認すると北東の門からは王都へ繋がる大きな路が通っているので、そちらが表門なのだろう。


「パレットお願い、もう少し頑張って」

”きゅっ”

 アンジェが声を掛けると、パレットが曳く竜車は木々や蔦が覆う石壁の外周に沿って北東の門へと向かって駆ける。


 街の中から聞こえるのどかな牛の鳴き声。更に耳をすますも不快な翅音は拾えない。

 そのことに少し安心したけれど、同時に人の気配もまだ感じない……

 港町のギルド長は、パラサイティックワスプの被害がタウロスの街にも及んでいないか心配していた。どうか街の人達が無事でありますように……


 やがて見えた北東の表門は2本の立派な樹に挟まれて一体化したような姿だった。大きな格子扉にも石壁と同様に緑の蔦が這い生い茂っている。


「ん……門に誰もいないね……」

 竜車を降り確認するも、門は固く閉ざされており、ここにも人の気配はない。

「ヌィ、何かあったのかな……どうしよう」

 少し瞳を潤ませ悲し気なアンジェ、ティノも眉をしかめ、シャーロット達もその顔に不安と困惑を浮かべている。


「少し強引でもこの際しょうがない、街へ入って確かめよう」

「「うんっ」」


 さて、そうは決めたけど、どうやってこの門を開けたものか……表門と聞いていたが、太い蔦が無数に這っていて、まるで長い時間閉ざされたいるかのように絡み合っている。


「うーん、この蔦は魔法の錠みたいなものだと思う、術者か、その魔力が籠った鍵がないと開錠するのは難しいんじゃないかな」

 扉を真剣な表情で調べていたアンジェだが、どうやらその門を開くことは簡単ではないようだ。もしかすると門だけじゃなくて壁の蔦にも侵入者を阻む仕掛けがあるんじゃないかな。


「思い出したっ、街へ入れるところがあるよっ!」

「本当?ティノ」

「うん、ついて来てっ、こっちだよ」

 ティノの言葉を頼りに、竜車を街の北側へ走らせた。その間も壁の向こうに耳をすますが、人の気配は感じられない。急がないと……



「ねっ、良くここからこっそり抜け出したことあるんだ、ぇへへ」

「うん、確かに街へは通じてる……けど……」

 それは壁を潜るように地面に掘られた通り道、川から引かれた街への水路だった。


「で、どうやってここを通るんすか?」

「ボートでも無いと難しいわね……」

「泳げばすぐだよ?」

 ティノはそう言い、竜車に乗り続けて凝った躰をほぐすように準備運動を始める。


「すいません、あまり自信はないです」

「うん」

 けれど、みんなはあまり泳ぎの経験が無いらしい、無理をさせないほうがいいだろう。


「じゃぁ、おれとティノで行くよ、みんなは表門で待っていて」

「気を付けてね、ヌィ」

「うん、ティノが街には詳しいみたいだから心配しないで、移動で疲れてるだろうから躰を休めておいてよ」


「じゃぁいってくるねっ」

 ティノは颯爽と川へ飛び込み、壁の下の水路へと潜った。

 俺もこの躰で泳ぐのは初めてだが、犬かきくらいはできるだろう……たぶん。

 水路の流れに沿って泳げばそれほど苦ではなさそうだが、日の暮れた今、それが水の中ならなおさら暗い。俺はぼんやり見えるティノの尻尾を追い、遅れないよう水の中を泳いだ。



「ぷはぁっ」

 水面から顔を出し、酸素を求める躰に新鮮な空気を吸い込む。ぅう、水路の出口までは思っていたより遠くて危ないところだった……アンジェ達に潜らせなかったのは正解だ。

 水路からあがり、ぶるぶると躰を振い水気を払う。湿った尻尾は少し情けないが、温かい陽気だから次期に乾くだろう。


 夕闇に包まれた街に目を凝らす。

 たくさんの樹々に囲まれた田舎街、そんなのどかな風景。

 木造の建物がポツリポツリと距離をあけて建っている。


 だが、その窓に灯りは無い。



「ギルドはこっちだよ」

 闇に浮かぶ金色の瞳、見失わないようにティノに続いた。


 薄っすらと見えた表門の2本の樹、その近くに建つ木造の大きな建物に近づく。

 少し軋んだ音をたて、正面の扉を開きギルドへの様子を伺う。



「すいません、誰かいませんか?」


 ……

 人の気配が無いのはわかっていたのだが、念の為に声を掛けても、やはり返事はない。


「もうみんな寝ちゃったのかなぁ」

 そんな呑気なことをいうティノ。うーん、施錠もせずにギルドを無人にしてる状況は普通じゃないと思うんだけど。


「アンジェ達に声を掛けてから、他の場所も探ってみよう」

「うん」


 表門へと近づき、内側からならどうにか開かないかと触ってみたが、やはり物理的に開けるには壊すくらいしないとダメな感じだ。


「アンジェー!街には入れたけど、やっぱり門は開かないみたいーーっ!」

「二人とも無事ー?街の様子はどうーー?」

 門の外に向かって大きな声で伝えると、こちらを気遣う声が返ってきた。


「ギルドはもぬけの殻だったよーっ、もう少し街の中を探ってくるーー!」

「えっと……先にごはん食べちゃっててーー!」

「ぅふふ、わかったーティノとヌィの分も用意しておくからーー!」

 ティノのいつもの調子の声を聞いて安心してくれたようだ。

 そういえば俺もお腹が空いたなぁ……休憩せずに竜車を走らせ、そのまま川へ飛び込んで水泳だもの、早くゆっくり休みたい。



「ギルドの隣には宿があるから、そこなら誰かいると思うんだけど」

 隣と言うに少し離れた建物を目指しティノに続く。

 だが、やはりそこにも灯りは無く、静寂が包み人の気配はない。


「どうしようヌィ、何かあったのかな」

 ここでティノもその表情に不安に色を浮かべた。その時だった。


「!?」

 咄嗟にその場から飛び退き、地面を転がる俺とティノ。


 輝く金色が帯を引き闇夜を貫いた。


 先ほどまで立って居た地面は爆発したように土石を弾けさせ、粉塵が舞う。

 その粉塵を吹き飛ばし現れたのは、俺の頭を狙う鋭い回し蹴りだ。


 地に両手を着き伏して避け、反動で蹴りを繰り出すが、その正体不明の敵には届かない。

 敵は既に黄金に光る目=ティノに向かい連続回し蹴りと三撃の突きを繰り出していた。


 コイツ……強い……


 次の瞬間には俺へと二撃の突きが放たれた。躰を左右に揺らして避け、続けて繰り出された蹴りにカウンターでふれいむたんを鞘から抜く。対人だからと躊躇していてはヤラレル。

 と、蹴りが途中でキャンセルされ、後ろに引いた勢いでまたティノへと攻撃が移る。


 相手は一人、それで俺とティノを相手にし、攻めの姿勢を崩さず優位に立ち回っている。

 このまま暗闇で戦うのは避けた方がいいだろう。今のところ相手は徒手空拳での攻撃だが、武器での攻撃を突然繰り出すやもしれない。あいにく灯りの魔道具は持っていないが、ここはふれいむたんをまた便利に使わせてもらおう。


「ティノ、一旦離れてっ」

 握った束にマナを注ぎ、炎を纏ったふれいむたんを手に俺は相手へと翳した。

 少し癖のついた金色の髪、突然灯った灯りに細められたその瞳は蒼い。

 背丈はティノよりやや低い、年の頃は14~5というところだろうか、凄まじい威力を魅せたその腕と脚、躰は意外と細身だった。

 腰にはナイフのような刃物に鎌だろうか、いくつもの武器を備えている。やはり用心して正解だった。


「ティノ?」

 暗闇に浮かび上がった2人の姿。お互いの拳が相手へと届く寸前で停止し、同様に目を見開き驚く二人。


「ルーシー!」

「わわっ」

 抱き着くティノ、と、慌てるルーシーと呼ばれた少女。どうも二人は知り合いのようだ。



「……街に入り込んだ怪しい気配を感じて来てみれば……いったいどういうこと?」

 少し呆れ気味で、その蒼い瞳をティノに向ける少女。長い金色の髪がふわりと揺れ、振り返り、その問いを俺にも向ける。

 とりあえず今すぐどうこうしようという敵意は無くなったようだ。


「えっと……急ぎの報告をギルドに伝えたかったんだけど、表門が閉まっていて誰もいなかったから……その」

「表門に衛兵がいなかったってこと?」

 丁度、そう伝えたところで、槍を持った男が走ってきた。


「な、何事ですか!?」

「彼の言ってることは本当みたいね……何故か表門の守りがいないかったようだけど?」

「いや、そのぉ、門は閉じているし、こんな時間にタウロスを訪れるモノ好きなんて」

「いたみたいね」

 衛兵なのだろう槍を持ったその男は慌てて門へ向かった。

 もしかして街に入れなかった理由は、衛兵が仕事をサボっていただけ……?


「はぁぁ……悪かった。でもティノ、貴方にも言いたいことも聞きたいこともいろいろとあるんだけど?……まぁリードも一緒の方が早いか、彼達は門の外?」

「ううん、私はワイルドガーデンから抜けたから、リード達はいないよ?私はヌィと一緒に来たの」

 ティノのその言葉を聞きルーシーはぽかんと口を開けて停止した。

 しばし間をおいて再起動した後、その蒼い瞳がゆっくり俺を見つめる。

 じぃぃっと上から下までゆっくりと動く。


「もしかして……ツガイの相手を見つけたの?」

 少しぎこちない動きでルーシーはティノに視線を移す。ツガイ?


「ううん、まだだけど」

「そ、そうだよね、ティノがまさかねぇ」

「でも、ヌィならいいかなぁ?」

「え゛」

 再び停止したルーシー。

 今度の停止時間は長く、俺とティノは彼女を残してその場を後にした。






「すいませぇん、おかわぁりもう一杯ぃ」

「おう、こっちも頼む」

「あぃよぉっ」

 ガヤガヤと賑やかな声が飛び交う、酒と食事を楽しむ人々の姿。


「うゎぁ、にぎやかだねヌィ」

「お祭りかしら?」

 アンジェ達と合流し、街の中心の広場での平穏な光景を目にしてほっと胸を撫で下ろした。


「あはぁっ、ティノちゃんらぁ、こっちこっちぃぃい」

 突然立ち上がった真っ赤な顔の女性が呂律のまわらない言葉でティノに手招きをする。

「ヘイリーッ! あっ、ヘイリーはねハンターギルドの人だよ」

 ティノがその女性に応え、俺たちに振り返りかえり彼女がギルド職員であると教えてくれた。これでやっと寄生蜂の報告が出来そうだ……いや、出来るかなぁ……




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