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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
62/108

第十九話 謀

      

 Rooooaaaaarrr


 獣の咆哮が轟き、小動物達が慌てて逃げ出していく。


「すごく近いよ、ヌィ」

「うん、町もすぐそこだし、危険な魔獣だったら放って置くのはマズイかな……」

 オルロの森……港町レガーレの北、東コルノ村からリオーネの街まで広がる森。

 その森に入るやいなや、獣の咆哮が耳に届いた。


「それじゃぁ見に行ってみようよ」

 俺とアンジェが小さく頷くと、ティノは咆哮の方へと歩き始める。

 これだけ小動物たちが騒めいていたら、わざわざ気配を抑えなくても平気だろう。草木を掻きわけ進むティノの背中に俺とアンジェも続いた。



 Grrrrrrrrr……


 Rooooarr



「いたよ……」

 立ち止まり、振り向くティノ。その向こうには唸り声をあげる獣の姿があった。


 濃茶色の体毛に覆われた巨体、黒い鉤爪を持つ太い腕を振り上げ、牙を剝きだしにして立ち上がり威嚇する獣。


 ダイアベア……大人のひとの2倍はあるかという巨体を持つ熊の魔獣だ。


 だが、ダイアベアがその敵意を向けるのは俺たちではない。

 地面に横たわる大きな牡鹿……に腕を置き唸る獣……こちらもダイアベアだ。

 立ち上がって唸る個体と比べ、いや普通の熊と比べても大分小さい、まだ仔熊なのだろう。熊にしては長い尾が目を引く。



 Roooooooarrrr!!


 大熊の腕が仔熊を弾き飛ばし、仔熊は地面を転った。

 力を見せつけた大熊は勝ち誇ったように牡鹿を押さえ込み、仔熊はすぐさま起き上がるも悔しそうに大熊を睨み、唸る。

 餌の得物を巡っての争いの最中だったようだが、これで決着となるだろう。



「こらぁあっ」

「「え?」」

 突然飛び出したティノが、大熊を殴りつけた。突然のことに俺もアンジェも驚くばかり。

 大熊の方からしても予想外の参戦だったようで、顎を打たれてそのまま横倒しになった。起き上がろうとするがよろけてまともには動けない様子、脳を揺さぶられたのだろう。


「獲物は早いもの勝ち、横取りはダメだよっ!」

 腕を組んで立ち、大熊を叱るティノ。なんだこの状況……


 弱肉強食の世界にそんなルールはないだろうが、今の強者はティノだ。まぁ仔熊に味方したい気持ちもわかるけど。

 大熊はティノを睨むが続けてその視線を俺たちにも向けると、分が悪いと判断したのか少しふらつきながらも森の奥へと立ち去って行った。こんな目にあったらしばらくは町の近くへは寄り付かないだろうな、今は放って置いても大丈夫そうだ。



「ほら、キミの仕留めた獲物でしょ」


 Grrrrrrr……


 ティノが牡鹿を仔熊の近くへと放った。乱入に驚き戸惑っていた仔熊は小さく唸る。が、余程お腹が空いているのだろう、こちらを警戒しながらもすぐにガツガツと餌に食らいついた。




「あっ、あったよヌィ」

 しゃがみ込んだアンジェが草の葉を手にして振り返る。そこに広がっているのはヨモギのような植物。そう、俺たちは森へ薬草や草を集める為に来たんだった。


「よし、あまり時間は無いから急ごう」

「「うん」」

 シャーロット達も探してくれているとはいえ、出来るだけ多く集める必要がある。

 だけど、みんなで周辺に広がって葉を刈っているとガサガサと余計な音が気になった。


「ん?」

 音の方に視線を移すと、ティノの傍で仔熊が真似て腕を動かし葉を揺らしていた。


「んふふ、かわいいね」

 その様子を見てアンジェも微笑む。魔獣とは言ってもちっちゃいうちはこんなにかわいらしいのか。チラチラ仔熊の様子が気になりながらも俺は採取に勤しんだ。




「どうしたのその仔?」

「ティノに懐いちゃったみたいなんだ」

 森を出てシャーロット達と合流すると、ティノの後ろをとことこついて歩く仔熊にみんなは目を丸くした。


「うっ、ダイアベアっすよね?危なくないっすか?」

「へいきだよ、とってもかわいいの」

「確かに……かわいらしいですね」

 アンジェと俺には歯向かう様子はないが、他の人に対してはどうだろうと少し心配だったが、この様子なら平気そうだ。でもこれから村人を救うために東コルノ村へと向かわなくちゃいけないので、正直言うと付いてこられても困ってしまうんだけど。



「なるほど、ダイアベアとは考えましたね。蜂の天敵ですから……しかし時間も無いのにここまで手名付けるとは驚きました」

 一緒に出迎えてくれたギルド長のウィリアムが感心した様子でそう言った。蜂の天敵?どうやら気づかないうちに最適な助っ人を手に入れていたみたい。はちみつ好きなクマが思い浮かんだがそういうことなのだろうか。


「じゃぁウルスラもハチ退治手伝ってくれる?」

 Wooohh……

 うーん、もう名前もつけちゃったか……ティノが尋ねると仔熊は喜び返事をした。

 漁師とその家族達に頼んでいたモノも準備出来ているし、ここで悩んでいる暇は無い。

 もし昨晩襲われた人がいたのなら、タイムリミットは日が落ちる迄……


「よし、東コルノ村へ向けて出発しようっ!」

 俺たちはギルド長と共に仔熊のウルスラを引き連れ、西へ向けて竜車を走らせた。



 ▶▶|



 空が赤く染まり日の入りも近い。

 吹く風が陸から海へとその流れを変える。


 赤く照らされた建物の陰、今回の騒動の元凶、その標的の姿を確認した。


 膨らんだ腹は黄色と黒の警戒色で見る者を威嚇し、透明な翅が低く不快な翅音をたてる。

 凶悪そうな顎をカチカチと動かし、周囲を警戒するように飛び回る。

 大きさは昆虫というにはあまりにも大きい……小鳩ほどはあるだろう。


 パラサイティックワスプ。

 その危険な虫の群れが村中を飛び回っている。


「頼んだよみんな……」


「作戦開始っ!」

『Ogon' Strelyat' /火撃/ファイアショット』

 アンジェが空に火球を放ち、皆に開戦の合図を出した。


 東にシャーロットとギルド長、西にカプリスとクロエ、北の森側にティノと仔熊のウルスラ、南の海側に俺とアンジェと別れ、村全体を取り囲むように配置についている。

 風下の俺とアンジェを覗くみんなの位置から煙が立ち上る。森で採取したヨモギに似た葉や枯草を燃やした煙による燻りだし作戦だ。

 北から吹く風にあわせ、シャーロットとカプリスが風魔法で東西へ煙が流れるのを防ぐ。


「いくよっウルスラッ!」

 Wooooohhhh……

 バグナウを装備したティノとウルスラが爪を振るう。流れる煙と共に村に潜むパラサイティックワスプを風下へと追い立てる。



 俺とアンジェはその到着を待つ……


 来た……でもまだだ……惹きつけて……惹きつけて……

「アンジェッ」


「うんっ」

『Plotnyy tuman/濃霧/デンス フォグ』

 ティノとウルスラごと濃い霧がハチを包み込んだ。その霧自体に攻撃力はないが、躰に触れた霧は水滴と変わる。ティノとウルスラに影響は無いが、ハチ達はその翅を濡らされ、体温を奪われて動きが鈍くなる。ふたりの攻撃がハチを仕留める数は増してきた。



 煙とティノとウルスラによって追い立てられた残りのハチは俺の方へと押し寄せて来た。



「やっとこっちに来たなっ、待ちくたびれたよっ!!」

『Elektricheskiy shok/電撃/エレクトリックショック』

 金属製のワイヤーがバチバチと電気の火花をたて、麻痺したハチが次々と地面に落ちる。

 風下に張った網、ワイヤーを編み込んだそれは漁師たちが準備してくれた特別製だ。



 落ちたハチをアンジェは水魔法で閉じ込め、ウルスラは美味しそうに貪る……うん、牡鹿だけじゃお腹は一杯にならなかったんだね。


 作戦がうまくいったことを知らせる火球を空へ放ち、みんなで残ったハチを残滅しながら村人の救出に回った。


 集められた村人達の治療にはギルド長と職員があたった。卵を植え付けられた箇所は異様に膨らんでおり、一目瞭然。膨らんだ肌を切開して卵が取り出される、ハチ毒で麻痺して感覚も意識もないとはいえ、とても痛々しい。あまり直視はできなかった。


 御者台の男が非難した以外の村人の無事を確認。どうやら救出は間に合ったようだ。






「コイツが巣か……」

 ギルド長が顔を顰める。

 無残に横たわる男……昨日現れたというこの騒動の元凶だ。もちろん既に息は無い。


「躰はかなりボロボロなのに服装は小綺麗……サイズが大きい……まるで腫れた躰に合わせて後から着せたようじゃないか……」

 ギルド長は更に詳しく調べようと横たわる男に顔を近づけた。


 ひくり……男の頬が引き攣るように動いた気がする。


「危ないっ!!」


 男の顎が大きく開き、ソレはギルド長の首筋目掛けて喰らいついた。




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