第十八話 Bug out
「え?一等ってだれが?」
「おめぇに決まってんだろうが、メリル」
きょとんとした顔で口を開けたままのメリル。
狩漁祭の翌日、親方に付きっ切りなメリルを外に連れ出してほしいとメリルの姉マリーナに頼まれて皆で浜へ向かったところだ。
「よくやったな、これならもう見習い卒業だ、胸張って漁師を名乗れるぜ」
メリルはまだ状況が理解できないまま、漁師達にバンバン肩を叩かれている。
「売り上げの申請は私がしておきましたからね、まぁ狩漁祭で売り上げがあったのはうちだけだったようですけど」
騒動を終えた後、クロエが魚フライと天ぷらの売上を申請してくれていたらしい。
狩漁祭自体中止になったと思っていたが……
ケートスが現れた時点で他の船はまだ漁の最中だったし、海から逃げ戻ってからも料理を振舞う余裕なんて誰もなかっただろうから当然の結果なのかな。
「そっかぁ、疲れてただろうに、ありがとうクロエ」
「いえいえ、たいしたことじゃありません」
こういうことをしっかりやってくれるのは頼りになる、俺はクロエに感謝を伝えた。
「まぁ料理道具やテーブルの後片付けの途中でクロエは抜け出したんすけどねぇ……」
おぉ……漁師の家族達も手伝ってくれたそうだが、うちからはカプリスだけが片付けにあたったようだ。
「えっと、ごめんねカプリス、ありがとう」
「いやいや、アンジェやヌィ達が謝ることじゃないっすよ」
クロエはしっかりしていたが、ちゃっかりもしていたようだ。
「でも、みんな大変な目にあって祭りを続けられなかったのに一等なんてっ」
メリルは自分が偶々無事だっただけで一等を貰うことに納得できないらしい。
「お前だけ魚を獲って料理を出せたってぇのが結果だ。凄ぇじゃねぇか」
「あぁ、それに俺達がこうして港に帰って来られたのもおめぇのお陰だしな」
「ぅぅん……」
「まぁ納得いかねぇなら、来年の祭りで一人前だってとこを見せりゃいいだろ」
「わかった、来年は実力で一等を獲ってやる」
「おぉ、その調子だ、まぁそん時は俺たちも負ける気はねぇがな」
メリルも受け入れてやる気を出したようだ。この様子なら立派な漁師になるだろう。
「よぉし、じゃぁ気合入れてかかるぞっ!」
「「「おおぉっ!」」」
漁師たちが綱を引き、ケートスが浜へと揚げられる。こうして改めてみるとデカイ……解体にかかる漁師たちの姿が餌に群がるアリのようだ。
「おぃ、なんだこれ?魔結晶だよなぁ?」
「こんなの初めて見たぜ、まぁ倒されたケートス自体初めて見たんだけどよぉ」
「売るにしてもグレイバックに渡しちまうんじゃなく、王都で競らせたほうがいいぜ」
布で包んだケートスの魔結晶を漁師のひとりが手渡してくれた。
その結晶は黒く、夜空に星を散りばめたように輝いている。
「やったぁっ星の結晶だよっ」
「よかったじゃない、これで二つ目でしょ?」
ティノとシャーロット達が喜ぶ。
「んー……でもこの星の結晶は」
アンジェは残念そうにつぶやく。
「はずれだね……」
確かにそれは黒く輝く立派な星の結晶。だが、その中心に赤く燃える炎はなく、かと言って他の色の輝きも無い。星の欠片が集まって結晶となったモノのようだが、魔法の属性が宿るまでに至っていないようだ。
「でも、何かの役に立つかもしれないからこれは売らないでとって置こうか」
「うん、そうだね、じゃぁヌィが持ってて」
アンジェからホルダーを受け取り、属性の無い星の結晶を固定する。このホルダーはハンターホルダーではなく、お財布用に出回ってる飾り気のないモノだ。火の星の結晶はアンジェがハンターホルダーと並べて首から下げているので、こちらは俺が下げておこう。
「おう、他は全部グレイバック商会に渡しちまっていいのか?」
「どうする?」
漁師に尋ねられ、アンジェが首を傾げて見渡す。
「おいしいかな?」
「うーんどうかな……から揚げにでもしてみる?」
ティノの要望で俺たちはお肉を少しだけ取っておいてもらうことにした。
「えっと……牙を少し貰ってもいいかしら?」
「いいっすねぇ、記念になりそうっす」
「記念というよりも、海獣殺しの証になりますね」
守護者殺しとか竜殺しと同じような称号なのだろう、パーティに箔が着くらしい。シャーロット達は牙を2本ずつ確保した。
残りは全てグレイバック商会に買い取って貰えばいいだろうと漁師たちに頼んだ。解体の手間賃はグレイバック商会から漁師達に支払われるようにクロエが調整してくれたらしい。
解体作業を少し見学していると、錆びた銛が見事に心臓を貫いていたのに驚いた。爆破の勢いで爆ぜたのだろうが、もしかしたらこれがとどめだったのかもしれない。
「な、何よあれ!?」
シャーロットが海を見つめ硬直した。俺も視線を追って沖を見ると、その海上には巨大な黒い影が浮かんでいる。
「も、もしかしてまたケートスっすか!?」
陸に向かい近づく黒い影……次第に輪郭がはっきりとし、その正体が判明する。
「うわぁ……船だよね?……こんなおおきい船があるんだ……」
アンジェが目をぱちくりさせながら見上げるそれは、ケートスとも十分張り合えるほどの巨大な船だった。速度を落としながらゆっくりと橋へと寄せられる船体に刻まれた文字を俺は読み上げる。
「えーと……ぐ れ い ば っ く」
「さすがは王国一の商会ですね、見てください陸の方からは次々に竜車が到着しますよ」
船から降ろされ倉庫へ運ばれる大量の木箱や樽、また逆に倉庫から船へと積まれる荷物。その一部はすぐに竜車で王都へと運ばれて行くらしい。
「それにしてもすんごい沢山の食べ物だね」
ティノの言う通り中身が食べ物なのかは知らないが、積み込む量よりも降ろす方が多い。近くにいた街の人の声がちらりと聞こえたが、例年より多いその量に驚いていた。規模拡大?余程儲かっているのだろうか。
▶▶|
翌朝、巨大船が出航して行く姿を遠くから見送りつつ、ハンターギルドへと向かった。
ケートスの魔結晶は属性の籠った星の結晶ではなかったので、星の結晶に関する噂などはないか、情報収集をしようと思っている。
「きゃっ」
「大丈夫アンジェ?」
竜車が猛スピードで街へと駆け込んで来た。俺はアンジェを庇って抱き寄せるが、シャーロットは驚いて尻餅をついてしまった。
「船に載せたい荷物でもあったんすかね、間に合わなかったっすけど」
「ちょっと、アンタなんなのよっ、危ないじゃないっ!?」
ギルド前へ寄せて急停車した竜車、その御者台の男にシャーロットが詰め寄る。
「待ってシャーロット、怪我人だ」
「え!?」
シャーロットが慌てて御者台の男を見る、疲労は激しいそうだが彼は大丈夫。
問題なのは後ろの荷台から聞こえる消え入りそうないくつもの呼吸の音。
「……パパと……ママを………助けて……」
小さな子供が声を震えさせる……
客車には怪我を負った子供やお年寄りが十数人、重傷患者はいないようだが、みな疲労が激しい。
「わたしが診療所まで連れて行きます」
「た、助かる……俺はギルドへ、ギルドへ報告しなくては……」
アンジェが竜車によじ登り、御者台の男はよろけながら地面へと降り立った。
「シャーロットはおれと一緒にギルドで話を聞いて、みんなはアンジェと診療所へお願い」
「わかったわ」
「うん」
ふらつく男を支えながらギルドの受け付けへ。窓口前のハンター達も事態を察して道を開けてくれた。
「ど、どうされました!?」
「村が……東コルノ村が襲われた……パラサイティックワスプだ……」
「な!?」
驚愕の声をあげるギルド職員、シャーロットや他のハンター達も皆が驚き、恐れ、不安の表情を露わにする。
「詳しい話は奥でっ」
厳しい顔のギルド職員に続き、奥の応接部屋まで男に付き添った。
「ギルド長のウィリアムです。すみません、まずは状況を確認させてください」
30代半ば、どちらかというとあまり争いごとは得意そうではない雰囲気の茶髪の男性が正面のソファーに腰を下ろす。彼がここ港町レガーレのハンターギルドの長らしい。
「村を襲ったのは……パラサイティックワスプで間違いないですか?巣を見たんですか?」
「あぁ、昨日見知らぬ男が村の近くに現れてな。何をするでもなくうろうろする不審な様子に気を付けてはいたんだ」
巣を見たのかというギルド長の質問に御者台の男は奇妙な返答をした。
「こちらに害意を向けられるようなことはなかったので放って置いたのだが……今朝、転がってる姿を確認した」
男は俯き悲痛な声を絞った。その男がどう関係しているのだろう……俺は今一つわからなかったが、シャーロットの驚愕の表情を見ると彼女は理解しているのだろう。
「では間違いないでしょうね……襲われたのは何時頃ですか?」
「村全体が襲われたのは日が昇ってからだが、もしかしたら昨晩襲われた者がいるかもしれない……子供達と老人を逃すために村の皆は農具を手に立ち向かったが、皆バタバタと倒れていった……」
俺が理解できていないと察してくれたのだろう、ギルド長が教えてくれた。
パラサイティックワスプ……寄生蜂。
その蜂は獲物を毒で麻痺させて卵を産み付け、その獲物を宿主として成長するという。
産み付けられた卵は一日程度で少しずつ孵化し始め、幼虫は宿主を生かしたまま蝕む。
宿主は命こそあれど、その痛みに耐えきれずに精神を保てなくなるそうだ。そこからは宿主の生命力にもよって期間は様々だが、やがて体内で蛹となり、成虫となれば宿主を探して新たな獲物を狩るという。
「パーティメンバーの方がお見えになったのでお通しします」
応接室の扉が空き、アンジェ達が部屋へと通される。
「運ばれた子供達と老人は治療されて皆無事です」
「グレイバックの船が出て人も減ったから宿も確保出来たっす」
クロエとカプリスがシャーロットの横に並び、ギルド長へと状況を報告する。
「ヌィ、子供達が怯えていたの……」
「はやく助けに行こうっ」
アンジェとティノは俺の傍へ駆けより、心配そうに告げる。
ギルド長は皆に視線を送り、話の続きを語り始めた。
「パラサイティックワスプは幼虫の時に喰らった味を覚え、その宿主と同じ種を好んで卵を産み付けるといいます……」
つまり、今回村を襲った蜂を放って置くと、また人を襲い被害が広がるという訳か……
「繁殖期間が終わるのを数日待ち、村ごと焼き払うべきですね……」
「くっ……そうですか……」
ギルド長のその言葉に、業者台の男は悔しそうにしながらも諦めたように肩を落とした。
「「ヌィ……」」
アンジェとティノが縋るような目で俺を見つめる。
診療所で親と離れ離れとなり怯えている子供達をなだめてきたのだろう。2人はその辛さを痛いほど知っている……
「孵化するまでに助け出せれば……命は救えるんですよね?」
「「ヌィッ!」」
2人の頬が緩み、期待に目が輝く。この笑顔は曇らせたくない。
「まさか、君たちが……助けてくれるというのか?」
御者台の男は僅かな期待込めながらも、心配し戸惑うような複雑な表情をみせる。
「そうですね、今ならばまだ救える可能性も……貴方たちになら頼めるかもしれません」
ギルド長は俺に向かってそう言い、御者台の男に向け言葉を続けた。
「彼らは海獣殺しです、今この街で一番頼りになるハンターですよ」
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