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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第十七話 爆破


 鞘から引き抜き……束にマナを込めると、緋緋色の刀身が輝きを増し熱を帯びる。

 その刃を突き刺すと鍋の油から白い湯気があがった。


 沈み込む海は巨大海獣ケートスの咢より咥内へと流れ、辺り一面を呑み込む。

 アンジェが懸命に船へとマナを注ぎ、その激流に耐えている。



「ティノ、お願いっ!!」

 俺はティノへと攻撃の合図を出した。


「わかったぁぁぁぁぁあああっ!!」

 マナで強化されたティノの腕力、その全力で投擲された鍋がケートスへ……


 鍋はケートスに直撃し、鍋の油がその赤黒い眼球に注がれる。


 高温の油はケートスの表面を覆う水分を急激に熱し、それは水蒸気へと変わる。

 水の瞬間的な蒸発による体積の増大、それは約1700倍にも膨れて爆発する。



 水蒸気爆発。



 大音響の爆発音が響き、空気が震える。

 ケートスを襲う衝撃波がその身を弾けさせ、赤い炎が立ち上り蝕み、黒煙が広がる。



 Gyaaahhhhhhhhhhhh!!


 ケートスの悲鳴のような鳴き声が轟いた。



「よぉしっ」

 引き寄せられていた船が流れから脱出し、懸命にマナを込め船を操作していたアンジェは胸をなでおろす。

 だが、今の攻撃のダメージはケートスの左視界を奪ったに過ぎない。戦いはこれからだ。



「アンジェ大きく回ってっ、背後から右側にっ」

「うんっ、しっかり捕まってて」

 同様に右目を狙おうと、ケートスを大きく回避して逆側へ舵を獲った。


 Hoooooooowwl……


「ヌィ、だめみたいっ、これ以上は近付けない」

 傷を負ったケートスが暴れ、波が押し寄せて大きく船が揺れる。アンジェが必死で船にマナを込めるが、先ほどとは逆の遠ざける波にケートスとの距離は縮めらない。


 どうにかこの距離で戦う手段はないだろうか……

 持ち込んだ油入りの鍋は残り1つ、先ほど同様にぶつけて衝撃が与えれば蓋が外れて油を飛び散らせ攻撃できるだろう。

 あと有るモノは積まれていた錆びた銛2本とあちこち破れた引き網、そんなところだ。

 銛は……的がデカイといっても俺の腕ではダメージを与えるのは難しいだろう。



 よし……俺は再びふれあたんにマナを込め、鍋の油を高温に熱する。

 蓋を閉めた鍋を引き網で包んだ。


「二人とも低く伏せててぇ、せぇのぉぉぉぉおおおおっ」

 鍋の入った網を掴んでぐるぐるとその場で回る。少しずつ持つ手を滑らせて長くなる鍋と持ち手の距離。遠心力が増し加速される鍋、ハンマー投げの要領で投げて離れたケートスまで届かせる作戦だ。


「いっけぇぇぇぇえええええ!!」



 Gyeeehhhhhhh……

 爆発音が響き、ケートスが悲鳴をあげた。


「「やったぁっ!ぅわぁああ」」

 赤い炎が立ち上り黒煙が広がるが、躰を削られたケートスが痛みに暴れて波が荒れる。


 黒煙の切れ間から赤黒い目が俺を睨めつける。攻撃には成功したが先に左目に与えたような大ダメージには至らなかったようだ。



「落ちないようにしっかりつかまってっ!」

 嵐のように荒れる波、船が転覆しないようにアンジェが懸命に操る。


 Hooooooooooooowwl……


 吠えるケートス、傷を負ってもこの場から撤退する気はないようだ。今、手元にはこれ以上の攻撃を与えられる手立てがなく、ただただ荒波に耐えるしかない……




『嵐 テンペスタース!』

 うねる荒波に強風が加わり、波に浮く船の瓦礫が宙に舞い上がった。その勢いは小さな嵐となり、舞い上がった瓦礫がケートスに叩きつけられる。


「船を失った漁師達は救助したわっ」

「シャーロットッ!」

 船の舳先でシャーロットが振るった剣を鞘に納めた。



「よっ、とアンジェ、船の操縦を変わるわ」

「うん、お願いっ」


「頼まれてた追加分、準備オッケーっす」

「漁師の家族たちが集めてくれました」

「ありがと、カプリス!クロエ!」

 船で駆けつけてくれたリトルスクエアが次々にこちらの船へと乗り込む。

 シャーロット達が降りた船には油がたっぷり入った沢山の鍋が積まれている。


「じゃぁはじめるよっ」

『Plamya/炎/フレイム』

 アンジェの炎が全ての油を一気に加熱し、白い湯気が濛々と立ち合がり始めた。




 ケートスが赤黒い右目でこちらを睨みつけ、鼻腔から荒々しい息を吐く。

 シャーロットの攻撃ではそれほどダメージを与えられてはいないが、度重なる抵抗で完全に敵意は俺たちに固定されたようだ。



 Guahhhhhhhhhhhhhhhrrr…………

 ケートスの咢が開き再び海が沈み込む、船ごと俺たちを飲み込むつもりなのだろう。


「シャーロットッ」

「任せときなさいっ」

 呑み込まれまいとシャーロットが船にマナを込め、流れに逆らう。


「あぁぁぁぁ、ヌィ、運んでもらった油が持っていかれちゃうっ」

「いや、ちょうどいいよティノ、これもおまけだ」

 呑み込まれつつある油を積んだ船に錆びた銛を放り投げた。



 Guuuahhhhhhhhhhhhhhhhhhhr!!


「くっ……」

 シャーロットが全力のマナを込めるが船は大きく開いた咢に引き寄せられる。


 油を積んだ船がケートスの牙を通過して呑まれる……


「アンジェお願いっ」

「うんっ、いっくよぉっ!」

『Vody Strelyat'/水撃/ウォーターショット』


 ケートスの喉を通過し、その奥の船へと向けて放たれた大量の水魔法。


「しっかり船にしがみ付けっ!脱出だぁっ!!」

「やぁぁぁぁああああっ!!」

 その着弾を待たずにアンジェがシャーロットに加わって船に全力のマナを込める。



 爆発音が轟いた。



「「「わぁぁぁっ」」」

 引き寄せていた波が突如向きを変え、衝撃波と熱波が船を押し通過する。




 爆発の衝撃が収まると……人々の大歓声があがった。爆破の余波は俺たちの船を浜辺方面へ流したらしい。



「みんな、無事?」

「うん、平気」

 船を見渡せば皆疲れた表情ではあるけど無事を知らせる返事が返って来た。


 沖を振り返るとあれだけの大爆発でも粉微塵にするほどではなく、ケートスはその姿を留めていた。だが口から黒煙を吐き身動きひとつみせず浮かんでいる、息の根は止まったようだ。




 船が橋へと戻ると、歓声が再び大きく響いた。


「すっげぇなお前ら!港の恩人だ」

「あぁ、うちのが助かったのはアンタ達のおかげだよ」

 人々が押し寄せ、漁師や家族から感謝の声がかかるが、俺はそんな人混みを見渡して探す。


「君達はハンターだな、グレイバック商会からも報奨金を上乗せし、ケートスも高値で買い取ろう」

「ありがとうございます、落ち着いたらお話させてください」

 クロエがそう返答した時、シャーロットが小走りに駆けだした。


「メリルッ!」

 俺より先にシャーロットが見つけてくれたようだが、メリルの背中は小さく震えていた。



「ぅぅ……親方、親方ぁ……」

 膝を落とし泣くメリルが縋るのは血を流し横になった親方だ。


「メリルッどうしたの!?」

「親方がぁ……血が、血が止まらないんだ」

 シャーロットが涙を流すメリルに尋ねる。


「残念だが……もう楽にしてやるしかない……」

 漁師達の治療にあたっていた男が首を振る。親方の様子を診ると傷からの流血が酷い。ここでは十分な治療が行えないのだろう……



「親方っ、親方ぁっ!!」

「シャーロット、メリルを頼む」

「う、うん……」

 泣いて暴れるメリルを任せて遠ざけ、俺は親方の元へ向かう。



 鞘から引き抜き……束にマナを込めると、緋緋色の刀身が輝きを増し熱を帯びる。

 俺はその刀身を親方へと向けた。


「ぐぁああああぁっ」

「親方ぁぁぁあぁあああああっ!!」



 ▶▶|



「親方ああぁぁぁぁぁ……」

「一人前の漁師になったんだ、そんな情けねぇ声だすんじゃねぇよメリル」

 目を覚ました親方にメリルは抱き着いて泣いた。


「つっ……痛ってぇえ」

「ご、ごめんなさい」

「焼いて塞いだだけで傷が直った訳じゃないんだ、気を付けてメリル」

 火傷跡は残るだろうが命には代えられない。俺はふれいむたんで親方の傷を焼いて塞いだが、その後の処置をしっかりしないと命を落とすことになると親方とメリルに念を押した。


 親方と話すメリルの笑顔を見ることができ、やっと今回の騒動から一息付けた気がした。



 ▶▶|


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