第六話 はじめての狩り
空気が変わった……神秘的雰囲気と草木の香と獣たちの匂いが漂う。
「あぁ、ここが大樹の森か……」
「……ぅわ、ドキドキする……」
俺たちは講習二日目にしてパーティ毎に大樹の森へ入ることになった。
フレアは感嘆の声をあげて周囲を見渡し、レイチェルは少しばかり緊張して縮こまった。
「初めわぁ、森の中での活動範囲を制限しますから、しっかりと覚えてくださいねぇ」
ユーリカはそう言って歩き出す、これから森の比較的浅いエリアを周るそうだ。
そこにある水や安全を確保できる拠点向きな場所を確認し、薬草や毒のある草の見分け方と見つけ方を覚えるのが目的となる。
ちなみにガレット達のパーティはソフィアが担当している……俺達の担当がユーリカでよかった。魔獣以外にも警戒しながら森を歩くなんて想像したくもない。
範囲が浅いエリアを歩くとは言っても魔獣が出没する危険がある森の中。みんなギルドより貸し出された革防具で装備を固めている。
もちろん武器も。木剣、弓や投石器といったギルドからの貸与品だけでなく、各自が元々所持している武器も許可され装備している。
フレアは木剣の代わりに自分の剣。レイチェルは背中にリュックを背負っている。
俺は木剣に加えてアンジェから借りたナイフと採取袋を腰に下げ、背中にはタイヤの付いたスケートボード位の板を背負っている。採取した薬草や狩った獲物を運搬する為に使う小型版魔道具のボード、これもギルドからの貸与品だ。アンジェの持っているモノとは大きさが違うが機能は同じらしい。
「この葉は様々な薬品を作るに使われるので需要が高いですね」
早速、いくつかの薬草が見つかり、名前や効果を教わりながら採取をする。
うーん、固有名詞を覚えるが大変だ……そう感じながらヨモギやドクダミ、ブルーベリーの様な木の葉と果物を採取した。名前は忘れたけれど見た目と匂いはしっかりと覚えた。
「アンジェ、アンジェ、こっちにもあったよ、まだ持てる?」
「うん、でもそれを採取したらわたしも一杯かなぁ」
俺の採取袋はすぐに一杯になり、後は薬草を見つけたら皆にその場所を教えている。皆が喜んでくれ、俺も嬉しくなり尻尾が揺れる。ついつい張り切ってしまった。
「この場所わぁ、街から一番近くの拠点としておすすめですよぉ」
森の中でも少し開けた小川が流れる目的地へと着いた。
ユーリカより休憩やキャンプに向いた場所、向かない場所について、岩や大樹を背にして安全を確保することや退路を認識しておくことを教わった。
「では、この場所を拠点にしよう」
フレアの決定で見渡しの効く大きく平らな岩の上にボードを置いた。今回はテントを張る必要はないので地盤が固くても問題はない。皆は採取した薬草をボードへと積み込む。
『Blokirovka/施錠/ロック』
アンジェの言葉でボードにロックが掛ける。ボードを使うには事前に使用者のマナを登録しておくことが必要で今このボードはアンジェのみ操作が可能となっている。こうしてロックしておけばこの場を離れても盗まれる心配はないそうだ。
そしてこのボードを使いこなすには風と地の魔法資質が必要らしい……便利そうなのに俺では使えないという……残念。
「それでわぁ、これより狩りの時間です。今の時期の兎や野鳥は元気でおすすめですぉ、鹿や猪は初心者にはちょっと危ないかもしれませんねぇ」
はじめての狩り……ユーリカからされる獣の種類、痕跡の見つけ方の説明。いよいよハンターっぽい内容にわくわくしてきた。
「魔獣化していなくても気を付けてくださぁい」
重要なワードがさらりと言われた。
普通の獣が突如魔獣に変化するのだろうか……わくわくどころではなさそうだ。
「これわぁ、兎の足跡ですね、新しいモノなので近くにいるかもですよぉ……ふふふ」
……くんくん……
「見つけた……2本並んだ木の奥の草影」
許可を求める為にユーリカを見つめると、彼女はすぐに頷いてくれた。
「えっと、レイチェル狩れる?」
アンジェが尋ねる。
「……ど、どうかな」
「頼む」
戸惑うレイチェルだったが、フレアの言葉に頷き……投石モーションに入った。
kyuhh……
ガサガサと草が揺れ、小さな鳴き声と共に得物が地面に倒れる音が聞こえた。
やったっ!気が付くと俺は駆け出しており、兎をその手に握っていた。
「すごいねっ、レイチェル、一発で仕留めたよ」
訓練で見せた彼女の腕は本物だった、実戦でも申し分ない成果を見せてくれた。
遠距離攻撃に優れたレイチェル
近接戦闘に長けたフレア
魔法の資質に溢れたアンジェ
まったく役に立たなそうな俺……うわっ、このままではパーティのお荷物?
「でわぁ、ちょうどいいので捌いてみましょうか?」
「お、おれにやらせてっ」
何か役に立たねばと兎の解体に名乗り出る。
血抜き、皮の剥ぎ方、正直初めての体験は衝撃的……だが生きる為に必要なことだ。何かパーティの役に立つためにも覚えないと。
午後はそのまま様々な獲物の足跡や潜んでいそうな場所を教えてもらったが、狩れたのは兎が四羽と鳥が二羽だけだった。ユーリカは十分な成果ですと褒めていたが、はじめての狩りにしてはということだろう。
狩りは俺が獲物を見つけて俺以外の2人が同時に獲物を狙った。
狩る2人の組み合わせを変えつつ、順番に試す。
レイチェルは全て急所を捉えたし、アンジェとフレアの腕も獲物の動きを弱らせるには十分な命中率だった。俺も自分で狩ることが出来ればもっと獲物が増えていただろうなぁ……
『Plavuchiy /浮遊/フロート』
「ぅわぁ!?」
アンジェが言葉を重ねると、ヴゥォンという低い音と共にボードが20センチほど浮かび上がった、なんだこれかっこいい。
森はでこぼこ地面や草が生い茂って木の根が飛び出した道が多く、タイヤを転がして獲物を運ぶのは困難なのでこんな仕組みがあるという。
この浮かんだボードに乗って滑ってみたい……なんで俺は風と地の資質がないんだろう。後でアンジェにお願いして乗せてもらおうかな。
本日の講習はこれにて終了、街へと戻る途中でガレット班と合流した。
しかしガレット達はわずかに採集袋を膨らませるのみでボードは転がしてはいなかった。ソフィが担当なので講習内容が違ったのだろうか。
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「それでわぁ、森での基礎講習を終えましたのでホルダーをお渡しますねぇ」
狩りを終えて戻った俺たちにユーリカからそれが手渡された。
銀白色をした六角形の金属枠にチェーンがついたモノだ。
「これは仮ハンターの証、森への出入り許可証でもあるのでなくさないように」
続くソフィアの言葉、なるほど。
「ヌィ、ちょっとホルダー貸して」
アンジェはポケットから取り出した包みを解き、赤みを帯びた透き通る結晶を俺のホルダーにはめ込む。結晶体は金属枠の中央……枠に触れずに固定された様に宙に浮いた。
「はい、どうぞ、これで仮だけどハンターだね」
「あ、ありがと……でもこれは?いつ用意したの?」
「これはヌィのモノだよ、私を助けてくれた証……白い狼の甲魔結晶」
アンジェの手でホルダー……ハンターの証が俺の首に掛けられた。
アンジェも御守りの……俺をこの世界に呼ぶきっかけの甲魔結晶を自分の首に掛ける。
まだ仮だが、今日から二人はハンターだ。
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「新人ハンターたちだねぇ、兎が四羽に鳥が二羽か、いやぁなかなかの成果だな」
やって来たのはギルドの建物に隣接する買取所。
「相場は兎20、鳥10、薬草一袋で2~3、今回の買取額は……110マナだな」
「では、それで頼む、全て支払いにあてていいのか?」
「うんっ」
「は、はい」
フレアの言葉に俺も良くわからないまま頷いたのだが……
今日の狩りの成果は全て講習の支払いにあてられた。
ハンター講習……ただじゃなかったのか……
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夕食を終え、俺は今日知った言葉や疑問に思っていることをアンジェに教えてもらった。ギルドからわざわざ説明することもない一般常識なのだろう。
まずは【ハンターホルダー】について。
ホルダーとは魔結晶を固定して身分等を示す証として使用するモノらしい。ハンター以外でも職業毎に形状が違うホルダーを使用しており、職業の判別ができる。
またその材質がランクを示しており、仮登録は軽銀、正式登録だと銅、中堅になると銀、ベテランと認められれば金……とランクがあがるらしい。
それ以上となると非常に稀だがプラチナが存在し、更に偉業とも言える特別な功績を認められた場合、特別な材質で作られるユニークランクの存在も噂されているそうだ。
そしてホルダーのもう一つの用途はなんとお財布。魔獣・魔物を倒して手に入る魔結晶のマナは通貨として使用でき、マナは魔結晶に貯めておくことが出来るのだ。
俺の感覚的には1マナ100円くらいの価値だと思う。
1金貨=100銀貨=5000銅貨=2000マナ
1銀貨= 50銅貨= 20マナ
今回の狩りの成果、獲物の肉、毛皮もろもろ含めたギルドの買い取り価格はこうだった。
兎20マナ×4+鳥10マナ×2=100マナ
薬草一袋2~3マナ×4=10マナ
4人で一日の狩りで報酬110マナ、1万1千円程度……一人当たり2750円か。
薬草は1袋2~300円、子供のお小遣いかな、まぁ浅い森で採れる薬草だからだろう。
やはりフレアもこれだけかという表情をしていた。アンジェは初めてにしては十分だと言い、レイチェルは大喜びをしていたけれど。
「ねぇ、アンジェ、この講習っていくら払うの?」
あまり聞きたくはなかったが、聞いてしまった。
「えっと……金貨だと1枚=2000マナだよ、この調子でいけば、90日……生活の事を考えると1~2年くらいで返せばいいんじゃないかなぁ、街の子は普通15歳くらい迄に少しずつ払い終えて正式なハンターになるらしいよ」
講習を終えれば華々しくハンターデビューと考えていたのだが、異世界とは言っても現実はこんなに厳しいなんて……
そして【魔結晶】について。
魔結晶は魔物・魔獣の躰の中で造られるマナを蓄えた結晶。その質により上等なモノから甲乙丙丁とランク訳されている、ランクにより蓄えられるマナの質と量が違うそうだ。
甲以上の質と量を持つ魔結晶、特甲や超特甲も存在しているが、ホルダーに固定して使用するという主な用途には用いられていない、逆に丁以下は品質のより良い魔結晶にマナを移して捨てられている。
マナは人それぞれにユニークな特徴を持ち、血とマナを用いることで個人を識別するマナを魔結晶に刻むことが出来、それが所有者を示し身分証明としても使用されている。
個人のマナが刻まれた魔結晶に他からマナを移すことは誰でもできるが、個人マナの刻まれた魔結晶から他に移す事、蓄えたマナを使用することは刻んだ本人にしか行えない。
その為、魔結晶は魔法を使う以外に証として使われており、財布として使われている。
俺は思わずチャージ式の電子マネーのカードを思い浮かべてしまった。魔結晶同士を近づけ、マナの受け渡しを行うことで貨幣代わりに取引が行える。
もちろん貨幣も存在し流通しているが、職業上ハンターは魔結晶を財布にするという。
それならマナの豊富な魔法使いは大金持ち……毎日金が溢れ出てくると思ったのだが、貨幣として使われるのは魔物・魔獣のマナ、結晶に蓄えられるのも魔物・魔獣のマナだけ。証の為に刻むマナと蓄えられるマナは別物だそうだ。
今日は森でも戻ってからも、これでもかと情報を詰め込まれてもう頭が一杯だ。
狩りをした肉体的な疲れもあり、俺はすぐに深い眠りについた。
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