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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第十六話 花に嵐


 鞘から引き抜き……束にマナを込めると、緋緋色の刀身が輝きを増し熱を帯びる。

 その刃を突き刺すと鍋の油から白い湯気があがった。


 うん、火の属性の籠る星の結晶を埋め込んだナイフ【ふれいむたん】はやっぱり便利だ。


 つまんだ粉を鍋に落とすと全体に広がり、バチバチと弾けて油が音をたてる、これくらいの温度でいいかな。


「はい、ヌィ」

「ありがとう、アンジェ」

 アンジェが渡してくれた下拵え済の魚を慎重に鍋へ……油の弾ける音がパチパチと心地よい音を刻む。開いた魚に満遍なくまぶした衣がきつね色に変わる。


「よし、いい感じっすね」

 タイミングを見計らっていたカプリスが出来立てのフライをトレーへと移す。

 串に刺さった魚フライが次々に並べられ、刻んだ葉野菜を盛った皿が黄金色に色づく。

 少し酸味のある黒い野菜ソースを添て完成だ。


「お待たせ、魚フライが揚がったわよ」

「皆さんまずは一串、お試しにいかがですか?」

 シャーロットとクロエが一声かけると、先ほどメリルに温かい声をかけてくれた御婦人方が一番客となった。



「どれどれ、メリルの獲ってくれた今年の初魚をいただくよ」

「これはこれは、楽しみだねぇ」

 料理を口にしたご婦人方の頬が緩む。

 その様子を興味深げに伺っていた人々の中から次のお客様が現れ、フライを口にすると目を見開いてすぐさま追加の注文をされた。


 他の船がまだ魚を揚げていない時間なので浜にいる人はまだ少ないが、次第にフライを求める列ができ始めた。

 イワシやアジに似た青魚をパン粉でくるんで揚げた串フライ、これは中々好評のようだ。


「うーん、メリルが戻るまで魚が持つかしら」

 困ったような台詞を洩らすシャーロットだが、その顔は随分うれしそう。


「まぁ、足りない分はこれで補うっすよ」

 鳥、猪、野菜、揚げたての串フライを皿に並べる。メリルの腕では親方や他の漁師達の獲る量は敵わないだろうと用意したのだが、こちらも好評だ。


 ただ、これらの品を狩漁祭の点数に加点するのは少し気が引けたので、魚フライとは別に料金を取り、別会計で管理している。

 今回の目的はあくまでもメリルが祭りに参加することで優勝にこだわってはいない。俺達が街を出てから誰かに文句をつけられても困るのでメリルとも話し合ったうえでの措置。

 魚以外の料理は品切れでお客に残念な思いをさせない為、時間稼ぎのつなぎだ。



「次のお魚が届いたよっ」

 ティノが先ほどよりも多くの魚を受け取り戻って来た。

 橋の方に目をやるとメリルの船がまた海へと向かう様子が見える。メリルが頑張ってくれているのでお客を途切れさせずに済んだが、体力的にも魔力的にも漁は次までにしておいたほうが良いだろう。

 沖の方では曳いた網を引き上げている船も目立って来た、メリルが次に獲った魚でフライを出す頃には他の漁師も戻るのではないだろうか。



「アンジェ、今度はこっちをお願い」

「わかった、白身のお魚だね」

 アンジェとティノが魚を捌き、俺は前もって冷やしておいた小麦粉を溶く。

 そのキスのような味の白身魚はちょっとだけ違う調理方法にさせてもらった。味付けは塩になるけれど、通っぽくてそれも良いだろう。




「もう大分コツを掴んだから、任せてほしいっす」

 元々肉串の屋台を出していたカプリスは、笑みを浮かべながらも真剣な料理人の目付きで俺を見る。これなら後は任せていいだろう、というか俺よりうまく揚げられると思う。

「頼んだよカプリス……はっふほふ……うん、おいひぃ…………」

 揚げたての白身魚の天ぷらを塩で、味見という名目で揚げたてを一番最初に味わう。うん、最高だ……漁師達が海老や他の魚を獲って来たら譲って貰おう。


 火はアンジェの火魔法と俺のふれいむたんで調整し、フライと天ぷらを別の鍋で次々に、ペースを上げて揚げて行く。祭りの客も増えて来たのでちょっと忙しくなって来た。

 よし、もう一、二頑張り気合を入れよう。






「おいっ!見ろよあれ」

 誰かの大声が響いた、他の漁師が大物でも獲って港に戻ったのだろうか。

 ざわざわと騒めく人々に釣られ、俺も海へと視線を向ける。



 丸みを帯び盛り上がった海原。

 その膨らみは見る間に増し、小山のように変わる。


 小山に乗り上げた船が傾き流され、船底が天を向き、甲板が沈む。

 そこだけ嵐でもあったかの様な惨事だ。


 膨らんだ小山を覆う海水は流れ落ち、灰色がかったゴツゴツとした岩山に姿を見せた。



「か、海獣だっ!!」

「なんでこんな近海にケートスが?」


「だから、あたしゃ昔からのしきたりを破るのは良くないって言ったんだよ」

「あぁ、祭りを早めた所為だ……」



「ゎぅ……なんなんだ……ケートスって?」

 俺の疑問にカプリスが答える。

「海に住む巨大な生物……海獣っす……」


「でも海獣なんて、もっと沖にいるはずでしょ?なんでこんなところに?」

「本来なら今の時期は禁漁で海に出る者はいませんからね」

 つまり、この海獣は今の時期は港近くを住処にしていて、潮の流れが変わるともっと沖に住処を移す。今回祭りが早められた所為でまだ移動していない海獣に出くわしてしまったというのだろうか……



 岩肌に亀裂が走る……その咢は巨大な牙が見せ、一艘の船が犠牲となって砕けた。

 人々は恐慌状態に陥り、驚愕の声と悲鳴ですべての音が上書きされた。


 アンジェが震えた手で俺の手をぎゅっと握る。

 ティノは険しい表情で、カプリスとクロエも不安に駆られ、ただただ海獣を見つめる。


 そんな状況で、シャーロットの視線だけが少し皆と違う方向を向いていた。


 その視線の先は恐怖の根源からは少し離れた場所で船上に一人立つメリル。

 その声は掻き消されて届かないが、悔しそうに叫けぶ姿が俺にも見えた。


 メリルの乗った船がケートスに向かって走り出す……



「何してるのよメリルッ!!」

 そのメリルの姿に叫び、駆けだすシャーロット。人をかき分けて船着き場へと向かう。


「シャーロット!」

 遅れてクロエとカプリスが追うが、シャーロットは一人朽ちかけて放置されたボロボロの船の一台に乗り込み海へと駆けだした。メリルの船を追って……

 クロエは火属性、カプリスは風と地属性の魔法しか使えない、ボートの操縦できないのだろう、橋でシャーロットの行方を心配そうに見守る。



 メリルの向かっている行き先がわかった。ケートスに砕かれた船の残骸は親方の船だ……


 他の転覆した船がまたケートスの牙で砕かれる。

 メリル……自らあんな厄災の中心に飛び込んで行くなんて……


 メリルは船の残骸に向かって必死に叫んでいたが、突然、海に飛び込んだ。親方だ!

 ぐったりとした親方を抱えて必死に泳ぐメリル、そこへシャーロットが追い付いた。

 船に二人が這い上がる姿に少しほっとするが、ケートスは次の獲物を求めてゆっくりと躰の向きを変える。



 くっ、俺はどうしたらいい?何が出来る?



「ヌィ……」

 不安げに俺の手を握っていたアンジェが顔をあげる。続いてティノも俺を見た。


「「「助けに行こう」」」






「シャーロット、メリル、ケートスはおれ達が惹きつけるっ!」

 メリル達を追い越し、ボロ船でケートスへ向かう。


「うんっ、ありがとうにぃちゃん」

「頼んだわっ!メリル、他の転覆した船の救出へ急ぐわよっ」



 Roooooooar…………Hooooooooooowwwlll……


 接近に気づいた巨大海獣ケートスが吠え、波が荒れボロ船が激しく揺れる。

 これだけ近いと更にそのデカさを思い知らされる……


 その岩山のような躰は灰色のフジツボのような生物がびっしりとこびりついたモノ。

 体毛か藻か海藻なのかが密集する隙間から、赤黒い眼球がギロリと動き俺たちを睨む。

 巨大な鯨か古代の海竜のような魔獣ケートス。コイツと戦うのか……



 やってやるっ!!



 躰にマナを込めて力を強化する。


「だぁぁっ!!」

 投げつけた船の残骸がぶち当たり、灰色の殻が飛び散った。

 ジロリと赤黒い眼球が残骸のぶち当たった方に動き、フシュっと小さな息を吐く。

 その仕草は俺のことを馬鹿にしているようだ。攻撃した箇所はフジツボが僅かに砕けただけで何のダメージもないのだろう。



「よくも港の皆にひどいことをぉ!!」

 それはティノが投げる残骸も同様だ。ただケートスについた汚れを落とすだけでしかない。



「揺れるよ、捕まって」

 アンジェの声で船が大きく動き、押し寄せる波で向かって来た残骸を避けた。

 アンジェは初めてのボート操作に集中しているので攻撃に加わることが出来ない。



 Guahhhhhhhhhhhr…………


 咆哮と共にケートスの咢がゆっくりと開く。


「ゎぅ!?」

 海が沈み込んだ。


「アンジェ、アンジェッ」

 ティノが慌てる。船は傾き、海と共にケートスの咥内へと流れ込み引き寄せられる。


「アンジェッ、呑み込まれないように流れに逆らって耐えてっ!」

「うんっ!!」

 アンジェが大量のマナを注ぎ船を動かすが、流れに逆らいきれず徐々に引き寄せられる。


 俺は鞘から緋緋色の刀身を引き抜き、掴んだ束にマナを込めた。




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