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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第十五話 早められた祭


「へへん、どうだい?これが父ちゃんが残してくれたボートだ」

 メリルが自慢げに見せてくれたのは全長およそ8mの船だった。

 海に向かって掛かる小さな橋に並ぶ幾つもの漁船の一隻で、大きさはそれほど大きくはないが中々立派な船だ。


 平らな甲板部分に細かな溝が刻まれ、そこだけ見ると陸地で荷物を運ぶボードと似ている。

 そう思って聞くとやはりボートは魔道具の一種で、水と風の属性魔法で動くそうだ。



「で、この網をボートで引くんだ、海の中をざざぁっと」

 船に積まれた網を広げ、躰を大きく動かしながら説明しようとするメリル。

 狩漁祭に参加出来ることになってすごく嬉しそうだし、一生懸命な感じが微笑ましい。


「オイラはまだ魔力も腕力も足らないから狙えるのは小さめの魚だけど、結構いっぱいいるから何度も陸に戻ることになると思うんだよな」

 メリルはあまり沖までは出られないので、小型の回遊魚狙いで海の中層で網を引くつもりっぽい。聞いた魚の特徴から推測するとイワシのような魚じゃないかなぁ。


「じゃぁ、料理も一度に作るようなモノじゃなくて小出しできるようなモノがいいかな」

「うん、そこはにぃちゃん達に任せるよ」

 こんな感じでメリルと話していると……



「おぅ、メリルじゃねぇか、どうした?」

 話しかけて来たのは短髪、褐色、筋肉質の40代、やや粗暴でいかにもな海の男だ。


「親方っ! このにぃちゃんが狩漁祭を手伝ってくれることになったんだ」

「おぉ、良かったじゃねぇか、おめぇ」

 親方と呼ばれたその男がゴシゴシとメリルの頭を撫でる。乱暴に扱われているように見えるがメリルは零れんばかりの笑顔で応える。



「ありがとよ、にぃちゃん。メリルを早く一人前にしてやりてぇと思ってたからよぉ」

 メリルと一緒に微笑んでいた親方だが、ここで眉間に皺を寄せた。


「まったく、グレイバック商会が10日も祭りを早めた所為で、メリルが参加出来なくなるところだったぜ、昔っから漁の解禁は潮の流れが変わってからだって決まってるのによぉ」

「うん、姉ちゃんには祭りが早まって忙しいから手伝えないって言われたんだ」

「まぁ、グレイバック商会がそうしたいって言うならしょうがないわよね」

 シャーロットのその言葉にカプリスとクロエが頷く。


「グレイバック商会?って言うのはそんなに大きなお店なの?」

「あぁ、この港町がここまで栄えたのはアイツらのお陰だけどよぉ」

「王都にも大店舗を構える店っすよ」

「隣国との海運はグレイバックが独占していますからね」

 尋ねると皆が教えてくれたが、俺が想像したよりもかなり大規模な組織だった。この港街は言うに及ばず、この国、いや隣国にまでかなりの影響力があるらしい。



「んでもまぁ、よかったなぁメリル。俺はコイツに海のことしか教えてやれねぇからな、料理を手伝ってくれるんだろ?よろしく頼む」


「そんなこと言ってっけど、親方は去年の狩漁祭でも一番だったんだぜ」

「まぁ料理の方はカカア任せだ、つまり俺のカカアの作る飯が港一旨いってことよ」

 そう言うと親方は嬉しそう笑いながら港を後にした。



「オイラ、親方や父ちゃんみたいな腕のいい漁師になってやるんだ」

 メリルは真剣な表情で決意を語った。親方は漁師仲間のメリルの父が亡くなってからずっと、漁師見習いとしてメリルの面倒を見て鍛えてくれているそうだ。





「よし、それじゃぁお祭りまでは私が鍛えてあげるわ、マナの近い方が上達すれば、ボートを扱いやすくなって有利になるわよ」

「本当か!?頼むよ、シャーロットねぇちゃんっ!」

 水と風の魔法属性を持つシャーロットがメリルの訓練を買って出た。今回メリルには何度も漁場と浜を往復してもらう必要があるので、魔法の訓練を行うと言うのはいいかもしれない。



「じゃぁ、メリルのことはシャーロットに任せて、カプリスとクロエには料理道具や売り場のテーブルなんかを準備してほしいんだけど」

 考えているメニューから必要にモノを洗い出しながら相談する。

「了解っす、料理道具はアタシのもあるんで、メリルの家からも用意すれば足りそうっすね」

「テーブルなんかは借りることが出来ないか宿にも交渉してみましょう、調達しなくちゃいけないモノは少しで済みそうですね」

 メリルの家やマリーナが働いている宿からテーブルなんかを借りることが出来れば簡単な出店なら準備できそうだ。



「アンジェはおれと一緒に下拵え、ティノは一緒に野菜なんかを仕入れた後は、狩りをお願いしてもいい?」

「うん、まずはソースづくりでしょ?」

「私はお肉だね、まかせてよ」

 料理は魚介類のみで作る訳ではなく、それ以外の素材については事前に調達、準備をしておく必要がある。メリルの特訓をシャーロットに任せたのは、アンジェの料理の腕を下準備で活かしたかったからだ、シャーロットにはないしょだけど。




 そんな感じで狩漁祭までに準備の役割を決めて宿に戻ったのだが……


「そんな……」

 ティノと俺は力なく項垂れた。


「狩漁祭までは禁漁で、今の時期は海の幸をお出しできないんですよ」

 そう言えば、狩漁祭で漁が解禁となると言っていた。

 申し訳なさそうにティノと俺に謝るマリーナ。

 お話の為に移動した宿泊宿の食堂、偶然マリーナの勤め先だったが、今はどこの宿や食堂でも同じ状況だそうだ。3日間のおあずけか……狩漁祭では海の幸三昧の贅沢をしてやる。



 ▶▶|



 市場を周り、魚以外の食材を仕入れた。ソースを作るのにあれこれ試行錯誤しながら大変だったが、黒くて酸味の強いトマトのような実を使うことで考えていた味に近いモノが作れそうだ。祭りまでには仕上がるだろう。


 肉はティノがおいしそうな鳥と猪を狩ってくれた。メインあくまで魚介類なので十分以上の量があったけれど、まぁ余ったら道中の食料にするなり、保存食にすればいいだろう。


 カプリスとクロエの方は調理道具とテーブルを問題なく用意することが出来た。今回の料理は食器をあまり使わないで済むように、そしてカプリスが慣れているということもあり串に差して提供することにした。2人は準備期間のほとんどを串作りに費やすことになったけど。



 そしてメリルの魔法訓練だけど、これが想像以上に効果を発揮した。今まで船の操作については親方に教えられていたが、根本的な魔力操作に関しては十分ではなかったようだ。

 船のスピードや動きにキレが増し、メリルも教えたシャーロットもちょっと自慢気な様子だ。訓練の成果が余程うれしいのだろう。



 こうして、狩漁祭まであっという間に過ぎた。



 ▶▶|



 白い砂浜と青い海が太陽に照らされて輝く。海に向かって掛かる小さな橋には幾つもの漁船が並び出航を待ち構える。

 褐色の肌の漁師達がそれぞれのパートナーの船に乗り込み、砂浜では家族たちが見守る。



 少し場違いにも思われる服装の商人たちの指示で、橋の先端にいる男が魔法の火を灯した。

 青い空に白い煙が高く伸び、弾けた花火の爆発音が空気を震えさせる。


「「「「うぉおおおおおおお!!」」」」

 漁師達の野太い声が響き渡る。


 大きな波しぶきを巻きあげ、一斉に海原を駆ける船。

 応援する家族の声がそれを後押しする。



 狩漁祭の始まりだ!



 先頭を駆けるデカイのが親方の船だろう、沖へ向かう波飛沫が白い弧を描く。


「あぁぁメリルが一番最後だ……」

 最後尾を遅れて駆ける船を見てティノがちょと悔しそうに声をあげる。

「ふふん、あれでいいのよ。他のボートがあげた波の影響を受けない進路を駆けてるわ」

 沖で大物を狙う親方達と違って、メリルは遠出をせずに小物を多めに何往復もする予定だ。出来るだけ消費を抑えなくてはマナも体力も持たない、この行動は作戦通りだ。


 光りが集まる波の周りをメリルの船が網を広げながら囲い、波が小さく跳ねる。

 徐々に船はスピードを落とし、メリルは網を手繰り始めた。



「みんな、ぼーっと見てないでこっちを手伝って欲しいっすっ」

「あぁ、ごめんカプリス、じゃぁおれ達も準備しよ」

 メリルが戻って来たらすぐに料理に取り掛かれるように、俺たちは他の食材の下拵えだ。

 ちょっと辛味のあるタマネギのような根野菜を厚めにスライス、同じようなサイズに他の根野菜も切り揃える。付け合わせの葉野菜と香りづけの野菜を刻むのは直前でいいだろう。

 ティノには鳥と猪肉の下拵えをお願いし、アンジェには仕込んであったソースの確認と深めの器で卵を溶いてもらう。


 鍋などの調理道具と魚を捌く準備はカプリスが整えてくれた。

 シャーロットとクロエは調理済みの料理を置くテーブルと販売の準備を進める。

 こんなところだろうか。



 一息ついて遠くの沖を眺めると、魚が船に向かって跳ねる光景が目に飛び込んだ。マグロ?カジキ?そんな中~大型の魚だろう、釣り揚げたのはきっと親方の船だ。

 その周囲では太い釣り用の縄を垂らしたり、網を曳く船が競うように漁をしている。


 魚が揚る度に浜で歓声があがる。本格的な盛りあがりは漁を終えた船が戻って来てからなのだろうが、早めに集まって来た街の人たちも増え、祭りの雰囲気も増し、人々の気持ちもどんどん高まって来ているようだ。



「おい、もう戻ってきたボートがいるぞ」

 そんな声があがり、シャーロットが真っ先に飛び出した。

「メリルが戻って来た、私、声かけて来るっ」

「わかった、じゃぁティノも一緒に行って魚を受け取って来て」

「うんっ!!」

 メリルへの直接の応援と魚運びは2人も任せ、こちらはすぐ調理を始められる待機だ。



「なんだ、早かったけどこれっぽっちで戻ったのか?」

「随分かわいい魚だな」

 メリルが橋に船を着けると、そんな声が聞えて来た。悪意で言ったのではなく素直な感想なのだろうけど、少しメリルがかわいそうだ。まだまだこれからなのにテンションにもかかわるだろう。


「ふふん、これも作戦のうちなのっ見てなさい」

 シャーロットがそう言いながらメリルの船を覗き込む人々を掻き分ける。

「大分ボートを上手く操れてたわ、その調子よ」

「う、うんっ」

 少し俯いていたメリルは顔をあげ微笑む。


「あぁ、立派な漁師になったじゃないかメリル」

「応援するよメリル」

「わたしゃもう腹ペコだったんだ、初魚はメリルのとこでいただくよ」

 次々に掛かる好意的な声にメリルのやる気もあがっていくのが分かる、よかったぁ。


「メリルお魚降ろしたよ、お試し用はこれで足りそうだから次は少し多めにお願い!」

「おぅ!まかせとけ!!」

 魚を受け取ったティノが声を掛けると、メリルは再び海へと跳び出した。

 最初に獲ってくる魚は少なくていいと決めていた。扱ったことの無い魚の味と料理の出来を確認する試作&試食用分だ。



 ▶▶|



「うはぁ、美味しいよこれっ!」

「ええ、想像していた味を上回ってます」

 ティノの頬が緩み、クロエが目を見開く。


「よかったねぇ、ヌィ」

「うはぁ、いい感じに出来てよかったっす」

 アンジェは俺の手を取り小さく跳ね、カプリスも満足げな表情を浮かべる。



 他の船は沖での漁を初めて間もない為、料理の香を漂わせているのは俺たちのところだけだ。周りの人々もその香に惹かれ、注目も集まる。

 お客に出せる分の魚を獲ってメリルが戻るのも。他の船が戻るよりは断然早いはずだ。


「うふふ、勝ったわねっ」

 シャーロットが腰に手をあてて満面の笑みを見せる。

 俺も中々いい線行くとは思うが、変なフラグは立てないよう気を付けてほしいモノだ。

 勝負が始まるのはこれからだからね。



 ▶▶|


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