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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第十二話 ローパー


「し、しっかりつかまっていれば大丈夫だから」

「う、うん」

 斜面を滑るアンジェに追いついて支えたまではよかったが……

 追い付いた勢いは止まらず、いや勢いは増して斜面を滑り続けている。

 傾斜が緩くなってくれるのを祈りつつ、転んでもアンジェを庇えるように抱きかかえる。


「くっ……」

「ど、どうしたのヌィ?」

 後ろ向きになっているアンジェには見えていないけれど、この先に急斜面はもうない。

 緩やかになったのではなく……途切れていた。


 とは言っても、激突しそうな壁があったり底の見えない崖が待っているということではなく、おおよそ2階建ての屋根から地面くらいまでの段差があるだけだ、うん、だ、大丈夫。

 スキーのジャンプ台を滑っているような気分になるが、落ち着け……俺……



「大丈夫、ちょっとふわっとするけど、しっかりつかまっててぇええ」

「ひゃぁっ」

 浮遊感にちいさな悲鳴をあげるアンジェを抱きかかえ、跳んだ。

 俺は少し焦りながら、凹凸の少ない着地点を探して集中する。


「よぉっしぃぃぃ」

 足が地面に着き、その衝撃で靴裏の氷が砕けた。滑る勢いが徐々に弱くなったところで、体を横に捻ってスケートでするように停止した。うん、無事停止、無傷だ。




「シャーロット? カプリス、クロエ!」

 着地の余韻に浸る間もなく、アンジェが声をあげた。

 視線を追うとそこには寄り添い固まって小さな魔法の火で暖をとる3人の姿があった。


「アンジェ……とヌィなの?」

「……幻覚……じゃない……っすよね……」


「うん、本物だよ、みんなを探しに来たんだ」

「……よかった……助かったんですね……」


 寒さに震える3人、体力は減らしているようだが、大怪我などはなさそうだ、よかった。




「今、暖めるね」

『Plamya/炎/フレイム』


「あったかい……」

「クロエが火属性の魔法が使えたから何とか持ちこたえてたっすけど」

「あまり大きい火は使えないのでギリギリでした……」


 アンジェの放った大きな炎で空間の空気が一気に温まり、凍えていた3人の表情も緩やかに蕩けた。

 それとともに照らされた周囲には、蝙蝠や蜘蛛といった魔獣の残骸が無数に転がっている。



「魔獣が次々に押し寄せて来た時はどうしようかと思ったけれど、今思えば幸運だったわ」

「ええ、蝙蝠や蜘蛛の魔結晶のおかげでマナ切れにならずに済んだのです」

 暖を取る火魔法にこれらの魔獣の魔結晶を利用したと言うクロエ、とても自分のマナ量では火を維持することは出来なかったそうだ。

 魔結晶の質はどれも丙や丁とそれ以下のモノだが、逆にそのお陰でマナを取り出して利用するのは楽だったそうだ。


「でもコイツら襲い掛かってきたという感じじゃなかったんすよねぇ、何かどこかから追い払われて移動して来たって感じがしたっす」

 慌てて逃げ出した大量の蝙蝠や蜘蛛を最近見た覚えがある……かなりの距離はあるが、もしかしたらこの鍾乳洞は火の山の鉱山と繋がっていて、そこから逃げて来たということはないだろうか。本当にそうだったとしても状況を悪化させたのではなく助けになったということなのでよかったけれど。




「うん、私はもう動けそう、カプリス、クロエはどう?」

 立ち上がり躰をほぐす3人、これならば皆自力で歩いて脱出できそうで一安心だ。


「じゃぁ、一緒に出口を探そうか」

「……えっと……アタシたちが滑って落ちて来た場所以外に道はなかったすよ……」

「散々捜索しましたが、いくつか人が通れぬほどのモノがあるのみでした」

「ヌィとアンジェはロープとかを使って降りて来たんじゃない……の?」

「……わたしとヌィも滑って落ちたの」


 …………


「じゃぁ、来た道から戻れる方法を考えるしかないね……」

 落ちて来た通路の近くまで皆で移動して見上げる。

 高さは2階建程でほぼ垂直、多少の凹凸はあってもそれは滑らかで足場にはならないうえに表面には水滴が流れている。

 岩肌を刻み足場を作りながら登れたとしても、皆を引き上げる補助具は必要だろう。



「ロープとか誰か持ってないかな」

 呟くと、誰かが俺の腕にロープの束をかけたのだろうか、紐状の重みが左腕に掛かる。

 ずっしりと重たいその感触によろけて後ろへと引き摺られぇぇええ!?


「うわぁあああ」

「ヌ、ヌィ!?」


 腕に巻き付いたロープ、それはぬるりとした粘液に包まれた脈打つモノだった。

 巻き付きながら上腕へ這い上がり、締め付けて引き寄せる。


「ロ、ローパーっす」

 振り返った背後に見えたのはぬらぬらと蠢きながら伸びる何本もの触手。

 タコやイカのような軟体動物のそれは石筍のひび割れから伸びており俺を引き寄せる。

 一見ただの石筍のように見えるがあれは殻なのだろう、きっとオウムガイやアンモナイトのような生物なんだと思う。


 と、考えている間にもズルズルと躰が引き寄せられる。タコやイカが特別苦手だと思ったことはなかったが、肌に直接巻き付き這い上がる触手の感触にぞわぞわして力が入らない。

 既に右腕にも別の触手が伸び、握ったナイフで斬り裂くことも難しい。




『Ogon' St…… /火……/ファイ……』

 アンジェが詠唱していた魔法を中断した、俺が既にローパーの本体近くまで引き寄せられているので躊躇したのだろう。


「くっ、撃てないっす」

 カプリスはクロスボウを構えていたがやはり俺の所為で撃てずに構えを解いた。

「シャーロットッ!」

 クロエは皆へと近づく触手を剣で薙ぎ払おうと奮闘しているが、ぬるりと揺れる触手を斬ることが難しく、払いのけるだけで精一杯のようだ。



「任せてっ」

 シャーロットの構えた細剣の刃が仄かな緑色の光を帯びた。


『旋風 ウェルテクス』

 振り下ろした刃が皆に迫る触手を切断し、巻き起こった風が切断された肉片を吹き飛ばす。

 クロエの剣では斬れなかった触手をその細い剣で次々と切り裂いていく。


「魔法剣よ、刃に魔法を纏わせて斬るの」

 幾重にも重なって唱える通常の魔法と異なるが、先ほどの言葉で発動するのだろう。

 刃に魔法を纏わせるのか……


 俺にも使えたらとナイフの刃を見つめる、だが一朝一夕で覚えられるモノでもないだろ。

 でも、お陰でこの触手から脱出できそうなヒントは貰えた。



『Elektricheskiy shok/電撃/エレクトリックショック』

 魔法剣ではない通常の魔法だが電撃をナイフの刃に流し込む、僅かに刻んだ傷口から流れ込むその衝撃にきつく絡みついていた触手が力を緩めた。

 まだ巻き付く触手から完全に逃れられてはいないが、俺は筋肉にマナを注ぎ込み強化した力でローパーから無理やり距離を取る。



『突風 インペトゥス・ヴェンティ』

 シャーロットの振り下ろした細剣から風の刃が飛んだ、それはしつこく俺に絡みつき伸ばされた触手を両断し、ようやく俺はローパーから逃れることが出来た。


「ありがと、シャーロット助かった」

「どういたしまして、でもまだ戦いは終わってないわよ」

 数本の触手を斬り落としたくらいではなんともないのだろう、ローパーはまだ無数の触手を蠢かせ伸ばす。それは動くものを手当たり次第に狙っているようで、斬り落とされた触手をも捉えて引き寄せる。


「うげぇ……」

 咀嚼音と粘液の音が混ざって不快な音をたてる。切断された触手を捕食するその様子は見てて気分のよいモノではない。あんなふうに噛みつかれていたらと想像すると思わず背筋に悪寒が走って身震いがし、尻尾も内に巻く。



『Ogon' stena /火壁/ファイアウォール』

 アンジェが炎の障壁でローパーを押さえ込む、どうにかこれで一旦は落ち着けそうだ。


「剣では押さえ込まないと斬り辛いですが、魔法は有効のようですね」

 クロエは転がっている触手を地面に押さえつけて切断し、続けて炎に放り投げて焼いた。

 うねうねと苦しみ暴れる触手は気持ち悪いが、ちょっと食欲を誘ういい匂いがする。


 どこからかぎゅぅとお腹が鳴く音がした。ここに閉じ込められていた3人は碌に食事も摂れていないのだろう。



「えっと、焼いて食べてみる?」

「いや、やめてほしいっす」

「流石にあれを食べるのは嫌よ」

「炎で倒せてもその後匂いで食欲を刺激されて苦しめられそうですね……」

 どうやら空腹でもローパーを食すのは遠慮したいようだ、ローパーだからダメなのか、タコイカがそもそもダメなのかは知らないけど。



「うーん……じゃぁ今は食べないとしても、どうしても困った時の為に保存しておく?」

 首を傾げ目をぱちくりしてアンジェが俺に尋ねる。


「そうしよっか」

 俺と一緒に旅の為に食材の準備をしたアンジェの言葉の意味を理解し、俺はその提案に同意した。すぐにナイフを鞘に納め、ゆっくりローパーへと近づく。



「じゃぁ、いっくよぉ」

『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』

 アンジェの魔法でローパーが水球に閉じ込められ、炎の壁が消える。


『Zamorozit'/凍結/フリーズ』

 駆けだした俺は水球から伸びる触手を躱し、両手をあてて水牢を氷牢へと変えた。

 石筍は凍り付き、あれだけ蠢いていた触手が力なくだらりと地面に落ちる。

 冷凍ローパーの出来上がり、すぐに脱出できなかった時には非常食になるだろう。あまり気は進まないが、背に腹は代えられない。



「やったわね」

「ふぅ……どうにか助かりましたね」

「まだ助かってはないっすよ、何にも解決してないじゃないっすか」

 疲れた表情の3人だが、これだけ喋れるならまだ、体力は持ちそうだ。


「いや、今の戦いで脱出方法を思いついたよ、カプリス手伝ってくれる?アンジェも」

「アタシっすか?」

「うん、どうしたらいい?」

 2人を引き連れ、俺は垂直の壁へと向かった。






「いっくよ」

『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』


「はい、いいっすよ」


『Zamorozit'/凍結/フリーズ』



「よっ、はっ、と次いいっすよぉ」

「「おぉお」」

 皆より視線の高くなったカプリスが手を振ると、シャーロットとクロエが歓声をあげた。


 アンジェが放った水牢に、カプリスがクロスボウの矢=ボルトを差し、俺が凍らせる。

 繰り返すとボルトの足場が付きの氷壁が高さを増し、俺たちが落ちて来た通路へと届いた。

 元々の通路の床よりも氷壁の高さをちょっと増しておけば、登った先の床で滑っても下までは落ちることはないだろう。






 心配そうに覗き込むティノに迎えられ、俺たちは無事に鍾乳洞を脱出した。

 数を増していた獲物の火喰鳥と共に日の暮れかけた山を下りる。


 夕日に染まるリオーネの街を眺めていると、ほっと安堵の溜息が漏れた。

 リオーネに着いてからは少し慌ただしいかったから、次の目的地タウロスを目指すのは少しのんびりしてからでもいいかもしれないな。



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