第十一話 ロストインザマウンテン
「獅子の試練の護衛良く成し遂げてくれた、感謝する」
リオーネ領主フレアの父ヴルカンから帰還した俺たちに礼の言葉が述べられた。
「い、いえ大百足との戦いでは逆にフレアとリオに助けられました」
「いいえ、そもそも無謀に先行した私の所為でヌィ殿に怪我を負わせてしまったからです」
俺が恐縮し大百足との戦いについて告げると、リオは役割を果たしたと擁護してくれた。
「それに、大百足との戦いは獅子の試練を終えた後、護衛依頼完了後のことだ」
フレアからもフォローを貰うが、普通は帰還するまでが護衛任務、俺はもっと強くならねばと静かに決意をした。
「依頼した側がこう言っておるのだ、ギルドにも立派に勤めた旨報告する」
ヴルカンは有無を言わせず認めさせた後、相好を崩して言葉を続けた。
「2人の成長は君たちのお陰だ、しばらくは当家に留まって療養しなさい」
ヴルカンは獅子の試練を終えた2人の成長をとても喜んでおり、俺たちと一緒に行かせたことを正解だったと満足している様子だ。
療養という点では俺の腕の傷は既に痛みが引いているし、ティノもそれほど酷い傷は負っていないのでそれほど必要でもないのだが、ここは素直に好意に甘えることにした。
決めたのは折角の温泉なのにまだ入れていないからだ、あぁ早く温泉に浸かりたい。
「え!?うわぁ、ご、ごめんなさい」
念願の温泉の扉を開くと、そこには湯気に浮かぶ白い肌のなだらかなシルエット……
またもや入浴中のリオと鉢合わせてしまい俺は慌てて背を向ける。
「うふふ、気になさらないでください、もう上がりますから」
湯から上がる水音、水気を拭き取る布の擦れる音に俺は慌てて耳も背ける。
「そうだ、折角ですので御背中をお流しいたしましょうか?」
耳元で小さな声が囁く。
「えぇ!?と、とんでもないですっ」
今の俺は尻尾の先まで真っ赤かもしれない。
「くすくす……残念、ごゆっくり寛いでください」
いたずらっぽい、からかうような言葉をリオは残していった。
「あれ?ヌィ顔が赤いよ、具合が悪いの?大丈夫?」
湯上りにアンジェから指摘され顔を背ける、えっと長湯した所為だと思うよ、たぶん。
▶▶|
「はい、依頼達成お疲れ様です、はぁぁ、皆さんのおかげで助かりましたぁ」
翌朝、依頼完了報告でギルドを訪ねた。受付のトリルビィは領主の依頼を無事達成できたことに深く安堵の域を漏らした。
報酬をマナで受け取り、ホルダーにはギルド評価の銅星が一つ追加された。こうして目に見える形で成果が確認できるとちょっとうれしい。
「ところで、皆さんリトルスクエアというパーティとお知り合いだったりしますか?」
「シャーロット達でしょ?王都から一緒に来たんだよ」
眉を下げたトリルビィにティノ答える。
同時期にリオーネを訪れたことから知り合いと推測したのだろうけど、何の話だろう。
「シャーロット達、えっとリトルスクエアがどうかしたんですか?」
「ん……何かあったと断言できる事ではないのですが、昨日の依頼を受託した後の完了報告がないもので」
うーん……依頼に張り切り疲れて報告を忘れているのだろうか、3人ならばありそうだ。
「じゃぁ、私達が宿の様子を見て来ます」
「ありがとうございます、助かります」
ギルドから出てすぐに宿へ向かったが、そこでリトルスクエアが昨晩宿へ戻っていないことが判明した。宿代は支払い済みのうえ、夕食の準備も頼んでいたらしい。
「なにがあったのかな……」
「「ヌィ、探しに行こう」」
「あぁ、もちろん」
彼女らの無事を祈り、急いで装備を整えて捜索へと乗り出した。
リトルスクエアがギルドで受けていた依頼は街から近いコーダ山での調査や討伐依頼数点、それを手掛かりに順に捜索して行こう。
▶▶|
「アンジェ、いっぱい黒い羽根が散らばってる、ここで食べたんじゃないかな?」
「うん、食べたかはともかく、ここで火喰鳥を狩ったみたいだね」
山を登り始めるとすぐに彼女らが狩りをしたのではと思われる痕跡を見つけた、受諾していた依頼の一つ火喰鳥討伐の跡だろう。
凄惨な戦い跡という訳ではないので、ここでは難なく討伐を達成したのだろう。
「ヌィ、ボードを曳いた跡が少し残ってるから、こっちに進んだみたい」
「わかった、跡を追おう」
僅かに残るタイヤ跡を頼りに山道を進む。火の山と比べると低い山なので登りやすいのだけれど、そのかわりに草木が生い茂っているので別の苦労がある。
途中に2か所、同じように黒い羽根が散らばった戦いの痕跡を見つけたが、どちらも何か事故があったという雰囲気ではない。
山道のタイヤ跡が途切れる。どうやら道を逸れて脇の斜面を下ったようだ。
「この先から水音がする」
「じゃぁそこでごはんを食べたんだね」
踏まれて茎の折れた草を辿り、斜面を下るとそこには小さな川が流れていた。水のせせらぎと水気を含んだ空気の清涼感、確かにちょっと躰を休めるには良い場所だ。
「ふふん、やっぱり」
川辺には残された小さな焚火跡を見つけてティノが胸を張る。
だが街からの距離と燃え尽きた灰の様子や匂いから察するに昨日昼頃のモノだと思う。
だけど、焚火跡よりもその近くの地面に何か引き摺ったような跡が気になる。
川から伸びるその跡、魔獣に襲撃されたというようなモノではないようなのだけど……
「うわぁ」
その場で休憩して持参した軽食を食べていると、ソイツが川面から姿を現した。
「ヌィ、シャーロットたちはこれに驚いて逃げたんだよ」
アンジェが少し顔を強張らせながらソイツを見つめ、ぬらぬらとした粘液に包まれたソイツは重そうな瞼の目でこちらを睨み返す。
大きく平たい頭には裂けた大きな口、短い四肢で支えられた太い胴体と扇平でひれ状の尾を引き摺り近づいて来る。
「あれはオウサンショウウオだよ」
「ティノが知ってるってことは」
「うん、美味しいんだって」
「えぇぇ……」
やっぱり……ティノの持つ魔獣や魔物の知識のほとんどは食べられるか否かだ。
頭の瘤を王冠に見立ててこの名がついたのかもしれないが……その外見は粘液でぬるぬるとしていて体中瘤だらけだ。
コイツを食べたいとはあまり思えない……好き嫌いのないアンジェも少し引き気味だ。
「ティノ、おれたちも逃げようか」
「逃げ出さなくちゃいけないほど強くないと思うよ?」
「ほら、ボードもないし、皆を探さなくちゃだからここで焼いて食べてる時間もないよ」
「そっかぁ、じゃぁまた今度狩りに来ようね」
アンジェの言葉にティノも了承し、俺たちはその場から川上へと逃れた。
オウサンショウウオは食べ物の匂いにでも釣られて現れたのだろうが、それ以上こちらを追って来るような様子はなく、少し安心する。
もしかしたらシャーロット達もこうして川上へと向かったのだろうか。
「あっ!火喰鳥!」
ティノの見つけたそれは仕留められた獲物、ボードに摘まれたモノだった。
「これはシャーロット達のだね」
アンジェが確認して断言する、俺はその周囲を探るが近くに3人の気配はない。
ボードはきちんとロックされ置かれているのでこの場から遠くへ離れたとは考えづらい。
「やっぱり、この奥かな……」
「だと思う」
ボードの背景に見える岩肌、そこにはぽっかりと大きな洞窟の入口が口を開けていた。
山中を探せば見つかると思っていたけど、洞窟の中で迷子か……これは思っていたより捜索が難しいかもしれない。灯りの魔道具やロープなどの道具が欲しいが、取りに戻るよりはできる範囲を先に捜索した方が良いだろう。
くんくん……洞窟からは湿った空気の匂いが伝わる。火の山と違って可燃性のガスの心配はとりあえずなさそうだ。
『Fakel/松明/トーチ』
アンジェに安全なことを伝え、魔法の火を灯してもらうと洞窟の暗闇が照らされる。
その岩壁や天井、床はかなり湿っており、落ちた雫が小さな波紋を広げて水音が響く。
鍾乳洞と呼んだ方がいいだろうか、天井にはつららのような鍾乳石がいくつも垂れ、地には石筍や石柱が見られる。
同じ地下空間と言っても月の神殿地下迷宮や火の山の坑道とは随分と雰囲気が違う。
また、その違いは見た目だけではない、地面は湿り所々に水が溜まり、凹凸が多いので非常に足場が悪い。
「つめたっ」
おまけにティノは裸足だ。山や岩場を駆けるのは平気でも夏なのに冷えたこの空気と冷たい水たまりは辛いだろう。作って貰ったブーツはあるのだが、今回は用意して来なかった。
「ティノには外で待っててもらったほうがいいかな」
「え、でも……」
「お願い、暗くなってもわたし達が戻らなかったらギルドに場所を伝えて依頼を出して」
「うん、わかった気を付けてね」
心配そうに見つめるティノをその場に残し、アンジェと2人で鍾乳洞へと踏み込んだ。
「アンジェは寒いの大丈夫?無理しちゃだめだよ?」
「うん、ちょっと寒いけど平気」
アンジェはそう応えるが、僅かにその躰を身震いさせている。
「シャーロット達が昨日からずっとここに居るんだとしたら……」
心配そうに眉をひそめるアンジェ、確かに夏の薄着でこの気温では風邪をひくだけでは済まないかもしれない。
焦るその気持ちがまずかったのだろう……
「え!?わわっ、ヌ、ヌィ!」
こちらに手を伸ばしてばたばたと慌てるアンジェ、その姿がゆっくりと俺から離れる。
水に濡れて傾斜の付いた足場を後ろへと滑るアンジェ、それは初めてのスケートで転びそうになって慌てる姿の様に見えるが、今はそれを微笑ましく感じてはいられない。
「今、行くから慌てないで!」
「わ、わわっ」
アンジェは頷き、その動きでも転びそうになりながら必死にバランスを保つが、足場の傾斜は増し、どんどん俺から遠ざかって行く。
この足場では走って追いつくのは難しそうだ、それならいっそのこと……
「俺も滑った方が速そうだね」
『Zamorozit'/凍結/フリーズ』
足元の水たまりを靴ごと凍り付かせ、石柱を掴んで勢いをつけて滑った。俺は水飛沫をあげながらアンジェの元へと一直線に向かう。
「お待たせ、もう大丈夫」
「わぁっ、あ、ありがとぉ」
正面から抱き着くように支えると、アンジェはほんのりと顔を赤く染めた。




