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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第九話 Lode of Lione


「「あ゛……あ゛ぁ゛……ぁ゛……」」

 坑道にこだまするフレアとリオの苦痛の声。

 床から噴き出した赤い炎がなおも二人の左足を焼く。


「フレア、リオ!!」

 突然の事態に二人の傍へ駆け寄ろうとする俺、アンジェ、ティノ。


「待てっ!!……くっ」

「もう……ちょっとで終わる……からっ」

 だが二人は苦痛に耐えながら俺たちを制止した。




 やがて炎は鎮まり、二人は表情を緩める。

 よろけて腰をついた二人の左足には記号のような赤い痕が刻まれていた。



「「「な、何ってことしてるの!!」」」


「ちょっとっ!二人とも足診せて」

 慌てて駆け寄り、その炎に包まれた足を手に取って診る。

 炎に包まれていた足にはうっすらと光る赤い痕が残されてはいるが、酷い火傷を負ったというようなことはないようだ……よかった。


「心配するな、まだ熱いが痛みはもうない」

「まぁ、意外と大胆なのですね……ぁっ意外でもなかったかしら……」

 フレアはやれやれといった表情、リオは何かを思い出したように少し顔を赤らめた。


「むぅぅ……本当に平気なの?でも念の為」

『Ostyt'/冷却/クール』

 足に残る赤い痕に手をあてて、温度に気を付けながらゆっくりと冷やしていく。


「ヌィ、なんだこれは……魔法……なのか?」

「あっ……ひんやりして気持ちいぃです……」

 印付近のマナの流れが活発な気がするが、これは傷を癒す自己治癒力の所為だろうか。

 次第に熱は下がり、火傷跡が残る心配もなさそうだ。



「すまない、詳しく説明するとついて来てくれないんじゃないかと思ってな」

「これが獅子の試練なのです」

 俺たちが聞かされていた依頼内容は二人の儀式の護衛として火の山坑道をめぐること、儀式の詳しい内容までは聞かされていなかった。



「はぁ……いったい何の為にこんな儀式を……」

「リオーネを納める者として必要なことなんだ」

「自らの身にリオーネの火を熱を覚えさせるのです」

 この儀式はこうして自らを焼き、この地を開拓した祖先の苦しみを知る為だそうだ。

 そして、それを知ることで自らの火の魔法属性を高めるらしい……



「ありがとう、もうすっかり楽になったわ」

「あぁ、助かった」


「むぅ……二人ともこんな無茶なこともうしちゃダメだよっ」

「はぁ……じゃぁ儀式も終わったことだし早く帰ってお肉食べよ」

 アンジェが頬を膨らませ、ティノが溜息をつくと、フレアは申し訳なさそうに口を開いた。

「いや……試練はまだ終わりじゃないんだ」


「さぁ、では次の祭壇へ向かいましょう」


 …………




 ししの試練とは宍あるいは四肢の試練なのかもしれない。

 試練の祭壇は四ヶ所、各祭壇に供物の宍=鹿や猪を捧げ、四肢=左足、右足、左手、右手に試練に耐えた証を刻む。

 苦痛を受けることを知っていて何度も繰り返さなくてはならない、その様子を見て聞いているだけの俺たちとしても辛い……厳しい試練だ。

 道中何度も魔獣に襲われたが、戦っているほうが余程気が楽だった。



 ▶▶|



「「「はぁ……」」やっと終わった……」

 右手の痕の手当を終え、俺たちは安堵の溜息を洩らす。

「お疲れ様です、お二人とも立派でした」

 瞳を滲ませるブリジットが荷物を背負い帰り支度を始める。



「いや、まだだろ?」

 フレアの言葉にぎょっとして皆が振り返った。

「そうですよ、星の結晶をまだ手に入れてないではないですか」

「ふっ、今度はこちらが手伝う番だ、心当たりもある」

 リオとフレアの言葉にハッとする、どうやらアンジェもティノも自分たちの本来の目的を忘れていたようだ、もちろん俺もすっかり忘れていた。



 ▶▶|



「いかにもって感じのところだね……」

 広がった坑道を閉ざす大きな金属の格子扉、それはまるで何かを幽閉している牢獄のようにも見える。


「廃坑となる以前から閉鎖されている領域らしい、星の結晶とやらがある可能性は高い」

 フレアが鍵を手に格子扉へ近づき……錠の外れる金属音が静寂の中響く。

 鍵を開けるその手の印がうっすらと光ったような気がした。


 扉が開いた瞬間、むわっとした熱気と匂いが急激に押し寄せる、今までは格子扉がそれを閉じ込めていたとでも言うのだろうか。

 全員が中へ入ると、扉は軋みながら音を立てて閉じたが、それを気にしながらも俺たちは先へと進んだ。




「来るよ、下がって」

 地面を伝わる小さな振動、それは月の神殿地下で覚えのあるモノ。

 坑道の壁を突き破り、ソイツが姿を現した。

 口から粘液を垂らし、そのくすんだ皮膚を波打たせ地中を這う虫、ワーム。



 接近に気が付いたお陰で距離はとれたが、奴は半身を起こし、こちらに狙いを定めて口を開いた。

 ワームの躰がしなり、噴出された鉱石が俺の頭部を狙い迫る。

 首を傾けて避けようとしたその時、鉱石は炎を纏った弾丸と化した。


「うゎっ」

 鉱石は命中しなかったものの、炎は俺の頬と髪を僅かに焦がす。

 鉱石自体かヤツの粘液かに発火性の成分が含まれているのかもしれない、神殿迷宮のワームと同じだと思っていたらヤバそうだ。


「きゃぁーーっ」

 だが、その思考から備える間もなく、背後から押し寄せてきた突風、灼熱、大音響。

 躱した弾丸が溜まっていた可燃性ガスに引火したのだろう。

 辿って来た坑道……退路は燃え盛る炎の壁で閉ざされた。



 こんな状況だが敵は待ってはくれない、ワームは追撃の姿勢、その躰がしなる。

 残念ながら岩や氷で壁を作っている暇はない。


「させるかぁっ!!」

 脚にビリビリと電気が走り、一気に加速する。

 振り下ろされるワームの躰、俺は躰を低くして滑り込み、顎下からナイフで突き上げた。

 仰け反ったヤツから噴出された鉱石に勢いはなく、ヤツ自身の頭上で発火して落下した。

 ワームは自らの攻撃をその身に受け、炎に包まれる。


「なっ」

 小石が跳ね、土埃が舞い、ワームは姿を消した。

 迷宮のワームのように炎にのたうちまわることはなく、ヤツは地面へと潜ったのだ。



「戦わないで済むなら丁度いいじゃないか、この場から離れるぞ」

 フレアの指示に従って皆で坑道を駆けだした。

 進むほど熱気は増し空気は淀むが、今はこの狭い通路を抜けるのが先決だろう。


「ワームは逃げた訳じゃないみたい、追って来てるよ急いで」

 最後尾を走る俺の足に伝わる地面の振動が徐々に大きくなる、地中を這っている割に追いかける速度は速い。


 俺の前を走るリオの足元に亀裂が走った。


「きゃっ」

「っとごめんっ!」

 俺は咄嗟にリオを抱きかかえ、地面から湧き出したワームを飛び越えた。


「ティノ、アンジェとブリジットを頼む」

「うんっ」

 ティノは2人を両脇に抱え、先頭を駆けるフレアに続く。

 進む路に次々に亀裂が走る、どうやら俺たちを狙っているのは1匹ではないらしい、次々に地面や壁からワームが湧き出す。

 皆小さな悲鳴や驚愕に声をあげながらもぎりぎりで躱して避けながら駆ける。

 だが背後の地面がボコボコと波打ち、追いかけるワームの数がとんでもないことに。



 ワームの群れに追われながら必死に狭い坑道を駆け続けると急に目の前が開けた。

 左右に空間が開け、天井は高くなり、足元の地面は消え、広がる深い裂け目。


「停まるなっ、駆け抜けろ!」

 唯一の進路、裂け目にかかる鎖で作られた吊り橋に駆け込む。

 大きく揺れながら金属音を立てる吊り橋を駆け抜け、対岸の固い地面を踏みしめると、やっと息をつくことが出来た。

 振り返ると断崖に現れ落下して行くワーム達の姿が目に映った。

 はぁ……どうにか一先ず危機を乗り越えたようだ。




「気を抜くのは早いかも、ヌィ、この先から濃いマナを感じるよ」

 アンジェが吊り橋を渡った先の暗闇の先を指す。

 その声に反応してフレアの魔道具が暗闇を照らすと、緋色を帯びた岩の亀裂から黒い結晶が覗き、煌めいた。

 闇のように黒い結晶、それは内に炎を閉じ込めているかのように揺らめき、煌めく。

「あれが……星の結晶……」

 どうやら求めていた火の力の籠る星の結晶を探し出せたようだ。



「あの周りの岩……もしかしてあの輝きは火廣の鉱石では」

 ブリジットの目に留まったのは星の結晶だけでなかったらしい、その周囲の岩が気になったようで、惹かれるように暗闇へと踏み出す。



 Grrrrrrrrr……

 低い唸り声が響き、緋色の岩の奥が明るみだす。


 Gaaaaahhhhhhhhhh……

 静寂を引き裂くような咆哮、暗闇の空間が蜃気楼のように揺らめく。


 そこに在ったのは獅子の姿を模った燃え盛る炎だった。




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