第八話 Lord of Lione
「領主ヴルカン・ラッセル様がお待ちです」
黒服に案内されて一際立派な扉をくぐる。
そこは最初に案内された部屋よりも更に品の良い上級な調度品が置かれ、美しい花や絵画で装飾が施されていた。
「急な呼び出しに応じてくれて感謝する」
やさしく丁寧な言葉で俺たちに声を掛けた20代半ばほどの赤髪の男、彼がこの屋敷の主、そしてリオーネの領主とのことだ。
その接し方は友好的でとても好印象、だけど俺は初めての貴族との対話に緊張して尻尾にも力が入る。
「おぉ、ヌィとアンジェじゃないか驚いた、久しぶりだな」
初めて気づいたように声を掛け微笑むフレア、あれ?
浴室での再会……
俺は慌ててその場から逃げ出したけれど、フレアが女の子だという秘密を知ってしまった。
しかし、この態度……先ほどのことはなかったことにしてくれという意味だろうか。
「う、うん、久しぶりだね、えっと、ここフレアの家だったの?へぇ驚いたよ」
「ぇへへ、久しぶりだね、元気だった?」
「あぁこの通り壮健だ、だがヌィは何か様子がおかしいな……どうした?」
うぅ、精一杯頑張って意図に乗ろうとしたのに、なぜフレアがつっこむ。
「ふふ、緊張されているのではないですか、多少の不作法は目をつむります、どうか楽にしてください」
そのやさしいフォローの声で少し落ち着きを取り戻し、俺は顔を声へと向ける。
俺を見つめるまなじりの上がった赤い瞳の目、艶やかな赤髪が揺れる。
朱糸と金糸で刺繍が施された上品なドレス、白く透き通る様な肌は繊細で、その頬をほんのりと紅潮させ微笑む少女。
「息子のフレアと姪~フレアの従妹のリオ、依頼はこの二人に関することだ」
「ヌィとアンジェは友人だが、そちらの方とは初対面だな、フレアと言う、よろしく頼む」
「リオ・ロッシと申します、どうかお力をお貸しください」
従妹?……リオの微笑はポカンと口を開けた俺に向けられている。
浴場で出逢ったのは彼女だ……短く見えた髪は入浴の為に纏められていたのだろう、今は長くしなやかに揺れている。
「ではえーと……」
ヴルカン卿が視線をこちらに向ける、そういえば紹介がまだだった。
「おれがヌィで彼女がアンジェ、フレアとは講習で一緒でした、そして彼女はティノです」
「おぉ、では貴方が銀ランクパーティ、ワイルドガーデンの」
ティノのいたパーティは南で有名だったという、それはヴルカン卿にも届いていたようだ。
「うん、解散しちゃったけどね」
「なんと!?それではリード様や他の方々は」
ティノの言葉に慌てるギルドからここまで案内をしてくれた黒服の男。
どうやら、依頼は銀ランクパーティのワイルドガーデンへするつもりだったらしい。
「申し訳ない、こちらの早合点があったようだ」
卿は少し気を落としながら詫び、依頼のことは気にせずディナーを共にし屋敷に泊まってくれと言ってくれた。
「依頼の件は残念だったが、こうしてまた逢えてうれしい」
テーブルにはグラスと突き出しが運ばれ、フレアが口を開く。
「私もお近づきになれてうれしいわ、リオーネにはどのような御用でいらっしゃったの?」
続くリオの言葉、視線は俺に固定されている気がするけど深い意味はないよね?
「んっとね、火の山に行くんだよ」
「な!?」
漂ってくる料理の香にご機嫌な様子で口にしたティノの言葉。
だがそれに対してヴルカン卿から驚きの声が漏れ、周囲の空気が固まった。
なんだろう……何かまずいこと言ったのかな?
「御存じですか?火の山には森より厄介な魔獣が潜んでるのですよ?」
「その通り、3人だけ、しかもハンターになりたての2人には危険な場所だ」
次々に口を開くリオとフレア、でもその言葉とは裏腹に2人の瞳は何かを期待するかのように輝いている。
「フレアの家族になら事情を話しても平気だと思うよティノ、ねぇヌィ?」
自分の発言がまずかったのかと口を押えるティノをアンジェが安心させようとし、俺に話を促す。
「そうだね、えっと……火の山へどうしても行かなくてはいけない事情があるんです」
神殿での出来事と火の山へ向かう目的、俺とアンジェも銀ランクであることを話した。
「そんなことがあったのか……本当に無事でよかった」
「叔父様、銀ランクハンターの護衛、条件は満たしているのではないでしょうか?」
「ううむ……しかしお前達と年の変わらぬ子供だぞ」
フレアが安堵の表情を見せたところで、リオは別の顔を見せた。
そこにはこれから何かを為そうとする意志が込められているように見える。
ヴルカン卿はしばらく頭を悩ませていたが、フレアもリオ側に付き、終には意を決した。
「では改めて、銀ランクハンター、ワイルドフラワーズにリオーネ領主ブルカン・ラッセルより獅子の試練護衛任務を依頼したい」
▶▶|
「さぁ、では出発いたしましょうか」
真新しい白いワンピースに細剣を携えたリオの声で2頭立ての竜車が動き出す。
どうやら護衛が見つかり次第すぐに出発できるよう準備は整えられていたようで、翌日早速ラッセル家を発つこととなった。
「忙しなくてすまないな」
フレアがこちらを気遣い声をかけるが、当人もこの日を待ち望んであろう表情を見せる。
「へいきだよ、私たちも火の山に行くつもりだったし丁度よかったんだから」
アンジェが答え、ティノと俺もそれに頷いた。
「ブリジットも急な呼び出しに応えてくれて助かった」
「とんでもない、元々火の山にご一緒させて欲しいと望んだのは私ですから」
ブリジットと呼ばれた10代半ばの女性、彼女も今回の同行者だ。
「親父が火の山を見ねぇうちは一人前じゃねぇてうるさくて、うんざりだったんですよ」
彼女の家はリオーネで鍛冶屋を営んでいるらしいが、今回彼女の役割はリオの世話と荷運びとなっている。
メンバーはこの3人+俺たちワイルドフラワーズの計6人。
パレットはラッセル家に預け、リトルスクエアは早速ギルドでいくつかの依頼を引き受けたそうだ。
竜車はリオーネ山岳地帯で一際大きい火の山と呼ばれる山を目指して北東へ進む。
そこは王都から見たら南東の場所、俺たちの持っている古地図ではそこにラッセルの街があると示されていた場所だ。
竜車が進むと建ち並ぶ石造りの建物の跡が見えて来た、廃墟というよりもはや遺跡と呼んだ方がよいかもしれない、火の山の麓、かつてレオーネと呼ばれた街の跡だ。
「今日はここで野営をして明日試練に挑む」
街跡の最奥、山に近い開けた場所にテントを設営する為に竜車を停めた。
「それとすまないがヌィ、アンジェ、久しぶりに一緒に狩りに出てくれないか?」
そう言って弓と剣を手にしたフレアはとても楽し気な表情で俺たちを急かした。
▶▶|
「うわぁ、やったぁ大猟だねっ!」
リオの護衛でブリジットと共に野営地に残っていたティノがその獲物の量に歓声をあげる。
狩りから戻った俺たちの曳くボードに載った山盛りの猪、鹿に目を輝かせ舌なめずりだ。
「すっごい、さすがはフレア様ですね」
ティノに負けないくらいブリジットも目を輝かせているが、その視線の先は獲物はなく、フレアだった、僅かに頬を赤く染めている。
「ふっ、久しぶりだしまぁこんなもんだろう」
フレアはちょっと自慢気ながら、久しぶりの狩りを楽しめ、とてもいきいきとした表情だ。
「ふふ、お疲れ様です」
そんな俺たちをリオは微笑ましく見つめた。
▶▶|
「では出発しよう」
フレアの声が響き、東にそびえる火の山の所為でまだ日の差さない薄暗い山道に踏み出す。
「すごい高い山だよねぇ頂上まで登ったら、王都や月の神殿まで見えるかな」
ティノが雲で隠れた山頂を見上げて呟く、天気が良ければ絶景を見渡せるかもしれないが、その為に登れるような高さではない、果たして何日掛かることか。
まぁ、今回は山頂には登らないから安心だけど。
目前の岩肌に口を開けた横穴、闇に隠されたその先が俺たちの目指す場所。
それは古い坑道の跡、かつてはこから産出される金属で旧リオーネは賑わっていたという。
だが、今は魔獣の巣窟、ここに足を踏み入れる者は滅多にいない。
そんな暗闇に俺たちは足を踏み入れた。
「ここでは火は使わない方がいい、気を付けてくれ」
『Svet/光/ライト』
フレア達の持つ魔道具が坑道を照らした。
フレアの説明では坑道内で火を使うと爆発を引き起こす危険性があるという。
気を付けよう……俺は火属性の魔法は使えないが、雷も同様に危険だろう、俺自身が月の神殿の守護者に対して行ったことだ。
先頭のフレアが握る魔道具の光に向かい、暗闇から影が飛び出した。
Kyeeee!! Kyee!!
甲高い鳴き声と風を斬る翼の音が迫る。
一閃。
フレアの抜いた剣がその翼~皮膜を切り裂き、飛翔した影~蝙蝠の魔獣は地を転がった。
昨日の狩りではややぎこちなかったフレアだが、既に狩りの感を取り戻している。
「では改めて、出発だ」
フレアの声に続き、俺たちは坑道を進む。
岩で囲まれ坑木で支えられたその道はダンジョンよりも狭いが大型ボードがすれちがえるほどの広さはある。
道を進むと蝙蝠、蜘蛛、蜥蜴と言った魔獣と次々に出くわすが、護衛の役目を果たす間もなくフレアがほとんど仕留めて行った。
「着きましたわね、では……」
大きな鉄の扉が塞ぐ坑道の突き当り、リオが手にした鍵でその扉を開錠し、皆でその重い扉を開いた。
「うむ、あれが祭壇のようだな」
岩壁には獅子の姿が刻まれ、その前に四角く大きな赤い石の台座が鎮座している。
静寂が辺りを包み込み、この場所は他とは違う神秘的な何かを感じさせる。
「では、フレア始めましょう」
「ああ」
二人は靴を脱いで素足になり、この場所で行う儀式の準備を始めた。
「あぁあ…………」
「ティノ、戻ったらいっぱい食べさせてあげるから、ね」
2人が獲物の鹿を手に取るのを見て小さな声をあげるティノ、慰めるアンジェ。
恭しく供物となる鹿を掲げて石の台座に捧げると、その重みで供物と石の台座が沈んだ。
静寂に響く作動音、供物を捧げたことを起点として何か仕掛けが動き出したようだ。
突然、空気が弾け音が響き、床から噴き出した赤い炎が二人の左足を包み込んだ。
「くっ……ぁ……あ……あ゛……」
「ぐぅっ……っ……耐えろ……」
その状況に誰も咄嗟に動くことは出来ず、リオとフレアの苦痛に耐える押し殺した声が静かな坑内にこだました。




