第六話 ロッジ
「すまないねぇ……」
ロッジの床で倒れていたお婆さんを抱えてベッドまで運んだ。
「足まだ痛む?躰の具合はどう?」
「随分と楽になったよ……ありがとぉねぇ」
お婆さんの具合を診るアンジェ、痛めていた脚の手当はしたが躰は弱っているようだ。
「だけど、これはもうだめだねぇ……寿命だろうよ……随分とくたびれたからねぇ」
お婆さんは寂し気な表情で視線を落とす……折れてしまった古びた杖に。
どうやら杖が折れ転んで怪我をし、元々足腰が弱いこともあって倒れていたらしい。
それも丸一日ほど……
季節は夏に近いとは言え、板張りの床で怪我を負い動けないのは辛かっただろう。
「お待たせっす、申し訳ないけどキッチンを勝手に使わせてもらったっすよ?」
扉を開け部屋に入って来たカプリス、食欲をそそる鳥肉団子とお粥の良い香りと一緒だ。
「はぁ……温かいねぇ……おいしぃねぇ……ぅぅっ……ありがとぉねぇ」
お粥を口にし、もう何度目かの涙をこぼし、何度目かの感謝の言葉を口にした。
食事を摂りお婆さんは眠りに着き、俺たちも食事を終えロッジの一室で休んだ。
許可をもらいパーティで1部屋借りている。
「無事でよかったけど、あの脚じゃ動けないよね……ヌィ治せない?」
「残念だけど無理だよ、今回の怪我は薬で治るし、休めば体力も回復するとは思うけど」
でも元々杖を突かなければ歩けない状態を治す方法なんて思いつかない。
「このままじゃまた倒れちゃうよ……」
ティノがまた悲しそうな顔で俺を見つめる。
「せめて折れた杖の代わりを探したいんだけどどうかな?」
アンジェは窓の外を指差し言葉を続ける。
「暗かったから絶対とは言えないけど、山の上にこの杖の木が生えていた気がするの」
その手には折れた杖が握られている、木の枝をそのまま杖にしたモノらしい。
「それだよアンジェ!明日山に登ろ!」
ティノが喜び声をあげると、部屋のドアがノックされた。
「ちょっと相談があるんだけどいいかしら?」
姿を見せたのはシャーロット達3人、そのまま部屋へと招き入れる。
話を聞くと、彼女たちもお婆さんが心配だから回復するまで留まりたいとのこと。
俺たちもそのつもりだったと伝え、食事の準備、分担や食材について相談した。
「湖が近いのにここまで水が流れて来ていないんすよ」
カプリスが言うには建物へと水を引き込む設備はあるのに水が通っていないらしい。
「お婆さんもそのことを調べようとして怪我をしたようです」
いくつかやることがありそうだが既に夜も更けている為、調査は明日となった。
躰が揺らされ……低い地響きが耳に届く、その所為で夜中に目が覚めた。
しばらく耳を澄ますが、その後は何事もなく眠りにつく。
躰が揺らされ……低い地響きが耳に届く、まただ……
他の皆は起きだす程ではないが、僅かに瞼を動かし睡眠を邪魔された様子は伺える。
その奇妙な揺れと地響きは、数時間おきに朝まで続いた。
香ばしい香りが鼻腔を擽る、朝食はベーコンエッグに焼いたパンだろう。
そしてこのスープの香り……きっと用意してくれているのはアンジェだ。
すこし寝不足気味だが、俺は食欲を刺激されベッドから起きだした。
「……おはよ……」
「おはようヌィ、まだ眠そうだね?平気?」
エプロン姿のアンジェがぱたぱたと近づき顔を寄せ、首を傾げて尋ねる。
「……うん、ちょっと寝不足だけど……なんとか」
俺は眠い目を擦る、お婆さんはベッドだろうが、他の皆はすでに食卓についていた。
そんな中、カプリスがひどく眠そうな顔をしてるのに気づく。
「……おはよ……カプリスも夜中に起こされてた?」
「……ぇぇ……そう……っす……でも鈍感なこの二人は信じてくれないんすよ……」
「カプリスがそんな精細な神経をしているとは思えないだけですが……」
「ヌィも何度も夜中に変な音がしてたっていうの?」
「うん、山の方からだよ、方向はわかるから杖の木を探すついでに調べようと思ってる」
「わかったわ、私たちは水が来てない原因を調べてみるわね」
俺たちは山へ、リトルスクエアはロッジの掃除や水回りの確認をすることとなった。
▶▶|
「うーん、昨日はこの山にあったと思うんだけどなぁ」
アンジェが見た杖の木の場所と、俺が音を聞いた方角は一致しており、現在その山を登っているのだがお目当ての木が見当たらない。
「誰かが先に持ってっちゃったんじゃない?」
「えー結構大きな木だし何本かあったと思うんだけどなぁ」
ティノは何を言ってるんだろうと2人の会話を聞いていると目的の場所に到着した。
「ティノの言った通りだったよ、本当に先に持ってかれちゃったみたい」
「やっぱりぃ」
見るとそこにあったのは木の切り株と地面に残る倒した幹を滑らせた跡だけだった。
「昨日の夜中の音はこれかぁ、木を切り倒してた音だったんだね」
杖の木だけではなく、周辺の木が何本も伐採されている、そしてその痕跡は昨日のモノだけではないようだ。
「追いかけて枝くらい分けて貰えないか聞いてみる?」
ティノはそんな言い方をしているが、木を倒したのは人ではなく魔獣だろう。
「そうだね……追おう、でもいきなり襲ってくるかもしれないから気を付けて」
「「うん」」
地面に残っている足跡は熊くらいありそうだ、用心しながら追跡し、山を下りる。
途中で、湖の近くにあった気配のうちの1つが近づいて来た。
気配を隠しながら近づくが、隠そうとする前から気が付いていたので丸わかりだ。
「何かあったの?」
俺はその気配のする方向に声を掛ける。
「いやぁ何か近づいてくるのを感じたから偵察に来たんすけどヌィ達っすかぁ」
胸をなでおろした彼女は言葉を続けた。
「ロッジに水が来ない原因を調べてたら湖まで来ちゃったっす、そっちはどうっすか?」
「杖の木全部持ってかれちゃったから、分けて貰おうと追ってきたんだよ」
ティノの答えにカプリスは首を傾げるが、湖の近くで皆合流した。
「あ、杖の木があったよ」
アンジェの指さす湖の畔、そこには何本もの木の幹が転がされている。
「あんなにあるんなら杖の分くら分けて貰えるんじゃない?」
ティノが指さす湖上、そこには水底から積み重なる沢山の木々。
Nnnnnnnn……
突然、低く唸るような鳴き声が響く。
水面が揺れて膨らみ、大きな水音を立てソイツは姿を現した。
熊ほどの大きさ、水中から現れた茶色い体毛は水を弾き、ビロードのように滑らかだ。
平たい尾が水面を3回叩き警戒の色を示し、体毛がぬらりと光り色を変えた。
つぶらな目は一見大人しそうにも見えたが、瞳は赤黒く揺らぎこちらを睨む。
そして大きな切歯、ボーパルバニーのそれが剣だとしたらこちらは斧だろう……
「ヤバイ、あれはアーヴァンクっす!!」
「「え!?」」
カプリスの叫びにシャーロットとクロエが驚いて声をあげる。
Nnnnnnnn……aaaahhhhh
アーヴァンクと呼ばれた巨大なビーバーの魔獣が叫び声と共に襲い掛かって来た!!
突進してくるアーヴァンクにティノは腰を低くして構える。
「なぁっ!?」
カウンターを狙って肩からぶつかったティノが地面に転がされた。
「こいつぅ」
俺はナイフを構えて低く駆け、すれ違い様にその脚の腱を狙う。
「え!?」
滑らせたナイフの刃が魔獣の躰に傷を付けることはなかった。
いや、ナイフの刃は滑らされた、躰を覆う油のような分泌物によって。
ティノが地面に転がされたのも、姿を見せた際に色を変えたように見えたのもその油のような分泌物の所為だろう。
「カプリス!アイツを倒すにはどうしたらいいの?」
「いやっそこまでは知らないっすよ!」
「使えませんね……でも私たちでなんとかなるような魔獣ではなさそうです」
「みんな離れてっ」
『Ognennyy shtorm /火旋風/ファイアストーム』
アンジェの放った火の渦がアーヴァンクを捉えた。
その火はヤツの油で自身の身を焼き、業火となり、黒い煙があがる。
Gyyyaaaahhhhhh……
悲鳴のような鳴き声がこだまして響く、火属性魔法は有効の様だ。
だが、ヤツは即座に取って返して湖へ飛び込んだ。
大きな水柱が建ち、飛沫が豪雨のように降り注ぐ。
アーヴァンクとの戦いはまだこれからのようだ。




