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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第一章 犬も歩けば異世界召喚
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第四十話 遺跡地下迷宮 玖 異形


「「血の匂いがする……」」

 上層へと続く階段を上る途中、ティノと俺は同時に呟く。

 それは獣や魔獣のモノとは異なる匂い。


 階段を上り辿り着いた先、俺たちはその扉の前で立ち止まった。



「何が居るの?」

 不安な表情で尋ねるアンジェ。

「……わからない、けど戦える準備をして踏み込もう」

 俺ははっきりした返事を返せないまま武器を構え、荷物を持ち直す。


「いい?開けるよ?」

「「……うん」」

 ティノが扉に手を掛け力を込める。



「「「!?」」」

 その惨状を目撃した俺たちは言葉を発することが出来なかった。


 強烈な血と砂埃の匂い、削られ崩れた壁と床、積み重なった瓦礫。

 そして薄暗がりに浮かぶ1人の人影。


「リィドォッ!!」

 ティノは叫び、血の匂いの元である人影へ駆け寄る。

 大量の血に染まり膝から崩れそうになりながらも折れた長剣を構えて耐えるリード……

 ティノのパーティ、ワイルドガーデンのリーダーだ。


「……っ……来る…な……逃…げろ……」

 リードはティノの姿を目にし、虚ろな表情の中に一瞬僅かな喜びの表情を見せたが、それはすぐに悲痛なモノへと変わった。


「何が、何があったの!?」

 涙を浮かべ震え声のティノ。

 そのティノとリードの元へと俺とアンジェも駆け寄……


「ぁっ…………」

 何だこれ……どうしてこんなことになってるんだ……

 拉げて千切れた盾を構えたまま膝をつき動かない大男……グレアム……

 その後ろで誰かを抱きかかえたまま倒れ震えている女性……ローザ……

 そして……



「……ブレ……ンダ?」

 アンジェが涙を流しながらその名前を搾りだす。


 ローザに抱きかかえられて動かない少女……ブレンダ……

 その奥には仰向きに倒れ荒い息をする男性……調査隊のエヴァンさん……


 地獄の様な惨状を疑いたいが、目に映る光景も血の匂いも本物だ。




「……しぶとく生き残りおって……」

 暗闇で金色の目が輝き、その横長の四角い瞳孔が俺を見詰める。

「……その所為で余計な手間がかかった……生贄の血は此奴らから啜ったがの……」

 重く低く響くこの声、この口調、俺はその人物を知っている。


 床に溜まった血だまりが輝き、その中心に立つ男を照らす。

「……アイザック……先生……どうして……」

 その側頭からは湾曲した角が露わになっている。

 躰は老人のモノとは思えないほど膨らみ、足先の蹄が血に染まっている。

 左手に握られているのは折れた剣先……リードの長剣だ。


「ふむ、邪魔モノの始末はガードの仕事……後始末は神殿の守護者に任せるかの……」

 先生は現れた俺たちに対し、うっとおしい虫でも見る様な視線を向けただけだった。

 足元の血だまりが輝きを増して空間が歪み、そして先生の姿は忽然と消えた。



「「「なっ」」」

 突然、ダンジョンそのモノを揺さぶるような強烈な縦揺れが襲う。

 降り注ぐ崩れた天井の岩、ティノはリードを抱え皆が倒れる場所へ運び、俺はアンジェを傍に引き寄せる。

 更に続く揺れと轟音と地響き、それは何か得体の知れない巨大なモノが天井を突き破ってこの階層へと降りた所為だった。




 全身の毛が逆立つ……


 だが、そのモノを目にして脳の理解が追い付かない……

 その躰は鈍く暗灰色に染まる鎧で尾まで纏われている。


 支える数多くの脚は奇妙な動き方をしながら同時に動き……

 躰がゆっくりとこちらへ向けられる。


 溢れ出る濃縮されたマナ……

 尾の下で無数に蠢くように薄暗い光を放つあれは魔結晶だろうか。


 だが、ソイツからは生物の匂いがしてこない……

 他のと比べて巨大な脚……いや腕の先端が床をガリガリと削りながらこちらを向く。


 なんなんだコイツ……

 威嚇するようにこちらに腕を向ける動きと姿はロブスターのよう。

 だが金属音があげるソレは巨大な2本の破砕機を備えた巨大な重機のようでもある。



「魔導……機獣……」

 アンジェが俺の腕の中で小さく呟いた。




 積み上がった瓦礫を片腕の爪で払いのけ、機獣は多脚を動かしてこちらへとにじり寄る。

 どうすればいい?ヤツはそれほど速くはない、今ならば逃げられるか?


 入って来た扉から下層へと逃げるか?

 いや……ヤツは天井を壊してここへ降りて来た。

 下層へ逃げても同じ、追い詰められて逃げ場がなくなる


 上層か、リードなら退路を把握しているか?

 いや、エヴァンさん、リード、グレアム、ローザ、そしてブレンダ……

 これだけの負傷者を抱えてどうやって上層へ上って逃げる……


 どこかに最初に通った柱のように一気に移動できる手段はないか?

 そうだ先……アイザックが消えたのは何か仕掛けがあるはず、利用できないだろうか……



「ヌィ、ヌィッ」

 アンジェに躰を揺すられて目前まで迫った機獣にやっと気付いた。



 Grrrrrrrrrrrrrrrrrr……

 背後から小さな唸り声があがる。

 それは自分の何倍もの大きさの瓦礫を持ち上げて立つティノ


「がぁぁああああああああっ!!」

 投げられた瓦礫が機獣を圧し潰し、派手な金属音が響く。


 だが、機獣は瓦礫を払いのけ立ち上がった。



「Grrr……ヌィ、アンジェ……アイツを倒して……皆を助けないと」

 ティノは戦おうというのか……

 あれだけの重量物で潰されたのに機獣の鎧にダメージが見受けられない。


 いや、本体は無傷だが巨体を支える多脚の1本の動きが停まっている。

 ティノの攻撃がダメージを与えたんだ……


「戦うのしかないか……」

 俺はティノのお陰で初めて機獣と戦うという選択肢を得た。

「ティノ、今の攻撃は効いてる、皆から離れた場所に位置取って機獣を引き離そう」


「うんっ、わかった」

 ティノは機獣の左へ回り込み、瓦礫の山へと駆けた。


「アンジェ、俺たちは右側に回ろう」 「うんっ」

 ティノとは反対側、機獣を中心としたら俺たちが4時、ティノが8時の位置に陣取る。


「何が効くかはわからない、もしかしたら水に濡れただけで壊れる可能性だって……」

 ティノの攻撃は効いた、他にもきっと有効な方法があるはず。

「アンジェ、とにかく各属性の魔法攻撃を試して」


「わかったっ」

『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』

 アンジェの魔法が数本の脚を捕らえる。

 だが、水の塊を纏ったまま何の支障も無くその脚は動いた。




「ティノ、次の魔法に続いて!」

 アンジェが大声で呼び掛ける。


『Osedaniye /沈下/ケイブイン』

 機獣が乗り上げて足場となっていた瓦礫が崩れ巨体が傾く。



「がぁぁぁあっ!!」

 ティノは瓦礫を抱えて駆け、傾いた巨体を支えている側の脚へと突進した。



 轟く轟音と砂埃。


 ティノが飛び退いて離れると、機獣はすぐに崩れた瓦礫を払いのけた。

 だが更に1本の脚にダメージを与えたようだ、その脚はまともに機能せずに震えている。

 今のはいい連携だった、しかも機獣は動かない脚に邪魔され動きが制限されている。


 この状態なら皆で脱出できるかもしれない。



 その時、悲鳴のような甲高い嫌な金属音が響き、機獣は機動力を取り戻した。

 その破砕機のような爪で自らの動かない脚を切断して。


 ……すべての脚を止めなくてはだめか。



「おおきいのいくよっ!」

『Ognennyy shtorm /火旋風/ファイアストーム』

 アンジェの放った火と風の複合魔法、その炎の渦が機獣を丸ごと飲み込む。


「やったぁっ」

 ティノが叫びをあげる、だが、その喜びはすぐに消え去ってしまった。

 その濃灰色の鎧は僅かに熱を帯びただけで全く無傷。



「一番有効なのは地魔法とティノの物理攻撃か……」

 俺のナイフじゃあの鎧には傷一つつけられないだろう。

 間接を狙うにしても、あの巨大な爪に匹敵する威力が無ければ効かない。

 どうしたらいい……俺には状況を見守るしか出来ないのか……




「お前なんかぁぁ潰れちゃっぇえええ!!!!」

 一際でかい瓦礫を抱え上げたティノが渾身の力でそれを放り投げた。


 瓦礫が数の減った片側の脚に命中すると思われたその時、床から天井へと一筋の光の柱が現れた。


「なんだあれ……」

 光の柱の中心で空中に固定され動きを止めた瓦礫、小さな破片までもが微動だにしない。



「フロートとロックで動きを停めたんだと思う……」

 アンジェが呟いた。


『Plavuchiy /浮遊/フロート』と『Blokirovka/施錠/ロック』

 それは魔道具ボードに対して使える地と風の混合魔法。

 俺たちもクロコダイルに使ったが、それはあくまでボードに対して効果をもたらしたもの。


「きっと神殿の床や天井に仕掛けがあって発動し…………」


 俺の背後から話しかけていたアンジェの声が停まった。

 なんだこれ……アンジェの気配がしない……



 そんなことありえない。


 何の動きもなく突然消えるなんて。

 俺はただ後ろを振り返ることに途轍もない恐怖を感じる。


 後ろを振り向いたら……そこにいるはずのアンジェが失われている。


 振り返りたくない、振り返らずにはいられない……

 心はそんな葛藤に結論をだせないまま躰は反射的に背後を向く。



 そこにアンジェの姿はあった。






 光の柱に呑まれ……時が停まったかのように動かないアンジェの姿が。



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