第四話 ハンター講習 魔法訓練
「はぁぃ、これからみなさんの講習を受け持たせていただくユーリカです」
にこやかな笑顔におっとりとした口調での挨拶、ゴールデンブロンドの緩やかなロングヘアが揺れ、ついでにベストからはみだしそうな豊かな膨らみも揺れる。
ギルド裏の広場に俺たちは集められ、ハンター講習の一日目が始まった。なんだか少しドキドキする、いろんな意味で。
「15日の間、皆さんにわぁ”みっちり”と講習を受けていただきます」
にっこりと微笑むユーリカ。
突然、本能がその笑顔は危険だと警鐘を鳴らす。なんだろうこの感覚……
「まぁ最初は自己紹介から、でわ順番にお願いしますね」
ユーリカは金髪の少年へと微笑を向けた、並び順でいくと俺は一番最後だろう。
「んんっ、俺はガレットだ、将来はこの街の衛兵を目指している。その為に力をつけて森のことをしっかり学びたくて講習に参加した、皆よろしく頼む」
金髪で側頭部と後頭部を短く刈った茶色い瞳の少年、背が高く、年齢は14歳くらいろうか、参加者では一番年上だろう。しっかりした考えを持っていそうで頼れる親戚の兄さんといった雰囲気を感じる。
「次は私ね、クラリッサよ。私はそうね……自分の力を確かめたいってところかな」
続いては緑の大きな瞳が印象的な金髪セミロングの少女。彼女は服装や小物にも気を使っていて仕草も上品だ。何か他の人とは違う雰囲気を感じる……お嬢様ってやつなのだろうか、ガレットとは違う意味で少し大人びた感じがする。
「オフィーリアです……えーと……」
ブルネットの髪を一つ結びにした少女、たぶん12歳くらいだろう。
背は高くないが年齢の割に女性特有の曲線が印象的……クラリッサとはまた違う意味で大人びていた。そこばかりを見ていた訳ではないけど、自己紹介の内容はあまり覚えていない。
「イーサンだ、鍛冶屋見習いだが魔法を覚えれば仕事が捗るのでその為に参加した」
茶色い短髪に布鉢巻のがっちり筋肉質な少年?だ。筋肉は鍛冶手伝いで鍛えられたモノなのだろう、大人っぽいというか遠目に見たらおっさんだ。
とりあえず4人の自己御紹介を聞いたが全員の名前を覚えるのは無理だ、覚えられない。親戚の兄さん、お嬢様、おっp……オフィーリア、鍛冶屋でいいだろう、うん。
とりあえず顔と特徴だけでも覚えようとあたふたするが自己紹介は続く。
「ん……フレアだ。偶々叔父を訪ねてこの街に来ていたのだが、良い機会なのでハンター資格を得る為に参加した。剣の心得は嗜み程度だが良かったら相手をしよう、よろしく頼む」
続いて昨日ギルドで見かけた同い年=10歳くらいの赤髪少年だが……なんだこのイケメンは……言葉はやや上から目線だが嫌味はなく、洗練された身のこなし……きっとどこぞのお坊ちゃまなのだろう。
「はぁい、ありがとぉ……剣が得意なんですかぁそれは楽しみねぇ、うふふ」
「う゛っ」
ユーリカの微笑みから隠しきれていない謎の威圧にフレアが複雑な声をあげる。俺まで巻き沿いを喰らった気分だ、毎回こんな反応していたら身も心も持たない……
「……ぁ、ぇっと……ぁの……レイチェルです。この街で父がハンター向けのお店をしています。なので……私も資格を取れと言われて……よろしくお願いしますっ」
「うん、レイチェルちゃんち[ラビットフット]は実用重視の品揃えで初心者さんにもお勧めですよぉ」
「ぁっ、ありがとうございますっ」
続いても昨日ギルドに居た茶髪の少女。気弱そうな彼女がハンターを目指すことが不思議だったのだが、ハンター相手の店を手伝うにはハンターのことを知らなくてはならないということだったのか、なるほど。ちっちゃいのに立派だ、うん、年は今の俺も同じくらいだけど。
ここまで6人の自己紹介を終えたけど、名前のような固有名詞を覚えるは中々大変だ。匂いならもっと覚えやすい気がしたけれど、人間部分の意識がそれに制限をかけた。ちょっとマナー違反な気がする。
そして残るはアンジェと俺のみ、皆の視線は俺達に集まる。
「アンジェです、大樹の森に住んでいました。両親が魔獣に殺されて、家も壊されたので生きていくためにヌィと一緒にハンターになりますっ」
「……」
「……」
「……」
「……という理由なのでよろしくお願いします」
アンジェの言葉に皆がなんとも言えない雰囲気となったところで、俺が一言加えて自己紹介は終了となった。
アンジェは素直でいい子だと思うが、森に住んでいてあまり他の子ども達と付き合いはなかったのかもしれない。この世界の事を良く知らない俺にはわからないがこれからハンターになろうと意気込む子供達にいきなり現実の恐ろしさを突き付ける事は良いことなのか悪いことなのか……
「えぇと、でわ最初は実際に森の入口の様子を見てもら……」
「……」
「……」
「……」
「……おうと思って……いたんですが予定を変更しましょう……」
森に行くと聞いた子供達のなんとも言えない雰囲気から、予定は急遽変更された。
「でわぁ、ソフィアぁお願いします」
「はいはい……魔法については私が教える、まずは各自の魔法資質の確認からだ」
「「「「おぉぉっ!」」」」
ソフィアと呼ばれたのは銀髪ショートボブに銀色の瞳をした小柄な女性。
ダークグレーでまとめたコーディネイトはどこか神秘的な雰囲気がする。
魔法を教えると言った彼女の言葉に子供達は歓声をあげ、ざわざわと憧れ・期待・不安と様々な心情の籠った声が漏れる。
どんな魔法があるのか知らない俺もわくわくしてきた、異世界といったら魔法だよね。
「はいはい……あまり騒ぐと聞こえないよ、ほら静か……なぁあ!?」
ソフィアの言葉が中断され、その驚きを指し示す指先が震えている。
「キ、キミィッ!!」
突然のことに周りが何事かとざわめき、ゆっくりとソフィアが近づいたのは……
俺だった。
「なんだ……そのとんでもないモノは……」
なんだこれ……もしかしてあのイベントか?
俺の……俺のとんでもない能力が明らかになるヤツか?
ごくりっ……
皆の視線も集中して緊張が高まる……
「……けもみみに……ふわふわしっぽ……だと……」
ガクリッ……
わきわきと指を動かして危ない目付きで俺を見つめるソフィア。
あぁ……彼女が俺に見たモノは魔力の才能とかではなかったらしい。
「……w……woof……」
俺は身の危険を感じて思わず唸る。うぅ……自然と力なく尻尾が内側に巻かれる。
今まで周りの反応が普通だったので油断していたが……ソフィアは俺の容姿が琴線に触れる性癖の人なのだろう……こわい……
「ソ、ソフィア先生、講習をはじめてくださいっ」
アンジェが俺を庇い腕を広げて前に立つ……うぅ、ありがとうアンジェ。
「ん……こほん……で、ではこれから一人ずつ基本四属性の資質を観よう」
少し時間が掛かったが、ソフィアが正気を取り戻して講習が始まった。
「私の補助で魔法を発動してもらう、発動出来たらその属性の資質があるということだ」
「「「おぉぉぉお」」」
「では……名前の順で、はじめは……アンジェだね、前へ」
先ほどのことがあり、少し警戒しながらアンジェはソフィアに近づいた。
皆の視線が集まる。
右腕を前に突き出し、その手のひらを上へと向ける。
ソフィアはそのアンジェの手首を握り、いくつもの言語が重なった言葉を発した。
『Ogon' /火/ファイア』
小さな破裂音が響き、手のひらからちいさな火が宙に浮かび上がる。
「「わぁぁっ」」
「「「おぉぉっ!!」」」
皆が興奮して大声をあげた。
『Zemlya/地/アース』
地面を震わせる低い音が轟き、平らな地面がわずかに隆起する。
「すっげぇ!」
「これが地の魔法…」
『Veter /風/ウインド』
微風が吹き、空を鳴らして草花を揺らす。
「また発動したぞ」
「風魔法か……素敵」
『Vody/水/ウォータ』
水滴が零れ、腕を伝わり小さな水音を立てた。
「これで四属性だよ!」
「「わぁぁ」」
「マジか…」
魔法を発動するたびにあがる歓声、皆の興奮度がすごい。
「マナも多いし素直な流れ方だ、驚かないってことは資質のことは知っていたのかな?」
「はい」
「うん、きっといい魔法使いになれるよ」
よかった……小さなアンジェがハンターとして生きていけるのか不安だったけれど、この結果、アンジェの魔法の資質を知って俺は少し安心した。
俺の方を見て微笑むアンジェ、周りの歓声に驕れることもないようだ。
「おい、次は誰の番だ?」
「……ぅぅ、緊張して来たょ……でも早いほうが……」
「ほらぁ、順番に並んでくださいねぇ」
我先にと皆押し掛けたが、ユーリカの一言で名前の順に一列に並ばされた。
それでもやはり、魔法発動の様子が気になるのだろう。横にはみ出して覗こうとしたり、背伸びをしたりと皆落ち着かない。まぁ微笑ましい光景だけど。
だけどその所為で俺はもっと落ち着けなくなってしまった。
後ろから押し付けられ、肩や背中で柔らかい感触が何度も弾む……
おっp……オフィーリアだ。彼女は年齢の割に発育が……ゴホン。
俺の後ろで順番を待ちきれずにぴょんぴょん跳ねるオフィーリア。
更にその後ろ、最後尾で不安そうな表情をした茶色髪のレイチェル。
ゎぅ、やっぱり落ち着かない、でもこれは肝心な最初の講習、な、なんとかしなくちゃ。
ふぅ……惜しいけれど、俺は順番を譲って最後尾につくことで落ち着きを取り戻した。
皆の歓喜の声や安堵の声を聞きながら待ち続け、いよいよ最後に俺の番が回って来た。
ソフィアの荒い息が耳にかかる……ぅぅ、今は我慢だ……集中しなくちゃ……
「……うん、マナは多めだけど……流れが乱れて絡まっているね……」
四属性、すべて、まったく、魔法は発現しなかった。
くっ……そっちのパターンかよ……
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