第三十九話 遺跡地下迷宮 鉢 戦を見て矢を矧ぐ
「よし、作戦は話し合った通り、準備も出来た……リベンジだっ!」
「おぉぉ!」 「ぅん……」
再びフラッドクロコダイルと戦う為、俺たちはダンジョンを進む。
作戦に納得してくれたはずのティノに元気がないがこればかりは仕方がない。
「ティノ、うまく行けばおいしいお肉が食べらるから、ね?」
「そうだよ、焼肉、シチューにテールステーキ、いっぱい食べられるよ?」
「そっか、そうだよね……うん、やるよっ」
傾斜したダンジョンの通路を進み膝上まで水没した区画へ。
尾が石床を引き摺る音が響き、暗闇の中から黄色い眼光が輝かせヤツが姿を現した。
再び現れた俺たちを見てが煩わしいか、それとも逃した獲物が再び現れ喜んでいるのか。
Guaahhhhhh
魔獣の気持ちはわからないがヤツは威嚇の叫びをあげた。
「いくよっ!」
俺は錆びた片手剣を構えてヤツに向かう。
あまり上手には扱えないが、これならナイフより距離をとって戦える。
何度かギリギリの距離でヤツの鼻先を叩くと、奴はイラついた態度をみせた。
それが上手くいっているからか連戦の所為なのか最初よりも水嵩が増すのが遅い、これならばいけそうだ。
Guaahhhhhh
「今だっ!」
ヤツが鋭い牙を剥き出しにして大きく咢を開いた時、俺は大きく左へと避けた。
「喰らえぇぇっ!!」
ティノの投擲、投げつけたのは肉の塊。
クロコダイルはそれを大きく開いた口で丸呑みにした。
「ぁぁぁあ、お肉がぁっ」
ティノから悲鳴のような悲しみの声があがるが、その手には肉の塊に繋がる芋茎ロープがしっかりと握られている。
「やぁぁっ!!」
『Plavuchiy /浮遊/フロート』
アンジェの言葉でクロコダイルの躰が水面より僅かに浮上した。
「ぅぉぉぉおおおったぁぁぁっ~!」
ティノが芋蔓を引いて一気に釣り上げ、ヤツは乾いた石床に背中から叩きつけられた。
「よしっ!」
『Blokirovka/施錠/ロック』
起き上がろうともがくクロコダイル、だがアンジェの言葉によって縫い留められたようにその場所から動けない、後はただ四肢と尾をばたつかせるだけだ。
「よぉぉしっステーキだぁっ!」」
ティノが足で太い尾の先を地面に押さえつけ、
「これで留めっ!!」
俺は使い慣れたナイフをヤツの胸に沈めた。
「ねぇねぇまずはどこから食べる?」
「うーん、どこが美味しいとこなのかな」
「その前にやることがあるでしょ、ティノってばぁ」
アンジェの言葉で俺もそのことを思い出す、すっかり本来の目的を忘れていた。
水に浸かりながら中洲に辿り着き、
「「「せーのっ」」」
床から飛び出た立方体の石に皆で体重をかける。
ズリズリと石は床に沈み、金属のぶつかるような作動音が響いた。
「「これで仕掛けが動くはずだね」」
アンジェとティノは声をあわせてそう言った。
「お~に~く~~おっ~にっ~く~~♪」
ティノはご機嫌でロープを引く、繋がる先には僅かに浮かぶ獲物のクロコダイル。
「やっぱりボードは必要だね、いつも持ち歩くようにしないとなぁ」
今回の作戦の核となったのはダンジョンで見つけた魔道具、古い荷運び用ボード。
そのボードを芋づるロープで縛り、残っていた干し肉を巻き付けて作った肉塊を餌にワニの一本釣りをしたという訳だ。
「んふふ、お肉はもうちょっと後、さぁ上の階層に行こっ」
「「おー!」」
行き止まりの天井が空いた部屋へと戻り、皆で一緒に一歩踏み入れる。
「「「おぉぉっ」」」
すると、踏んだ石床を含め、壁際の床が音を立ててせりあがった。
「どっちまわりかな?」 「左じゃないかな?」 「じゃぁ左から」
少し首をかしげたティノにアンジェと俺が答えた。
「「「おぉぉっ」」」
三人揃って石のつなぎ目を跨ぎ左の石床へと足を載せると、初めに踏んだ石床を残し、壁際の床が更にせり上がった。
更に次へ、次へ……部屋の角に着くと右に曲がり、また次へ次へと場所を移す。
石床を移る度に既に踏んだ床はその高さに残して残りが上へとせり上がり、部屋を囲む壁沿いに螺旋の階段が作られる。
アンジェとティノはこの部屋の床が他とは違う並べ方なのに気づき、階段が現れる仕掛けがあると推測したが正解だった。
「やったっ、とうちゃぁ~くっ」
丁度部屋を一周すると階段は上層へと辿り着き、アンジェが嬉しそうに声をあげる。
「やったっ、おーにーくーーっ」
そんなに広くはないが壁が仕切られており、ここなら少し休憩できそうだ。
近くに危険な気配はないし、探索は後回しでもまぁいいか。
少し時間を多めに取り、今食べる分だけではなく、今後の下ごしらえも全て済ませよう。
ステーキ、焼肉サイズに肉をカット、あばら付近は骨ごと運ぶのは大変そうなのですぐに食べ、半端な分はまとめて肉団子に。
「えっそんなの悪い……ぁーん、むぐ」
終わるまで待たせるのはかわいそうなので作業を進めながらティノにお肉を食べさせる。
初めは、いや途中まで遠慮の言葉を口にしたティノだが、鼻先に焼いた肉を近づけるとそのままかぶりついた。
「はぁぁ……おいしぃ……」
「んふふ、よかったねぇティノ」
「うん!」
そんなティノを微笑ましく見守るアンジェ。
「はい、アンジェにも、あーん」
「ぇっ?ぁっあーん」
なにか少し照れ臭そうにするアンジェだが、嬉しそうにお肉を頬張った。
胃袋からは丸呑みにされたボードを回収する、ティノは巻き付けた干し肉も回収したがったが、酸っぱい匂いがするし少し抵抗があったので諦めてもらった。
「おぉ、大きい魔結晶だ、少し色が黒い気がするけど」
立派な乙魔結晶が獲れた、残っているマナは少ないが質はいいモノだろう。
「少し皮も持って帰れるかな?」
アンジェが俺の作業を覗き込みながら訪ねる。
「レイチェルが喜ぶだろうね、出来るだけ持って行こ」
俺はそう答えた、骨や内臓は少し勿体ない気もするが、この場で処分しよう。
「じゃぁヌィ一人で荷物を運ぶのは大変だろうから、私がお肉を運ぶよっ!」
身を乗り出して元気に答えるティノ、皆の顔から笑みがこぼれた。
▶▶|
「よし、じゃぁ出発しようか」
一晩?休憩して睡眠と食事を十分摂り、気力も体力も回復した。
ティノに背中には芋茎ロープで縛られたクロコダイル皮、中にはお肉が詰まってる。
黒い竜と宝物庫も含めるとクリアしたのは7階層、地上まであとどれくらいだろう。
ゴールは見えないが三人一緒ならきっと無事帰還できる、そんな思いで新しい階層の探索へと踏み出した。
▶▶|×??
「ティノ、後ろ!」 「はっ!」
階層を上るごとに出現する敵の数が増した。
「ヌィ、左」 「やっ! ありがとアンジェ」
アンジェを中心にティノと俺で襲い掛かる敵をなぎ倒す。
「アンジェ、いまだよ」 「うん」
『Ognennyy shtorm /火旋風/ファイアストーム』
追い込んだ群れを魔法で焼き飛ばしながら道を切り開き進む。
戦いに慣れ、俺たちも大分強くなった、押し寄せる敵を無双しながら進むとそう感じる。
だが、実際は階層が上がり生息数は増えるが、個々の強さ・脅威は低くなっているはずだ。
ここで調子に乗ると痛い目にあうんだ知ってる、油断は禁物。
「「血の匂いがする……」」
上層へと続く階段を上る途中、ティノと俺は同時に呟く。
それは獣や魔獣のモノとは異なる匂い。
階段を上り辿り着いた先、俺たちはその扉の前で立ち止まった。




