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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第一章 犬も歩けば異世界召喚
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第三十八話 遺跡地下迷宮 漆 行先


「「ヌィ、どっちにするの?」」

 選択を迫るアンジェとティノ、俺はどちらのルートを選ぶべきなのだろう……




「こっちの道からは強そうな魔獣の匂いがする」

 ティノが鼻をひくひくさせながら左を差す。

「きっと上の階層へ続く出口の前で待ち構えてるんだよ」

 自信ありげなティノ、これまでダンジョンに潜ってきたシルバーランクハンターの経験は無下に出来ない。



「こっちの道からは濃いマナが漂ってきてるよ」

 アンジェが瞑っていた瞼を開き右を指す。

「上の階層の方からは時々濃いマナ流れてくるの、上に通じてるのはこっちだよ」

 アンジェの魔法の実力はみるみる上達している、そのマナを感知する力はここまでの階層でも間違いなく発揮されてきた。



「「ヌィ、どっちにするの?」」

 再び迫る二人、左右に分岐した通路、どちらのルートへ進むべきだろうか……




「アンジェの方に行こう」

 俺はたっぷり……1分ほど悩み、答えた。

「むぅぅ……いいけど、どうしてアンジェの方を選んだの?」

 ティノが少し眉をひそめて俺に顔を近づける。


「魔獣と戦わずに済むのならそうしたいんだけど……」

 そう言うとますますティノが顔を近づける。


「でも、それだけじゃなくてこっちから風が流れて来てる、ティノもわかるでしょ?」

「あ……ほんとだ」

 俺も魔獣の気配の所為で最初は気づけなかった。

 だが意識的に魔獣の方向からの情報を断つことで僅かな風の流れを感じる事が出来た。




 アンジェの示したルートを進むと、すぐに小さな部屋へと辿り着く。


「うーん……どうしようっか」

 通路はそこで行き止まり、そして仰け反るようにして上を見上げるアンジェ。


「これが上の階層へのルートか……」

 俺も続いて天井を見上げた、いや天井のない上層への道を見上げた。

 それは部屋の大きさに空いた四角い穴、上層に繋がっているが、登る為の階段は無い。

 部屋の床に瓦礫などはなく、先の地震で階段や天井が崩れたという訳ではなさそうだ。


 部屋の壁から続く垂直の絶壁、とてもジャンプして届く距離では無いし、ボルダリングに挑戦できるような壁の凹凸も無い、さてどうしたモノか……


「うぇぇ、首が痛くなりそうだよ………………」

 早くも考えることを諦めたティノ、しかし何故かそのまま下を向いて黙り込んでしまった。

「どうしたのティノ………………」

 ティノの様子を伺ったアンジェも続いて押し黙る。


 そしてふたりは揃って部屋の隅をなぞるように見つめながらその場でぐるりと回った。


「「きっとそうだよ!!」」

「どういうこと?」

 揃った声をあげたふたりに俺は尋ねた。



 ▶▶|



「うぅぅ見つからないね……」

「うーん……間違いないとは思うんだけど……この場所には無いのかな」

 肩を落とすティノに声をかけたがどうしたものか。


「この場所には無い…………この場所には無いんだっ!!」

 黙って考え込んでいたアンジェが声をあげ顔をあげた。

「魔獣だよティノ!!」






 ダンジョンの通路を進むと魔獣の気配が増し緊張が高まる。

 近づくにつれ水音と水の匂いも強く感じるようになってきた。

 通路は傾斜して下り、足元に溜まった水がブーツを濡らす。


 進むほどその嵩が増し、終にはそれが膝上まで達した時だった。


「あったっよティノ!、絶対あれがさっきの部屋の仕掛けを動かすスイッチだよ」

 アンジェが指さす場所は、水没した階段から繋がる中洲の様に浮き出た石床の一角。

 その中央に飛び出た立方体の岩、それが先ほどの天井の無い部屋の仕掛けを起動するスイッチではないかという推測だ。


「強烈な気配、ここを守る為魔獣が来るよ」

 ティノが警戒し、視線は中洲の暗がりを睨む。


「さぁ……どんなやつが出て来るか……」




 石床を引き摺る様な音が響き、暗闇の中に黄色い眼光が輝く。

 突き出た鼻先が浮き上がり、ゴツゴツした硬そうな膚と大きく深く裂けた口蓋、凶暴な牙が姿を現した。

 竜を見た所為で圧倒的な大きさとは感じないが、感じないが……あれは俺やアンジェなら一飲みに出来るくらいの大きさだ。

 石床を引き摺る太い尾、そして鋭い爪の生えたがっしりとした四肢は腹部を引き摺らずに支えている。

 知ってる……異世界でも当てはまるかはわからないが、その特徴は確か凶暴な種類……


 Guaahhhhhh


 威嚇の叫びと共に大きく開かれた咢が俺たちに向けられた。

「クロコダイルだっ!!」


 いきなり来たっ!鋭い牙がナイフを握る俺の右腕に迫る。

 よし、カウンターで脇からその鼻先を削る為に俺も足を踏み出し……


「わっ!?」

 咄嗟に構えた俺の左腕に一筋の傷が刻まれ吹き飛ばされた。

 右腕を狙っていたその咢の動きが直前で急変化し左腕に向かった所為だ。

 しかも太腿まで水に浸かり、こちらはスピードも力も十分に出せない。



「ヌィッ!下がって」

『Ogon' Strelyat' /火撃/ファイアショット』

 追撃を食らわせようとしていたクロコダイルの鼻先でアンジェの放った魔法が弾ける。


「ヌィ、アンジェ、撤退しよ」

 ティノが水音をたて俺の腰のベルトを掴み、水の抵抗を受けながらも後ろに引き寄せる。


 そのままティノは俺とアンジェを両脇に抱えザバザバ水面を波立たせながら走った。

 尾で水面を打ち付け、悔しそうにこちらを睨むクロコダイルの目が遠ざかる。




「ヌィ怪我」「どうしよ!血が、こんなに血が!!」

 アンジェの言葉に割り込むようにティノが叫び慌てる。

 ティノがこんなに慌てるなんて予想外だが……俺の左腕は血で真っ赤に染まっていた。


「大丈夫、ひどく見えるけど大したことはないよ」

 俺は左腕をあげ、手を握っては開き動くことを確認する。


「ティノ落ち着いて、ヌィそのまま、腕動かさないでね」

 アンジェは水で傷を洗い流して傷薬をかけ、

「大丈夫、水で滲んで真っ赤に見えたけど、そんなに深い傷じゃないよ」

 腕にぐるぐると布を巻きつけて止血をした。


「はぁぁぁ、よかったぁ」

 ティノは深く溜息をつき、その胸をなでおろした。

 自分が酷い怪我を負ったばかりなので怪我を負うことに敏感になっているのだろう。






『Ogon' /火/ファイア』

 荷物を置いてある天井のない部屋まで撤退し、アンジェの起こした魔法の火で濡れた躰を乾かす。


「うーん、アイツ強かったね、どうしたものか……」

 俺はティノがそうしたように傷口周辺のマナの流れを意識する。

 早く治りますように……なんだかおまじないみたいだがそんな思いを込めた。

 ほんのり腕が温かくなる。



「フラッドクロコダイルだと思う、厄介な魔獣だよ」

 真剣な表情でティノの言葉が続く。

「あの顎の大きさ見たでしょ?アンジェとヌィくらいなら丸呑みだし、そうでなくても齧られたら躰を回転させてその部位を食いちぎるっていうよ」

 あぁデスロールってヤツだ、あのワニの魔獣もやるのか……


「まともに喰らったら一撃で終わりか……」

 あの巨体の回転に振り回されたら叩きつけられて相当な衝撃だろう……意識を保つこともできるかどうか、躰を食いちぎられるまでもなく負けだ。


「お肉は美味しいらしいからチャンスがあったら戦ってみたかったんだけど厳しいね」

 真剣な表情で続けるティノ、でもやはり知識の源は食欲だった。

「シルバーハンターのパーティでもあの大きさのヤツを相手にするのは手こずるよ」



「フラッドクロコダイル……魔獣……やっぱりあれは魔法だったんだね」

 アンジェが口を開く。


「「魔法使ってたの?」」

 俺とティノは同時に首を傾げた。


「うん、最初は膝上までだった水があっという間に腰まで達したでしょ」

 指をたてながら言葉を続けるアンジェ

「フラッドっていう魔法で増水してたんだよ、直接攻撃を与えるような威力じゃなかったけど、あれで魔獣には有利でこっちには不利な地形にしてたんだよ」


 思い出せば確かにあの水嵩は異常だった。


「じゃぁ戦いが長引けばもっと増水して益々不利……どころか溺れさせられてたかもか」

 てっきり元々水深の深い場所に追い込まれたのかと思っていたが、アイツが魔法で全体的に水深を深くしていたということだった。


「うん、足元が地面なら対抗する方法も考えられたかもだけど、ダンジョンの石床じゃ使える地魔法も限られちゃうし」

 あの水量に対しては火魔法でも厳しいだろう、壁に囲われているから風魔法も……

 ダンジョンでは魔法が無いと探索がかなり厳しいと感じていたが、大規模な攻撃魔法を使うのは難しいのか……


「できるだけ短い時間で倒す方法を考えないと」

「うーん、アイツの攻撃を喰らう前に、いやアイツに喰らわれる前にこっちの攻撃を喰らわせて……アイツを倒して早く食べたい、あれ?」

 アンジェの言葉にティノが混乱しはじめた。


 喰われる前に喰らわせる……か……



 ▶▶|


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