第三十七話 遺跡地下迷宮 陸 遺物
瞼を開けた途端、視界がぐらりと揺れた。
「ぬぃ起きてっ、大変なの、ティノが、ティノがいないのっ!」
「えっ?どうして?」
アンジェに躰を揺すられてたようだが、俺はその言葉を聞いて跳び起きた。
ティノが寝ていた場所はもぬけの殻、俺は自分の目とアンジェの言葉を疑う。
ここは地面が崩れて現れた隠し部屋、周囲を石壁に囲まれた安全な場所だと思っていたのだが……油断した……
「アンジェ、ここで魔獣が暴れた跡がないってことはティノはきっと無事だよ」
「う、うん」
魔獣に巣まで連れ去られたとしても、まだそんなに時間は経っていない。
「どこかに隠し扉や通路があるのかもしれない、探そう」
「わかった、うん、そうだよね、ティノなら大丈夫、大丈夫」
「ヌィ見つけたっ、瓦礫の陰で気づかなかったけど、床から下に降りる階段があるよ」
アンジェが部屋の隅の床に下へと続く階段の入口を見つけた。
壁は気にしていたけど床まで気が回らなかった……その所為でティノが……
「おぉすごいねアンジェ、どうやってみつけたの?」
「魔法で隅まで照らしただけだよ、それよりティノ、はやくティノを探しに……え?」
振り返ってそこにある姿をアンジェも俺も二度見した。
それは俺たちの背後から床下の階段を一緒に覗き込むティノだった。
「ティノッ!どこに居たのっ!私もヌィもすっごい心配したんだよっ!!」
アンジェが涙を浮かべながらティノを怒り、そして抱き着く。
「え?アンジェ、あっ……そうだよね……黙って離れてごめんなさい」
ティノはやっと自分がどれほど心配をかけたのか気が付いたようだ。
「えっと……躰がぽかぽか熱くなって汗もかいちゃったから水浴びしてきた」
そっか、俺も疲れて寝ちゃってからはティノの躰の炎症を冷やせなくてそれで……
「って、え?ティノ!?怪我は?なんで立ち上がれるの?」
自分の両足で地面に立つティノ、それどころか腕や背中の打撲跡すら残っていない。
「ん?、なんでってふたりが治してくれたからじゃない、もうすっかり元気だよ」
「ほんと?良かったぁ、もうどこも痛くない?」
「うん、全然平気だよ」
少しでも効き目があればと行ったマナでの自己治癒能力の活性化……予想以上の効果だ。
でもこれほどの効果があったのはもともと筋力強化を使いこなしていたティノだからな気がする。
「あ、あとおいしそうな果実も採って来たんだぁ、早くごはんにしよっ」
どこでそんなモノを尋ねると、俺たちが降りた芋蔓ロープで上へと登っていたらしい。
怪我が治ったばかりなのに……でもすっかり元気というのは嘘ではなさそうだ。
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食事を終え、アンジェと俺も順番に水浴びを済ませ、再び床の階段へと向き合った。
『Fakel/松明/トーチ』
アンジェの灯した明かりが床から繋がる階段を照らし、俺たちは慎重にそれを下った。
階段は今までの階層を上る階段よりは少なく、すぐに平坦な通路へと繋がった。
その通路も今までのダンジョンのそれより狭く低い、人がすれ違うのがやっとの空間だ。
「横穴、いや小さな部屋がある……大丈夫、魔獣の気配はない」
「でも、ジメジメして……臭いね」 「うん」
ティノが鼻をつまみ、アンジェも頷く、その部屋は小さく、そして黴臭い。
両側の壁からは板のような岩が突き出ており、それは何かを収納しておく棚の役目を果たしていたようだ。
「クローゼットだったのかな?」
アンジェの言う通りだろう、その棚には衣類……だったと思われるモノの残骸が残る。
だが、虫、黴、経年劣化、それらに晒されて今も形を留めているモノはほとんどない。
「これは形が残っている、丈夫そうだし何かに使えるかな?」
俺の手に取ったそれはダークグレーの布生地、ロール状で加工される前の状態のモノだ。
他のモノの損傷に比べこれだけはまったくと言っていいほど無傷。
「んふふ、じゃぁ帰ったらレイチェルに相談しよ、いい仕立て屋さんを紹介してくれるよ」
少しだけこれまでの日常を取り戻した気分になり、アンジェも俺も笑みがこぼれる。
「ここは黴臭くてたまんないよ、早く出よ」 「そうだね」 「うん」
他にはめぼしいモノはなく、ティノに急かされ小さな部屋を後にした。
「また、部屋がある」 「ここもちょっと黴臭いね……」
ティノは顔を顰めるが、さっきよりは幾分ましかもしれない。
この部屋にも危険な気配はなく、部屋の作りも同じようだった。
「ここはアーカイブだったのかな」
アンジェの言うそれは書庫という意味だろうか、石棚には本だったモノの残骸が残る。
「これは状態がいいみたい、魔導書かな封がしてあってすぐには読めないけど」
アンジェが手に取ったそれは革装丁の本、ベルトで封がされており中は見れないようだ。
「それくらいならリュックに入るし、帰ってから読めばいいよ」
「ぇへへ、そうだね」
その一冊の本をリュックに押し込み、その部屋を後にした。
いくつか同じような部屋が続き、いくつかのアイテムを入手した。
まずは小さい荷運び用ボード、靴くらいの大きさしかなく、量はあまり載らなそうだがあったほうが便利だろう。
次に錆びた片手剣、武器としては心元ないが学術的価値があるかもしれない。
そして羊皮紙のようなモノで出来た古地図、所々汚れや破れで見えない箇所はあるが、星降りの街や月の神殿と思われる場所が印されている広域地図のようだ。
その後も奥へ奥へと探索を進めると突き当りに少し広い部屋が広がっていた。
「ここは……」
照らされた暗闇からきらきらと光が反射する。
鈍い銀色、重厚感のある金色、そして色とりどりの光が反射あるいは透過して輝き彩る。
「トレジャールーム……」
アンジェの言葉の意味、宝の部屋、宝物庫、まさにそれ、目の前にあるのは財宝の山だ。
「ローザが喜びそうだけど、やめとこ」 「「そうだね」」
ティノの言葉に俺たちも同意する。
この部屋には危険な予感しかしない。
何しろ、その床にはかなり古いが人だったモノの残骸が残る。
ティノが言うにはこう言った場所の罠の発見、解除は大変難しいそうだ。
それを得意とするローザでも何度も危険な目にあっているらしい。
素人の俺たちでは絶対に無理、踵を返しその部屋を後にした。
ただ、輝く財宝の中にまぎれた異物、小さな黒剣のことが少しだけ気になった。
「じゃぁ、こっちの階段上ってみようか?」
通路を戻ると上りの階段が二つ、俺たちが来た崩れた部屋ともうひとつはまだ足を踏み入れていない階段、そちら側の探索を初めた。
少しばかり長い階段を上ると小部屋に到着した。
いや上を見上げると左右の石壁は途中で途切れている、すこし頑張れば登れそうだ。
「あー今までみたいなダンジョンの通路だよ」
先に登ったティノの声が届く。
「こっちから見るとふたりのいる場所は落とし穴みたい」
なるほど、隠し部屋への入口を落とし穴にカモフラージュしてたわけだ。
俺たちは落とし穴をよじ登り、新たなエリアの探索を始めた。
「魔獣の気配はしないよね」 「だね」 「よかった」
「でもこの音……なんだろう」
このエリアには何か生物か潜んでいるような気配はしないのだが、時折重い物を引き摺るような音が響く。
「ねえねぇ、ヌィ、ティノ、ここの壁際の床を見て」
言われて見た箇所には半円上の煤の跡、それも付けてからそれほど時間が経っていない。
「これって」 「うん、私がつけた目印だよ」
「でもなんで壁際に半分だけなの?」
首を傾げるティノ、だが俺とアンジェはその理由に気が付いた。
「時々何かを引き摺るような音が響いていたのはこれか」
「うん、壁か床が動いて迷路の道筋がつくりかえられてるんだよ」
何かを検知しているのか、定期的に動作するのかは不明だが、このエリアの探索はかなり大変そうだ。
何か法則があったとしても、進むための道筋ならまだ解くことも出来るかもしれないが、地上へ戻る為の経路を探すのは難しい気がする。
「なっ!?」
思案に耽っていると、突然小さな地響きと共にすぐそばで岩が崩れ落ちた。
「おお、ほんとだ、壁の下にもう半分の印が隠れてたよ、すごいねふたりとも!」
地響きの原因はティノ、驚くことに床の印を隠していた壁を崩した所為だった。
「「いや、ティノの方がすごいよ……」」
まぁその壁は動作する仕掛けの為に他よりは薄く造られていたのだろう。
だろうが、その壁を素手で壊すとは……
「あ、ここの壁も音が軽いよ、はぁっ!!」
俺たちはティノがいるからこそとれる解決方法をとった。
壁を殴り、壊せる壁は片っ端から壊し、脱出の為の路を切り開く、いや殴り開いた。
途中、壁の中にいかにもな宝箱を見つけたけれど、誰も罠の発見や解除が出来ないのでスルー。
どこかでそういった技術も身につけないと損だろうか。
「やっと当たりだ!」
ここに辿り着くまでに何か所の壁を壊したかは数えてもいないが、俺たちは上層へと続く階段へと無事に辿り着いた。
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