第三十五話 遺跡地下迷宮 肆 いのなかの蛙
「見てよふたりとも、ここには芋があるし、葉野菜もある、水が流れてお魚もいる」
ティノはその光景を見て今にも踊りだしそうなくらいの喜びようだ。
土と水と植物があり明るい光が注ぐそれはのんびりとした田舎の風景のようだ。
しかし見上げれば石天井、木々の陰には石の壁、依然として俺たちはダンジョンの中にいる。
「ここなら食料の調達には困らなそうだね」 「うんうん」
「だね、でも今はお腹がいっぱいだし、先に出口の探索をしよ」 「「おーー」」
食料の心配をしなくて済むということと、のどかな緑の風景のお陰だろうか、ダンジョンに閉じ込められ焦っていた心に少し余裕が生まれた気がする。
「ん~ん~ん~ん~~♪」 Croooooak
「ん~ん~ん~♪」 Crooak
ティノなんか鼻歌を歌いだした、だけど時々調子の外れた酷い声がまざる。
「んふふ、へんな歌ぁ……ってあれ?」
アンジェも気が付いたようだ、何かいる!?
Crooooak
そいつは鳴き声を上げて水辺から飛び出して来た。
ヌメヌメとした灰色がかった体表、大きく開いた指と腹を地面につけ、ギョロリとした目でこちらを見つめる。
森にいる猪と同じくらいの大きさはありそうだ、結構デカイ。
「トードだっ!」
歌は中断され、ティノの声が響く。
油断してた、のどかな風景に騙されて気を抜いていた。
俺は慌ててナイフを抜く、だが焦っていたのだろう、悪いことは重なる。
抜いたナイフが手を滑り、空中へ放り出され放物線を描く。
「しまったっ」
Crooooak
トードは大口を開き、濁った鳴き声をあげ逞しい後ろ脚で地面を蹴って跳ねた。
「え?」
それは俺にとって幸運でトードにとって不幸なことだったのだろうか。
放り出されたナイフは飛び跳ねたトードの胸を捉え、トードはそのまま地面に着地するとナイフの柄を下に自重で深くその刃を突き刺して命を失った。
「ふわぁ……びっくりした」 「こんなことあるんだね……」
俺もアンジェも驚いてトードを見つめる。
「ん~おいしそうな匂い、お腹いっぱいじゃなかったら今すぐかぶりつくのに」
ティノの関心はもうそこにはなかった。
「もうっ、お芋でお腹いっぱいでしょ、ティノったら食いしん坊だね」
アンジェがクスクスと笑う。
「うわっぬめぬめしてて、持ち歩くのは大変そうだよ、今回は諦めてよティノ」
俺はなるべくトードに触らないようにしながらナイフを回収した。
「もったいないな~」
ティノは未練がましく何度もトードを振り返ったが俺たちはこの場を後にした。
「今までの階層と違って壁が少なくて広いね」
アンジェの言う通り、少ない壁の変わりには高く伸びる柱や木々が目に付く。
「これなら壁に沿って歩けば次の階段はすぐに見つかりそうだよ」 「「うん」」
俺の言葉にふたりも頷く
▶▶|
「ここは登って来た階段だよね」 「「うん……」」
長い時間かけて壁に沿って探索したけれど次の階層への階段は見つからず、成果は無し。
「見逃しちゃったのかな?」
「それか外側の壁に沿って歩くだけじゃわからない場所にあるかだな」
「わかんないけど、ここは今までの場所より過ごしやすいし、ゆっくり探そう」
ティノは意外と楽観的だ、食料となる芋や野菜が豊富だからだろう。
「それもそうか、じゃぁいったんここで休憩にする?」
「やったーごはんだー」
今回、出口探索の成果はなかったが、食料確保という意味ではかなりのものだった。
タマネギ、ピーマン、トウガラシ、それとキャベツ。
「んーこれでお肉があればなぁ」
「でも獣が出てこないお陰でのんびり出来るんだし、干し肉で我慢してよティノ」
ティノ趣向は肉食よりなのだろうか、俺の言葉ではまだ諦めきれない様子。
「そうだ!かえる、かえるを狩ろうよっ!」
「うわぁ……あれ本当に食べるの?」
「私は食べたことないけどさっぱりしたお肉だって聞いたことはあるよ」
ティノはもうその気、俺は抵抗があるのだが、アンジェはそれほど嫌ではないっぽい。
「はぁ……じゃぁしょうがない、狩りに行こうか」
「やったーーありがとうヌィッ」
ティノに思いっきり抱き着かれる、ちょっと力強いが、まぁ……クッション性はあるのでダメージはなかった。
俺たちはほど近い大きめの水辺を目指してカエル狩りへと出かけた。
「ご~は~ん~~♪」
これから狩りをするというのに歌いだすティノ、それだと獲物に気づかれてしまうだろうにと心配していたのだが、
Croooooak
水辺から鳴き声を上げてトードが飛び出してきた。
「お~に~く~~♪」
Croooak Croooooooak
「おお~もっと~もっと~いっぱい来~~い♪」
Croak Croooak Croooak Croooooooak Croooooak Croooooak
「すごい、ティノっ!」
「うわっ、ティノ、もう歌うのやめて、ストップ、ストップ!」
ティノに歌に誘い出されたかのように集まった10匹近いトードの群れ。
俺たちはあっという間に囲まれていた。
「じゃぁどんどん倒していくよっ!」
こんな状況でも臆することなく、ティノは満面の笑み。
俺とアンジェが武器を構えて警戒する中、ティノは金属爪のバグナウを両腕に装着するとトードの群れへと踏み込んだ。
「やぁっ、はっ、えぃっ」
「ティノすごいっ!」
飛び掛かるトードをティノの爪が次々と串刺しにする。
しかも一撃で胸の中心を的確に貫いて。
「なんか調子がいいかもっ」
「がんばってティノ~!」
ティノは積み上がっていくお肉に上機嫌で得意顔、アンジェは声援を送る。
だけどなんだろう、この違和感……何かが引っかかる。
俺の瞳に映るティノの戦う姿、飛び掛かるトードの胸をまたもや一撃で仕留める。
横たわる仕留められたトード……その瞼がわずかに蠢いた。
「ティノ、最後の1匹、おれにやらせてくれる?」
「うん、いいけど」
俺はその違和感を確認するため、ナイフを鞘に納める。
「アンジェ、弓と矢を貸して」
「え?大丈夫なの?」
俺の弓の実力を知るアンジェ、だが戸惑いながらも弓と矢を渡してくれた。
「ふたりとも少し下がって見てて」 「「うん」」
最後の残った1匹のトードを見つめ、真っすぐ構え、矢をつがえ、弓を引く。
「いくよっ」
張り詰めた弓、静かに離した指先、矢が放たれ、飛ぶ……あらぬ方向に。
「やっぱりか……」
ドサリとトードが地面に落ちる、俺の放った矢を胸に受けて。
「「ど、どういうこと?」」
トードが自ら矢の方向へ跳ね、それを胸へと受けたことに驚く二人だった。
『Plamya/炎/フレイム』
アンジェの放った炎がトードの表皮をジリジリと静かに焼く。
すると、トードの瞼、頬、体表がびくびくと蠢いた。
「「「うわっ、なにあれ!?」」」
トードの鼻腔から無数のピンク色の触手のようなモノが這い出し震える。
その異様な光景に何かが居るとわかっていた俺も思わず声が出てしまった。
「ね、ね、ヌィ、何なのあれは?気持ち悪いんだけどっ」
ティノが少し怯えたような声を出してしがみ付く。
「寄生虫じゃないかな……バッタを自殺させたり、カタツムリをわざと食べられやすく操るヤツがいるからもしかしてと思ったんだけど、たぶん似たようなモノだと思う……」
「「うわぁ……」」
「火を通せば駆除できるみたいだから、俺たちに害はないと思うけど……アレ食べる?」
「私、夕飯はお芋と野菜炒めがいい」
「うん、私も」
「でもヌィは良くわかったね、余程注意して気配を探らないとわからないよ?」
「動作で気が付いたんだよ、それに必ず胸を一撃だったから」
体内の虫を気配で探るなんて余程近くまで接近して集中しないと難しいだろう。
「そっかぁ、最後の矢に突っ込むのを見たらさすがに変だとは私も気づいたけどさ」
「そうだね、でもちょっとハンター講習中のヌィみたいだったよ?ふふ……」
「え……?」
アンジェに言われて俺は自ら振り下ろされる棒に突っ込んだり、投げられたブーメランに飛びついたことを思い出し……背筋がぞっとした。
「あ、あれは本能だったし、もう、もう治ったから」
俺は少しびくびくしながら瞼を閉じ、自分の躰内に変な気配がないかあらゆる感覚を集中し……異常がないことを確認して、ほっと胸をなでおろした。
「うん、よかった大丈夫っ躰の中に寄生虫はいない……ぇ!?」
瞼を開けた途端に突然の眩暈、目の前に広がる風景がぐらりと揺れた。




