第三十四話 遺跡地下迷宮 参 砂芋
焦げ跡が途切れた壁の前に立つと床が僅かに沈み、カチリという作動音が鳴る。
「ヌィ、階段だよ」 「意外とあっさり見つかったね」
目の前の壁が低い音をたてながら開き、その奥に石階段が現れた。
床の重量を感知して壁が開く仕組みだったのだろう。
「危険な仕掛けじゃなくてよかったね、戻る時は罠が少ないのかな」
ティノの言葉でここが危険な場所だということを思い出す。
これからはもっと慎重に行動しないと……
階段の途中にはまだ焦げ臭い匂いを漂わせる石段が数か所あり、警戒しながら、その場所を踏まないように素早く通り抜ける。
俺が安全を確認した後にアンジェを抱えてティノが続く。
黒い竜の層からウーズの層の時はかなりの距離を上ったが、それに比べれば今回はたいしたことはなさそうだ。
それでも3~4階建ての建物くらいは上ったとは思うけれど。
途中、ワームが這い出したと思われる壁の崩れが数か所あった。
俺たちはそこから這い出た運の悪いワームの残した痕跡のお陰で、罠を回避して階段を無事に上りきることができたのだろう。
「次の階層だよ、造りは下層と一緒みたいだ」 「床も壁も穴だらけだね」
「それだけワームがいるってことか、もっと美味しそうな敵ならよかったのに」
白い石床に壁に天井、そこら中にワームが掘ったトンネルが開けられている、いつどこから襲われるか油断ができない。
「うわっ、危ない避けて!」
突然、俺たちを襲ったのは予想外の遠隔攻撃、すぐ脇を通過した石片が壁に衝突し砕ける。
「アンジェ、ヌィ下がろう」 「「うん」」
一時後退して様子を伺う、攻撃は突き当りの壁の穴から、飛んできたのは拳大ほどの石。
「あいつ石なんか飛ばしてくるのか……」 「魔法じゃないみたいだったよ」
魔法についてはアンジェが頼りになる、でもそれじゃぁ今の攻撃はなんだろう。
「サンドワームは土や石を飲み込んで潜るっていうから、それを吐き出したんだよ」
「すごい、ティノは詳しんだね」
おぉ、ただの食いしん坊かと思ったがティノはモンスターに詳しいのか。
「うん、食べられるか食べられないか知ってないと大変だからね」
ただの食いしん坊だった。ワームは食べられるけど泥の味がして不味いらしい。
「えーっと、おいしくなくても倒さないと先に進めないよね?ヌィどうする?」
ん?本当に倒さないと先に進めないのかな……
「ティノ、ちょっと力を貸してくれる?」
「「せーのっ」」 「「よいしょっ」」
ティノと二人で石壁を押し、地面をズリズリと滑らせる。
「!石が飛んでくるよっ」
アンジェの声を聞き身構える。
ワームの吐いた拳大の石が石壁に衝突し、石片と氷片が飛び散った。
だが石壁を砕くほどの威力はない。
「平気だねヌィ」 「だね、じゃぁもうちょっとがんばろう「せーのっ」」
ズリズリと石壁を押し、石片の攻撃を受けながらも通路を進む。
これはワームが開けたそこら中の壁の穴、その崩れた石を使って作った即席の盾。
氷で固めて押しても崩れないようにしてある。
「「よいしょっ」」
「いっくよぉ」
『Ogon' Strelyat' /火撃/ファイアショット』
ワームが石を吐いた直後を狙い、アンジェの魔法が放たれた。
燃えながらのたうちまわるワーム、前のフロアで見た通り炎に弱いようだ。
倒さなくても通路は進めたが、倒してしまっても問題ない、違う場所からまた現れたら面倒だし。
「匂いはいいんだけどなぁ……きゅるきゅる」
「うぇぇ……やっぱりおいしくない……」
知ってたはずなのにティノってば……でもティノが捌いた陰で飲み込んでいた鉱石と小さな魔結晶を手に入れた。
「うわっ上から振って来た」
それは紫色の巨大な蜘蛛、長い脚を振りかざし襲い掛かる。
存在自体には気付いていたが、静かに通り過ぎれば平気かと思ったんだけどダメみたい。
「はっ!!」
ティノが自身の頭上よりも高く振り上げた蹴りが蜘蛛の腹部を捉えた。
「アンジェ、危ないっ!!」
俺は咄嗟にアンジェを抱えて転がるように避けた。
「ぁあああ」
ティノが悲鳴があげる。
蜘蛛自体は一蹴で倒したのだが、辺り一面大惨事。
「アンジェは平気?」
「うん、私はヌィのお陰で汚れなかったけど……ティノは……」
ティノは蜘蛛の体液をたっぷりと浴びていた。
『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』
「ぁばばばばば……ぶくぶくっ……はぁはぁ…ごほっ…ありがと……うっ」
「ごめんねティノ、もうちょっと優しく洗える魔法も覚えるよ」
体液に毒のような即効性の悪影響は無かったのだが、念の為アンジェの魔法でティノの全身を洗い流した。
蜘蛛からの戦利品は小さな魔結晶くらい、本当は有用性のある体組織とかあるのかもしれないが、ティノの知識は食べられるか食べられないかだけなのでわからなかった。
薄暗いダンジョンを進む、ティノも先ほどのことがあって少し慎重になったようだ。
この階層の特徴なのだろうか、襲ってくるのはワームに蜘蛛、アリにダンゴムシ。
とにかく虫が多い、アンジェは森暮らしだけあってか虫に対して極端な嫌悪感を示すようなことはないようだが、ティノは虫が姿を現す度に顔を顰めている。
「うわ、また虫だよ」 「ティノは苦手なの?」
遠くに姿を現した敵にティノが声を漏らすと心配そうにアンジェが尋ねる。
「うん、臭いのが多いし、歯ごたえはあってもお肉は少ないし」
ティノが言う苦手とは食べた時の感想だった。
「あっ、ヌィ見てよあの大きなアリ」 「あの咥えているのって」
アンジェに言われて見ると大アリは大顎で何か土の塊のようなモノを咥えていた。
「芋だっ!」 「ま、待ってティノ」
その土のついたサツマイモのような芋を見ると、ティノの目の色が変わった。
「落ち着いて、ハァハァ……ちょっと話を聞いてからにしてよティノ」
大アリに襲い掛かろうとするティノを引き止めるのは大変だった。
何故止めたかというと、相手のアリは群れで行動していたから、わずかな芋の為に十数匹の大アリを一度に相手にするのは苦労に見合わないだろう。
「うぅ……食べたかったのに……」
相手は食料の運搬中、距離が離れていたこともあり、向こうから襲い掛かってくることはなく、無事にやり過ごすことができた。
「ティノ、さっきのは土のついたお芋だよ?きっと生えているところがあると思うの」
「ほんと!?アンジェ」 「たぶん、ね?ヌィ」
2が俺に視線を向ける。
「大アリの歩いた後に土跡がある、来た方向を辿ればもしかしたらあるかも」
「やったぁ!!見て見て芋だよ、芋」
よかった、芋が無かったらティノはアリの巣穴まで押しかけていたかもしれない。
崩れた石壁、土が剥き出しになったそこからは根が伸び、いくつもの芋が連なっていた。
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「だ、大丈夫、少し休めばまだ……」
ティノは自分の躰を手で押さえ、苦しそうな表情を浮かべる。
「ヌィ、私はもうだめ……」
「アンジェ、しっかりしてっ」
アンジェは地面に躰を横たえ、力なく瞼を閉じた。
「ふたりとも食べ過ぎだよっ!」
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蔓はダンジョンを這い、崩れた石床や壁の中でその芋は立派に育っていた。
大きさは俺の知っているサツマイモの1~2まわり大きい程度、一つの蔓に10個はなっているだろう。
掘り起こした芋にいきなり齧りつこうとしたティノをなだめ、芋を焼いた。
鍋にダンジョンの石を詰めて熱し、芋を入れて火にかける、石焼き芋と言うヤツだ。
「ホクホクしててすんごく甘いよっ」
ティノは芋を一口くちにすると、目を見開いた。
詳しい原理は知らないが石焼きにすると甘味が増すらしい。
「えっ、しっとりとして柔らかい……」
アンジェが目を細めて幸せそうな表情を浮かべる。
芋は一種ではなく、しっとり、ほくほく、ねっとり、食感や甘味の違う数種類。
どの芋もとてもおいしく、少量で満腹感が得られる、栄養価も高いに違いない。
街に戻っても是非この芋を味わいたい、そう思い芋と切った蔓をリュックに詰めた。
ダンジョンに潜ってからの食事はスープばかりだったから、歯ごたえのある食べ物にありつけたのはありがたい。
「アンジェ、もぐもぐ、次はこっちの芋、もぐ、ごくんっ」
「うん、これも違うお芋だよね?」
それにしてもふたりはちょと食べ過ぎな気がするが……
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という訳で、この場で俺たちは十分な食事と睡眠をとることが出来た。
「ヌィっ見て!」
まだ芋を掘ろうとティノが引っ張った壁を覆っていた蔓、それが剥がされて姿を現したのは、次の階層へと続く石階段だった。
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