第三十二話 遺跡地下迷宮 壱 古の竜
「アンジェッ、ヌィッ、そ、そこに居るの?」
暗闇の中、俺たちを安心させる声が届いた。
「ヌィ、この声って」
「えっ」
「「ティノの声だ」っ!」
暗闇に閉じ込められて数分、こんなに早く救助が来るなんて思ってもみなかった。
だけど何かすごく嫌な予感がする……なんだろうこの感じ……
「ティノォー!!待って!!動かないで!!」
俺は大きな声で叫ぶ。
「あっそうだ」
「待ってアンジェ!……どうにかして広い範囲を照らせないかな?」
「うーん……うん、やってみる」
『Fakel/松明/トーチ』
高く浮かび上がる炎を見上げる、それでも天井は見えない。
暗闇に灯った明かりが周囲を照らし、遠くにティノの姿が見えた。
「あっ……」
ティノの前方、地面に伸びる黒い何か……その先が静かに揺れた。
「あ…あああ………」
「ヌィ?どうしたの?ヌ…ィ………ぁ……」
俺の脚は固まってしまったかのようにまったく動かない……
黒い何か……いや巨大な尾、その主の気配が動く。
朝日が昇るように少しずつ周囲が明るみ始め、主の姿が浮かび上がる。
生物とは思えないほどの巨体、鱗と羽毛で覆われた漆黒の躰が揺れる。
長く伸びた尾、太い脚、地に食い込む爪。
山の尾根のような背には羽毛を持つ翼が畳まれている。
長く伸びた首、角の生えた頭部、鋭い牙。
静かに開いた瞼から鋭い眼光が俺へと向けられた。
「くっ、黒い竜」
アンジェの声は震え、俺のシャツを掴む指も震える。
俺はその手を握ろうとするがうまく握れない……俺の指も震えているようだ。
巨大な頭部、その嘴の様な鼻先が俺へと近づくが動けない。
まるで見えない何かに押さえつけられてるよう、その何かに躰の震えさえ止められた。
目前で黒い竜の瞼が閉じられる。
黒い竜の鼻先が俺の鼻先に触れた……優しく指先で触れるように。
何かを感じ、思案しているかのような黒い竜……何故そう感じたのかはわからない。
見えない何かの押さえつけるような感覚は消え、やさしく包むような感覚に変わった。
ゆっくり俺から離れた黒い竜、その鼻先がアンジェに、ティノに当てられる。
そしてゆっくりと頭部を元あった場所に横たえると、黒い竜は眠りについた。
俺は無言のままアンジェの顔を見つめて無事を確かめ、無言のままその手を握りティノの元へと足を踏み出した。
俺とアンジェは両側から無言でティノに抱き着き、しばらくの抱擁の後、黒い竜から離れるように移動した。
「ティノ無事で、無事でよかった……」
俺の口から言葉が零れる。
「あ、ありがとうヌィ、アンジェ……こ、怖かった……すごく怖かったんだ」
ティノから以外と思われるような言葉が零れる、だがあの黒い竜が相手なら誰もが同じ気持ちになるだろう。
「柱がぱぁっと光って真っ暗になって、みんないなくなっちゃって、私だけここに居たの」
「ぇ……」
ティノの言葉にアンジェの表情が固まった。
俺は状況を整理する為にティノにゆっくり質問と確認をとる。
「ティノは北東から月の神殿を調査していた?」
「うん」
「そこで柱のある部屋を見つけたの?」
「うん、右端の柱には……さっきの黒い竜の像が置かれてて、私は左端の柱に入って」
「柱から出られなくなって真っ暗なこの場所にいた」
「うん、一人になっちゃって怖くて……」
「そっか……」
「でも助けに来てくれた2人の声と気配を感じたから、真っ暗だけど歩いたのっ」
「ごめんティノ、俺たちも助けに来たんじゃなくて柱に閉じ込められてここに居るんだ」
「ぇ……」
お互いに相手が助けに来てくれたものだと思っていた。
望みが閉ざされ気を落とすアンジェとティノ。
俺もそうだけど……でも落ち込んではいられない。
「大丈夫、ひとりじゃないんだ、3人も一緒にいるんだよ」
二人が俺を見つめる。
「他にも誰かいるかもしれないし、迎えがすぐ来るかもしれないし、すぐに帰り道が見つかるかもしれない」
俺は二人の手を握った。
「一緒にここから生きて出よう」
「「うん」」
俺たちは手を取り歩き出した。
「明かりを灯すね」
『Fakel/松明/トーチ』
アンジェの魔法の炎で暗闇を照らす、先ほどより低く前方に灯る炎。
「じゃぁ出来るだけ黒い竜から距離をとって探索を始めよう」
あれから黒い竜は動かない、俺たちに危害を加える気配は今のところは無さそうだ。
少し歩くと前方に白い壁が姿を現した。
「ここも月の神殿の中なのかな」
アンジェが手を伸ばし壁を確認する。
「そうかも、でもここは森の香が全然しないんだ……神殿の中では漂ってたのに」
俺も壁に手を触れ確認する。
「なんか少し重くて湿った空気……」
「うん、ダンジョンの空気みたい、何度か潜ったことがあるけど似てるよ」
ティノの言葉が続く。
「月の神殿の地下迷宮なのかもしれない」
「見てっヌィ、柱だよ」
アンジェが向けた魔法の明かりが照らす、それは壁に沿って天井まで伸びる柱。
「入口もある、地上の柱と繋がってるのかな……どうする?ヌィ、アンジェ」
俺たちをここへと連れて来た柱と同じに見える、2人の瞳が俺を見つめる。
「いきなり飛び込むのは危険かも、まずはこの階層全体の探索を先に進めよう」
「「わかった」」
アンジェの灯す炎で床を焼き、煤で印をつける。
「よし、じゃぁ壁に沿って探索を続けよう」
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「えっと柱が全部で12本?」 「うん、あったのはそれだけ」
ティノが指を折って数え、アンジェが頷く。
俺たちは最初に煤で印をつけた柱まで戻って来ていた。
この空間はほぼ円形の部屋、中央付近に黒い竜が鎮座している。
広さは地上に出ている月の神殿よりも大分広い。
いや広いどころではない、星降りの街と同じくらの広さがありそうだ。
「柱を調べてみるしかなさそうだけど……どこか気になった場所はある?」
「「6番目の柱」」
2人から同じ答えが返ってきた。
「そこからすこしだけどマナが零れてたの」
「何かの気配を感じた、魔獣かもしれないけど、どこかには通じていると思う」
皆違う理由だが同じ柱を差していた。
「よし、じゃぁ6番目の柱から調べよう」
床の煤を水で流す、6番目の柱に到着したら新たにそこに印を付けるつもりだ。
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「ここだね」 「うん、やっぱりマナが零れてる」 「気配もするよ」
俺はこの柱に刻まれた印、それが黒い竜を表しているようで気になっていた。
「じゃぁ、2人とも」 「「うん」」
「ここでしばらく休憩しよう」 「「え?」」
緊張していた2人の顔が少し緩んだ。
「アンジェはいっぱい歩いて疲れてるでしょ」 「うん、でも……」
「ティノはお腹空いてるでしょ」 「うん、ぺこぺこだけど……」
「一旦ここで食事と睡眠を獲ろう、この先何があるかわからないから」
そう言って、俺は背中に担いでいたリュックを降ろした。
「ブレンダのお陰かな、食べたり使った分は後で多めに返そう」
広げたシートに腰を下ろし、ランタンに火を灯す。
干し肉に乾燥野菜に乾麺まで、膨らんだリュックの半分以上は食料が占めていた。
鍋に放り込み湯を注ぐと良い香りが漂う。
鍋はレイチェルおススメの肉が柔らかくなる新商品、いつの間に買ったんだろう。
「ティノにはちょっと足りないかもしれないけど」
「ううん、あるだけありがたいよ、でもスープは薄味でもいいから多めにして」
「アンジェばかりに負担かけてごめんね、食べたら先に休んでね」
「ありがとヌィ、これくらい平気だよ」
火も水も魔法頼り、アンジェがいなかったら初めの暗闇の時点で詰んでたな……
マナ回復の為にアンジェには睡眠をとってもらい、ティノと交代で見張りを行う。
黒い竜と同じフロアにいるのになぜか今は恐怖を感じない、初めは死を覚悟するほどだったのに不思議だ。
きっと救助が来るという望みを抱き、俺たちは暗闇の中で時間の知れぬ夜を過ごした。
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