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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第一章 犬も歩けば異世界召喚
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第三十一話 遺跡調査隊 漆 一寸先は闇


「さぁ、お昼も食べたし北東の入口を探索ね!」

 ブレンダの腰には二本の短剣、背中には何が詰まっているのか重そうなリュック。

 ちなみにハンナとパレットは食後のお昼寝中だ。


「残念ながら君を一緒には連れていけないかな」 「なんでっ!どうしてよっ!!」

 エヴァンさんの返答に大声をあげるブレンダ。


「未調査エリアだからな、どんな魔獣や魔物が潜んでいるかもわからない」

「だから行くんでしょ?」

 優しい口調のグレアムの言葉、それに納得できないブレンダの反論。


「それはガードの依頼を受けた俺たちワイルドガーデンの仕事だ」

「ブレンダちゃんは神殿の外に溢れた魔獣や魔物がいないかの調査でしょ?」

「うぅ……そうだけど、でもでも……」

 リードとローザの言葉が続き、ブレンダの目にうっすらと涙が滲む。

 神殿の探索が楽しみでいろいろと準備してきたのかもしれない。

 しかしこればかりは……




「うむ、じゃぁのぉ……南西側調査のガードを引き受けてはくれんか?」 「先生っ」

「北東側にガードを取られてはこちらの調査が進められん、引き受けてくれんか?」

「……ぅん……ゎかった……」

 孫を見るような目のアイザック先生。

 調査隊のトップの決定に他の皆もあまり文句は言えないようだ。




「では先生、北東の調査に行って来ます」

「こちらはまかせろ、行ってくる」

「ヌィ、アンジェ、私夕飯は食べるからね」

「また後でね~」

 エヴァンさん、グレアム、ティノ、ローザのメンバーが北東の調査に向かう。


「ふふ、子守がんばってねリード」

「あぁ……」

 ローザがからかうように耳元で呟き、リードは面倒そうに答える。



「頼んだぞ、さぁわしらは南東の調査じゃ」

「えぇ……行きましょうか」

「そうねっ、魔物が出ても私がいるから安心してっ」

「ちょっとドキドキするね、ヌィ」

 アイザック先生、リード、ブレンダ、アンジェ、俺のメンバーは南東の調査。

 ちなみにハンナとパレットは午後のお昼寝中だ。


「ヌィ、重いから代わりにリュック持ってて」

「うん……」

 実際にかなり重いリュックをブレンダが俺に押し付ける。

 リードはお互い大変だなという表情を俺に向けた。




「では、開くぞ」

 光を放たない3つの月石が扉の脇の小さな祭壇に捧げられると、閉ざされていた大きな岩の扉が低い音をたて左右に開いた。


 すこし埃っぽく沈んだ空気、そこは左右に広いが奥行の無いちいさな部屋。

 部屋の左右の結晶が月石に蓄えた光を吸収し、部屋全体が光で照らされる。

 奥の扉が開かれると奥へと延びる通路が続く、ここまでは北西・南東の同じだ。


 長い通路の突き当たりの扉が開かれ、三日月の結晶に明かりが灯された。

「狭っ」

「「確かに……」」

 ブレンダの声に俺とアンジェも同意見、そこはすぐ目の前が壁の狭い空間。


「倉庫のようなものかのぉ、建物の構造的に考えて北東も同じようなものじゃろ」

「それなら、どっちでも一緒ね……」

 広さは入口を入ってすぐの前室と変わらないくらい。

 部屋にあるのは灯りを灯す2つの三日月の結晶といくつかの石箱。




「…………」

 ブレンダが短剣でジャグリングのようなことを始めた。

「ガードの仕事ってのはこういうもんだ、派手なことばかりじゃない」

 リードは躰の力を抜きつつも、何かあったら即座に反応できるような体勢でいる。

「まぁこの壁に刻まれた文章が解読できれば何かあるかもしれんからの」

 アイザック先生は壁に顔を近づけ、長時間熱心に解読作業を続けている。

 ちなみに俺とアンジェは夕飯の献立について相談中だ。


「あっ……」

 狭い空間に石の床を金属が叩く音が反響する、ブレンダが短剣を落とした音だ。

「むむ……と、届かない……」

 しかも石箱と壁の間の狭い隙間、ブレンダが腕を伸ばそうとするが無理の様。

「はあ……しょうがねぇなぁ……」

 石箱を動かす許可を先生から得たリード、どうやら面倒見はいいようだ。


「ぐぬぬ………」

 だが、その石箱の重さに苦労させられていた、僅かに箱は傾くが動かない。

「はぁ…はぁ…こういう仕事はグレアムかティノがやるから…はぁ…はぁ……」


「ヌィッ手伝って」

「……わかったよ」

 ブレンダの命令ともお願いともなんとも言えない口調に応えた。


「「せーの」」

 収縮する筋肉に栄養を運ぶようなイメージ、循環する体内のマナを使用して力を強化する。腕、背筋、脚、石箱を引くために力を込める。


 踏ん張る足先に力を込めた途端、何かがカチリと音をたて石の床がわずかに沈んだ。


「っ、トラップか!?」

 リードが慌ててブレンダを抱える。

 床や壁に響く小さな作動音、やがてそれは岩を引き摺るような音に変わり、

 石箱の背後の壁がゆっくり開かれた。


「なんと、隠し扉じゃ……」

 アイザック先生は驚きの表情でありながらも笑みを浮かべた。


「こういうのを待っていたのよ」

 ブレンダはリードに抱えられたまま目を輝かせる。




「先生、いきなり足を踏み込むのは危険だ」

「何言っておる、ハンターが4人も付いているのは何の為じゃ」

 隠し扉を抜けた先に広がる空間、薄暗いが倉庫部屋よりも広そうだ。


「ヌィどう?」

 アンジェが心配そうに尋ねる。

「少なくともすぐに襲われるような間合には何もいない」

「「よかった……」」 「えぇぇ……」

 安堵の声をあげるアンジェとリード、少し不満そうなブレンダ。


「ならばよかろう」

「ちょっ、待ってくださいっ!!」

 壁の向こう側にいきなり踏み込むアイザック先生、慌てて追いかけるリード。

 俺たちも警戒しながら2人の後に続く。




「ふむふむ、興味深い……」

 だんだんと薄暗がりに目が慣れてきた、礼拝堂より広いかもしれない。

 目に付くのは床から天井まで伸びた3本の柱。

 よく見るとその柱の正面が開かれている、円筒状の構造物なのだろうか。


「うむうむ、これは」

「ちょっと先生、だから無暗に動かないでくれ」

 アイザック先生は躊躇せずその柱の中に足を踏み入れた。

 内部になにか文字が刻まれているのだろう、熱心に内壁に顔を近づける。


「うーむ、暗くて読めん……」

「先生、装備を整えて出直しましょう」


「アンジェの魔法なら照らせるわよ」

「おぉそれじゃぁ」 「いやいや」

 先生とブレンダに振り回されるリードが困惑の表情でこちらを見る。

 ごめんね、2人を止めるのは難しそうだよ。


「ほら、アンジェ、ね?」

「うーんどうかなぁ……」

 ブレンダに柱の中に押し込まれるアンジェ。


『Ogon' /火/ファイア』


「どうにか読めるかな……いけに…」

「おおお」

 アンジェが火を灯し、壁を照らす。


「ヌィは目がいいし暗くても読めるんじゃない?」 

「いやいやそもそも難しい字は読めないよ……」

 ブレンダによって右端、別の柱の中に押し込まれる俺。


 そして突然、柱の入口が見えない何かによって覆われた。


「「え……」」

 アンジェと俺は思わず声をあげる。

 手を伸ばすと見えない壁の様な何かにぶつかり、柱から出ることを阻まれる。



「あ、アンジェッ!!」

「ヌィッどこ!?、ヌィッ!!!」

 アンジェをの声は届くがその姿を見ることは出来ない。


 柱が小刻みに揺れ、光に飲み込まれる。

 躰が揺すられ、奇妙な浮遊感が襲う。


 柱の入口から見える光景が徐々に薄くなる。


 驚愕の表情に悲痛なモノを浮かべるブレンダ……

 驚愕の表情に笑みを浮かべるアイザック先生……


 柱の入口から見える光景は暗闇へと変わった……






「っく…ぅぅ……ひっ……」

 突然視界を覆った暗闇の中にちいさな泣き声だけが響く。


「アンジェッ、おれだよ、ヌィだよ!」

「ぁ……ぁ……ヌ、ヌィィ……」

 真っ暗な闇の中に声だけが届く。


「今からそっちに行く、動かないで」

 視覚以外の感覚に頼り、アンジェを探る。


「すぐ、近くだから、暗いけど怖がらないで」

「…ぅん……ひっ…く……」

「さわるよ」

「ぅん」

 指先に触れた震える指先、それは俺の手をぎゅっと握り返した。

「ぅぅ……よかったぁ……ヌィィ」

 少しずつ震えが収まるのを待つ。


「アンジェ無事?怪我とかしてない?」

「ぅん」

 視界は閉ざされたまま声だけが響く。






「アンジェッ、ヌィッ、そ、そこに居るの?」

 暗闇の中、俺たちを安心させる声が届いた。


「ヌィ、この声って」

「うん」


「「ティノの声だっ!」」

 暗闇に閉じ込められて数分、こんなに早く救助が来るなんて思ってもみなかった。


「こっちだよティノォー!!」

 俺は大きな声で叫ぶ。


「あっそうだ」 

『Ogon' /火/ファイア』


 暗闇に明かりが灯る、姿はまだ見えないがこちらに近づくティノの気配を感じた。



「あっ……」

 突然、ティノの気配が小さくなり、

「ぐはっ……ぅ……」

 低い衝突音が暗闇に響いて、消えた。


「あ…あああ………」

「ヌィ?どうしたの?ヌ…ィ………ぁ……」


 それは突然叩きつけられた絶望だった。



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