第三十話 遺跡調査隊 陸 岩亀退治
「いやいや月の神殿に入れないんだ……」
光を放つ3つの月石が扉の脇の小さな祭壇に捧げられたが……閉ざされていた大きな岩の扉は閉ざされたままだった。
「おぉぉ?」 「うーん……」
俺とアンジェは思わず声を洩らす。
すこし沈んだ空気、エヴァンさんは肩を落とす。
「南東の入口は月石を捧げても開かないんだよ……」
俺とアンジェとティノは北東同様に塞がれている南西側の岩を退かす作業をしていたのだが、エヴァンさんに呼ばれて南東の入口へとやってきた。
「いろんな意見が欲しいんだ、何か思いつかないかい?」
「私あけてみようか?」
「いやいや無理やりはちょっと……」
ティノの申し出は即座に否定される。
「滑りやすくするために蝋やオイルを塗るとか?」
「いや、途中で引っかかるとかじゃなくて開く気配すらないんだ」
アンジェの意見はおばあちゃんの知恵袋だった。
「ヌィくんはどうかな?君は月石の秘密を解いたよね」
エヴァンさんが俺に詰め寄る。
いやあれは蓄光石の様に光りを溜められるモノかもって思っただけなんだけど。
「えっと……じゃぁ光の溜まってない石も使うんじゃないの?」
「!? それはどういうことかな」
目を見開いたエヴァンさんの顔が……ち、近い、近い。
「woooof……woooof……」
「エヴァンさんちょっと離れてっ」
俺は思わずアンジェの後ろに隠れてしまった。
「つ、つい……だが、すまないが詳しく教えてくれないか」
「えっと……月石を置く場所が3つあるなら組み合わせで開くのかもと……
光ってるの、光ってるの、暗いのとか全部で8通りだから試したらどうかな」
俺はダイアル式の錠を思い浮かべた、これだと数字は0か1の2種類だけど。
「よし、それだ!試してみよう!」
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「では……順番に試してみます」 「うむ」
エヴァンさんが月石を捧げ、アイザック先生が見守る。
扉が開いた時に備えワイルドガーデンの皆も勢ぞろいだ。
「次は光…光…暗……ぉおおおおっ」 「おぉ南東の扉もついに……」
岩が擦れる重く低い音をたて扉が開……
「ぬぁっ止まった、小石やなにか引っかかってるのか?」
「ぐぬぬ……誰か蝋かオイルを持って来てくれっ」
アンジェの意見も正解で、更にティノが途中で停まった扉を開けた。
▶▶|
結晶が光を吸収し、部屋全体が光で照らされて神聖な雰囲気に包まれる。
ステンドグラスを通したような不思議な光の影が揺れ、壁や床に投影される。
扉を開き、奥へと延びる通路を進む。
突き当たりの扉が開かれ、開けた天井の高いホールへと出た。
4つの彫像が光を吸収しホール全体を照らす。
部屋中に映し出され揺れる光の絵画、そして部屋の奥、中央の台座に降臨した女神。
「赤き月の女神像じゃよ……」
光に照らされ、短い髪が揺れて微笑む女神様。
それはまるで本当にそこに存在しているかの様な感覚。
厳かで神秘的な優しい微笑に魅せられそうになる。
俺をこの月の神殿へと引き寄せていたのはこの女神様なのだろうか……
「あれ?同じ部屋、えっと礼拝堂?につながってたの?」
ティノが首を傾げる。
「いえ、最初の扉は白き月の女神、こちらは赤き月の女神を奉った礼拝堂です」
ティノと一緒に俺も首を傾げる。
「月の女神様は二人いるのか……」
「そうだよヌィ、月は2つあるんだから女神様も2人だよ」
アンジェが俺にそう教えてくれた。
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「ふぅん……ここが月の神殿」 「…………」 ”きぃっ”
「そうだよ、こっちは白き月の女神様の礼拝堂」
「で、どんな魔獣がでるの?」 「…………」 ”きゅ?”
「今のところ神殿には魔獣どころか虫もいないなぁ」
「……つまんないね」
「……だからこんな遠くまで来るのは嫌だった」
”ぎぎぎぃ”
ブレンダの瞳から期待に満ちた輝きが消える。
ハンナは初めからいやいや連れてこられたという感じだ。
仔ラプトルのパレットは外で遊ぼうと俺のシャツの裾を引っ張る。
「神殿の外に居座っているのはいるんだけどね」
「やったっ!行こ!」
「うん、ギルドに報告すれば報酬が貰える」
”きゅぃぃっ”
2人はただ遊びに来ただけではなかったようだ。
神殿調査によって、普段はいない魔獣が溢れ出したりしていないか、その調査報告を請け負って来たらしい。
パレットは遊びに来ただけのようだ。
ブレンダが厩舎でラプトルを借りる際に俺の名前を出したら離れなくなり、こうなったら言うことを聞かないから連れてってくれと厩舎のおじさんに頼まれたそうだ。
「で、相手はどこ?」
「ブレンダが寄り掛かっているソレだよ」
「え?」
北東の階段入口を塞ぐ大岩、いや岩亀は依然としてそこに居座っていた。
「むむむ、こんなの、剣じゃ斬れないじゃない」
「うん、ティノでもダメみたいなの」
目的は報告で戦うことじゃなかったはずだけど……ブレンダは肩を落とす。
「私に任せて……」
ちょっと自信ありげな顔のハンナ。
「そうね、ハンナのハンマーなら倒せるわっ」
それを応援するブレンダ。
だが、そのハンナはハンマーを手放して岩亀へと近づいた。
バッグから筒状のモノを取り出し、岩亀と地面の隙間に差し込む。
…嫌な予感がする…
「ね、ねぇハンナ何してるの?それは何?」
俺のその問いにハンナは答えた。
「邪魔な岩は砕く、これは採掘用爆裂弾」
「「待って、待って」」 「すごいっ!見たい!」 ”きゅきゅぃっ”
アンジェと俺は慌ててハンナを止めた。
「遺跡が傷つくし、それより周りの梁や柱が崩れたら大事故だよ、もうっ」
「……ゴメン」
危険な採掘用爆裂弾とやらをハンナから取り上げて本気で叱るアンジェ。
さすがにブレンダも茶化したりせず大人しくしている。
「アンジェ、ハンナもわかったようだからその辺で」
「うん、そうだね」 「「ほっ……」」
「でも折角だから2人とパレットにも手伝ってもらって道を開こうか」
「よし、準備オッケー、ハンナーお願い」 「たぁぁぁっ」
先を削った長い木の幹を岩亀の下に潜り込ませ、支点に岩を咬ませる。
力点である長い木の幹の根本にハンナの大木槌で力を掛けた。
テコの原理で岩亀の躰が傾き、地面との間に隙間が広がる。
「やっ」 『Vody/水/ウォータ』
その隙間目掛けてアンジェの水魔法が放たれ、地面が濡れる。
『Zamorozit'/凍結/フリーズ』 「っと、危ない」
その地面に俺は手を着き凍結させ、挟まれないように慌てて手を引く。
よし、うまくいった。
「「「「せーのっ」」」」 ”きぃ” 「「「「よいしょっ」」」」 ”きゅっ”
皆で岩亀を押すと、その巨体が地面をズリズリと滑る。
地面に水を撒き、凍らせ、水を撒き、その上を滑らせる。
マナで腕力を強化しながらだが、少しずつ岩亀は地面を滑る。
「「「「おわったぁ……」」」」 ”きゅぅぅぅぅっ”
なんとも地味な作業だったが爆破して被害を出すよりはいいだろう。
目的は岩亀の退治ではなく、階段前から移動させること。
「ありがとな、パレット」 ”きゅぅぃ”
仕事を終え満足げな顔をしている気がするパレットの頭を撫でる。
躰はちっこいのに力は結構強く、今回はかなり役に立ってくれた。
「北東入口への階段が通れるようになりました」
「おぉ、ヌィ君たちご苦労様じゃった」
「ありがとう、これで調査が更に進むよ」
皆から感謝と労いの言葉が返って来る中、1人だけが違う反応を示す。
「うぇええ……」
顔を顰めて嫌そうな顔をしたのはティノだった。
「え?え?どうしたのティノ?私たち何かダメなことした?」
その反応におろおろするアンジェ。
「私……苦手なの……今日はごはんいらない」
大食いのティノからは想像もできない言葉がその口から飛び出した。
「もしかして……岩亀のこと?」
「うん……私、泥臭くて亀は食べられないんだ」
以前ティノが岩亀は苦手だと言っていたのは食べることに関してか……
今日のご飯は猪肉料理であることを告げるとティノは満面の笑みを見せた。
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