第二十八話 遺跡調査隊 肆 遺構調査と出土品
「それがね、月の神殿にはまだ入っていないのよ」
昼食後、皆がくつろいでいるところで調査の進み具合について尋ねると、ローザが退屈そうに答えた。
「扉なんか抉じ開けちゃえばいいのにね」
「いやいや、冗談でもそんなことは言わないでくれよ……」
ティノの言葉にエヴァンさんが顔を青くする。
「ぇっと……扉が開かなくて神殿に入れないの?」
「確かに月の神殿の入口には仕掛けがあるようだけど、その為に調査が滞っている訳ではないんだよ?」
「うむ、調査対象は月の神殿だけではないからのぉ、今は周囲の遺構…他の建物跡の調査を進めておるよ」
アンジェの問いにエヴァンさんとアイザック先生が答える。
どうやら今までは月の神殿の周りにある建物の調査を進めていたようだ。
俺たちは中央の神殿のみに目がいってしまうが、遺跡調査とはそんな単純なモノではないらしい。
「という訳でね、私たちの仕事はまだ森の警戒くらいなのよねぇ」
「ローザ、それが今回の仕事だ、ダンジョン攻略に来た訳じゃない」 「はいはい」
リードが諫めるがローザはそれでも退屈そうに返事をする。
「……のんびりできていいじゃないか」
「私は神殿はどうでもいいけどねっ、それより夕食は何?」
グレアムさんは今の状況に不満はなさそうで、ティノは我関せずでお気楽な雰囲気。
「すいませんエヴァンさん、こいつらときたら……」
「いやいや大丈夫ですよリードさん、ガードの役割はちゃんと果たして貰えてますから、学者でなければ崩れた建物跡を見ていても退屈するのはわかります、ハハハ」
「そうじゃなぁ……2人も来てくれたし出土品でも見せてやろうかの」
「!! お宝!?」 「うん、見てみたい」 「お願いします」
アンジェと俺が答えるよりも早く目を輝かせたローザだったが、アイザック先生に周囲の遺構からの出土品を見せてもらえることとなった。
「一番多く出土しているのがこの球状の石、これを月石と呼ぶことにしたんだ」
出土品は神殿近くのテントに保管されており、エヴァンさんが木箱を開くと、その中には野球ボール位の大きさの乳白色をした石がいくつも収められていた。
「この黒い布や鏡も祭事に使われていたと思われ多く見つかっているんだけどね、やはりこの月石が月信仰の象徴、重要な証拠だと考えているんだ」
「へぇぇ、お月様みたいだね」 「月信仰かぁ……」
「祭事に関する記録も発掘されてね、かなり解読は進んでいるよ」
「これ頑丈そうだし、投げやすそうだよね」
「宝石を期待していたんだけど……ただの石ね、輝きが足りないわ」
ティノは投石武器なんじゃないかと口にして出土品から遠ざけられ、ローザは期待していたモノとは違ったらしく残念そうな表情を浮かべる。
「輝きか…そうじゃな……レミ、あれも出してくれんか」
「はい、こちらの箱の中です」
「なになにこんどこそお宝!?」
アイザック先生の言葉にレミさんが金属で出来た箱を取り出し、駆けられた鍵を外すとローザが身を乗り出す。俺とアンジェもその後ろから箱に注目する……ごくり。
「えーと……さっきの石とどこが違うのかしら?」
首を傾げるローザ、箱から出来てたのは先ほどと同じ乳白色の月石。
俺たちにはわからないが、学者から見ると全然違って価値のあるモノなのだろうか。
「な、光りが失われておる……」
「そんな……厳重に箱の中にしまい暗所に保管しておりましたのにっ」
アイザック先生が小さく呟き、レミさんが慌てだした。
「この石が光っていたの?」
「あぁ、この石は闇夜で輝いていたんじゃ、それが何故失われてしまったのか……」
心配そうな顔をして尋ねるアンジェ、肩を落とすアイザック先生とレミさん。
「しまっていたからじゃない?日の光にあてておけば光るんじゃ」 「「何と!?」」
俺の言葉に身を乗り出す2人、俺はのけぞるように身を引いた。
「ど、どういうことですか?」 「何か知っておるのか?」
ぅ、2人の勢いがすごい。
「えっと、本当にそれかはわからないけど……蓄光石みたいなものかな?と……もしそうなら日の光に当てておけば夜には蓄えた光を放つんだけど」 「「おぉぉ!!」」
「うむ、この月石は発見した時、他のモノと違い野ざらしじゃった……」
「では、もしかして他の月石も?」
「うむ、ではそうじゃな他に2つほど一緒に日の光をあてよう……月は日の光を浴びてて輝くか……ありえるかもしれん……」
それからは2人は月石を広げて選別しだし、反応が全くなくなった。
「……えっと戻りましょうか?」 「うん……」 「……そうだね」
ローザの言葉にアンジェと俺は頷き、既にこの場を離れていたティノに続いた。
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「みんなぁー夕飯だよぉ」 「まだ区切りがつかないのかな?」
光る月石と石碑のようなモノを囲み、ペンを握り作業の手を止めないアイザック先生とエヴァンさん、レミさん。
傍に付き添うローザ、少し離れた位置で彼らを囲うように立つ他のワイルドガーデンの面々、ティノは口を開きお腹をさすりながら何度もこちらにチラリと視線を送る。
「遅くなると虎の魔獣が暴れて遺跡を壊すかもしれませんよ?」 「そうね……」
「な!?」
俺の言葉にローザが頷き、エヴァンさんが慌ててティノを振り返った。
「あぁ、もうこんなに暗く……すまない、つい熱中してしまってたようだ」
「ん?……おぉすまん、待たせてしまったか」
ようやくエヴァンさんが時間の経過に気づき、アイザック先生も顔をあげる。
昼間の件の後に何か思いついたアイザック先生たちは皆で碑を囲んで作業を続け、俺たちが話しかけても全く反応がなかった。
「とりあえず、つまめるモノを用意しました、これだけでも口に入れてください」
アンジェが風呂敷バッグを広げ、村の野菜とティノが狩った肉、カッテージチーズを挟んだサンドウィッチを手渡す。
手が汚れていても食べられるように一切れずつ葉に包んだ気遣い付きだ。
「ありがとう、いただくよ」 「……うまいな」
皆、手渡されると次々に口に運び、少し疲れていたような顔に笑顔が戻る。
「ありがとう…ぅ…2人とも…あむっ…」
「な、まだ足り……」 「おぃなんでティノにバッグごと渡した、もう手遅れだっ」
残りをすべてティノに渡すとワイルドガーデンのメンバーから呻き声が上がる。
「んふふ、テントにはお肉と温かいシチュー、冷たい飲み物も用意してます」
「今ので足りなかったら食べにきてよ」
「くっ、先生方……どうかそろそろ……」
「あぁ……すまなかったね、先生、休憩いたしましょう」
「そうじゃな、わしも今の一口の後ではこのまま作業は続けられんよ」
リードが懇願し、エヴァンさんとアイザック先生が答える、どうやらアンジェの作戦はうまくいったようだ。
「ぷはぁ……生き返る」 「美味しいわねこのシチュー」 「肉も……蕩ける……」
「あむっ、2人がここに来てくれて あむっ うれしかったけど…… あむっ 今はものすごく……うれしいっ 大好きだよ2人とも!!」
「んふふ、ありがとティノ」 「ぇへへ……なんか照れるね」
本当に美味しそうに食事を食べるワイルドガーデン、これだけの反応をしてくれると食事を作った甲斐もある。
「うむ、先ほどのサンドウィッチも旨かったがこれは更に」 「ええ、美味しい」
「こんなに料理が上手いとは……想定外と言っては失礼ですが、びっくりしました」
アイザック先生にレミさん、エヴァンさんからも続く称賛の言葉。
褒めてもらえるのはうれしいが、アンジェはともかく、俺は料理なんてそんなにしたこともない。
これもアンジェの腕と魔法で温かい料理が出せるのと、レイチェルが用意した新商品の鍋のお陰、使い方を習っておいてよかった。
「はぁ……ごちそうさまぁ……まんぞく……」
残った分を氷で冷やし保存して明日の朝食にと用意しておいた大量のシチューが消えた……この仕事どうやらあまり楽は出来ないようだ。
「で、何やら昼から話しかけても返事がありませんでしたが、何があったんですか?」
リードがエヴァンさんに問いかける。
「ええ、ヌィ君のおかげで月石のことが解かり碑文の解読が進んだんです、ねぇ先生」
「かなりの事がわかった……この調子なら2~3日中には解読が済むかもしれん」
「じゃぁ、残りが解かれば月の神殿に入れるの!?」
アイザック先生の言葉に俺は思わず声をあげた。
「いや……」
目をつむり首を振る先生、残念……そう簡単でもないらしい。
「神殿の扉の開き方はもう解読済みじゃっ」 「「「「おぉぉおお!!」」」」
ニヤリと笑みを零す先生と歓声を上げる俺やワイルドガーデンのメンバーだった。
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「でも2人はいっしょに神殿に入らなかったの?」
キャスが首を傾げて尋ねる。
翌日の午後、アンジェと俺は村まで野菜と卵を仕入れに来たついでに少し休憩を貰ってキャスと過ごしている。
「んー神殿の入り方はわかっても残りの解読を続けているの」
「へぇ、そうなんだ」
「まぁ神殿に入るとしても、おれたちはすぐに一緒には無理じゃないかなぁ……ティノ達が安全を確認してからなら入れて貰えるかもだけど」
「そっかぁ……」
キャスは自分のことに様に残念がってくれている。
「でも、そのおかげでキャスと一緒の時間は増えるよ?」
「そっかぁ!」 「うんっ」
一緒に居れてお互いの笑顔を見れることの方が宝物を見つけるより嬉しいんだろうな。
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