第二十七話 遺跡調査隊 参 石に枕し流れに漱ぐ
「道具屋[ラビットフット]です、ご注文の品をお届けに参りました」
「あぁ、これを待っていたんだ、わざわざ遠くまで済まないな助かるよ」
「い、いぇ、こちらこそ毎度お買い上げありがとうございます」
商品の配達で南東の村を訪れたレイチェル。
少し緊張気味にエヴァンさんと会話をする。
「2人もありがとう、荷物はとりあえずここに降ろしてもらえるかな」
「「はい」」
配達に便乗したアンジェと俺、前回村を訪れてから数日が経過していた。
注文の品、大型テントと消耗品を荷台から降ろす。
「じゃぁ後はおれたちに任せてよレイチェル」 「帰りは気を付けてね」
「うん、ありがとう 2人も気を付けてね」
配達を終えたレイチェルはラプトルを走らせて街へ戻る、俺達はその姿を見送った。
「あぁー アンジェ、ヌィ待ってたよ!」
「ティノっ!」 「おはよーティノ」
「これから一緒に居られるなんてうれしいよ」
飛び出して来たティノが笑顔で両手を広げて俺たちをまとめて抱きしめる。
その抱擁はモフモフの腕と柔らかいクッションで獲物を捕獲して逃がさない。
「わたしもだよっ」 「こ…これからよろしくね」
もしかしたら[月の神殿]に惹かれた所為かもしれない。
俺たちはここでしばらく暮らすことを決めていた。
「……ティノぉ 朝食の準備が出来…ぁゎゎ…2人ともいつの間に!?」
ティノを呼びに来たキャスが目を丸くして俺たちを見つめる。
「おはよっキャス来たよっ!」 「おはよう、ついさっきかな」
「おはようキャス、この荷物を運んだら2人と一緒にすぐ食卓に行くよ」
「ぅ、ぅんっ ぁ、準備して来る! ミーナ母さん!ヌィとアンが来たのっ」
挨拶をかわすと、控えめながらも慌ただしくキャスは家へ戻っていった。
「おぉよく来てくれたな」 「よろしく頼むよ」 「……頼む」 「はぁぃ」
キャスが準備をしてくれた食卓へ向かうと、そこに遺跡調査地のメンバーがいた。
アイザック先生、リード、グレアム、ローザと席に着いている皆から声が掛かる。
「はい、わたしたちの方こそよろしくお願いします」 「お願いします」
「まぁまぁ、挨拶は簡単にして2人とも席について」 「こっちだよぉ」 「ここっ」
アンジェと俺が挨拶したところで、ミーナさんに気を使って貰い席へ。
ティノとキャスに呼ばれ近く隣に座る。
食卓には瑞々しい野菜と目玉焼きにベーコンと野菜スープという朝食メニュー。
オーソドックスだがとても美味しそう、魅力的な香りが空腹の俺を惹きつける。
「2人はどれくらい居られるの?お休みとかある?」
席に着くとキャスが待ちきれずに口を開いた。
「10日分は前払いで報酬を貰っているから少なくてもそれくらいは居られるかな」
そう、俺たちは遊びで村を訪れたわけではなく、仕事としてここへ来ている。
シルバーランクパーティーと共に調査隊のガードとして……
「えっと、お昼を作ったら夕食の準備までは時間があるかも」
とカッコ良くはいかず、食事の支度や荷運びなどの雑務を請け負っている。
「ほんと?やったっ! …ゎゎ…」 「あらあら……ふふ」
アンジェが答えるとキャスは珍しく大きめの声を出し、そんな自分に驚く。
ミーナさんはそんなキャスを見て嬉しそうだ。
「でも2人とも長く居る荷物の量ではなかったわね……少なすぎない?」
「はい、必要なモノだけ持ってきて残りはレイチェルが預かってくれたので」
個人の荷物が一番多かったローザさんの問いにアンジェが答える。
この仕事の間は宿を引き払って荷物レイチェル家の倉庫へと預けて来た。
「それにおれたちのテントや備品、食材は支給して貰えるから」
「ハンターの荷物なんてのはそんなもんだろ?ローザはいつも多すぎなんだよ」
「あぁリードの言う通りだ、ローザの荷物がもう少し減れば仕事の幅も広がる」
「いやいや女性の荷物は多くなるの、ティノはまぁ少ないけど……比べないで」
「まぁティノはなぁ」 「……確かに」 「ん?なぁに?」
ワイルドガーデンの皆が言い合うが、気の置けない仲間同士の会話なのだろう。
口元にソースをたっぷり付けたティノは会話に混ざれていなかったが、それも含めて良い雰囲気を形成しているのだと感じた。
「じゃぁいってらっしゃい、待ってるね」
「うん、いってきますっ」 「キャス、またねぇ」
朝食を終えると遺跡へと運ぶ荷物をまとめ、キャスに見送られて村を後にした。
「まずは大型テントの設営からですか?」
「えぇお願いします、大きいので設置場所が難しいですが小川近くですかねぇ」
荷物を引きながら遺跡への道中、俺の質問にはエヴァンさんが答えてくれた。
調査はアイザック先生が中心だが、皆への指示はエヴァンさんが取り仕切っている。
「リードさん、ガードから誰か一人をヌィ君たちに着けてくれますか?」
エヴァンんさんがリードに声をかける、調査隊とは別行動の俺たちの為だ。
「はいっはぁい!わたしが行くよ」
「いやティノ、お前テント張れねぇだろ、場所も見なくちゃなんねぇし俺が行くよ」
「ぶーぶー……まぁ出来ないけどさぁ」
「ほらほら一緒の時間はこれからたっぷりあるんだ、まずはしっかり護衛を務めろ」
そんな会話を交わしていると現地へと到着。
俺とアンジェはリードさんの指示のもとにテントの設営を行う。
「んーそうだなぁ遺跡と水場に近く…背後は気にしないで済むとうれしいよな」
「リードさん、ヌィ、あの白い大きな岩の傍はどうかな?」
テントの設置場所を探し小川の近くを見ていたがアンジェが白い大岩を見つけた。
それは遺跡の巨石と似た質感、皆この辺りで採掘されたモノなのだろうか。
「ちょっと近くに行って見てくるよ」 「あっ…アンジェ待って!止まって!」
俺は大岩へと駆けだすアンジェを慌てて止めた。
「大岩の隣の少し小さい岩……そこになにかいる」
姿は見えない、動きもない、けれどそこに何かの違和感……生物の気配を感じる。
「ほぉ……どれ、俺が見て来る」
アンジェは首を傾げてその場に停まるが、リードは逆に岩へと無防備に近づいた。
「んん?何も見当たらねぇが……まさかなぁ」
リードは鞘に収まったままの長剣を握り、こんこんと俺が気にした白い岩を叩く。
…Gyueeehh……
「わわっ、ヌィ何あれ!?」 「おぉぉおっと」
突然動き出した岩に慌てるアンジェと身を反らすリード。
…Guaaahhh!
その岩は鳴き声を上げ、ごつごつとした大きな爪を振り上げた。
頑丈そうな爪の先が二つに分かれ威嚇して開かれる。
いくつもの脚が姿を現してその岩のような躰を動かし、飛び出した目がこちらを静かに睨みつける。
「……カニだね」
リードの剣が振り下ろされ、本物の岩を殴ったような鈍い音が微かに響く。
「くっそ固ってぇなコイツ、戦って剣がダメになっちまったら替えがねぇ」
周囲に転がる邪魔な太い木の枝を爪で挟み、簡単にバキリと折り放り投げる。
ジリジリとリードに迫るカニ………ごくり……おいしそ…いやおそろしい。
脚の動きは俊敏ではないのでリードが窮地に追い込まれたという状況ではない。
だが強固な外殻に武器の損傷を恐れ、どうやら攻めあぐねているようだ。
「リードおれたちに任せてっ!アンジェ頼むっ」 「うん、どうすればいい?」
これは俺たちの腕を見せるいい機会、俺はアンジェに作戦を伝えた。
「任せていいんだな?」
「うん、ゆっくりしてて、カニ、お前はこっちだっ」
俺はそのわしゃわしゃ動く脚の接合部分にナイフを走らせる。
深く傷を刻むことは出来なかったが、ナイフの刃を傷めずにカニの標的をこちらに向けることに成功した。
リードはいざという時の為に剣を構えたまま、俺たちを見守ってくれている。
「いくよぉっ」 『Osedaniye /沈下/ケイブイン』
アンジェの魔法で地面に開いた落とし穴がカニをまるごと包み込む。
「んん……ん」 『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』
水球が現れカニを包み込む。
以前フレアと2人で使った魔法だが、アンジェは既に1人でも唱えられる。
「まだまだっ」 『Plamya/炎/フレイム』
水球ごと炎が包み込み……水球の中で気泡があがる。
「これでどうだぁ!!」
俺は足掻くカニ目掛て最後の仕上げを決めた。
「3属性も使いこなすのか…すげぇな」 「アンジェは風も使えるよ」 「マジか」
初めはテントの設置をするはずだったので順序は変わってしまったが、これで俺たちの腕前を少しは皆にアピール出来るだろう。
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「おお3人ともご苦労じゃな」 「これだけ大きいと大変だったんじゃない?」
「いいですね、丈夫そうで質の良いテント、設置もしっかりしていますね、うん」
アイザック先生、レミさん、エヴァンさんと戻った調査隊が口々に感想を零す。
「はい、店長が遠出して仕入れて来た[ラビットフット]一押しの商品なんで」
一応レイチェルの為にお店の宣伝をしておいた。
「それよりわたしは…ごくり…この香りが気になるんだけど……」
「んふふ…お昼の準備もできてるよ、ティノ」
残りのティノ達はテントの出来よりも食欲優先のよう、そのまま皆で昼食のテーブルへと場所を移した。
「ん…おいしいわね…このサラダ……」 「うんうん」
「こっちのスープもうまい……」 「うんうん」
「マジかよお前ら……」
リードは何故か中々口にしないが他の皆には大好評。
仕上げに俺が沸騰した湯に投入した塩で、味付け具合もばっちりのようだ。
「うん確かにうまいのぉ」 「ですねぇ、これからの食事も楽しみです」
「肉料理も美味しいですが……このスープは初めて味わいました」
「わたしも初めて食べたけど、おいしいね、びっくりだよ」
「「よかったぁ……」」
俺とアンジェはお昼に用意したカニ料理で見事に皆から高い評価を得た。
これからしばらくはこのメンバーとこの場所での少し不便なキャンプ暮らし。
でも、この調子ならきっと楽しく過ごせそうだ。




