第二十六話 遺跡調査隊 弐 一日の計は朝にあり
「アンジェ、ついでにヌィも、わたし今日は一日暇なの、一緒に狩りに行こう!」
朝食を摂りながら今日の予定をアンジェと話していると狩りの誘い、ブレンダだ。
わざわざ宿まで来るなんて珍しい。
「おはようブレンダ、でもごめん今日は予定があるんだ」
「むぅ何よヌィ、わたしが一緒じゃダメって言うの?」
「えっとね……荷物運びの仕事があってラプトルで遠出するの」
「面白そう!わたしの方がヌィよりうまく乗れるよ、行ってもいいでしょ?アンジェ」
「うーん……南東の村まで1日掛かりだよ?お家の人が心配するんじゃないかな」
「わかった、じゃぁ兄さんに言ってから厩舎に向かう!」
…これは有無を言わさずついて来るやつだ。
「連れて行かなかったら、こっそりついて来るかも……ちょっと心配だよね」
「絶対ついて来る……エヴァンさんにメンバーが増えたことを話そう……」
いきなり予定が変わってしまったが、俺とアンジェは厩舎へと向かった。
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”きぃっ きぃっ!!”
「パレット……きょうは一緒に遊んであげられないんだ……」
荷運びにはマカナ、騎竜練習にはフラワーの2頭の貸し出しを頼んでいる。
二頭を連れて出る所を白い仔ラプトルのパレットに見つかってこの調子だ。
「おじさんなんとかしてよ…」
「この調子だと今日は1日中ずっと騒ぎそうだなぁ、うぅむ……」
厩舎のおじさんも苦い顔、パレットには普段から手を焼いているのだろう。
「2頭1日100マナのレンタル料を80マナに負ける、こいつを一緒に連れて行ってくれないか?傍を離れないくらいの躾は出来てる、少し騒がしいが……頼むよ」
「連れて行かなかったら、こっそりついて来るかも……ちょっと心配だよね」
「絶対ついて来る……エヴァンさんにラプトルが増えたことを話そう……」
更に予定が変わってしまったが、俺とアンジェとその後やって来たブレンダは、マカナとフラワーとパレットと共に中央の宿[サニープレイス]へと向かった。
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「多少増えても良いとは言いましたが先生、重すぎてラプトル1頭では無理です」
「いやぁ、荷台に載せられたからついな……」
「ローザもだ、どうしてこんなに荷物が増えてるんだよ」
「だってティノは荷物増やしてるじゃないっ」
待ち合わせの場所、宿の側道に着くと、なにやら揉めている様子が伺われた。
うぅ…こんな場面で更にこちらの事情を伝えるのは辛い。
「お、おはようございます、すみません予定より人もラプトルも増えちゃって……」
「そうよっ!」 ”きぃぃっ!!”
目を見開いた皆の視線が集まる…
「「「「おぉぉ」」」」
「なんだ気が利くではないか少年……ほれエヴァンこれなら平気じゃろ」
「えぇ…そうですね……良かった…ヌィ君…これで予定を変更せずに済むよ」
「この仔っ、この仔に私の荷物運んでもらいましょう!」
「あぁそうだな……」
どうやらこちらの事情はあちらの事情に都合よく受け止められたらしい。
エヴァンさんたちは元々荷車に1頭、客車に1頭のラプトルを準備していたのだが、
荷車にマカナを加え、パレットにローザさんのトランクを担いでもらうことになった。
そしてフラワーにはティノの獲物とラビットフットでお買い上げの商品。
どうにか予定通り出発できそうだ。
「どう?わたしが来てよかったでしょ」 ”きぃっ!!”
得意げな1人と1頭。
マカナの他にフラワーを連れて来ていた時点で十分だったことは黙っておこう。
追加報酬は200マナ、これをブレンダの取り分にした。
パレットには後でお肉を分けてあげよう。
「ではしゅっぱぁつ!」 「「「「ぉおおっ!」」」」 ”きぃぃっ!”
何故か出発の音頭を取るブレンダ。
ノリよく合わせてくれるワイルドガーデンのハンター、微笑ましく見守る学者先生たち、遺跡調査隊は南東の村を目指して出発した。
フラワーの騎竜は3人で順番ということなのだが、まずは初めて街の外を走るブレンダが満面の笑顔で乗っている。
帰りはマカナとフラワーの2頭に騎竜する必要があるし、行きはブレンダに任せてしまってもいいだろう。
「2人はこれから行く村に行ったことあるんでしょ?どんなところ?」
赤い長い髪が風に揺れ、切れ長の目がにこりと細められる、ワイルドガーデンのローザさんから話しかけられた。
「ん……のんびりしていて平和な村って感じかなぁ」
「うん、綺麗な小川が流れてて……あとお野菜と卵がおいしいよ」
「食べ物がおいしいってのは大事だよね」 「じゃぁ少しはのんびりできるかな」
アンジェの言葉に続くティノと大男グレアムさんの反応だ。
「俺たちは遺跡調査のガード、仕事で行くんだぞ…下手をすれば魔物が相手だ、のんびりなんてしていられないぞ」
無精ひげのリードさんの言葉、魔物……そんなモノがいるかもしれないのか……
遺跡やダンジョンというモノはその環境に適した生物が繁殖し、外の世界とは違った生態系が形成されていることが多いらしい。
魔獣のいない浅い森でも地下に潜ったらとんでもない魔獣や魔物がいるということがあるそうだ。
「ダンジョン攻略なら、しばらく出られないことも多いけど、今回は遺跡の調査よ」
「……あぁ基本的には日帰りで村に泊まれる予定だろ」
リードさんに比べるとローザさんもグレアムさんも楽観的な感じだ。
「じゃぁ村に行けば会えるね、ティノ!」
「うん、出発前の朝か調査が終わった夜ならね」
「ティノならキャスとも仲良くなれると思うんだぁ」
アンジェとティノは既に仲良し、俺もティノならキャスとすぐ仲良くなると思う。
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村の入口には人々が集まっていた、調査隊はしばらく村に滞在することになるので遺跡調査自体に興味はなくとも人々の関心が集まっているようだ。
村の長らしきおじさんがアイザック先生とエヴァンさんと話を始めている。
俺たちはしばらく調査隊が拠点とする空き家まで荷物運ぶ。
「ヌィ!?アンジェも!」
人々の影で遠慮がちに覗いていたキャスが俺たちに気が付き声をあげた。
「やぁ元気だった?キャス」
「今日はね、私たち仕事で来たんだよ、ぇへへ」
俺とアンジェが声を掛けるとキャスは恥ずかしそうにしながらも微笑む。
「わたしはブレンダ、2人と同じくハンターだから、一緒に仕事で来たのよ」
「わっ、アナタもハンターなの?すごいっ!」
「ふふふ、まぁねぇ」
ブレンダとキャスは同い年くらい。
キャスの憧れとも尊敬ともとれる眼差しがブレンダをいい気分にさせている。
無理やり付いて来たことは黙っておいてあげよう。
「あぁアンジェが話していたキャスだよね、私はティノ、ティノ・ビストート」
ティノが顔を近づけ挨拶をすると、キャスは目を丸くしてティノを見つめ……
バサッとお尻の方からワンピースの裾がめくれ上がる。
俺は再び柔らかそうなそれを目にしてしまった。
「ゎ、ゎぁあああ」
顔を真っ赤にして慌ててワンピースを抑えてお尻と尻尾を隠して恥ずかしそうに上目遣いのキャス、ティノはにっこりと笑顔を向ける。
これならすぐに仲良くなれそうだ。
「ぷ、ぷははははぁっ……なにやってんの、それ……ぷぷっ」
ブレンダはお腹を抱えて笑い、キャスは真っ赤な顔のまま頬を膨らませる。
えっと……二人も仲良くしてね……
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「では皆さん参りましょうか」
エヴァンさんの言葉で調査隊はいよいよ遺跡を目指して出発した。
小川に沿って下流へ、平坦だが人の行き来の無い獣道、藪や岩を除けながら進む。
昨日は森で見たティノの狩り痕に驚いたが、その力はここでも大活躍だった。
ティノを先頭にワイルドガーデンのメンバーが続き、みるみる道が開けて行く。
一際大きな倒木が退かし、生い茂った蔦が引きはがされるとそれは姿を現した。
緑の森に灯る白、高くそびえる石柱群と梁。
それはとても神秘的な雰囲気を漂わせている。
こんな巨大な人工物をどのように造形、建設したのだろう。
均等に並べられたその石柱に俺はストーンヘンジを思い浮かべる。
そして石柱の近くに点在する建物、崩れ掛けたそれらには複雑な溝で模様が刻まれており、何かマヤやアステカの遺跡を彷彿とさせた。
「すばらしい……」
食い入るように遺跡を見つめ、エヴァンさんが声を漏らす。
その石柱群の内側…そこはやはり白い巨大な石造物によって構成されていた。
巨大な岩で造られた地の底へ誘い込む入口……
下へと延びるその四角錘は逆さにしたピラミッドの様でもあった。
四隅からは長い石の階段が伸び、下った中央には白い大きな建物が鎮座している。
「もっと近づきたい……」
大きく沈む急斜面、岩が崩れ階段を塞ぐ箇所もあり足を踏み入れるのは危険だ。
だが、その神秘的な建造物は未知への憧れ・好奇心を刺激し、俺を呼んでいた。
「少年たちも魅かれたようだな……アレは月の神殿とも呼ばれておる、何か心の動きに影響するのかもしれんのぉ」
アイザック先生と呼ばれる老人の呟き、不思議な横長の瞳孔が俺を見つめる……
その鋭い眼光が俺に我を取り戻させた。
「……まぁ調査が進んだら君たちにも見せてやれるじゃろうて……」
「やったっ! お願いします」
きらきらと目を輝かせて答えるアンジェに、アイザック先生は目を細めて好好爺然とした表情を見せた。
「ねぇ、荷物はどうすればいい?早く済ませてお昼にしましょっ」 ”きぃっ”
そう言って背後から顔を出した1人と1頭。
ブレンダとパレットはあまり遺跡に興味をそそられなかったらしい。
「エヴァンさん拠点はどこにします?」
指示を仰ぐポーターのレミさん。
「あぁ、遺跡の外れ……そうだなぁリードさんの意見をお伺いしたいんですが」
エヴァンさんとリードが話し合い、遺跡の外れ小川の近くが拠点と決められた。
そこは資材置き場兼休養場所となり、大きめのテントが設営される。
朝はごたついたので心配したが、荷運びの依頼は何事もなく無事に終了した。
調査隊と別れ、キャストと午後のひと時を過ごし、夕方には村を出た。
帰り道、どうしてだろう?俺はまた遺跡を訪れたくてうずうずとしていた。
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