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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第一章 犬も歩けば異世界召喚
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第二十五話 遺跡調査隊 壱 一樹の陰一河の流れも他生の縁


「不足していた品はこれで補充できました」

「うむ……エヴァン、ワシは先に宿に戻る、ガードとの確認は頼んだぞ」

「はい、アイザック先生、ではレミは食料の手配を」

「はい、エヴァンさん、まずは10日ほどでよろしかったですよね」


 大きな平たい帽子の2人、先生と呼ばれる灰色のあご髭をした老人に細身の男が続く、二人の後ろに小柄で大荷物を背負った男が続き店を出て行った。


「あ、ありがとうございました」



「さっきの人たちすごいお荷物だったね」

「うん、うちでもたくさんお買い上げいただいたよ、後で残りの商品を届けなくちゃ……お得意さんになってくれるといいなぁ…うふふ」

 アンジェが目をぱちくりさせながら聞くとレイチェルは今後の売り上げに期待してとても嬉しそうな表情を浮かべる。


「へぇこの街の人なの?」

「ううん、今は中央の宿[サニープレイス]に泊まっているんだって、しばらくは大樹の森に滞在するみたいだから売れた商品は多めに補充しておかないと……」

 レイチェルを狩りの誘いに来たのだけれど、店長さんはまた仕入れに出ているし、この様子だとしばらくは忙しそうだ。


「あ、私たちでお届け物お手伝しようか?」 「そうだね、お店忙しそうだし」

「ほ、ほんと?助かるよ二人とも、約束では夕方にお届けなんだけどお願いできる?」

「うん、まかせといて」 「わかった」




「予定通り出発は明日です、皆さんの準備はいかがですか?」

「あぁバッチリだと言いたいところだが…ひとり今この場にいなくてな…」

「いや…アイツはいつも準備なんてしないだろう」 「そうね ふふ……」


 今日はアンジェと二人で森へ行くことを決めてお店を出ると、先ほど見かけた細身の男がギルドから出て来た大男たちと話していた。


 街の中央へと向かう彼らとすれ違う…


 一人はグレーの混ざった黒髪の大男、俺の背丈の倍……は無いにしても1.5倍以上、頑強そうなその躰はバイソンよりも固そうだ。


 もう一人の男は濃い茶色の髪に無精ひげ、腰に差した長剣が目を引く。


 最後は赤く長い髪の女性、黒い長手袋とタイツに透け素材の上着とスカート、露出は少ないのだが艶っぽさを感じさせる服装だ。身のこなしが軽やかで動きに無駄がない。



「ヌィ、さっきの人たち初めて見るハンターだよね」

「うん、なんか…きっと強いよあの人達」


「あらぁよくわかりましたねぇ、彼らはシルバーランクです、戦ってみたいでしょ?」

 ボードを借りる為にギルドによると、ユーリカが笑顔で話に割り込んで来た。


「ワイルドガーデンというパーティなんですけど、南では結構有名らしいですよ」

「うわぁ…シルバーランクかぁ……」

「あ…明日から何か忙しいみたいだったよ?残念残念……では狩りに行ってきます!」

 アンジェはシルバーランクという上級者のパーティに憧れの表情を見せているが、俺はユーリカなら本当に模擬戦でも組みそうで気が気では無い…さっさと森へ行こう…



 ▶▶|



「…なにか森の様子が変だよね?……いつもと違う…」

 アンジェも気づいたようだ…今日の森は静かすぎる……

「うん…獣たちがいない……」


 そこは初心者向け狩場の少し先、普段俺たちがよく狩場にしている領域。

 いつもは鳥の声や小動物の鳴き声が聞えるのだが……今は静寂が森を包んでいる。

 わずかに気配は感じるので消えた訳ではない、静かに潜んでいるようだ。


「……白い狼が出た後みたい……」

 アンジェが俺の服の裾をぎゅっと掴む。

 そうだ、動物たちは何かに怯えているんだ……


「どうする?危険かもしれない……引き返す?」

「……でも…このままじゃ……なにがあったのか…確かめて知らせないと…」

 決心したアンジェの表情が変わる、俺は頷き……より深くへと足を進めた。



「魔獣……かな……」

 そこで見つけたのは倒されたばかりの木々、吹き飛ばされ地面がむき出しになった藪、圧倒的な暴力の痕だった。

 そして更に森の奥へと続く抜け落ちた獣の体毛とまばらな血痕。

 この先には危険が待っている……だがここで引き返しては何の情報も得られない。

 俺たちは慎重に警戒しつつ追跡を行うこととした。



「ねぇ…アンジェ……炎を吐く魔獣って……いる?」

 肉の焦げる匂いが漂う……この先には更なる惨劇が広がっているのだろう。

 引き返したい気持ちはより強くなるが……

 放置して火災が広がりでもしたら森は更に大変なことになる、戻ることは出来ない。


「サラマンダやキメラだったら……こんなところにドラゴンはないと思うけど……」

 う……せめてドラゴンじゃありませんようにと祈りつつ……追跡を続ける。


…見つけた……

 開けた岩場で大量に積まれた獣の奥から立ち上る煙、そこで肉を貪る獣の後ろ姿。

 オレンジの毛に黒い縞、豪快な咀嚼音が響き、嬉しそうにその太い尻尾が揺れる。


…虎…

 キメラやドラゴンといった最悪の敵ではなかったものの、あれは炎を吐くのだろう。


 ここは情報を持ち帰ることを優先して気づかれないうちに引き返すべきだ。



…既に遅かった…

 獣の金色の瞳が俺を睨み……足が竦む。

 ヤバイ…ユーリカ並みの眼力だ……


 次の瞬間、その金色の瞳が俺の目前15cmの距離で輝いた……



「あ…んぐっ…ぁああ…」

「お腹減ってるの? 遠慮しなくていいよ食べて食べて」

 こんがり焼けた肉汁の滴る猪肉が口に突っ込まれた。




「あぁ獲物を独り占めしちゃったかぁ、ごめんね」


「獲物は速いもの勝ちだよ気にしないで」

「うん、他の獣も隠れてるだけで狩りつくされた訳じゃないし」


 その獣……いや確かに彼女は虎だけど、魔獣ではなく人だった。

 毛先の白いオレンジ色の髪には黒い縞が走り、そこにやや丸みを帯びた獣の耳。

 縞模様の太く長い尻尾、肘と膝から下は長い毛で覆われ手袋とブーツのようだった。


 ショートパンツに胸の大きな膨らみを隠すのは小さな革製の下着のようなモノだけと、少し露出の多い恰好だが、それは健康的・野性的な美しさを魅せている。


「いやぁそれでもちょっと抱えきれないほど狩ったからなぁ、持ち帰れない分は仕方なくここでお腹に収めようと思ってたんだよ」

 猪が4頭に鹿が3頭、それが既に調理されたモノを覗いて残っている獲物の数。

 後どれだけ食べる気だったのだろう……


「あ、じゃぁ私たちも運ぶの手伝うよ、いいよねヌィ?」

「うん、お肉もご馳走になったし」


「いやぁ悪いなぁ助かるよ、えっとヌィに…」

「アンジェだよ」


「アンジェありがとう……わたしはティノ、ティノ・ビストート」

 そういって右手を差し出したティノと握手をし、ボードへ獲物を積み込んだ。

 猪2頭を積み、その上に鹿を2頭積み込む。


「これならここでティノに待っていて貰えば、もうひと往復でいいね」

「ん?」

 首を傾げるティノの片手には猪2頭の脚が握られ背中に背負われており、脇には鹿1頭を抱えていた。

「アンジェ…往復の必要はないみたいだよ…」 「……う、うん」



「うわぁすごいよティノ、ねぇヌィ」 「素手かぁ」 

「まぁ魔獣と比べたらこいつらなんてどうってことないからね」

 アンジェを先頭に街への帰路を進む、剣の傷も矢の痕も残っていない獲物はすべて素手で仕留めたモノらしい。

 あの魔獣が暴れたと思っていたのはティノが武器も持たずにやったモノかぁ……


 ティノは剣は使わずに、基本的に武器は自分の躰、拳と脚。

 魔獣と戦うときでもバグナウという金属製の爪がついた格闘武器を使うそうだ。



「逆に皆が器用に長い棒を振り回せる方が不思議だよ」

「あ~それはちょっとわかるよ……」

 うーんそう言われるとティノの戦闘スタイルは俺にも向いているかもしれない。

 機会があったら実際に戦っている姿を是非見てみたものだ。




 街に着いた頃にはティノとすっかり仲良くなっていた。

 俺は何かティノに親近感が沸き、森育ちのアンジェも彼女と話があうようだ。


「えっと…なんっていったかなぁ…街の中心近くの宿なんだけど…」

「あぁ前にフレアから教わってアンジェと見に行ったところじゃない?」


「サニープレイス?」 「あ、そうっ!たぶんそこっ!」

 おぉ随分いい宿に泊まっている、まぁこれだけの獲物を仕留められる腕があればそれだけ稼いでいるだろうし、躰が資本の仕事だから快適な宿も必要経費のうちなのだろう。


「でも、あそこの部屋ってちょっと落ち着かないんだよなぁ…」

 あんなすごい宿なのにあまり気に入ってはいないようだった。




「あれ?獲物は買い取りしてもらわないの?」

 俺達はギルド前で立ち止まったのだが、ティノの足は止まらなかった。

「あぁこれは自分たちで食べる分だよ、明日からちょっと街を離れるんだ」


「そうなんだ、でも…これ全部[サニープレイス]に持ち込んで平気かな?」

「平気平気ぃでっかい宿だもん」




「おぃティノ……こんなに獲物運びこんでどうするんだよ……」

「これから道具や他の食料も届きますからねぇ……」

 平気ではなかった。


 ティノを出迎えたのは朝見かけた2人、無精ひげのシルバーランクハンターと道具屋にいた細身の男だ。


「明日には南東の村まで移動するんだ、今からこの獲物の為にポーターの手配をするのは難しいし、下手したらよっぽど高くついちまうぞ」


「え?じゃぁどうしよう……ヌィ、アンジェ、ここまで運んでもらったのにごめんね」

 ティノの顔が途端に曇る……これはなんとかしてあげたい。


「えっとすみません……南東の村って湿地エリアから東に行った場所ですか?」

「えぇそうです、街から結構離れているからあまり大荷物を運べないんですよ」

 俺の質問に細身の男が返答を返す


「!? ヌィ、キャスの村だよね!」

「そうみたい、いいかなアンジェ?」

「うんっ!もちろんだよ」

 アンジェはそれで承知してくれた。


「えっと…おれたちが明日、村まで運びましょうか?」

「!! ヌィ…アンジェ…」

 ティノが曇っていた顔を輝かせる。


「いいや……歩いたら1日掛かる距離だぞ、まして子供には危険だ……」

「わたしたちハンターですっ!ラプトルにも乗れるし村へも行ったことがあります!」

 止める無精ひげの男だったがアンジェの返答と首元から出した銅ホルダーを見るとその男の表情も変わった。


「ならば…問題ないか……どうですかエヴァンさん?」

「願ったりですよっ、君たち、もうちょっと荷物を増やしたりは出来ないかな?」


「ん…アンジェが大きめのボードを持ってるし、あっ…夕方ラビットフットの荷物をこちらにお届けしようとしてたんですけど、それも明日村に運んだほうがいいですか?」

「おぉっ!君たち今朝道具屋に居た子か!是非頼む、それなら追加注文もいいかな…」




 話はうまく纏まり依頼料は2人で500マナ、ラプトルレンタル料も含んだ金額だ。


 その後はティノと一緒に獲物を俺たちの宿まで運び、俺は厩舎で明日のラプトルを予約、アンジェはレイチェルに追加注文の伝達をした。


 森で魔獣の心配をしていたと思ったらいつの間にか荷物の運搬を引き受けていた。

 不思議な縁もあるものだ。



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