第二十四話 ともだち
「おぉぉ、騎竜出来るっていいね!直接ラプトルに乗るのと荷台じゃ全然違うよっ」
高くなった視線から見渡す風景、頬を切る風が心地よい。
最初の講習ではパレットと遊ぶだけで終わったが、もう一度こうして講習を受けて俺も無事ラプトルに乗っている。
もちろん、今回もパレットは傍にくっついて離れなかった。
けれど、一緒に思いっきり駆け回ったら満足したようで、今はぐっすりお昼寝をしている。
その間に俺はアンジェが乗っていたフラワーと一緒にこうして練習しているという訳だ。
ただ、みんなはマナを放出することでラプトルを操っているのだが、残念ながら俺はラプトルに直接触れていないと意志を伝えることが出来ない。
片手が塞がると騎竜での戦闘は難しいそうだけど……それでも乗れないよりはいいだろう。
「ねぇヌィ、せっかくだから明日は街の外を走る練習しよう」
「そうだね、じゃぁ丸一日フラワーを借りて順番に練習しようか」
アンジェの提案でもう少し騎竜の練習することにした。
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「アンジェ、本当に頼んじゃっていいの?」
「うん、任せてよ!」
明日も騎竜練習することをレイチェルに話すと、そこで思わぬ頼まれごとをされた。
「えっと南東、この前行った湿地エリアから東の方角にある村なんだけど」
「あの路が曲がるところから、そのまま真っすぐ進めば森の入口に着きそうだね」
ただいま店長は買い出しで他の街までお出かけ中、その間レイチェルは店番。
そこで村から注文のあった商品を届けてほしいという配達の依頼だった。
「娘さんが私の作ったバッグを気に入ってくれて……誕生日にあげたいんだって、ぇへへ」
仕上がったレイチェルお手製のその品をできるだけ早く届けてあげたいらしい。
「誕生日かぁ……レイチェル、このちいさなテーブルクロス売ってくれる?」
「あ、お買い上げありがとうございます」
「わぁ、かわいい色だね」
薄桃色の1メートル四方のテーブルクロス、野外食事用に売られているそれを購入した。
裏面にして三角に畳んだその布の上に、レイチェル特性バッグを置いて……布の角を結んで……包んでひっくり返して先端を結ぶ。
「うわぁ、布のバッグになった?」
「かわいい、ヌィ器用だね」
運ぶ途中で商品を傷つけない為。それとせっかくのプレゼントだ、ラッピングしてあった方がうれしいだろう。
それはいわゆる風呂敷バッグ。まぁ昔おばあちゃんに教わった知恵袋的なヤツだ。
「わ、私にも教えてください」
「あっ、わたしもやってみたい」
その後、風呂敷包み講習会が始まり、後から店にやってきたお客さんはカウンターに並ぶたくさんの謎の包みに困惑していた。
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「よし、じゃぁしゅっぱぁつ」
「ぉおぉ」
Kyyyyyy
少し大きめの鞍を付けたフラワーに2人で跨り、俺とアンジェは厩舎を出た。
今日もパレットに捕まるのを心配したが、早朝だった所為でまだ夢の中に居るみたい。
まずは畑の間を通って街を囲う岩壁に面した内周の路へと向かう。
本当ならば中央の通りを北から南へと通り抜ければ早いのだろうが、まだ慣れていない今の状況で人の多い路を通ることは避けた。
「ヌィもフラワーも大分慣れてきたね」
「そうかな」
kyee
まずは俺が前に跨り先に練習させてもらっている。いざという時でもマナの扱いに優れたアンジェならこの位置のまま俺より優先させてラプトルを操ることができるだろう。
お世話になっている宿屋[虎の寝床]、ハンターギルドと通り過ぎて南門を目指す。
「よし、じゃぁ少しスピードあげるよ」
「わかった」
kyyyeeee
南門を抜け、南に流れる水路に沿った路、草原エリアをラプトルで駆け抜ける。
朝露できらきらと輝く草原の景色、朝の少し冷たい風も心地いい。
アンジェと交代しながら南門から湿地エリアの間を往復した。
ゆっくり静かに歩いたり、スピードを出したり。ジグザグと曲がりながら走ったり、草原エリアを突っ切ったり。二人乗りだからあまり無茶は出来ないけれど、大分乗りこなせるようになった気がする。
「じゃぁフラワー、村までお願いね」
Kyyyyyeeee
お昼前には用事を済ませてしまおうと草原エリアを横切って東へ進路をとった。
村へと通じる森の中の道。街道と比べると平坦ではないが、獣道とは違ってラプトルで走る分には問題ない。フラワーの走りも軽快だ。
森に入ると空気が変わり木々や果物の香が漂う。せっかくなのでその美味しそうなオレンジ色の果実をいくつか採取する。
獣の気配も感じるが、いつもの狩場とは少し違うモノな気がする。今度はこの辺りまで狩りに出てみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、すぐに村の入口は見えて来た。
「アンジェ、村が見えたよ」
「うん、フラワーゆっくり走って」
kyee
木の柵で囲まれ広がる畑や家畜の小屋なんかも見える。
のんびりとした農村といった雰囲気かな。
「おや、かわいいお客様だねぇ、村の誰かにようかね?」
畑仕事をしていたおばさんが手を止めてくれてた。ひとのよさそうな柔和な笑顔はこの村の雰囲気にぴったりだ。
「こんにちは、キャスさんはいますか?」
「星降りの街、道具屋[ラビットフット]のお届け物です」
ラプトルから降りて配達先を告げるアンジェに俺が少し補足した。
「あらあらそれはえらいねぇ、キャスちゃんの家ならここからまっすぐ、紫色のお花の咲いているお家だよ」
「「ありがとう」」
kyee
ラプトルから降りたまま少し歩く。
ライラックに似た紫の花が見え、風が香りを運ぶ……たぶんここがお届け先だろう。
「こんにちは、キャスさんへ[ラビットフット]からのお届け物です」
アンジェが来訪を知らせると、庭から人の気配がこちらに近づくのがわかった。
「はーい、あらぁ?レイチェルちゃんじゃないのね」
洗濯籠を抱えた女性、たぶんキャスという女の子の母親だろう。
「えっと……アンジェです、それとヌィ、レイチェルのともだちです」
「レイチェルは店番なので代わりにお届けに来ました」
「遠かったでしょにありがとうね、あらぁ?」
キャスの母親はこちらを見て一瞬目を丸くしたあと、にっこりと微笑んで続けた。
「今日は特別な日だから、ちょうどよかったわ」
こちらを伺う視線を感じ、その方向に目を向けると……洗濯籠が小さく揺れた。
「キャス、お誕生日のプレゼントよ、アンジェちゃんあの子に渡してくれる?」
その言葉に再び洗濯籠が揺れ……背後から帽子がちらりと現れた。
どうやら女の子が隠れているようだ。
籠は揺れ、なおも隠れる仕草を見せたが、アンジェが近づくと観念してその姿を現した。
大きなキャスケット帽子を深くかぶって、恥ずかしそうに俯く女の子。
膝丈のワンピースに革のサンダルといった服装。
小さな躰からみると俺たちより2~3は年下、7~8歳くらいだろうか。
「お届け物です、えっと……お誕生日おめでとう」
「ぁ、ぁりがとぅ」
バッグを差し出すアンジェにもじもじしながら答える女の子、キャス。
しばらく躊躇いがあった後、そのちいさな手でプレゼントの包みを受け取った。
「ゕゎぃぃ……」
テーブルクロスバッグを嬉しそうに見つめるキャス、プレゼントはその中身なんだけど……ラッピングも気に入ってくれたようで何よりだ。
「ほら、こっちのおにいさんも一緒に届けてくれたのよ」
「ぁ、ぁり……」
母親に言われ恥ずかしそうに俺に顔を向けるキャスの言葉がそこで止まった。
目を丸くして口を開いたままだ……俺は何か驚かせるようなことをしただろうか。
突然、風が吹いた訳でもないのにバサッとキャスのワンピースがお尻からめくれ上がる。
「ゎゎゎ……ぁ、ぁあぁ」
キャスは顔を真っ赤にして慌ててワンピースを抑えてお尻を隠す。
だけど……ちらりと見えてしまった。
淡いきれいな色、少し光沢があって柔らかそうで、思わず触れたくなるような……
ぴんっとたった細くてしなやかな尻尾。
「わぁぁ、かわいい……ヌィと御揃いだね」
「ぅ、ぅぅうぅ」
アンジェが嬉しそうにその感想を口にするとキャスは益々恥ずかしがる。
キャスのそれはどちらかというとネコ科の特徴を表してるように感じる。
きっと大きなキャスケットの下にもその特徴をしめすモノが隠されているのだろう。
「あの子は恥ずかしがりやで……よかったら仲良くしてあげてくれない?」
「はいっ」
「ぅ、うん」
元気に返事をするアンジェと籠に再び隠れるキャスにどう接しようかと戸惑う俺。
「そうね、せっかくだからお昼一緒にどうかしら」
「ヌ、ヌィ、どうしよう?」
今度はアンジェが急なお招きに少し戸惑う。
「……たべてって」
キャスはそう言って恥ずかしがりながらも洗濯籠からちょこっと顔を出した。
「それじゃぁお言葉に甘えよっか」
「ゎぁぁ、アン……お料理上手、ミーナ母さんと同じ」
「ぇへへ、そうかなぁ」
フライパンでふわふわの卵焼きを作るアンジェ、それをキャスが熱心に見つめる。
キャスのお母さんミーナさんといっしょに3人はお昼の準備を進める。
「ほらお水だよ、フラワーここまでお疲れ様」
kyeeeeee
俺は水桶を借りて小川から水を汲んできたところだ。
「はい、お待たせぇ」
「たせぇ」
アンジェとキャスが大きなお皿を庭のテーブルへ運ぶ、微笑ましい光景に俺も頬を緩める。
用意してくれた料理を味わいながらの楽しい昼食のひととき。
村で獲れた新鮮な野菜や卵を使った料理は特においしく感じる。
俺もご馳走になるばかりでは悪いと、道中採取したオレンジ色の果実を使い一品。
氷魔法を使ったシャーベットを振舞った。
キャスとミーナさんにも大好評、数少ない俺の特技が活かせて何よりだ。
「……もう帰っちゃうの?」
食事の後もテーブルクロスバッグの包み方を練習をしたり、フラワーに乗って村の周辺を散歩したりと楽しく過ごしてすっかり仲良くなったキャスが寂しそうな声を漏らす。
キャスはアンジェだけでなく俺のことも気に入ってくれたみたい。
きっかけは尻尾と耳に同族意識を持ってくれたからだろう、チラチラ見られてたし。
「……ぅん、でも、また遊び来るよ」
アンジェも少し寂しそう、家族というモノを久しぶりに感じたからかな。
ラプトルの騎竜練習のついでだったお使いだが、キャスとミーナさんという新しい知り合いも出来てともて有意義な1日だった。
キャスにはまた訪れる事を約束し、フラワーに跨り夕暮れの村を後に帰路についた。
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