第二十一話 特別な魔法
「わぁ、レイチェルのバッグお店で売るようになったんだね」
「うん、もう3つ売れたんだ、ぇへへ。二人が一緒に蜥蜴を狩ってくれたおかげだよ」
棚に並んだ革製のバッグを見たアンジェの言葉にレイチェルが笑みを返す。
「じゃぁそろそろフォレストリザードを狩りに行った方がいいかな?」
「えっと、まだ残ってる。それと……そろそろ違う革もいいかなと思ってて……」
今日は狩りの誘いと消耗品の補充をかねて道具屋[ラビットフット]へと来たのだが、レイチェルの革製品づくりは順調のようだ。
「革製品と言えば、足首まで覆うようなショートブーツが欲しいと思ってるんだけど。使われてる革によって違いがあったりするの?」
「そうだねぇ……牛だったらグラスランドバイソンの革は丈夫だけど、ショートブーツだと足首とか曲がる部分があるからあまり向かないかなぁ。スワンプバッファローの方が滑らかでショートブーツ向きかも」
俺が相談したのは正解だったようでレイチェルは素材の性質についても随分詳しそうだ。
ハンター業よりもこちらを本職にしたいのかもしれない。
「じゃぁ足首の辺りはスワンプ?でつま先とか踵と脛辺りにだけグラスなんとかの革を使ったのなんてあるかな?」
「いいじゃないかっ、是非作らせてもらおう!」
「お、お父さん!?」
いつの間にかレイチェルのお父さんが話に混ざっていた。まぁ店内で話し込んでいたのはこちらなのだけれど。
「で、でもお高いんでしょ?」
靴を作って貰えるのはうれしいが問題がひとつある……俺のお財布事情だ。少々の蓄えは出来たとは言ってもがオーダーメイドはさすがに贅沢すぎるんじゃないかな。
「何言ってるんだい、君たちはハンターだろ?素材は狩ってくればいいじゃないか」
レイチェルのお父さんの顔が商売人のソレに変わり、いつの間にか交渉が始まっていた。
「そうだなぁバイソンとバッファロー、それぞれ1頭ずつの革と引き換えにヌィ君とアンジェちゃん二人分のショートブーツと引き換えでどうかな」
「えっと……もうひとこえっ、レイチェルの分もお願いします」
「はははっ、ありがとうアンジェちゃん、よしそれで商談成立だ」
「あ……ありがとうアンジェ、ヌィも」
レイチェルほど内気では無いアンジェだが、それでも彼女が値段交渉するのは初めて見た。
友達の為……まぁ相手はその友達の父親なんだけど、大人相手に少し緊張しながらも交渉するアンジェの姿を見てなんだか心がほんわかした。
よし、これは是非いい材料を手に入れていいモノを作ってもらおう!
▶▶|
ギルドで情報を仕入れ、翌日早速狩りへと出かける。
グラスランドバイソンは街から南東の草原エリア、スワンプバッファローはそれより南の川から広がる湿地エリアに生息していることがわかった。
いままでの狩場と比べると少し遠いのだが、道中は平坦な地形で道幅も広い、移動時間はそれほどかからないだろう。
「じゃぁもうちょっと飛ばすよ?しっかりつかまっててねっ」
「わぁぁ」
「ひゃっ」
今回の獲物は大物なので借りモノではないアンジェの大きいボードを用意した。
俺はそのボードに乗ったアンジェとレイチェルを曳いて俺は草原を駆ける。さすがにラプトルには敵わないだろうが運ぶのが小さな女の子二人なら結構速く走れるものだ。
「あ、見てみて羊もいるよ」
「羊のもこもこバッグ……売れるかも」
草原の広がるエリアに達すると羊の群れが目に入った。
呑気に草を食べている姿を見るとこちらものんびりした気分になってくる。
「牛もいたよ、あれがグラスランド?バイソンかな」
「うーん……まだ私には良く見えないけど……たぶんそうなんじゃないかな」
牛たちもこうして遠くから見ている分にはのんびりとした姿だが、体高は俺の倍近くあるし、あのでかい角は喰らったら躰を貫通するだろう……ゎう、嫌な想像をしてしまった。
あいつらがどんな性質なのかはわからないが、集団で襲われないように群れから離れた獲物を狙おう。
『『Osedaniye /沈下/ケイブイン』』
Moooooooowww……
アンジェとレイチェルの同時に放った魔法によって轟く大きな地響き。
地面が崩れて突然バイソンの姿が消えた。
二人が魔法を発動するのに合わせて走り出していた俺はスピードを緩め、陥没した地面を覗き込む。もうバイソンは仕留められていた……魔法ってすげぇ。
アンジェが言うには偶然この場所に何らかの空洞があって崩れやすかったんじゃないかとのことだけど、それにしても一撃とはすごい。
『『Povysheniye /隆起/ライズ』』
誰かが落ちると危ないので陥没した穴を戻しておく。若干他よりは凹んでいるが、まぁこれくらいなだらかなら平気だろう。
「スワンプ?バッファローもさっきみたいに一発かな?」
俺は獲物と2人を乗せたボードを引き、現在地から南の沼地を目指す。
「次は沼地だからさっきの魔法を使ったら沈んじゃうよ?」
「ふふ……そうだね」
残念ながら次は同じ手は使えないらしい。
道中作戦を練りながら進むとやがて湿地エリアの沼が見えてきた。
街道を外れると足元が段々と悪くなってくる。
「ヌィ、停まって。ボードはこの辺に置いておいた方がいいかも」
『Blokirovka/施錠/ロック』
ボードを停め、アンジェがロックの魔法をかける。
そこから俺たちは湿った地面に足を取られながら先へと進む。
群れを何度か見送り、ようやくはぐれた一頭のバッファローを見つけた。
「じゃぁ……始めるね」
レイチェルが弓を構える。
「「うん」」
まずはレイチェルが矢を射って少しでも足場の良いこの場所へおびき出し、アンジェの魔法で突進の勢いを削いで俺が攻撃するという作戦だ。
Moooooooowwwwww!!!
放った矢は獲物の首筋に命中、怒ったバッファローが鳴声をあげ俺達を標的に突進する。
「きゃっ……」
すぐに後退するはずだったレイチェルからの小さいな悲鳴!?
振り返ると沼に足を取られてバランスを崩し動けない彼女の姿があった。
「レッ…… 『Osedaniye/沈下/ケイブイン』」
更にレイチェルに気を取られたアンジェの魔法が一呼吸遅れる……
足止めされるはずだったバッファローの突進する勢いは止まらない。
俺がやるしかない、止められるか……いやどんなことをしても止めなくちゃ。
「あぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」
躰を低く構え突進してくるバッファローの角を躱す……
「ぐはっっ……」
だが角を躱すも突進の威力は途轍もない。肩が、首が、全身が痺れる様な衝撃を受ける。
「くっ……止まれぇえ」
バッファローの首にナイフを突き刺し吹き飛ばされることは防ぐが、沼地で足が滑り踏ん張りは効かない……
「うっ……ううっ……」
バッファローの勢いは衰えず、背後でもがくレイチェルの声が近づく……
「止まってぇえっ!」
『Vody Strelyat'/水撃/ウォーターショット』
アンジェの放った水撃がバッファローの顔面に直撃し、派手な水飛沫があがる。
だが、それでも突進は止まらない。
「レイチェルッ手を握ってっ!」
「うぅっ、ごめんなさい……逃げ……て」
背後に居る二人の声が近づく……力を込めて踏ん張り、躰が、全身が痺れる。
『くっ、止まれ、止まれ、止まれぇぇええええ!!』
躰を伝う汗が冷たい……
このまま全てを失ってしまうのではないかという恐怖に背筋が凍り付く……
ピキピキとガラスの砕けるような高く小さな音が連続し……耳に届いた……
BM……moooo
┃┃
まるで時間が停止したように感じた……
吐いた息が白い。
バッファローの首筋から流れる血液とアンジェの水撃で濡れた体表が……
凍り付いていた。
▶
「よしっ、今だぁぁぁっ!!」
渾身の力を籠め、勢いの弱まったバッファローの躰を浴びせ倒す。
oooooowwwwww……
泥濘に倒れたバッファローの前脚の腱を素早く斬りつけ、
Buuu……MMmmmoooooooowwwwww……
その首筋に留めを刺した。
少し間が開いてパシャンと鳴った水音。
安堵して膝をついた俺と泥沼から抜け出したレイチェルが立てた音だ。
「うぅ、ありがと、ごめんなさぃ……うっ」
「ううん、大丈夫だよレイチェル、皆無事だよ」
「みんな無事で良かった……作戦がまずかったんだよ、怖い思いさせてごめん」
号泣するレイチェル、涙が頬を伝うアンジェ。
二人の顔はぐちゃぐちゃに濡れているが、俺はその顔を見て安堵した。
ほっとして吐いた息が白く変わる。
「アンジェの魔法だよね、助かったよ」
俺はバッファローの凍り付いた体表をナイフでつつく。
「わたしじゃないよ、こんな魔法知らない」
アンジェが傍に寄り、目をぱちくりとさせながら眺め始めた。
「じゃぁレイチェル?」
尋ねるもぶんぶん首を振るばかりのレイチェル。
「氷の魔法は知らない……けど、これはヌィの力だと思う、わたし達を助けてくれた……」
アンジェが振り返り、俺を見つめて言う。
「特別な魔法」
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