第二十話 隣の花は赤い
「……妹が迷惑を掛けてすまない」
「何言ってるの?」
翌朝ギルド前に集まった皆に声をかけるガレットとそれに反論するブレンダ。
今日の狩りはこの兄妹に加えてイーサンとハンナの職人コンビ、アンジェと俺というパーティ編成。アンジェ以外は物の見事に前衛特化なメンバーだ。
イーサンは魔法の評価も高いのだが、それは近接でのみ威力を発揮する魔法。アンジェは遠近どちらにも対応出来るのでひょっとすると全員で殴り掛かるような事態もありえるかも。
「一応、俺がパーティリーダーを務めていいかな?」
「えぇえ……だったら私がやるよ」
「戦闘中の指揮はヌィに任せてもいいか?」
ブレンダの言葉を無視してガレットが話を進める。
「今回、戦闘中の指揮はアンジェに頼みたいんだけどどうかな?他は皆前衛だし、アンジェはユーリカから今日の魔獣についてアドバイス貰っているから」
「そうか、それならばアンジェがいいな、頼む」
「はいっ」
少し緊張した面持ちのアンジェから今日の狩りについての説明が行われる。
即席だが戦闘中の動き方を確認し、俺達はギルドを後にして目的地へと向かった。
目的地は普段狩りをするよりも深いエリア。
野営に使った泉への道を進み、桃色の実のあった付近で東へと森の中を進む。
地図を見せながらのアンジェの説明に頷くガレット。
ガレットは衛兵を務める為に周囲の地理・地形について学んでおり、この辺りの地理は既に把握しているようだ。
ガレットの熱心さに感心し、兄妹でこうも性格が違うのかと不思議に感じる。
「うざい……」
「まぁまぁ聞けってぇ」
道中、何故ハンナがあんなにもイーサンをうざがっているのかが分かった。
講習時、イーサンの声はデカかったがおしゃべりではなかった。
でもハンナに対しての態度は全然違うみたい。
もしかしてイーサンはハンナに気があるのかな……
と思ったが違うようだ。なんていうか……趣味とか好きなことなると饒舌になるやつ。
話の内容は火の加減がどうとか、金属の配合だとか、いつの依頼の品の出来がどうとか。
もしかして近隣の工房に他の若者がいなくて話しやすいのがハンナだけなのかもしれない。
でもハンナは口数が少ないから2人の相性はどうなのかなぁ。
おしゃべりが苦手なのか、イーサンが苦手なのか、ただ眠いだけなのかはわからないけど。
「うーん火魔法使いが多いけど、環境によっては危ないかな、撤退の時は地と水で……」
アンジェは歩きながらも頭の中で魔獣との戦闘をシミュレートしているようだった。
転ばない様に注意を払うだけにして今はあまり話掛けない方がいいだろう。
「ねぇねぇヌィ、リーダーは私の方がいいんじゃない?ほら兄さんに言ってよ」
ブレンダはまだこだわっているみたい……ガレットはやれやれという顔をしている、たぶんいつもこんな調子なのだろう。
「えっと、今回ブレンダは依頼者とか発案者の立場でしょ?だからリーダーは任せたら?」
「発案者、その方が偉いってことか。にひひ……それ、いいじゃないっ!」
どうやらブレンダは俺の提案を気に入ってくれたようだ。
「いい?兄さん、発案者の意見は聞いてよねっ」
ガレットは苦笑いだがブレンダのターゲットは俺から外れた、作戦成功だ。
▶▶|
森の深くへと踏み込み、朽ちた大樹の根が残る広場到着した。
目的の魔獣の生息するエリアとは少し外れたこの場所、ここが今回の狩場だ。
俺一人、みんなが待機する狩場から離れる。
目を見張り、耳をすまし、嗅覚を鋭敏にし……全ての感覚を研ぎ澄ます……
見つけた。
「思ったより……凄いんだけど」
俺は顔を引きつらせる。
俺が戦ったことがある魔獣はボーパルバニーだけ、だが比べるようなモノではなかった。
でもここで怖気づいて萎縮してたらやられるのは俺だ……よしっ!
Guahhhhhhhh!!!
魔獣の咆哮が森に響き、その殺気が駆ける俺を追う。
「みんなっ、連れて来たよっ!!」
俺の声に応えたガレットとイーサンが槍と剣を構えて前に出える。
姿を現したその魔獣に向けて二人の声が重なり合った。
『『Plamya/炎/フレイム』』
Guaaaaahhhhhhhhhh!!
魔獣の突進に合わせて浴びせたその炎が勢いを削ぎ一時的に視界を奪う。
朽ちた大樹の根に魔獣が突っ込み衝突音がこだました。
ここまでは作戦通りうまく決まった……さぁ本格的な戦闘の始まりだ。
魔獣がゆっくりとその上躰を起こし、鋭い目が光り標的を睨みつける。
それは猛禽類の獰猛な眼差しだ。
Gurrrrraaaaaaahhhhhhhh!!
象牙色の鋭い嘴が開き低い咆哮が響く、嘴というには巨大なそれは子供くらいなら丸ごと飲み込んでしまうだろう……
頭には大きな白い飾り羽が揺れる。
Guaaaaaahhhhhhh!!
再び挙げられた咆哮と共にその翼が開く、いや焦げ茶色の羽毛に覆われたそれは翼と呼ぶには逞しく重い。
黒い大きな爪を生やした両腕が振り上げられた。
体高は俺の身長の倍は確実にある。腕よりも逞しい2本のこげ茶色の羽毛で覆われた両脚で立ち上がった。
魔獣の名はオウルベア。
獰猛なフクロウの頭と凶暴な熊より巨大な躰を持った魔獣だ。
「イーサン・ガレット下がって、ブレンダ前へ!続いて時間差でハンナッ」
少し距離を取った位置に立つアンジェからの指示が飛ぶ。
「「わかった」」
「よぉぉっしっ!!」
オウルベアから狙われている二人が距離を取るように離れ、左側面からブレンダの片手剣が太い腕を何度も切りつけ傷を刻む。
「たぁぁぁぁぁ」
標的をブレンダに移そうと躰を捻ったオウルベアの背中の中心に、大きく飛び跳ねたハンナの大木槌が叩きつけられる。
Guuuuuuhhhhhhhh……
オウルベアもその一撃には膝と両腕を付いた、チャンスだ。
俺はブレンダの刻んだ剣の跡目掛けてナイフを振るう。
「イーサン、ガレット動きを停めてっ」
「「よしっ」」
『『Plamya/炎/フレイム』』
再び炎を鼻先に当て、勢いの弱まったところを剣で食い止める。
「ハンナ跳んで、ブレンダは追撃準備」
「たぁぁぁぁぁ」
大木槌の打撃音が響く、オウルベアは衝撃に背中を丸め体勢を落とす。
「よぉしっ見せ場だねっ だ!だ!だ!だ!だ!だぁぁぁ!!」
ブレンダの剣が容赦なく背後から何度も首筋を削る、血飛沫が飛び散り、白い飾り羽が赤く染まる。
「ブレンダッ伏せてぇ!」
俺の叫びが届きブレンダが地面に手を着く勢いで伏せると、オウルベアの振り回した太い腕と黒い爪が低い唸りをあげて通過した。
『Vody Strelyat'/水撃/ウォーターショット』
アンジェの水撃がオウルベアの顔を直撃し、ブレンダがその隙に離脱する。
「イーサン、ハンナ、地魔法だよ」
「よぉしっ」
『Povysheniye /隆起/ライズ』
「……ん」
『Povysheniye /隆起/ライズ』
「私も続くよっ」
『Povysheniye /隆起/ライズ』
アンジェも含めた三人の土魔法でオウルベアの足元が隆起する。
タイミングが微妙にずれたその攻撃、その所為で脳が揺らされ眩暈を起こしたようにオウルベアはバランスを崩した。
「ガレット、ブレンダお願いっ」
「よぉしっ」
大きく踏み込んだガレットの槍がオウルベアの肩に深い傷を刻む。
「兄さんどいてっ、私の番だよっ!! 斬る斬る斬る斬るっ!!」
ブレンダがオウルベアの首と肩の傷を更に深く削った。
Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhhhh!!
「ハンナッ!」
「たあああああああっ」
ひときわ高く跳び上がったハンナが振り下ろす大木槌、それが地響きと共にオウルベアを地面へと沈めた。
「「「よっしゃぁぁぁっ」」」
森に勝利の声が響き、
「……疲れた」
ハンナがつぶやきを漏らした。
▶▶|
ギルドへ戻ると再び戦いが待ち構えていた、それは一緒に戦った仲間同士の非常な戦いだ。
「みんな覚悟はいい?勝った者が魔結晶を総取りよ」
それはオウルベアからとれる魔結晶の所有権を決めるダイス勝負。
でもブレンダ、総取りと言っても魔結晶はひとつだよ。
「いいですかぁ?振りますよぉ?」
誰も文句が言えないようダイスを振る役はユーリカに頼んである。
『Rulet/回転/ロール』
ダイスがユーリカの手のひらの上でくるくる回り、やがて速度を落とし勝者を示した。
「ハンナだねっおめでとぉ」
アンジェが勝者であるハンナに微笑み、ブレンダとイーサンは肩を落とし、ガレットはやれやれという顔だ。
だが、勝負はまだ終わっていなかった。
「君たち運がいいなぁ、アイツ他の魔獣を喰らってたみたいだよ、ほら」
魔結晶以外は買い取りということでギルドに解体を頼んでいたのだが、なんと手渡された乙魔結晶は二つだった。オウルベアの胃袋に納まっていた別の魔獣のモノらしい。
「やった、じゃぁもう一度勝負よっ」
「よっしゃぁ」
ブレンダとイーサンが元気を取り戻す。
「あれぇ?さっきの勝負で勝ったら総取りのルールでしたよねぇ?」
「あっ……」
「うそだろ……」
あ、やっぱり勝負は終わってたみたい。
ユーリカに逆らえる者がいる訳もなく。
「フフフ……私の勝ち」
ハンナの圧倒的な勝利で戦いは幕を閉じた。
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