第十七話 特別依頼 ~ トラブルメイカー
正式ハンターとなってからは、俺とアンジェは2人で狩りをしている。
主な獲物は大樹の森の鹿や猪など食用とされる中型の獣、はぐれたモノを狙うかアンジェの魔法で群れを分断させてから狩っている。
相手が魔獣ではなくても2人で複数に対峙するのはリスクが大きいと判断したからだ。
なので丁度良い獲物が見つからなくて兎や鳥しか狩れない日もあるのだが、それでも宿と食事代は十分賄えるので、なんとかハンター生活を送れている。
基本的には2人だが、時には道具屋の店先に顔を出してレイチェルを誘う。
獲物はフォレストリザードが多く、レイチェルの革細工の腕も結構上達した。
俺の腰には彼女お手製の小型バッグが既に二つ装備されている。
おかげで傷薬や毒消しを常備できるようになり重宝している。
それにフォレストリーザードの特徴である迷彩柄っぽい模様がちょっとカッコイイ。
基本的には2人だが、時折宿屋に顔を見せるオフィーリアからの誘いがある。
群れの獲物を狩れるので彼女が加わった日の稼ぎはでかく、とてもゆたかだ。
特に他意はない、うん。
オフィーリアとレイチェルは二人とも遠距離攻撃が基本だ。
なので獲物によってはアンジェが前衛として立ち回ることも多い。
アンジェは魔法の強力さが目立つが剣を握ってもなかなかのものだ。
朝から狩りに出ると調子のいい時はお昼前にはボードが獲物で一杯になる。
あまり成果が良くない時もあるが、それでもお昼を食べる為に街に戻ることにしてる。
無理をしなくても生活できているということもあるし、なんとなく講習の時の生活パターンに慣れてしまったということもあるかもしれない。
なので獲物の買い取りをしてもらいに昼頃ギルドへと顔を出すことになるのだけれど……
そこではユーリカが待ち構えており、なぜか俺の特別訓練が始まる。
ハンター講習は終わっているはずなのに、ほぼ毎日、午後は近接戦闘の訓練漬けだ。
その間、アンジェは魔導書を読んだりソフィアと魔法訓練を行ったりしていることが多い。
でもレイチェルやオフィーリアと一緒に狩りに出た後は楽しくおしゃべりをしたり、商店街まで買い物に出かけたりもしているようだ。
アンジェがそうやって友人達と楽く過ごせる時間ができるということもあり、2人が狩りに参加してくれることはとてもうれしい。
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そんな順風満帆なハンター生活も15日ほどが経過したのだが、俺とアンジェはユーリカの呼び出しによってギルドを訪れていた。
わざわざ呼び出されたということで、これはいつもの訓練ではない。
「待ってましたよぉヌィ君、アンジェさん。でわぁ、まずは自己紹介からお願いします」
「ブレンダよ、剣では兄さんにも負けていないと思ってるわ」
金色の髪を低い位置で二つにまとめた元気な少女、日に焼けたその顔は少し誰かに似ている気がする。
「ハンナ……毎日ハンターホルダーを自慢されてうざいから私も資格を取ることにした」
ストロベリーブロンドの髪をサイドで束ねた眠たそうな表情の少女、その躰は俺とアンジェよりもだいぶ小さい。
年齢は二人とも8~9歳程度に見える、俺とアンジェより年下だろう。
この少女達は新たなハンター講習受講者らしい。
「はぁぃ、今回はこの4人で講習を受けて貰います」
そして俺とアンジェも何故かハンター講習受講者だ。
なぜ俺たちが再び講習を受講することになったのか……
それはこれがギルドから俺達2人への特別依頼だからだ。
今回の講習受講者は2人と少ない。
だがそれくらいが普通であり、前回の8人という大人数が特別多かっただけだそうだ。
しかし前回の講習では訓練・狩り共に成果の大きいモノだったらしく、講習開催頻度や人数を見直すべきだということになったという。
8人とまではいかなくとも前回の1パーティ分、4人以上での講習実施結果がギルドとして欲しいのだと言う。
そこで、特別依頼として俺達に講習への参加を頼んだという訳だ。
話を聞いた時はまた同じ講習を初めから受けるのか複雑な気分だったが、良く考えたら今も狩りをしてユーリカの訓練を受ける毎日。やっていることに変わりはなかった。
最初の講習と違う点はギルド側で俺達の宿屋を用意してくれてはいないので、今お世話になっている宿屋「虎の寝床」からの通いであること。食事も自分たちで賄うこと。
それともうひとつ、お金に関してはこちらから払うことも報酬として貰うことも無し。
ただ働き?だが、ギルドからの依頼ということで依頼達成後に評価の銅星1つが貰える。
どうせ同じことをしているなら、銅星を貰っておこうとこの依頼を受託することにした。
えっと、騙されてはないよね?そもそもユーリカから頼まれた時点で俺からは断れない。そんな風にしつけられてしまった気がする……ゎう……
▶▶|
「にひひ……兄さんから二人のことは聞いているよ、よろしく」
俺たちを知っているという彼女の兄。知り合いの少ない俺はその言葉と彼女の金髪から兄が誰なのか気が付いた。
「ブレンダはガレットの妹なの?こちらこそよろしく」
その言葉に彼女は肯定の意味の笑みを零す。
「んじゃぁあ、いっくよぉ!」
と、挨拶が終わるや否やブレンダは俺へと斬りかかった。
まぁ、ギルド裏で行われる近接戦闘訓練だから当然なのだけれど。
その攻撃は手数が多く、受けても流しても何度も元気よく打ち込んでくる。
ガレットは槍がメインだったが彼女は剣が得意な様だ、型は自己流だと思われるが短剣、片手剣、両手剣と毎回得物を変えながら攻める、攻める、攻めまくる。
彼女には近接アタッカーとしての役割がピッタリだろう。
ちなみに魔法はガレットと同じ火属性が使えるが、そちらはあまり熱心ではないようだ。
「んー……イーサンが二人のことを言ってたかもしれないけど、聞いてはいなかった」
ハンナはこんな小さな見た目だが機工師見習いをしているという、彼女は口数が少ないので機工師が何なのかはまだわからない。
「だけど、これからはよろしく」
眠そうな顔でちょっと面倒そうに講習を受けてはいるが、仲良くはしてくれるみたい。
口数の少ない僅かな情報から探るに、彼女の工房はイーサンのいる鍛冶工房の隣らしい。
そして毎日これ見よがしにホルダーや魔法を見せつけに来るイーサンがうざく、自分も資格を獲れば邪魔されなくなるだろうと講習への参加を決めたようだ。たぶん。
そんなハンナの武器はなんとハンマー。大きな木槌を振りまわし重い一撃を放ってくる。
俺のナイフを模った木剣ではとてもその攻撃を受け止めることは出来ないだろう。
魔法属性は地と風を示した。
それはうれしい結果だったようで彼女はしばらくの間、にまにましていた。
いつも眠そうなので断言は出来ないが、居眠りをして夢を見ているんじゃないと思う。
たぶん。
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講習は俺たちの時と同じように午前中は森、午後は訓練という時間割。
2人は俺と同様……いや俺よりはマシだったが遠隔攻撃は苦手のようだ。
そこで獲物は自然と猪や鹿という中型のモノが中心となる。
アンジェと二人での狩りではそれらの獣は1頭狩れれば良い方だったが、今では1人1頭を相手にして同時に4頭仕留めるなんていうこともある。
それは思わぬ臨時増収、それだけでもこの特別依頼を受けた甲斐があった。
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「え……なにあれ……」
ブレンダの口から零れる驚きと恐怖の声。
狩りの成果に調子に乗り始めたところで、彼女は痛い目にあうことになった。
灰色熊。
体高はブレンダの倍以上はある巨体にブレンダとハンナは二人だけで挑む。
「たぁぁぁぁ」
気の抜けたような声をあげるハンナだが、それとは裏腹に重い攻撃を繰り出す大木槌。
だがその一撃は躱され、籠られた力はただ地面を揺らすのみ。
灰色熊からの反撃の爪を大木槌の柄で防ぐがその勢いまでは止められず、ハンナは地面に叩きつけられバウンドした。
傷ついたハンナは地面を転がり動かない……
「よくもハンナをぉぉおっ!!」
ブレンダの持つ片手剣が灰色熊を打ち、刃は太い腕に斬り傷を刻む。
その反撃は成功したかに思われたが、3度目の攻撃でその勢いは止められた。
剣を熊の腕に深く残し、ブレンダは吹き飛ばされて地を転がり地面を這う。
「ユーリカ!?」
「わたしたちも戦いますっ!」
腕を組み戦闘の様子を眺めていたユーリカに俺とアンジェが縋る。
「そうですね、2人にパーティでの戦い方を教えてあげてください」
「アンジェ頼む」
「わかった」
『Ogon' stena /火壁/ファイアウォール』
アンジェの放った魔法の炎が燃え盛り彼女たちを守る。
アンジェの魔法に怯んだ灰色熊。すかさず俺はその鼻先をナイフで斬り裂き、熊が庇うように前に出した腕に突き刺ささっている片手剣の束を掴んだ。
ナイフを口に咥えてしっかりと両手で片手剣の柄を掴み直すと、奴が振り回す腕の勢いを利用して剣を抜き取る。
「ブレンダァ、立てぇっ!」
俺は叫び、ブレンダの前まで地面に剣を滑らせる。
「くっ、ハンナ……無事?」
「平気……まだ……戦える……」
ブレンダは剣を握り、その切っ先を灰色熊へと向け、
大木槌と共に転がっていたハンナは土埃にまみれながらも立ち上がった。
「アンジェは魔法で牽制を、ふたりは俺への熊の反撃後の隙を狙って攻撃をっ!」
「「「わかったっ」」」
『Vody Strelyat'/水撃/ウォーターショット』
アンジェがその水球を熊の鼻先めがけて放つ。
奴が腕をあげた瞬間、俺は懐に潜り込み、ナイフを振り上げて腕の腱を斬る。
Guahhhhhhhh!!
灰色熊は吠え、今まで俺が居た場所にその腕を振り下ろす。
「いまねっ!」
ブレンダの剣が灰色熊に刻まれた腕の傷を広げる。
「たぁぁぁぁ」
攻撃後に飛びのき離れたブレンダに続き、ハンナの大木槌が追撃を仕掛ける。
Gurrrrraaaaaahhhh!!
灰色熊の腕が軋んだ音をたて、あらぬ方向を向いた。
『Vody Strelyat'/水撃/ウォーターショット』
何度も放たれるアンジェの水撃は灰色熊の鼻先を狙い注意を引き付け、傷口を露出させて標的となる弱点を露わにする。
続いての標的は左腕、俺が腱を斬りつけブレンダとハンナの追撃が決まる。
「突進と牙に気を付けてっ!」
俺が鼻先を切り裂くと、灰色熊はその牙を剝きだしにした。
「っと危ないっ…………はぁあっ」
ブレンダは牙を剝く灰色熊の動作を見定め、一呼吸遅らせて剣を首筋へ。
その一撃に血を吹き出した灰色熊はぐらりと大きく前方へと体勢を崩す。
「これで……とどめ、たぁああああああ」
前のめりになった灰色熊の後頭部に振り下ろされたハンナの大木槌、その衝撃が鈍い骨砕の音を響かせ、地面を揺らした……俺達の勝利だ。
「はぁい、これで少しはわかりましたか?」
「はぁはぁ……「はぃ……」」
肩で息をするブレンダ、表情に変化は無いが大木槌に寄り掛かるハンナ。
ギルド裏の訓練場で行われた小テスト。
少し調子に乗ったブレンダが2人でも余裕だと言い放ち挑んだのだったが……
これはいい薬となったようだ。
しかし……前回俺たちの講習では熊の目なんてなかったけど、2人の様子を見てユーリカが仕組んだんじゃないかな……
もしダイスが夜の目=魔獣に当たっていたらどうなっていたか……
相手が普通の獣で本当に良かった。
再び受講することになったハンター講習。
ブレンダとハンナの二人にはこれからも振り回されそうな予感でいっぱいだ。
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