第十四話 蛇を画きて足を添う
「狩りの最中だから追跡しなかったけど、大蛇が這ったみたいな跡を見つけてさ」
それは、昼食を摂りながらのパーティメンバーとの何気ない会話だった。
ふと、午前中に森で鹿を追っている時に見つけた痕跡を思い出し、それを残した主の正体が少し気になったので聴いてみた。野営講習でのオフィーリアのこともあったから、危険な生物がいるのではと懸念したからだろう。
「でも足跡があったからきっと大きなトカ」「フォレストリザーードッ!!」
フォークを握ったまま立ち上がり大きな声をあげたのはレイチェル。
普段は聞いたことのないその大声にみんな背筋がビクリとさせて驚いた。
思わず食べかけのお肉を落としてしまった……勿体ない……
「ご、ごめんなさい……ぇっと」
数秒の沈黙が流れ、レイチェルが我を取り戻す。
これほど彼女を興奮させ大声を出させるフォレストリザードとは何なのだろう。
それほど恐ろしい怪物なのだろうか……
「性格はやや獰猛ですけど、その肉は鳥肉みたいで買取も同じくらいです、
革は防具に使われるほど頑丈ではありませんがベルトやバッグに向いていて」
おぉ今日のレイチェルはよくしゃべる。
みんなも俺と同じように感じていたのだろう。食事の手を止めて聞き入っている。
「えっと……あまり市場に出回っていなくて、でも、初級の革細工に丁度良くて」
だが急にもじもじして下を向いたレイチェル。
「レイチェルはその蜥蜴の革がほしいの?」
アンジェが助け舟の言葉を掛ける。
「は、はいっ、でも皆は必要ないでしょうし、もっといい獲物もいるし……」
なるほど、レイチェルはそのトカゲの革が欲しいけれど皆に遠慮してるという訳か。
でもあれだけ語っていたんだ。かなり欲しいモノなんだろうな。
「なら明日の狩りで狙おう、爬虫類型との戦闘経験が積めるいい機会だ」
「だね、おれも楽しみだな、きっと見つけてみせるよ」
「うん、遠慮しないで、わたしも楽しみだから」
「あ、ありがとう、みんなっ、こ、この御恩は必ず……」
レイチェルが大げさな言葉でお礼を告げ、明日の狩りの予定がこうして決まった。
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「見つけた……相手は1匹、あの倒木の洞に潜んでいるんだけど」
「出て来るかな?ちょっと戦い辛そうな場所だね」
痕跡を追うと獲物はあっさりと見つけたのだが、その場所は狩りに向いているとは言い難く、アンジェも困惑を浮かべる。
剣を振るうには倒木が邪魔をし、暗くて視界も悪く、そのうえ足場も悪い。
しかも初めて相手にする敵、今までの狩り様にうまくいくだろうかと少し緊張する。
「燻りだすか……」
この場所が戦い辛いなら、少しでも戦いに有利な場所へと獲物をおびき出す。いや、有利な場所を作ると言った方が良いだろか、フレアの提案でその作戦が決まった。
枯草やヨモギのような植物を集め、燃焼が広がらないよう周囲の草木を刈る。
足場の確保に余分な草木を退かし、日を遮る枝葉も落とす。
その準備は狩りというには地味な作業だったが、なんとか準備は整った。
「じゃぁ、はじめるね……」
『Ogon'/火/ファイア』
アンジェの魔法で枯草に火が付き。
『Veter/風/ウインド』
続けて起こした風で煙が洞へと流れ込む。
Grrrrrrrrrrrrrr……
低い唸り声をあげ、重そうな瞼でこちらを睨みつけながら獲物は現れた。
ワニ位の大きさを想像していたが二回りは大きい。姿はコモドオオトカゲに近いだろう。
体表は苔や植物で覆われていて背景の森に溶け込み、隠れていなくともその姿を目視で見つけるのは困難かもしれない。
市場に出回らなくて希少なのはきっとその所為もあるのだろう。
Grrrrrrrrrrrrrr……
唸る蜥蜴に向かい俺とフレアは木剣を振るう、それは出来るだけ革を傷つけない為。
狙うポイントも躰を避けて足元を狙う、普段の狩りとは戦い方が大分異なる。
一言で言うと地味な戦いだ。蜥蜴の動きもどちらかというと遅い感じだし。
そんなちまちまと攻撃をする俺たちにイラついたのか、
蜥蜴は尻尾を地面に打ち付けて大きな口を開き牙を剝き出しにした。
Gyyyyyyr!
「いまっ!」
レイチェルの放ったのはちょっと不格好な太い軸の矢。
その矢が蜥蜴の咥内に的中し、蜥蜴はたまらずのたうち回った。
普段より緊張していたレイチェルを少し心配していたが、その弓の腕に悪い影響はなかったようだ。
「いいぞレイチェル、フレア、アンジェお願い!」
「ああ」
『Vody/水/ウォータ』
「うん」
『Vody/水/ウォータ』
俺の合図で2人の魔法が発動し、トカゲの周りに水球が生じる。
『『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』』
「うはぁ……魔法ってすごいな」
その圧倒的な威力を目の当たりにして思わず簡単の声が漏れた。
二人の放った水球は混ざり、大きく膨らんで蜥蜴の巨体を呑み込む。
その大きな水の球に捕らえられた蜥蜴は慣れない水中でもがくが、矢の所為で閉じることが出来ない咥内に水が流れ込み溺れる。
既にその蜥蜴に水の牢獄から逃れる術はなかった。
たった一撃……それは体表に小さな傷さえつける事もなく、見事に目的の獲物を仕留めた。
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「遠慮しないでよ、わたしレイチェルがどんな物作るのか楽しみなんだから」
「え、そんな私だけ悪いよ、ぇへへ」
今回の獲物は丸ごとレイチェルへのプレゼントとした。
レイチェルは遠慮しながらもその口元は緩んで喜びは隠せていない。
「あっ、じゃ、じゃぁ……いらないかもだけど練習で作った物を貰ってください」
そこで見つけたレイチェルの妥協点がこの提案だったようだ。
うん、手作りの装備を貰えるなんて蜥蜴の革を分けてもらうよりよっぽど嬉しい。
「それならおれは腰につける小さなバッグを頼んでもいい?」
「バッグですね、たぶん作れ……作りますっ!どれくらいのですか?」
俺がそんな風にお願いすると、レイチェルは喜んだ顔を見せ、やる気の籠った声で了承の返事を返してくれた。
「小さな薬瓶を入れておけるくらい、ベルトに付けられるのがいいかな」
それは毒ヘビの件より、用心のために毒消を常備したいと考えての要望。
皆もそれが気に入ったようで揃って同じモノを頼んだ。
一緒に講習を受けた記念として、御揃いの装備もちょっといいかもしれない。
「でもお礼を貰いすぎかなぁ、また蜥蜴を見つけたらレイチェルに優先して譲るよ」
「嬉しいですっ!少し時間は掛かると思うけどカッコイイの作りますっ!」
レイチェルは腕が上がったら手作り商品を店先に並べるのが夢だという。
それを手助けするくらいなら、きっと俺たちにもできる。
そんな明日を思い浮かべると、なんだかほっこり温かい気分になった。
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「明日でいよいよ講習も最後かぁ……」
「うん、もう一息だよっ、がんばろうね」
一日を終えみんなで夕食を摂る中、俺の呟きにアンジェが小さな握りこぶしを振る。
講習メンバー全員で一緒に摂る夕食は今日で最後、みんな色々な思いがあるのだろう。
自然と講習が終わってからのそれぞれについて語り合い初めた。
「戻ったらまた一人で鍛錬の日々、ここでの皆と過ごす時間は楽しかったな」
フレアはなんとかいう南にある街へと帰るという。
最初は異世界の貴族という先入観からうまく付き合えるか不安だったが、蓋を開けてみればいい奴だった、別れるのは少し寂しく感じる。
「私はお店番をしながら、時々は森へ狩りに出るようになると思います」
レイチェルは道具屋へ顔を出せばすぐに会えるだろう。
都合が合えば時々一緒に狩りに出るのもいいかもしれない。
「私はフリーなんだけどなぁ、でも、しばらく無茶は出来ないんだよねぇ」
背中の柔らかい感触と共にそのことを伝えて来たのは背後から覗き込むオフィーリアだ。
すっかり元気な彼女だが、過敏に心配する家族の声という後遺症が残った。
でも彼女の元気な様子とやる気を見せればきっとそれもすぐに良くなるだろう。
「私は資格を取っても自由気ままな暮らしという訳にはいかないわね」
「俺ももっと力も付けたいが、やはり鍛冶の修行が優先だな……」
皆やりたいことはそれぞれだが、進む道に多少の不安があるのは同じなのだろう。
「ガレットは衛兵になるんだったな?」
フレアがしんみりとした雰囲気で尋ねる。
「ああ、俺、この講習が終わったら……」
「ガ、ガレット危ないっ!!」
「「なんだヌィ急に!?」」
会話を中断されて驚く二人、いや余計な一言を言いそうだったから。フラグだからそれ。
「ふぅ……おれが停めなかったら命が危ないところだったよ?」
「「なんでだよ!?」」
その後も何度か活躍して俺はみんなのフラグが立つのを抑えたが、状況の理解できないみんなは困惑顔を浮かべていた。
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