第十二話 星降りの街を離れて
「はぁい、今日と明日の2日間は森での野営訓練を行いますよぉ」
星降りの街を離れる……昨日ユーリカが告げた言葉の意味はそういうことだったらしい。
ほっと胸をなでおろすと少しわくわくしてきた。これってちょっとした旅行みたいなもんだよね。
「今回、ポーターとしてマカナが同行します。小柄ですが結構力持ちなんですよ」
ギルド脇に集まった俺たちに向かってユーリカがそんな紹介をする。ポーターというのは荷物運びのことらしい。
急に街を離れると言われて俺たちは大した準備もしていないが、テントや必要なモノはギルドで用意してくれて、そのうえ運んでまでくれるそうだ。
そんな大荷物を運んでくれるマカナは眠そうな目付きで俺たちの顔を順に見つめ、ちょこんと頭を下げた。小柄だが引き締まった筋肉質の躰、褐色の肌と頭を飾る黒い羽根が印象的。
かわいいな……
「少し人見知りなところがあるのですが仲良くしてあげてくださいねぇ」
「よろしく頼む」
ユーリカの紹介が終わるや否や、フレアは静かにとマカナに近づいて右手を差し出し……
その頭を撫でた。
え、人見知りって言っていたのにいきなりそんなことして大丈夫なの?
と、俺の心配を他所にマカナは目をとろんとさせて満更でもなさそう。
あれ、これってフレアが美形だから?お坊ちゃんだから?なにそれ羨ましいんだけど。
「よしよし……ぇへへ」
と、俺が羨ましそうに見てるのに気が付いたのだろうか、アンジェが俺の頭を優しく撫でて微笑む。
羨ましかったのは撫でられる方じゃないんだけど……でもこれも悪くない。
俺の背後で白い尾がぶんぶんと大きく揺れた。
「でわぁ、星降りの街を離れぇ北北東の高地エリアを目指してぇ、しゅっぱぁつ!」
ユーリカに続き、その躰がほとんど隠れてしまうんではないかというほどの大荷物を背負って歩くマカナ。
だがそれを全く苦にする様子はなく余裕の歩み……さすがはラプトル、この異世界で馬より主流なだけはある。
「高地エリアわぁ、少し街から遠いので狩りには向いていない場所なんですけどねぇ」
ユーリカによると、目指す高地エリアは徒歩での日帰りは時間的に厳しく、泊まり込みで行くにしても特別買い取り単価の高い獲物などはいない。
なので狩るとしたら一般的な獲物を大量に狩るしかないのだが、その道のりは険しく運搬も困難なのだそうだ。
「だからこそ空いていて今回のような野営の訓練目的としては丁度いいんでよぉ」
遠いとは言っても午後には到着する見込みらしく、そこからテントの設営、食料調達の狩りをする予定となっている。
緑の草木が生い茂りさわやかな森の香が漂う。登山というほど険しくはない上り坂が続き、時折大樹の根や大岩で道幅が狭まる。運搬が困難というのはこれの所為かと納得した。
「ヌィ、荷物重くない?」
もう何度目かになるが、目をぱちくりさせながら顔を覗き込みアンジェが尋ねる。だが元々の持ち物も多くは無いので今回の荷も大した量は無い、二人分合わせても他のみんなの荷物よりも軽いだろう、これくらい全然平気なんだけど。
「ありがとう、大丈夫だよ。ところであそこになっている桃色の実から美味しそうな香りがするんだけど食べられるのかな?」
アンジェにあまり心配させるのも良くないと話題を反らす為、目に付いた、いや鼻に香った美味しそうな果実を指さす。路の脇を少し入った茂みの奥、僅かに覗くその桃色の実はアンジェにも見えたようだ。
ユーリカに許可を貰い、その桃色の実を薬草袋2つ分ほど採取した。甘い香りの漂うそれは結構人気の果実らしく普通であれば買い取りに出すところだという。だが柔らかく潰れやすいので泊まり込みの今回は持って帰るのが大変だ。そこで皆のデザートにと言うと特に女性陣の顔は綻んだ。
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水の匂いがする……少し喉が乾いていたからだろうか、自然とそれを感じた。
「はぁい、到着しましたよぉ、今晩はここで各自野営を行って貰います」
到着した目的地、そこは清らかな水の湧き出る泉のほとりだった。
「でわぁ見える範囲に各自でテントを設営して食事の準備をしてくださいねぇ」
星降りの街を離れてここへ来た目的は野営訓練。
テントの張り方を覚えたり、現地で調達した食料で食事を用意するというモノだ。
本格的なキャンプなんてしたことないけど出来るかなぁ。
「アンジェ、おれたちは二人でお隣にしよう」
「うんっ」
アンジェの分もまとめて荷物を背負って来たということもあるけれど、なんとなく離れたくなかったのかもしれない。アンジェの笑顔の返答に俺も顔が綻ぶ。
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「ふぅ…お腹いっぱい……あぁヌィ、これ忘れてたよ」
「ほんとだ……今からでも皆平気かな?」
久しぶりに味わったお魚。木を削って作った即席の銛で獲った魚料理には大変満足した。
膨らんだお腹をさすりながらテントへと戻るとデザートにと摘んだ桃色の実が目に入る。
みんなもお腹はいっぱいかもしれないけど、デザートは別腹っていうしこれから配るか。
「オフィーリア?もう寝ちゃった? わたし、アンジェだけど入るよ?」
桃色の実を配って回っていたのだが、オフィーリアのテントから反応が無い……
寝つきが良いにしても早すぎるのではとアンジェがテントを覗く。
「オフィーリア!? ヌ、ヌィ、オフィーリアがっ!!」
そこにあったのは予想外の光景。
顔から血の気が引き小刻みに震えるオフィーリアの姿だった。
「オフィーリアァァ」
「アンジェ動いちゃダメだっ!」
オフィーリアに駆け寄ろうとするアンジェを引き留め、俺はナイフを抜く。
Kysheeeer
僅かに膨らんだ毛布にナイフを突き立てるとその動きは止まり、めくりあげるとソイツの正体が露わになった。
「へ、ヘビ!?……オ、オフィーリアは?」
アンジェが悲壮な声をあげる。
オフィーリアの足首には2つの小さな牙の痕が刻まれていた。
「おれはユーリカを呼んで来る、アンジェはそばについていてあげて」
「う、うんっ」
他に危険な気配が無く安全なことを確認してアンジェにこの場を任せ、俺はユーリカの元へと駆けた。
「ユーリカッ、オフィーリアがヘビに、ヘビに咬まれた!」
「!! それはっ……わかりました、すぐに向かいますっ」
ユーリカは小さなバッグを手にオフィーリアの元へとすぐ駆けだした。
テントにはアンジェに寄り掛かるオフィーリア……その顔色は優れない。
躰を小刻みに震えさせ、咬まれた足は腫れが増している。
ユーリカは取り出した小瓶を開けて傷口へと注ぐ。きっと消毒液か毒消しだろう。
「オフィーリア、ユーリカが来てくれたからもう大丈夫だよ、安心して」
俺は何もすることが出来ない自分を悔しく思いながらただ声を掛ける。
脈、呼吸、瞳孔、ユーリカはオフィーリアの状態を確認し、別の小瓶を口に含ませる。
どれくらいの時間が経っただろうか……
「はぁ……もう大丈夫です、早い発見と咬んだヘビがわかったのは幸いでしたぁ」
ユーリカの表情が緩み、俺たちも安堵の溜息を付いた。
オフィーリアはまだぐったりとはしているが……
震えは収まり、顔色は少し良くなった気がする。
「うぅ、よかった……本当に……よかったぁぁ」
堪えていたアンジェが泣き出す……今まで必死に耐えていたのだろう。
俺はそんなアンジェを引き寄せ、一緒にテントから出た。
外では集まっていたみんなが大泣きするアンジェを見て悲壮な表情を浮かべたが、無事を告げるとそれぞれの安堵と喜びを表した。
「状態は安定しましたが、大事をとって先に街へと戻します」
夜も更けた頃、ユーリカはみんなへ告げる。
「皆さんは勝手に行動せず、翌朝迎えが来るまでこの場で待機するように」
オフィーリアを抱きかかえマカナに跨るユーリカ。
俺たちは無事を祈り…その背中を見送った。
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