第十一話 ボア2
「ヌィ、戦闘中の指揮を執ってみてくれないか?」
フレアがそんなことを言ってきたのは試験に無事合格した翌日朝のことだった。
活動を許可される森の狩りエリアが広がり、これからは大きめの獲物も増える。
ガレット班を参考にして俺たちも猪狩りをしてみようとは話していたけど……
俺が指揮を任されるのは一番戦力にならないからとかじゃないよね?
「昨日はヌィのお陰で助かった。その状況判断力に期待したいんだが、頼めないか?」
急に褒められると……なんか照れるな。
アンジェもレイチェルも頷いて賛同してくれている、褒められ慣れていないのでなんか躰がむず痒い。首筋を掻こうと思わず足をあげそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「ゎぅ……まぁ、やってみるよ」
新しい狩場を楽しみにしていたのだろう、自然とみんないつもより早く集合していた。
狩場までの距離は少し遠くなるけれど、それでも徒歩で1時間も差は無いから影響はほとんどないだろう。
移動中は狩りも採取もせずに進んだので、到着したのはいつも狩りを始める時間よりも早いくらいだった。
「あっ、この香り」
何か懐かしそうに花の香りを嗅いで頬を緩ませるアンジェ。
森の深い場所、それは周囲の草花の種類にも変化をもたらしていた。あの花はアンジェの家の近くにも咲いていたのかもしれない。
だが、変わったのは草花の種類だけではなく、周囲の環境も少し違っていた。
藪や倒木、大きな岩等が増えて視界が狭められる。それは何か一層と深い部分に入り込んだという印象を感じさせる。
それに……
「気を付けて……近くにいると思う」
匂い、足跡、ここにはたくさんの獣の痕跡が残り、早速すぐ近くに獣の気配を感じた。
フレアは剣を、アンジェとレイチェルは弓を構える。
新しい匂いを餞別しながら北東へ進むと、大岩の点在する少し開けた場所へと抜け……
そこでガレット班が狩ったよりも一回りは大きな猪を見つけた。
二つの風切り音が鳴り猪の悲鳴があがる。
Gyhhhhhhhh
アンジェとレイチェルが放った矢が猪の目を射抜き、左の視界を奪った。
のんびりしている暇はない。先制攻撃に成功した絶好の機会、逃すモノか。
「フレア、昨日のイーサンと同じように動いて猪を惹きつけて」
「ああ」
「レイチェルは投石で、アンジェは魔法も撃てるように備えておいてっ」
「わ、わかった」
「うんっ」
猪からの攻撃はフレアに受け流すなり、躱すなりしてもらい、レイチェルとアンジェは遠隔からの攻撃で安全を保つ。
俺は近距離だが、ナイフで死角から獲物を攻める。昨日のクラリッサと同じ立ち位置だ。
彼女の剣と比べると俺の攻撃は浅く、ダメージも少ないだろうが、足りない分はフレアとレイチェルの攻撃が補ってくれる。
アンジェは弓での攻撃と火の魔法を猪の目前に撃っての牽制役だ。
「いいぞ、猪の足元がふらついてきた、フレアはそろそろ留めの準備を……」
次第に攻撃の速度が上がり連携がスムーズになって来た。
すごくいい調子だったのだが、ここで想定外の事態が起きてしまった。
「!! 別の気配が来るっ、フレア、コイツは任せていい?」
「新しい獲物か?……わかった、皆行ってくれ」
「ありがとう、アンジェ、レイチェルついて来てっ」
戦闘中の猪へのとどめをフレアに任せ、俺たちは近づく新たな気配へと向かった。
「アンジェ、何か突進の勢いを削ぐような魔法は使える?」
「うん、やってみる」
次の獲物がすぐに現れてくれたことはうれしいが、なにも2頭同時に襲い掛かってこなくても……これでは同じ方法で相手をするのは無理だ。
相手は同じく猪、俺たちを敵と認識して猛進してくる。出来ればその勢いを削ぎ、2頭の攻撃を分断させたいがうまくいくか……いややらなくちゃ。
「いっくよぉ」
『Povysheniye /隆起/ライズ』
ゴゴゴゴゴ……と重低音が轟き地面が揺れた。低い地鳴りと振動が起こる。
アンジェが唱えた地の属性魔法。それは単純に地面を起伏させるモノ。
だがその起伏により脇にあった大岩を転がして猪の進路を塞いだ。
魔法の効果そのものじゃなくて、二次的に起こる影響で攻撃するとは思わなかった。
アンジェは魔法能力が高いだけでなく、その使い方も巧いな。
「レイチェル、1頭来るよ、さっきと同様に目を狙って!」
「は、はいっ!」
岩に進路を阻まれ速度を落としたものの、すぐに1頭の猪が飛び出して来た。
レイチェルの声は緊張しているが、放たれたその矢は見事に猪の目を射抜いた。
「待たせたっ!」
その声と共に現れたフレアが即座に矢を受けた猪に斬りかかる。
最初の獲物を無事仕留めて駆けつけてくれたようだが、いいタイミングだ。
「1頭はおれが引き離すっ、その間にソイツを仕留めて!」
「「「わかったっ」」」
先の猪を任せ、俺はもう1頭の猪の突進を誘い戦闘の場から引き離した。
先の猪を弱らせ……いや出来れば仕留めるまで、こちらの猪の矛先がみんなに向かわないように惹きつけておきたい。
広い場所だったらぐるぐると猪に追われながら駆け回るのがいいのだろうが……
木の根や倒木が邪魔をするこの地形ではなかなか思い通りにはいかないようだ。
俺の駆けるスピードは落ち……逃げ場を失い……追い詰められた。
ドンッという鈍い衝突音が森に響く、なすすべもなく地面に倒れ意識が途絶える……猪。
「あぶなっ、躱すのぎりぎりだったよ」
俺が追い詰められたのはアンジェが転がした大岩の前。
俺はぎりぎりで猪の突進を躱し、猪はそのまま大岩に激突して昏倒。
倒れた猪にとどめを刺し、急いでみんなの元へと向かった。
「みんな、無事!?」
「あぁっ」
「こっちはもう少しです」
「ヌィは大丈夫?もう1頭は?」
そこでは目にしたのは1頭目よりも成れた動きで行われている連携、既に猪の動きはかなり削がれており、こちらもすぐに決着となった。
「ふう……戦闘中に2頭も獲物が増えるとは、運が悪かったのか良かったのか」
フレアが安堵の息とともに愚痴のような感想を漏らす。
「初めて来た場所で街から距離もある、体力も消耗したから今日は早めに引き上げよう」
無理をするのは良くないと、フレアの言葉で本日の狩りはここまでとした。
ちなみにパーティーリーダーはフレアのままだ。ついでにやってみるか?とフレアに言われたがそれはお断りした、普段から気を張っているのはさすがに疲れそうだし。
「ヌィ、重くない?」
「うん、それは平気。だけど崩れないように見ておいて」
2頭積んだ上に1頭を載せ……猪を3頭も載せるとさすがにボードも一杯だ。
重さ的には一人で曳くのに問題はないけれど。崩れてこないかはちょっぴり心配だ。
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「わわっ、これはうれしい大収獲でしたよ」
レイチェルが猪3頭、その買い取り額に喜びの声を洩らす。
最初の1頭が大物なこともあり買い取りは合計1600マナ!
懐は一気にホクホクで明日からの狩りにも期待が増す。
が、それもすべて講習の支払いに消えると思うとちょっと心がさみしい。懐もだけれど。
「あらぁ? そんなに早く私と訓練したかったんですかぁ仕方ないですねぇ……
昨日はコットンキャンディを御馳走になったし、特別ですよぉ?」
「え、いやそういう訳では……はい……お願いします……」
普段より早く街へ戻れたのでギルドの裏で休憩していたのだけれど、ニコニコしながらやって来たユーリカが特別なプレゼント(訓練)をくれるそうだ。当然、拒否権はない。
あの綿菓子が裏目に出るとは……ぐぬぬ。
いつまでも嘆いていてもしょうがない、折角の特別訓練だし特別なことを試してみるか。
俺は普段は右手に握っているナイフ代わりの短い木剣を左手に握る。
それはボーパルバニー戦で右手をやられて左手で急遽戦ったことを思い出したからだ。
サウスポーという響きが恰好良くて左手で箸を持ったり、字を書く練習をした少し恥ずかしい過去を思い出すが今回はそうではない……あくまで実用、いざという時の為だ。
「ふむふむ……水獄かぁ、へぇぇ……」
ユーリカとの訓練は激しいとはいえ、仕切り直しの合間にはアンジェのそんな声も届く。
アンジェは俺が特別訓練を受けている間は魔導書を読んでいることが多い。
普段の休憩時間や就寝前もだいたいそんな感じだ。それは魔導書が数少ないアンジェの手に残った両親からの遺産だというのもあるのだろう。
アンジェは既に何冊かの魔導書を読み終え、知識としては沢山の魔法を覚えたようだ。
そしてその知識は訓練と狩りを通して実際に使える魔法へと変化している。
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講習は順調に進み、みんなハンターとしての力をぐんぐん身に着けていった。
しかも狩りで得られるのはその技術だけではない。
獲物を得ればお腹は満たされ、懐も潤う。この調子ならば期間中に講習費用を払い終え、終了と同時に正式ハンターになることも夢ではなさそうだ。
そんな順調な日々を過ごしていたある日の夕方。
「みなさぁん、明日、星降りの街を離れます」
「「「えっ!?」」」
笑顔のユーリカより突然それは言い渡された。
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