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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第六十五話 World's End


「遅いよ二人とも……10年も待たせるなんて……」

 後ろから優しく抱きしめる腕。少し震えたその声は、綺麗な女性へと成長したキャスのものだった。


 ……


「あの戦いはお前達にはとって、ついさっきの事だって言うのか?」

「うん、わたしもみんなを見てびっくりしたよ」

「時間跳躍?……おれとアンジェ、それと黒竜は、10年も先へと飛ばされたのか……」


「……信じ難いが」

「でも、その姿だものね」

 リード、グレアム、ローザ。


 順に見詰めたその顔には、隠せぬ疲労が刻まれていた。傷と皺が増え、髪にも白いモノが混ざっている。

 ブレンダの姿を見た時には、彼女は凶暴化の為に使った魔女草の副作用で急成長してしまったのだと思ったのだけれど、そうではなく10年もの月日が経過して成長した姿だった。


 ただ、まだその事実を信じきれない理由のひとつ、俺達と同様に変わらぬ姿のハンナとティノに視線を移す。彼女達も俺達同様、時間跳躍に巻き込まれたのだろうか?



「ハンナは10年経っても成長してないだけよ」

 俺とアンジェの視線で考えてることに気付いたであろうブレンダ。その声に対してハンナが僅かに眉を顰める。


「む、これでも順調に成長はしてる」

 ハンナの事情を聴くと、どうも彼女は長寿種であるらしい。多数を占める一般的人種とは成長の速度が異なるそうだ。本人は成長しているというが、その微妙な成長具合をを認識するのは他種族には難しだろう。



「ん?」

 続きティノにも視線を向けるが、彼女は視線を向けた理由を察せずに首を傾げる。


「ティノは前倒しで成長しちまっていたからな」

 答えは返って来ないと諦めて視線を他へ向けると、その疑問にはリードが答えてくれた。

 どうもティノは幼いうちに急成長したが、その後は変化が少ないらしい。戦いに適した外見に達すると老化が鈍るのかも?どこかの戦闘民族みたいだな。



 そして……


「ん……キャスは獣の因子をアイザックに奪われた」

 キャスからは、嘗てはあったけものみみと尾が失われていた。アイザックの儀式が、彼女からそれを奪ったのか。


「わ、私は、ほら、かえって身軽になったくらいで全然大丈夫だからっ」


「……体力が落ちて起きていることすら辛かった癖に」

「でも、ここまでよく頑張ったわよね」

 ハンナとブレンダの言葉にキャスは照れた表情をみせるが、以前と異なって俯いて顔を隠すような様子はない。彼女がキャスケット帽を被っていないのは、隠すモノがなくなったからではなく、重ねた努力の成果なのだろう。



「大変だったんだね……でも、無事でよかった」

 ハンナは両脚を失いキャスは獣分を失った。


「みんなは……」

 リード、グレアム、ローザ、彼らの頭の天辺からつま先まで、じぃっと細部を見分する。浅く、深く、肌には数多の傷が刻まれている。魔獣の氾濫で負った傷にしては、まだ血が滲み痕になっていないような生々しい傷も多い。そこに消しきれない疲労感の様なものはあるが、それでもそこに悲壮感は無い、歴戦の戦士と言う雰囲気だ。


「ちょっと老けたね……ぁ」

 三人が無事であったことに気が緩んだのだろう、余計な言葉を零してしまった。


「……フ、フフフ、そうね、まったく瑞々しいお肌で羨ましいワ」

「ぃぁぃぃ、ご、ごえんぁあぃ」

 冷気の漂うようなオーラを纏ったローザが俺の両頬を摘まみ、その指に力を籠める。今の彼女なら氷属性の魔法が使えるんじゃないかな……




「ゎぅう、と、とにかく、みんな元気でよかった」

「うふふ、そうだね。シャーロット達はどうしてるのかな?王都?」


「「「…………」」」

 アンジェの問いかけに嫌な沈黙が流れ……場の空気が凍る。



「彼女たちは居ないわ」


「い、居ないって、どうゆうこと?」

 沈黙を破ってくれたブレンダに、アンジェが再び問いかける。


「ハンナと同じ、アイツらに……儀式の生贄にされたの」


「っ……」

「そんな……」

 俺とアンジェは、失われてそこに無いハンナの両脚を見詰めた。


「んん、彼女達は意識を失っていて逃げる恐れが無かったから、大きな負傷は負わされなかった」

 ハンナのその言葉を聞いて、俺達は俯いていた頭をあげる。


「奪われたのは魔力の源……私は地属性の魔法が使えなくなった」

 ハンナから地、シャーロットから水、カプリスは風、クロエは火、黒竜の四肢を縛っていた小さい陣にて、それぞれ別々に星の結晶と共に供物として捧げられたそうだ。

 俺達に星の結晶を集めさせたのは、魔獣を溢れさせない為なんかじゃなくて、儀式の供物とする為だったのだろうか。



「私には機工師の道があったけれど、彼女達はハンターの夢を諦めるしかなかった」

 命や手足は失わなかったものの、ハンターとして生きる夢を奪われたのか、悔しくて辛かっただろうな。


「それで、シャーロット達は王都に戻って暮らしているのかな」

 どうしてだろう、アンジェの質問に答える声はない。


 …………


「まずは……現状を見せた方がいいか」

「……そうだな、外に出よう」

「ついてらっしゃい、今は柱のポータルが使えるようになったからすぐよ」

 そう言うとこちらに背を向けてセーフルームを後にするリード達。俺とアンジェは疑問を抱えたままで顔を顰めつつも、口をつぐみ彼らの後に続くしかなかった。



 ポータルの柱は以前罠に嵌められた時と異なり、初めから明るい光に包まれていた。

 後で聞いた話だが、二つの月と日の位置によってその時使用できる柱の位置が異なり、合わせて鍵となる月の石を対応する位置へ捧げる必要があるのと、運ぶ重量分のマナ補充が必要だそうだ。


 柱の中に踏み込むと、上から押さえつける重力が増したかのような感覚を感じた。目の前の景色が変わる。恐らくここは月の神殿第一層の隠し部屋だ。


「んぐぅ!?!?」

 そこで突然強烈な刺激と違和感に襲われた。


「な゛ま゛ぐざぃ……」

 俺は思わず鼻を摘まむ。腐った魔獣の死骸でも積まれているのか?いや違うな。感じた違和感に感覚を研ぎ尖らせた所為で強烈な刺激を喰らったが、慣れれば嫌悪感を感じるような匂いではないし、嗅いだことのある匂いだ。でも、どうしてその匂いがこの場所に漂っているのか理解できない。


 先行するリードに続き隠し部屋を出て通路を進むと、そこで匂いは更に増す。その匂いはアンジェに感じられるほどで、俺と同様に疑問を抱え首を傾げている。



 先頭を進むリードが、突き当たった壁に手をかざす。石壁が左右に開け……太陽の光と、更に沢山の匂いを含んだ風が神殿内に、鼻腔に肺に流れ込んだ。



「……海だ」

 神殿の外、高く上る太陽の方向、そこにあるはずの森は無く。代わりに遠くに輝く海原が広がっている……どこか違う場所に飛ばされたの!?


 でも背後を振り返ると、そこにあるのは見覚えのある月の神殿で、更に奥には大樹の森が広がっていた。

 神殿から出て来る他の皆の表情に驚きは無い。この光景を当たり前のモノと見ている。


「どういうことなの……」

 この情景を理解していないのは、アンジェと俺だけだった。


 …………


『繋がれし獣は放たれ王座は空白となり、

 白狼紀は千年祭を祝う事無く途絶えた。


 月は隠され、縛られた辰の根が解かれ、

 黒竜は姿を隠し、その守護は途絶えた。


 日は深く沈み、大海の底の蛇は荒ぶり、

 西国と央国と東国の大地を呑み込んだ。


 星々は、牙を持つ小さき者達に貪られ、

 齎された不和が世界を衰え、病ませた。


 永き冬が続き、大樹は枯れ死が訪れて、

 天空に広がる大いなる翼が亡骸を啄む』


 ブレンダの声が、その詩を言葉にした。


「十年前より始まった終わり……それを伝える詩よ」

 その声と、強く握られた拳が震えているのは、抑えきれない怒りと悲しみの所為だろう。



「ん、マルクトの地は災厄に呑まれた。大地を横断する程の極大の海蛇に呑み込まれた」


 ハンナの声が、目の前に広がる海が出来た理由を述べた。


「王都は消失し、央国ブレイクは滅んだ」

 淡々とした声が、この地に起きた事実を告げた。


「「…………」」




 ブレイク……それは古い言葉で黒を意味していると言う。ここマルクトの地を守護するという黒ノ竜にあやかり、この国はブレイクと呼ばれるようになったそうだ。


 守護者とされる黒ノ竜とは、ここ月の神殿深層に縛られた黒竜のことなのだろう。黒竜が俺とアンジェと共に姿を消して間もなく、大災厄が訪れた……



 西方の大海に現れた極大の海蛇は、初めに西国ルセットの地……魔物領を呑み込んだ。それだけを聞けば、極大の海蛇は人々を救済する為の遣いのように思えたかもしれない。だが、元より魔物に追いやられていた西国の王都は、その一撃でマルクトの大地から切り離された。音信は途絶え、ルセットの存続は絶望視されている。


 極大の海蛇は陸地を呑み込みながら進行を続け、ブレイクの王都フォルトゥーナを消失させた。ブレイクの地は分断され、王都以南の地は荒廃した。


 南には……フレアの家が治めるリオーネの街と領地がある。漁師見習いのマリルとその姉マリーナの住む港町レガーレがある。仔熊のウルスラが護る東コルノ村が、ルーシーとその師匠の住むタウロスの街が、皆は無事だろうか……

 あ、ティノがルーシーと師匠は無事だと言っていたな。海蛇に襲われた各地を周り、復旧の手掛かりを探しているということだ。


 ブレイクの南方を荒らした極大の海蛇は、更に東国オリーブの大地にも喰らいついた。だが、流石に陸地で暴れすぎたのかもしれない、三国の中では一番被害が少ないとみられている。連なるリオーネ山脈が防波堤と避難場所の役目を果したことも大きいのだろう。

 海蛇はオリーブの地を横切り、東方の大海へと抜けて潜った。


 極大の海蛇は、マルクトの地に多大な被害を齎したが、過ぎ去った後もその災厄は終わらなかった。生き残った人々の心は荒み、争いが蔓延した。更には追い打ちをかける伝染病の爆発的な感染拡大。気象異常により続く永き冬が続き、空は暗き雲に覆われ、森は枯れ、獣は痩せた……あらましを聞いただけで、それはもう世界の終わりのような惨状だ。


 …………


「……星降りの街は?」

 俺が口にできなかったその言葉が、アンジェの小さな唇から零れた。

 家族を失ったアンジェ、只一人でこの世界に紛れ込んだ俺。星降りの街は、二人にとっての居場所と呼べるような場所。気にならないはずがない。



 ▶▶|



 かつて星が降った跡に造られたという街。その周囲は山脈の様な天然の高い壁で囲まれている。その東側には大樹の森が広がっているが、葉は落ち、枝は朽ち、そこに以前の豊かさは無かった。

 海蛇が暴れたからであろう、南門は崩れ閉ざされており、俺達は東門へと回る。そんな状況に不安を感じながら、岩壁に口を開けた大きなトンネルの入口を潜って街の中へ……帰って来たんだ……


 トンネルを抜け少し進んだ前方にある最初の建物、石造りの三階建て、ハンターギルドであるその建物が……そこには無かった。


「え!?街は!?」

 いや、無かったのはハンターギルドだけではない、それ以外、他の建物も一切無かった。


 けれど、そこで絶望しなかったのは、その地面には麦や野菜の植物が育つ畑が広がり、少なくはあったが人々の姿があったからだ。



「ん、無事だった街の内側の地表は、全て食糧生産の為に畑か畜産場になっている」

「生き残った人達は地下へ潜ったの。この国の、いえ、もう無いブレイクの最後の砦よ」


「「よかった……」」

 アンジェと俺は胸を撫で下ろした。星降りの街は星が降った跡という割には窪んでなく、地面が街外と地続きの高さであることを以前から不思議には思っていた。けれど、どうやらその地面の下には、ダンジョンのような地下空間が広がっているらしい。


 地下への入り口は街中に数か所あるそうだが、俺達はギルド跡地より地下へと潜った。


 ▶▶|


「グスッ、お、グスッ、ぅうう……」

「二人とも、よく戻って来てくれたね」

 地下での再会……レイチェルには泣かれ、オフィーリアには抱きしめられた。



 二人はここ星降りの街で10年を過ごし、ブレンダやリード達が月の神殿ダンジョンで狩ったり刈ったりした食糧の保管・配給を管理していると言う。

 また、ブレンダの兄ガレットと鍛冶師だったイーサンもここで暮らしており、それぞれ街の警備と施設保守の役目を果しているそうだ。



「ぅぐ……フレアの行方も、ぅう、わからないの」

「村人達をここまで避難させた後、フレアは災厄で混乱する最中リオーネに戻ったの」

 10年の間、フレアの消息は不明であるという。


「グスッ、クラリッサも、ぅうう」

「災厄の海蛇が暴れた時、沢山の飛竜達が飛び交い……その殆どの飛竜が堕とされたわ」

 王都で別れたクラリッサも同様、この10年の間、二人は顔を合わせていない。

 彼女は竜騎士見習いだった。

 飛竜を操るには、その感覚を同調させる。俺と黒竜がしていたように、竜騎士も当然痛みの感覚も共有する。その痛みが死に直結するほど強烈なのものであれば耐えがたい……無事であるならばそれは奇跡だろう。


 災厄に巻き込まれた者、飢えや病に倒れた者、人々の不和により命を落とした者。10年の間に、墓標を立てることも叶わない死が蔓延した。



 アイザック、そしてそれを裏で操っていたエヴァンさんによって齎された大災厄。

 俺達はそれを止めることが出来なかった……

 もっと上手くやれていれば……災厄を防ぎ、人々を救うことが出来たのだろうか……



「ユーリカとソフィアも……大樹の森深くへ行ったきり戻って来なくて」

「生き残った騎士団長達と共に、滅びを待たずに済む方法を探す為に旅立ったの」



「ヌィ、わたし達にも何か出来ることないかな……」

 アンジェの声が胸に刺さる。


 そうだ、出来なかったことを嘆くより、これから出来ることを考えるべきだ。

 生き残った人々は、この絶望的状況の中でも困難に耐え、抗い、生きている。

 行動を起こせば、必ず成果は出せるはず。俺達に出来ることをしよう。



「アンジェ、俺達も滅びを待たずに済む方法を、希望を探しに行こう!」

「うん!!」


「やった!じゃぁ、またパーティで旅ができるんだね!」


「私も一緒に行くわ。10年間でどれだけ強くなったか見せてあげる」

「ん、ロードスターはもう三代目。自立走行が可能だけど、整備士は連れて行くべき」


「ぅう、せっかく再会したのに出て行くなんてそんな……わ、私だって」

「私もそれなりには戦えるようにもなったし、戦闘要員以外もいた方が良くない?」



 災厄が溢れて失くしたものは多いけれど、それでも、まだ世界が終わった訳じゃない。

 世界はもっと広いはず、そのどこかにまだ希望はあるはずだ。

 たとえ世界の果てまでだって、俺はそれを探しに行こう。


 暗雲に隠されていても、夜空に星は輝いている。

 だからみんなで……その輝く星を探しに行こう。




─ 第二章 ロードスター 完 ─


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