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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
107/108

第六十四話 What happened?


 ▶


 ……


 ……


 全身を蝕んでいた痛みが、視界を埋めていた光と共に薄れて行く……

 躰の力が抜けて……俺はゆっくりとその場に座り込む……


 黒竜は深い息を吐き、瞼を閉じた……穏やかな寝顔だ。



「ヌィ!?大丈夫!?」


「……ぁあ、平気。黒竜も俺も、痛みは収まったみたい」

「はぁぁ……良かった」

 座り込んだ俺に目を見張ったアンジェだが、返事を聞き無事が確認出来たことで緊張の糸が切れたのだろう。優しい微笑みを見せた後、彼女も腰を下ろして俺に寄り添った。


「儀式を止められたんだね。エヴァンさんにお礼を言わなくちゃ……あれ?」

 辺りを見渡し首を傾げるアンジェ。


 そこに先程まで居たはずのエヴァンさんの姿は無かった。


 エヴァンさんが突然姿を消したことは気に掛かる……

 それと、アンジェには彼の言葉が聞こえていなかったのだろうか……


 ”アイザック先生は、しっかりスケープゴートの役割を果たしてくれたようですね”


 その言葉は、狂気を帯びた喜びに満ちていた。俺の勘違いや聞き間違いでは無いはずだ。



「!?」

 その時、気配を感知した。俺は耳を尖らせて立て、気配のする方向に向け、その正体を探ろうと耳を澄ます……来る!!物凄い速さでこちらに近づいている!


『ヌィ!!! アンジェ!!!』

 大音量で俺の鼓膜を震わせたのは、俺とアンジェの名を呼ぶ、歓喜に満ちた声だった。


「ぅわぁう」

「わわっ」

 俺とアンジェは一目散に突っ込んで来た柔らかな膨らみに押し潰され、柔らかな毛並みに包み込まれた。


「よかった!やっぱり無事だったんだね……」

 潤んだ瞳。その双眸に溜まった涙が堰を切り、大河となって流れ氾濫する。

「ぅぅうわぁああぁぁあん」


「うん、わたしもヌィも無事だから、大丈夫だよティノ」

 アンジェは優しい笑みをこぼし、ティノの頭を撫でて髪を梳く。


 ティノがここに来たということは、神殿の外に溢れた魔獣群はある程度片付いたのだろう。それにしても少し離れていたと言っても、ティノは心配しすぎじゃないかな……


──もしかして、外で何かあったのか!?

 そんな不安と心配が押し寄せ押しつぶされ……


「んぐっ、んんn…………」

 あっ、それより先に柔らかな膨らみに圧し潰されそう……呼吸が……意識が薄れ……



  「あれ?ヌィ? ティノ!ヌィが!!」

    「どうしたのヌィ!怪我してるの!?ヌィッ!?」


        「は、離してあげてティノ!ヌィ?ヌィ!?……」


 そこで俺の意識は途絶えた。


 ■


 ……


 ▶


「けほっ、こほっ」


「……ヌィ?ヌィッ!」

「ティノ!ちょっと待って、待てだよ、待て!」

 両手の平を前に突き出し、再び俺を抱えようとするティノをアンジェが抑える。



「よかったぁ……心配したよヌィ」

 ふうぅ、俺はアンジェのお陰で命拾いしたようだ。


「ここは……ダンジョンの中だよね?」

 俺は石床に置かれ並んだ木箱、その上に敷かれた少々ボリュームの足りない布の上に寝かされていた。


「うん、深層にある部屋だよ、ぇへへ、セーフルームにしたんだ」

 ティノの言葉に部屋の中を見渡す。ほぉお……ベッドの寝心地は満点とは言えないけれど、急誂えにしては結構整ってるな。



 …………カシャン……カシャン……ガシャン


「何か来る!」

 俺は再び感じた気配に跳び起きた。その近付く金属音に耳を立て、アンジェを庇うように腕を広げて身構える。



 出入口に立てかけられた戸替わりであろう木板が揺れる。


「な!?」

 艶の無い黒。開いた木板の隙間からこちらを覗いたそれは、目深なバイザーが影を落とし、口元はベンテールに覆われた兜。戸口が開き現れたのは……西洋鎧に似た装備に全身を覆われた大柄な人物だった。


「……二人とも……生きて……た……ん……んぐっ……」

 兜の所為でくぐもった声が嗚咽を洩らす。



「だ、誰!?……ですか?」

 正体不明の全身鎧に向かってアンジェが誰何する。

 とりあえず敵ではなさそう……うーん、俺達のことを知っている人物なのだろうけど、これほど大柄な人物の心当たりは……グレアムくらい?でも明らかに声質が違う、というか性別が違う。


「んん……」

 金属の擦れる稼働音が響き、兜のバイザーとベンテールが自動シャッターの様に開いた。


「え、ぇえ!?ハンナなの!?」

 兜の下に現れたのは、その大鎧の大きさに全くそぐわない小顔。一緒にこの深層に潜ったハンナだった。


「ん、そう……だよ」

 彼女も跳び込んで来たティノ同様に、その瞳から大粒の涙を溢れさせる。


 続きまた金属の擦れる稼働音が幾重にも響き、大鎧の胸当てがスライドして下がる。

 そこに現れたのはハンナの小柄な躰だ。


「ゎうっ!なにこれコクピット?すっごい!乗り込み型ロボなの!?」

 大鎧の胸部内には、ハンナの座る座席の周りに幾つもの結晶体や計器や操縦桿のようなメカメカしいモノがギッシリと詰まっている。


「んっ……機工鎧。機獣の仕組みとヌィから聞いた知識も使って私が創った」

 ハンナは泣きながらも、どうだ凄いだろうと口端を上げて得意げな顔を見せる。


 おぉぉ、良く見れば月の神殿の守護者、以前俺達が倒した機獣の部品が使われている。それと様々な属性の星結晶に宝珠、あ、バッテリーみたいなモノもある。


「何時の間にこんな凄いモノを造ったの!?というか、あれ?ダンジョンに潜る時には、こんな大荷物持ち込んでなかったよね?」




「全く、ぐす……遅すぎるわよ……私達がどれだけ待たされたと思ってるの……」

 そんな言葉と共に、戸口からもう一人の人物が姿を現した。


 涙で滲んだ紫色の双眸が俺とアンジェを見詰める。この綺麗な女性は誰だろう?

 年齢は10代後半といったところだろう。金色の長い髪を首元で緩く二つに束ね、日に焼けたその肌と面差しは……どこか見覚えがある気がする。



「……よかった」

 柔らかな膨らみに優しく包み込まれるように抱きしめられた。彼女の体温と鼓動が伝わってくる。ぁあ……とても信じ難いことだけど、俺は彼女を知っている。



「ブレンダ……だよね?」

「ぐすっ、なによ……他の誰に見えるっていうの?」


「ぇ?」

 俺の呼び掛けに彼女は肯定の返答を返し、アンジェは驚愕の表情を見せる。

 そう、何故かいろいろと急成長しているが、俺を抱きしめている彼女は間違いなくブレンダだ。


 あ、一つ思い当たることがある……


「もしかしてそれって、青い花……魔女草の副作用?」

「ん?ぁあ、気になる?大丈夫、用量を守っていれば他に影響はそんなに残らないから」


「いやいや、本当に大丈夫なの?」

「にひひ、大丈夫だって」

 ブレンダを見詰めて尋ねると、彼女は目をパチクリと瞬き答えた。平気そうに微笑みを見せているけれど、これだけ躰に影響が出てるなんて心配もするよ。


「青い花にそんな効果が……」

 アンジェだって心配している。ブレンダと自身を見比べて、考え込むような難しい顔をし始めた。



「でも心配してくれて……ありがと」

「んぁっ!?」

 はにかむブレンダにぎゅっと抱きしめられた。


 ティノとハンナは微笑ましいものを見るように微笑んでいるが、こっちはそれどころじゃない。急成長した影響でその威力は破壊的だ。


「ぁ、ぁあ、えっと、あの、そ、そうだ!あの後、一体何がどうなったの!?」

 俺はやんわりとブレンダから躰を離し、意識をその膨らみから他へと向けた。


「氾濫した魔獣達は?ルーシーは?リードとローザとグレアムは?」

 俺は息もつかず、矢継ぎ早に問いかける。

「シャーロットとカプリスとクロエは?キャスは?」

──それと……エヴァンさんは…………


「む、ヌィ、落ち着いて」

「えーと、ルーシーは師匠と一緒だよ、それとリード達はねぇ」

「はぁぁ……じゃぁ私が説明するわ」


「うん、お願いブレンダ、詳しく聞かせて」


 アンジェの視線が少し問い詰めるようで、見つめるその位置がブレンダの顔よりも下な気がするが、それはきっと身長差の所為で深い意味はないだろう、うん。



「ぇえ、私は石壁に囲まれた陣の中で目を覚ましたの……」

 それはともかく、ブレンダはあの後のことについて順を追い話してくれた。


 ブレンダが目覚めた時、魔女草による精神への影響、凶暴化・興奮状態はすっかり解けていたそうだ。

 周りをぐるりと囲う石壁に閉じ込められた状態だったけれど、それはアンジェが保護のために造ってくれたものではないかと冷静に判断出来た。傍に横たわるキャスも自分も石床に放りだされた状態ではなく、敷かれた布の上に丁寧に寝かされていたのも判断材料になったという。


「それで、躰はどうだったの?」

「ぁあ、動けないとか酷い痛みとか、そういった後遺症は無かったわ。むしろ戦う前より調子がいいんじゃないかと思ったくらい」


「キャスは?キャスは大丈夫だったの?」

「ぇえ、私より先に目は覚ましていたわ」

 かなり疲労しているようで、横になってはいたけれど、キャスはブレンダよりも先に意識を取り戻していた。


 なので、ブレンダが意識を取り戻してすぐに石壁から出たそうだ。

 石壁の外で争いが行われていないことは気配からわかったし、それと石壁には内部から押せば外側へ崩れるよう、アンジェが出口として造っていた部分があったという。



「貴方達の行方を探したかったんだけど、それよりも優先しなければならないことがあったから……ハンナにはすぐにでも救命処置が必要だったの」


「「ハンナが!?」」

 俺とアンジェは艶の無い黒色の大鎧に見開いた目を向ける。

 彼女がこの場に居るのだから、助けることが出来たという結果はわかっているのに。


「ぅん、刺青の男にヤラレタ」

「「な!!?」」

 大鎧の胸当てが更に可動し、俺達は両脚とも膝下が無い彼女の姿を目の当たりにした。


「俺の所為だ……」

 機工鎧は、彼女が失った脚の替わりだった。彼女が両脚を失ったのは、俺が刺青の男を逃がした所為だ……



「…………」

 自責の念囚われ俯く俺を、後ろから優しく抱きしめる腕。


「……ヌィ……アンジェ」

 その腕の主は戸口から新たに表れた人物だった。振り返らずとも、俺の鼻は彼女の香りを覚えてた。


「よかった……無事だったんだね、キャス」

「……え?」

 俺の声に、アンジェが疑問の声を繋げた。

 振り返った俺は、アンジェが声をあげた理由を理解した。


 彼女の頭部には印象深かったキャスケット帽は無く、そのうえ、いや、その下にあるはずのけもの耳も無かった。


「遅いよ二人とも……10年も待たせるなんて……」

──え……

 キャスの言葉と、彼女の後からそこに現れたリード達の姿を目にして声を失った。


 俺とアンジェが戻った場所は……10年後の世界だった。




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