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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第六十二話 Loopy


 Syaaaaaahhhh!!

「やぁあっ」

「っ!」


 倒された同族を喰らい、戦いを続ける中で強さを増して行く大蛇。普通に振るう拳や剣ではほとんど歯が立たなくなってきた。そんな大蛇がまだ1,2、3……8匹残っている。アイザックのとこのを除いてだ。


 大蛇に追い詰められている状況だけれど、アイザック本人が直接仕掛けてこないのは幸いだろう。今呪縛状態にされたりしたら堪らない。

 まぁ仕掛けて来ない理由はわかってる。中断されていた儀式を再開し進行させているからだ。呪縛されている時には消えていた四肢の痛みが再発しているのがその証拠だ。


 こんな蛇に手間取っている場合じゃない、何か良い手は……


 ……


「アンジェ、霧の魔法拳を打てないかな?はっ!!」

「少し難しいかも……ゃぁあ!大籠手に使われているのは地と風の宝珠だけだから」

 魔法といっても万能ではない、その場の思い付きなんてそう都合よく嵌らないか……


「たぁ!前もって水球でも作って、や!霧状にするなら、はぁ!でも範囲は狭くなるよ」

「本当!?寧ろそれが!したかったん、だっ!」

 だが、運よく今回はぴったりだった。


「アンジェ、コレで霧を作って!」

「それって、やぁぁ!それだと、ほんとにちょっとだよ?」

「だから、魔法拳!っ、鼻先か顎を狙って」

 大剣を大盾へと変形させて大蛇の攻撃を受け止める。アンジェが攻撃しやすいように俺はサポートに専念しよう。



「うん、やってみる……」

 大籠手の拳を握ったアンジェが大きく振りかぶる。


『噴霧 iniectio nebula』

 大籠手が大蛇の顎を捕らえ、その拳からスプレーのように霧が噴き出した。紫色の霧が大蛇の頭にもやをかける。いいぞ!


「っ、アンジェは次の大蛇を!」

 大蛇からの反撃は俺が大盾で受けて弾く。アンジェには次々と標的を変えながら霧の魔法拳を打ってもらう。


 ……


「よし!上手くいった」

 くらりと頭を揺らし、次々と倒れて行く大蛇。


 大蛇を倒した紫色のもやの正体は殺人ウィルス……なんかじゃぁないし、毒でも薬でもない。いや、ある意味では毒でも薬でもあるのかな?


 使ったのは大蛇を倒す為に昔から使われて来た手段……’酒’だ。大峡谷で摘んだ自然発酵果汁をたっぷり蓄えた葡萄色の果物、それをアンジェの魔法拳で霧状に、大蛇の頭に向けスプレーの様に放ってもらった。


 アルコールというのは、霧状にして皮膚や粘膜から摂取すると普通に飲むよりも酔いやすくなるらしい。大蛇の動きを鈍らせたり少しでも効果があればと試してもらったのだけれど想定以上の効果だ。まぁ、大蛇は酔っぱらってまともに動けないけど生きてるし、そのうち復活するだろうけど、今戦わなくて済むのならそれでいい。


 万事上手くいった……と思ったのだけれど……



「ぇへへぇぇ、やったねぇ!ぬぃい」

「ァ、アンジェ!?」

 跳びつき抱き着いてきたアンジェ。蕩けた眼差しが俺を見つめ、その頬はほんのり紅潮して……あ、酔ってるんだ。うん、少し霧を吸っちゃたんだね。

 アンジェがこの果実に弱いってことをすっかり忘れていた。

 でも意識はあるし、ちょっとテンションが高いくらいで問題は無い……だろう、たぶん。


 それより今は……


 俺は視線を小さな光の陣へと移す。囚われているキャスは、石床に倒れたままで顔色も良くない。早く助け出して手当をしたいところだけれど、よりにもよって酔いつぶれた大蛇達が陣を囲って居座っている。助け出すには道を塞ぐ大蛇を退治しなちゃ駄目だな。


 キャスの傍へと駆けだそうとしたその時、再び忌まわしい声が黒竜と俺の耳に届……



『邪魔ヲ……』『GAAAAAAHHHHH!!』

「邪魔ヲ……」「gaaaaaahhhhh!!」


 アイザックの呪縛の言葉が遮られ、獣の様な咆哮と金色の光が駆け抜けた。


『グ』『GAAAHHHH!!』『ハ』『GA』『ァ』『GA』『ッ……』

「グ」「gaaahhhh!!」「ハ」「ga」「ァ」「ga」「ッ……」


 赤く染まった瞳が軌跡を描き、その一度の突撃の最中に何度もアイザックから血飛沫があがり斬り裂かれる。その獣の様な咆哮と赤い瞳の主は……ルーシー!?



『GaAOOooooOHHH!!』

「gAaooOOOOohhh!!」


──じゃない!!?

 ルーシーと比べるてかなり小さな体躯、握る武器も両手持ちのマチェットではない。


「物凄い数の闇の精霊に蝕まれている……あの炎は……」

 まだどこか焦点が合っていないアンジェだが、その瞳が赤い瞳の主を追う。


 再びアイザックの至近に跳び込む赤い軌跡。その瞳の赤に、握る武器の色、非緋色の炎が新たに加わった。


「ブレンダなの!?」

 アンジェの言葉に俺は目を見張る。アレが本当にブレンダ!?


 その獣の様な咆哮と赤い瞳はルーシーに似て……いや違う。

 黒竜の視覚が、ブレンダの口端から溢れた唾液と、剥き出しになった牙に掛かった青色を捕らえた。あれは……魔女草の花弁!?


 ブレンダの状態はダンジョンから溢れ出した魔獣達と一緒だ、魔女草によって凶暴化しているんだ!



「……凄い、これなら勝てるんじゃ」

 ブレンダは反撃を受けることも呪縛に縛られることもなく、一方的にアイザックを幾度も斬り付ける。圧倒する勢いに俺は希望を見出したが、アンジェの考えは違ったようだ。


「何であんなに酷いことに…………ヌィ、このままブレンダに戦わせちゃダメだよ!」

 ブレンダを見詰めるアンジェはその双眸を潤ませる。

「精霊の力がどんどん膨れてる、なんとかしないと!闇に呑まれちゃう!!」


 酔った所為で精霊が見えるなんて言っているのかと思っていたが、アンジェは俺なんかよりもはっきり現状を見据えているような気がする。



「よし、ブレンダを止めよう」

 ブレンダの状態は正常とは言えない。勝機が見えたところではあるけれど、彼女を犠牲にした勝利なんてのは論外だ。


 大盾を構え跳び出そうと決めたその時だった。


『GAhhh!!』『グハッ……』

「gaHHH!!」「グハッ……」


 深紅の一閃が、アイザックの肩口から胸にかけてを斬り裂いた。


 深く負ったその傷に、小鬼達と同様の青い蔦模様が蠢く……が、そこに炎が燃え上がった。傷を塞ごうと青い蔦が伸びるほど、傷口の炎が勢いを増す。


『GA!』『ga』『GA!』『ガハッ』

「ga」「GA!!」「ga」「ガハッ」

 アイザックに致命傷といえるような傷を負わせたにも関わらず、ブレンダの攻撃は続く。


「ヌィ!」

「ぁ、ぁあ」

 アンジェの呼び掛けを受けてやっと俺は跳び出せた。ブレンダを止めなくちゃ。


「ブレンダァ ア  ア   」


 |▶


 深紅の横薙ぎが鼻先を掠める。前髪が炙られ焦げ臭い。

 切先の欠けた剣が上着を裂いて脇腹を掠める。


 目の前に暗い血濡れの赤が迫る。だが、その瞳は俺を見ていない。俺を通り過ぎた向こう側、アイザックを睨む。怒り、恨み、憤り、闇の精霊に蝕まれている炎、アンジェの言ったその言葉がしっくりきた。


 ブレンダを止める為、その躰を受け止めようと剣戟の合間を潜り距離を詰める。


──あ


 深紅の炎、その舌先が俺の胸を焦がした。

 真っ直ぐに突き出された刃が胸の中心に……突き……ささ……り、貫か……れ……

 噴き出した血液が蒸発し赤い霧が広がる。


 |◀◀



──ああ、嫌な幻想が頭を過ぎった。


 |▶


 深紅の横薙ぎが鼻先を掠める。前髪が炙られ焦げ臭い。

 切先の欠けた剣が上着を裂いて脇腹を掠める。


 目の前に暗い血濡れの赤が迫る。


 ブレンダを、今のブレンダを受け止め、止めることは俺には出来ない……


──ごめん、ブレンダ。

 大盾を、ブレンダへ向けた。それでもきっと俺では止めることは出来ない。


『Zamorozit'/凍結/フリーズ』

 大盾を氷が覆い、炎の勢いを削ぐ。

 ブレンダを止めることは出来ないが、逸らすことくらいは出来た。

 衝突の勢いに、ブレンダの躰が撥ねる。



「ア  ン ジェ!」

「う ん!」


 ▶


『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』

 撥ね飛んだブレンダはドボンと水球の中に落ちた。

 刃からあがる炎が消え、小さな唇からゴボゴボと気泡が漏れる。



 水球から水を引かせ、意識を失ったブレンダをアンジェが受け止める。

 俺では受け止められなかったが、代わりにアンジェが包み込み受け止めてくれた。もう大丈夫だろう。


 ブレンダを止めることは出来なかった……けれど、アイザックは俺が止める。


 今も炎に焼かれ苦しみ地に伏すアイザックを睨みつける。焼ける皮膚と負った傷を再生させようとしているのだろう、青い蔦がその躰をボコボコと膨らませ捩じれさせている。


──ん

 視界の端で捕らえた僅かな変化に俺は視線を移す……キャス!!

 変わらず石床に伏せたままだけれど、彼女を捕らえていた陣の光が消えている……儀式が中断された?


 え、ブレンダがアイザックを倒しちゃったの!?


 あっけない幕切れだったな……なんていう感想はすぐに否定された。黒竜を囚えている陣はまだ消えてない。それに……


 アイザックの顔が苦痛に歪む。口端が裂け、鼻筋から口吻が突き出る。

 巻き付く大蛇は悶え焼けた皮膚に張り付き、青蔦が這いつたい膨らむ肉体に呑まれる。

 身を焼く炎が熱を増し、赤から橙、黄、そして白色へと変化する。

 肩口から胸にかけての大きく裂かれた傷からあがる白色の炎が、獣の姿を形造る。



 『bleeeaat』

『RoaaARRRrrrr』

  『sHaaAhhhh』


 山羊、大蛇、獅子……三頭の咆哮が重なり、アイザックから人の姿が失われた。




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