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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第六十一話 抜け殻


『邪魔ヲ……スルナ……』

「邪魔ヲ……スルナ……」

 その声だけで停止させられた。

 悪魔と化したアイザックの暗く濁った瞳が俺を捕らえる。



『邪魔ヲ……スルナラバ……黒竜同様……イヤ……』

「邪魔ヲ……スルナラバ……黒竜同様……イヤ……」

 呪縛……俺の躰はその場に縫い留められた様にまったく動くことが出来ない。


 俺の目前で、陣に囚われたキャスが石床に倒れ苦痛に苛まれている。


 黒竜を消す為の儀式?何だよそれ……


 キャスは攫われ巫女の役目を負わされた。いや、こんな酷い目にあっているんだ、生贄にされたと言うべきだろう。



『先二、消エテ貰オウ……』

「先二、消エテ貰オウ……」

 魂を浸食するようなアイザックの声が響く。


  『っ……アイザック先生……』

 その小さな呟きはアイザックさんの声だろう。黒竜はその音を捕らえたが、俺の耳には届かなかった。ちっ、聴覚まで麻痺させられたっていうのか……


 視界に映るのは大剣を振り下ろした俺。これも俺の視覚ではなく黒竜の瞳が捉えたモノ。まるで魂が離れてしまった抜け殻を見ているようだ。


 自分で自分を見つめると言う奇妙な体験だけど、そこに思ったほどの違和感はない。三人称視点のゲーム画面みたいだから?うーん、手元にコントローラーが無いのが残念だ。僅か尻尾の先さえ動かせない。



『シャーロット!?』

 アンジェが驚きの声を上げる。


 女ハンターを倒したシャーロット達がこの場に駆け付けたのだろうか。でも返事が返って来ないのはどうして?


 俺は黒竜の視覚を借り、シャーロット達の姿を探す…………エヴァンさんが居た。

 悪魔と化したアイザックを見詰めて、驚愕と悲しみの混ざった複雑な表情を浮かべている。そして、彼が背に背負っているのは……シャーロットだ!


 でも彼女の顔色は良くない。呼吸は乱れ、小刻みに震えている。大怪我を負ったのではと目を凝らすと……あちこちに小傷は見えるが、致命傷となるような傷は無さそうだ。

 少し気になるのは足首から脹脛の辺りの二カ所の刺し傷だ。流血が見られるので深手だろう……が、それでも脚や躰が動かせなくなるような大怪我ではないだろう。じゃぁどうして……



『ふ、笛吹きと呼ばれる女ハンターには勝利したのですが……』

 応えらないシャーロットに代わりエヴァンさんが答える。

『戦いが終わった後、突然3人とも倒れて……』


 マズイな、危機に陥っているのはシャーロットだけではないらしい。何が起こったのだろうか、シャーロットのあの状態……その原因を探ろうと、思考を巡らせようとしたところで、黒竜の耳が僅かな雑音を捕らえた。


 s……h……

 なんだろう……掠れて擦れる小さな音。俺は意識を黒竜の聴力に向ける。



 sheeeh……


 小さな擦過音は恐らく呼吸に伴うモノ。その何かは石床を擦り這いずり動いている……向かっている先は……俺!?


 けれど気付いたからと言って、動けない俺に回避する手段は無かった。ソレは縫い留められた俺の足首に巻き付き、じわじわと締め付けながら脚を這い上がる。


 Sheeeeehhh……


 躰は未だ動かせないが、俺は脚を圧迫されるその感覚を感じると共に聴覚を取り戻し、その生物の呼吸音を自分の耳で聞かされた。コイツは……蛇、大蛇だ。



『ヌィ、どうしよ……ヌィ?』

 アンジェは反応がない俺に気付くが、姿の見えない大蛇には未だ気付いていないだろう。



 Kuahhh……


 大きく開かれた咢が首筋に迫る。鋭い二本の牙が、ジワリと皮膚に突き立てられる。

 敵の姿は目視出来ないが、シャーロット達が倒れた原因はコイツだ。そして、このままでは、その毒牙の次の餌食となるのは俺だ。



 躰は未だ動かせない……でも……


『牙へ……』

 俺が手に握ったままいるのは空間を斬り裂き超えることが出来る大剣。その切先、その向かう対象を突き立てられた牙へと指定する……


『……Elektricheskiy shok/……電撃/……エレクトリックショック』

 心の声が呪文を重ねる。


 辛うじて練れたのは僅かな電撃、その対象は……俺自身だ。攻撃力など全くない僅かな電を、大剣を握る自身の腕へと放った。

 その刺激に筋肉が伸縮し、大剣の切先が空間を斬り裂き超えて俺の首元へ突出する。


 Gehhyyaahhhhhh……

 大剣は毒牙を砕き、上顎をも貫き大蛇に悲鳴を上げさせた。


「ヌィ!?」

 姿を現した大蛇はのたうち拘束は解け、同時にアイザックの呪縛からも俺は解放された。

 アンジェの驚きの声が黒竜ではなく俺自身の耳に直接届く。



『Elektricheskiy shok!!/電撃!!/エレクトリックショック!!』

 今度はしっかりと声に出し重ねた呪文で再度魔法を放つ。対象は握った大剣だ。


 GaGa gaga hhhh……

 電は剣身を伝わり大蛇を撃った。

 焼け焦げた鱗が露わになり大蛇は力尽きた。



「エヴァンさん!」

 動けるようになった俺は、腰のベルトに備えていた小バッグを掴んで投げる。


「わ、わわっ……これは?」

「蛇毒の解毒剤です」

 中身は野営訓練でオフィーリアが咬まれた時から持ち歩くようにしていた解毒剤。常備していて良かった。急ぎ処置が必要だろうが、3人の治療はエヴァンさんに任せよう。



 俺はコイツラの相手をしなければならないからな……


  sheehh……

 Sheee e h h ……

  shaaahhhhh……

 Shuuuu……

   eeehhh……


 石床が崩れてめくりあがり、潜んでいた大蛇達が姿を現した。這いずり俺とアンジェを包囲すると、警戒の声と共に鎌首を上げる。その数、十数匹というところか。


 そして、少し離れた場所……玉座の傍に佇む特別デカい個体。ソイツがアイザックの躰を這い上がり、肩に下顎を乗せると舌をちらつかせながらこちらを睨む。

 蛇が群れるのかは知らないが、見た目で言えばアイツはボスクラスだ。子供くらいなら余裕で丸呑するだろう。



「……先生」

 複雑な表情でアイザックを見つめるエヴァンさん。悪事を働く恩師との対面だ、その感情は簡単に理解出来るようなものではないだろう。



『Ogon' stena /火壁/ファイアウォール』

 アンジェの重ねた言葉が、エヴァンさんと大蛇との間を隔てた。これでエヴァンさんとシャーロット達はとりあえず安全だろう。


「エヴァンさん、シャーロットを、カプリスとクロエをお願いしますっ」

「はい……先生を……頼みます」

 後ろ髪を引かれるようにしながらも、エヴァンさんはアンジェの言葉で踵を返した。



  shaaaaahhhhh……

「ヌィ」

「あぁ」

 sheeehhh……

   shaahhhh……


 お互いの背を合わせ、アンジェは籠手の拳を握り、俺は大剣を構える。


  Seehhh……sheee……

   gyauuu……Shaaahhh!

「やぁぁあ たぁあ」

「はぁっ!」

  sheeyahh…………Shhuuu……

 ShGyahhh……Guahhh!

   gehhhh……


 っ、数こそ小鬼群と比べるまでもなく少ないが、コイツラ結構厄介な相手だ。


 俺とアンジェの攻撃では鱗を数枚剥ぐか、表層を削る程度。鱗が硬固というだけではなく、大蛇は衝撃に合わせて躰をしならせてダメージを軽減させている。

 そのうえ、牙もしくは尾でのカウンターが即座に返される。例え毒牙を喰らわなくとも、叩きつけられたら骨まで砕けそうな威力だ。砕かれ飛び散る石床の破片でさえ、当たり所が悪ければ深手を負うかもしれない。



──よし、ここは出し惜しみせずに大技で行く!

「アンジェ、飛ぼう!」


「うん」

『Voskhodyashchiy vozdushnyy potok/上昇気流/アップドラフト』

 俺の跳躍に合わせ、アンジェは大籠手を翼のように広げて一緒に上昇する。


「ありがと、行って来る」

「気を付けて」


「ぁあ、はぁぁああああ!!」

 上昇の補助に大剣に流して浮遊に回していたマナを、真逆に切り替え重量増加に注ぐ。

 大剣の切先は真下、俺は狙いを定めた一匹の大蛇へ向けて落下した。


 標的の大蛇が、鎌首を上げ見上げ俺の姿を捕らえる……けど回避するにはもう遅いよ。


 Gyaahhhh……


 大剣が大蛇の上顎と下顎を斬り離し、石床を砕き地に突き刺さる。大蛇の瞳はまだ俺を睨み付けるが、流石にこんな状態での反撃は出来な Shaaaahh!!


 襲い掛かって来たのは別の個体だ。


『僅か直前へ』

 石床に深く突き刺さったままの大剣の行先を、石床に突き刺さる直前の位置へと飛ばした。地面から引き抜く手間と力を省き、俺は背後へ跳び退いて大蛇の攻撃を躱……


 大蛇の牙が深く突き刺さる。


 gehh……hh……

 でもその大蛇の餌食となったのは俺でもアンジェでもなく、俺に斬り裂かれた大蛇の方だった。


 しかし、襲って来た大蛇に異様さを感じたのはその後の行動の方だ。勢いあまって誤って仲間を攻撃してしまったのであろうという俺の推測は外れていた。


 咢には力が籠められ、牙はそのまま仲間の躰を引き裂く。



 俺に避けられたことに怒っての暴走かと思いきや、その推測も外された。

 再び、三度、傷口に牙が立てられ、予想していなかった生々しい光景が目の前に映る。耳に届くのは、繰り返される湿った小さな……咀嚼音。


 その大蛇は同属の大蛇を捕食している。しかも丸呑みで無く、肉を引き千切り、血を滴らせ、臓物を喰らっている。


 捕食された側の大蛇は、ビクンと躰を波立たせた後に沈黙した。が、そこにも不思議な違和感があった。


 大蛇の死体はグロテスクに傷口を晒しているのに、何故かその存在感が薄い。そこには血も肉も骨も存在しているのに、その死体はどこか抜け殻のようで虚ろだ。



「ヌィ!」

 その光景に見入っている俺の傍に、アンジェがふわりと舞い降りた。


「あの蛇、魔結晶を食べたんだよ、獲物からすっかりマナが消えている」

 ぁあ、その所為で抜け殻のように感じるのか。



 それをきっかけとして、大蛇の同士討ちが始まった。


 もちろん、大蛇の第一ターゲットは俺達なのだけれど、深手を負った大蛇はすぐさま群れの仲間から餌へと変わり、他の大蛇にたかられ捕食される。そこに躊躇や容赦はない。


 ……


「ハッハァ……手強いなコイツラ、倒せなくなってきた……くはぁっ」

 戦い続けるうちに、俺の攻撃は弾かれ始めた。振り下ろす大剣では鱗さえ斬り裂けず、反撃の勢いに踏ん張れずに俺の躰は後方に滑る。

「っ、威圧されてるのかな……アイツラのことデカく感じる……」



「疲れや気のせいじゃないよ、魔結晶を食べた分だけ強くなってる」

 大蛇を大籠手で殴りつけながらも、俺の戸惑いにアンジェが答えてくれた。

「魔法で周りの石片や剥がれた他の大蛇の鱗を纏ってるみたいだし、身体強化もしてる」


 仲間同士喰らいあってパワーアップなんてありえないと否定したかったけれど、喰らった魔結晶のマナを使った強化だと言われれば納得だ。


 敵の数を減らせば減らすだけ、残った敵は強化される。コイツラを倒しきっても、その後にはアイザックとボス大蛇と戦いが待ち構えている。


 このまま策も無く戦い続けるのは厳しそうだ……




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