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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第六十話 Reason~理由


「チッ、侵入者かよ、アイツラ何サボってやがンだぁ?」

 黒竜の左手を囲む陣にて、面倒臭そうに俺達を出迎える刺青男。その肌に彫り込まれた青き山羊の紋章は、魔物側に付いた人間の印らしい。



「しかもなンだぁ?犬っころかよ、ここはギルドの訓練場かぁ?」

「むっ」

 刺青男の言葉にちょっと不機嫌そうなのは顔を見せるアンジェ。俺としては学校の校庭に野良犬が迷い込んだみたいな言い回しでちょっと面白いと思ってしまった。


「はぁぁ……ったく、金の為とは言えチビ猫やら躾の成ってねぇ犬っころの相手やら、オレラぁ家畜商人でも魔獣商人でもねぇっつーンだよ」

──むかっ

 更なる刺青男の言葉と態度に対し、アンジェは不機嫌な感情を隠さず厳しい視線を刺青男に向ける。


 うーん、俺は犬って言われてもその通りだし、別に気にしないんだけど。


 ……あぁ、アンジェは’躾の成って無い’って言われたのに怒ってるかな。’ギルドの訓練場’のくだりも’何も考えず自ら危険な場所に跳び込む馬鹿’みたいな意味なのかもしれない。

 チビ猫ってのはたぶんティノのことだろう、まぁなん虎だけど。ティノは成長した見た目の割に中身は子供っぽいからそれを見透かしてチビ猫なんて呼んだのかもしれない。


 が、それはともかく別にもっと気に掛かる言葉があった。


「金の……為?」

 尋ねようとした訳ではなかったのだけれど、予想外だにしなかったその理由に思わず疑問の声が漏れた。


「ぁあ?当ったり前だろ、この神殿にゃぁ莫大な財宝が眠ってるってゆーじゃぁねぇか」

「そ、そうなんだ……」

 魔物なんてモノに付く奴等が、古代神殿の深層とう大層な場所で行う儀式。邪悪な……何か良からぬ企みの為に行われているのかと思っていたのだけれど、まったく予想外の俗な理由だった。



「ぇっと、宝物庫の場所なら俺達も知ってる」

「ほぉ?」

 俺の言葉を聞き、刺青男の態度に僅かな変化があった。話の通じないならず者だと思っていたが、以外にもこちらの話に耳を傾けるくらいの理性はありそうか?


「宝物庫までのルートを教えるから、引き換えにここから退いてもらえないかな?」

 本当に目的がお金だっていうのなら……



「……話を聞いてやる」

 平和的に解決出来るのかもしれない。


 前回、最下層へと落とされた際に、地崩れに巻き込まれた所為で偶然見つけた宝物庫。罠を警戒して俺達は宝に手を付けなかったのだけれど、それならば、事件が解決するならば、宝を刺青男に渡してしまってもいいんじゃないだろうか。

 誘拐犯に身代金を払うようなモヤモヤ感はあるけど、それでも魔獣の氾濫を止められるのならばやむを得まい。うん、あれだよ、交渉術ってやつだよ。血を流さずに済むのなら、それに越したことはない。はず。


「三階層上に入り口があって、宝物庫はその下の隠し階層にあるんだ」


「ンンー……嘘じゃぁ、なさそうだな」

「……信じてくれるんだ」

 俺の伝えた情報を刺青男があっさり信じたことにアンジェは驚き顔だ。


「ぁあ、爺さんから聞いている宝物庫の場所とズレはなさそうだしな。儀式が終われば詳細なルートと道中の仕掛けについて教えて貰える段取りだったが、お前らからルートを聞いた方が楽そうだな……」

 思案の顔を見せる刺青男だったが……



「よし、乗った。この陣の護りは放棄してやる。おら、立ち位置交代だ」

 その後あっさりと黒竜の左前脚の陣から離れた。俺とアンジェは警戒しながらも今まで刺青男が立っていた辺りへと移る。



 ……



「よし、約束通りオレはこれで撤退する」

 宝物庫へのルートを教えると俺達に背中を見せる刺青男。


「が、背中から殺られたらたまんねぇ、追って来られねぇよう足止めはさせてもらうぜ」

「な!?」

 だが、そんな言葉と共に嫌な置き土産を残して行った。

 石床の隙間から強風が噴き出し、追跡を阻止する為の風壁が造られる。


「ソコで儀式が終わンのを見届けとけや」

 刺青男を追おうと反射的に躰が動いたが、壁に近づくことすら出来ずに風圧で押し戻された。倒れまいと踏み止まった右脚にズキンと痛みが走る。



「わたし達を騙したの!?」

 憤ったアンジェが叫ぶ。


 何故なら風壁は俺達と刺青男の間を分かつ為というよりは、俺とアンジェを囲い閉じ込めている。


「いンや約束通りだろぉ?取り決めはオレがこの場を立ち去ることだったじゃぁねぇか」

 こうなったのは詰めが甘かった俺の所為だ。



「ソレに爺さんとの契約はミーコを攫うンと、邪魔者が現れた場合は儀式が終わるまで陣にソイツを近づけないってことだったぁからな。コレでソッチも問題ねぇ」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべる刺青男。ミーコを攫うのと……ミーコ?巫女?黒竜の鼻先にいるヴェールを被った少女のことだろうか。


 誘拐犯に身代金を払う’ような’ではなくて、本当に誘拐犯に金目の物を渡すことになってしまった。そのうえ攫った少女は開放されておらず、儀式は中断されることなく継続されている……大失態だ。


「……ンじゃぁな」



 ……



「ごめん、アンジェ。失敗した」

 俺は肩を落としアンジェを見つめる……そこに、彼女の表情に失意や焦燥は無かった。


「うん。でも見てヌィ」

 アンジェが指差すその先には、赤い光の柱があった。あの場所は、小鬼群と戦った黒竜の右後脚の陣のあたり……シャーロット達がやってくれたんだ!儀式を阻止する為、陣に星の結晶を置いたんだ。



「あっ」

 続いて立ち上がった黄色い光の柱を目撃し、声が漏れた。



「よかった……ブレンダとハンナも勝ったみたい。だからヌィ、わたし達も行こう?」

 アンジェはそう言って微笑み、行先を塞ぐ強風の壁と俺の背負う盾剣に目線をやる。


「……そうだね、こんなところでグズグズしる場合じゃなかった」

 うん、アンジェの言う通りだ、落ち込んでいる場合なんかじゃない。強風に閉じ込められはしたけれど、ここで立ち尽くしている必要なんてないんだから。



 鞘を収納して大剣モードとなった盾剣の束を両手で握り、大きく振りかぶり頭上に構え……


『風壁の向こう側ぇぇえ』

 振り下ろすと風壁に一筋の光の帯が走った。

 この力は何も無いと思われた3番目の天球儀の中で俺とアンジェが手に入れたモノ。


 アンジェが続き大籠手の両手を前へと突き出し、光の帯に指を突き立てる。


『開けぇぇえええ!!』

 俺達を閉じ込める風壁が、吹き荒れる勢いの影響を無視して大きく左右に開いた。

 それは盾剣と大籠手に宿った、空間に干渉する鍵と門の能力。


 ……


「さぁ、行こうアンジェ っ」

 風の星結晶を陣に捧げると大きな緑光の柱が立ち上がり、同時にアンジェへと差し出した左手に痛みが走る。早く儀式を止めなくちゃ……



 ……



『アト少シ……』

「アト少シ……」


 黒竜と俺の耳に、低く籠った声が重なって届く。

 横長の瞳孔を備える暗く濁った眼光、捻じれ湾曲した山羊角、玉座に座ったアイザックの姿が闇に浮かぶ。



「ぇ……」

 その出現にあがる小さな声。


 けれど、声を上げたアンジェの瞳に映るのはアイザックでは無く、竜の鼻先。幾重にも重ねられたヴェールを被り石床に伏している少女、痛みに耐え躰を震わせる攫われて来たという巫女。


「…………ゖ……て……」

 石床に着いた左手甲からは、少なくない血が流れ、か細く掠れた声が絞りだされる。



 「っ……」

『geeehh……』

 「ぁ……ぁ……」

 視界の端で青光の柱が立ち上がると共に、痛みに耐える三つの声があがった。

 俺と、黒竜と、震える小さな巫女の声。


 石床に着く彼女の右手甲に、新たな深い傷が刻まれ、鮮血が流れる。


「!!」

ーなんで……

 声にならないアンジェの声。


「……ぁ……あ…………」

 今も苦しみもがく少女のヴェールが捲れあがり、端から白い毛先が零れている。

 僅かに見えるそれは単なる毛髪の端では無く……尖った耳の先端。更には裾からはみ出た振るえる尾先が、その事実を決定づけた。その稚い繊細な毛並みは……


「「キャス!?」」

 俺とアンジェが知る少女のモノだった。


「どうして……」

 攫われていたのは、近隣の村に住む猫の特徴を持つ友人だった。



「……ァn ……nuィmo……」

「どうして……キャスがこんな……!」


 言いかけて俺は思い出した。ならず者の女ハンターが言っていた言葉……


”ふーん、あの時邪魔をしてくれた子のお仲間なの?お陰で代わりになるミーコちゃんを捕まえなくちゃいけなくなって、面倒だったのよ?”


 そして気が付いた。


 王都のダンジョンでならず者ハンターによる誘拐事件を防いだのは俺達だ。

 そして、その代わりとして……キャスは攫われた。


 リオが攫われた方が良かったなんてことは絶対に無い。

 誘拐事件を防いだことも正しいことだった。


 でも……


 キャスが攫われてこんな地下迷宮にいるのは俺達の所為だ。

 小さな陣に囲われて閉じ込められているのは俺達の所為だ。

 血を流し地面に伏せ呻き声をあげているのは俺達の所為だ。


 この事実は変わらない。俺はそんな自責の念に囚われる……苛まれる……だけど……



「キャス!今すぐ俺が助け出すからっ!!」

 今は悩んでいる暇なんか無い!!


 大剣を振り上げ、俺はキャスを囚えている陣に向かって駆けだした。


『陣の向こう側ぇぇえ』

 キャスを囲み捕らえる陣の光の柱に、斜に振り下ろした剣の軌跡が煌めく。

 よしっ、後少しで手が届く……


『邪魔ヲ……スルナ……』

「邪魔ヲ……スルナ……」


 俺が伸ばした腕と指先は……彼女の元まで届かなかった。

 駆ける脚と地を蹴る爪先が……その場に縫い留められたように停止する。


 意思の籠った言葉は力を持つ。


 行使されたソレはセイレーンの魅了と同種……いや、それよりもっと強い恐ろしい……支配……呪縛……その様なナニカだろう。



『邪魔ヲ……スルナラバ……』

「邪魔ヲ……スルナラバ……」

 黒竜の視界、オレからは死角となるそこに……声の主の姿が映る。

 高く位置する玉座から、下方を見下ろすアイザック。


『黒竜同様……イヤ……先二、消エテ貰オウ……』

「黒竜同様……イヤ……先二、消エテ貰オウ……」

 儀式は黒竜を始末する為のモノなのだろうか。


 瞳は暗く濁り……頭部からは湾曲した角が伸びる。

 立ち上がった蹄は地を踏みしめ、背に黒い翼が広げられた。


’バフォメット’


 黒竜の瞳に映ったアイザックの姿は、そんな呼び方をされる悪魔に似ていた。




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