第十話 ほわほわほんわか
「ヌィ君達はどうするの?」
ボーパルバニーとの戦いで試験には合格を貰って午後の講習はお休み。
みんなが午後の予定を話していると、オフィーリアがヌィに声をかけた。
オフィーリアとはお友達、よくおしゃべりもするし、一緒にいて楽しいけど……
ヌィと仲良しでくっついているのを見るとちょっともやもやする……どうしてかな?
「アンジェが良ければ二人で商店街を見たいと思ってるんだけど、どうかな?」
「うんっ!」
ヌィの言葉に笑顔が零れる。あれ?もやもやがなくなった……変なの。
オフィーリア達はパーティみんなでお食事、フレアは叔父さんのところに顔を出すみたい。レイチェルはお店を手伝いに戻るんだって、お休みなのに偉いなぁ。
「ぅわぅ……すごい人混みだね」
商店街の大通り、人や荷車を引くラプトルの姿に夢中になるヌィ。
「そうだね、この辺りが星降りの街で一番にぎやかなのかも」
そんな姿を見て何か心がうきうきしながら、私はヌィに返事をした。
ガヤガヤとした人のざわめきが溢れ、街の南側~商店街の通りは大賑わいだ。
道幅も広く、ボードを引くラプトルや大きなリュックを担いで行き来する人も多い。
「あの赤いベリーがおいしいんだよ、少し酸っぱいけど甘くてぇ柔らかくてぇ」
鮮やかな色彩が目を引く食料品店、わたしは好物の赤いベリーを見つけて頬が緩む。
店先に並ぶ野菜や果物にヌィも興味深々みたい。
「でもね、食べると舌が真っ赤になるの……ぇへへ」
私が教えてあげるとヌィは口元を緩めて微笑む、ちょっと食いしん坊さんだ。
「あの絵は牛……羊……猪……」
「うん、たぶんお肉屋さんだよ」
ヌィは干し肉を見て少し残念そうな顔をした、新鮮なお肉が食べたいのかな。
外にだしていたらダメになっちゃうから買わない人は見れないんだよ?
こうして一緒にお店をみて歩くと、それだけでなんだかうれしい気分。
「あっ、ここかも!ちょっと買いたいモノがあるんで覗いてみてもいい?」
「いいよ、なんのお店?」
ヌィが飛び込んだのは缶や瓶が並ぶ少し地味なお店。
他においしそうなモノを売ってるお店がいっぱいあるのに変なの。
「うーん、これが胡椒かなぁ、結構な値段するな……」
「あ、調味料?でも似たようなモノを森で見たことあるかも」
真剣な表情で小瓶を順番に見つめるヌィ。
ヌィはなんでもおいしそうに食べてるけれど、ほんとは味に敏感なのかな?
胡椒が気になるみたいだし、今度お料理をするときには使ってみよう。
「なんだい、買わないのかい?ふあぁぁぁ……」
わたしの言葉を聞いてお店のおばさんが大きな口を開けてあくびをした。
「いえ、えっとぉ、これと……その潰れた缶も欲しいんだけど……」
「おやおや、お客様なら大歓迎だよ」
ヌィはそんなおばさんの態度に慌てて応えた。
何か茶色いザラザラした調味料と潰れた筒が欲しいみたい。なんに使うのかな?
「ありがとう、じゃぁえっと……」
『Reliz 10mana/放出十魔力/リリース10マナ』
ヌィの言葉で魔結晶から小さな光が離れてお店のおばさんの魔結晶へ移った。
マナ……魔結晶に蓄えられた魔物の魔力。
ハンターたちは銀貨や胴貨の代わりにお金として使っている。
初めて自分の魔結晶からマナを払ったヌィが驚きながらも、うれしそうにしている。
ヌィはチャージ式の電子マネーみたいだと言った、なんのことだろう?
「ヌィが買いたいモノはそれだったの?」
「うん、待たせちゃったね、次はアンジェの見たいものを見に行こっ」
ヌィはお店で買った包みを抱え、私ににっこり微笑んだ。
「すごい品揃えだね、ヌィ」
食料品が並ぶ通りを抜け、ハンター向けの商品を扱うお店が並ぶ通りへ。
わたしが見たいと言ったのは道具屋さん、そこにはバッグや衣料品などが並んでいた。
「うん、でもラビットフットと比べるとちょっとお高いね……」
ヌィはちょっと渋い顔をしている。
ラビットフットというのはギルドの傍、街の東側に1件だけある道具屋さん。
レイチェルのお父さんのお店で安くて便利な道具がいっぱい売っている。
「これは手が出ないかなぁ」
ヌィはあんまり、このお店が気に入らなかったみたい。商品を見ても手に取らなかった。
私もここよりラビットフットの方が好き、かわいい小物も多いし。
きっとそういうのはレイチェルが選んでるんじゃないかな。
レイチェルはリボンや髪留めがかわいくてセンスがいいと思う。
通りには衣類店さんと武器屋さん、防具屋さんが順番が続く。
衣類を扱っている店はハンター向け、普段着、ちょっと値段の高いお店を順番に見た。
オーダーメイドや修復をしてくれる店があって、そこでは自分で狩った獣・魔獣の素材で作って貰うことも出来る。
ヌィは興味津々でお店の人の話を聞いていた。やっぱりハンターだから自分で狩った獲物を使いたいのかな。
「こっちにイーサンの鍛冶工房があるっていてったね、行ってみる?」
商店街の外れ、街の内周付近にはいろんな工房が集まっている。
「行ってみたいっ……けど、なんか用もないのにお邪魔するのもなぁ……」
ヌィは好奇心いっぱいで尻尾を振っていたけど、今日は我慢するみたい。
この後、試してみたいことがあるからだって、何をするんだろう?
わたしは結局、何も買わなかったけど、2人で一緒にお店を見て回るのはそれだけでとても楽しい時間だった。
もうちょっとお金が溜まったらまた来ようと言うヌィに頷き、商店街を後にした。
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ギルド裏の訓練場、こんな所に来てお休みなのに訓練をするのかと思ったけど違うみたい。
ヌィはさっき買った缶にいくつも穴をあけて木箱の中に吊るした。
「えっと、あぶって中身をかき回せばいいの?」
「うんっお願い」
ヌィからされたお願いを不思議に思いながらも私は魔法を唱える。
『Ogon' /火/ファイア』
小さな火が灯り……
『Veter /微風/ブリーズ』
缶の中で風が渦を巻く……
これでいいのかな?
わたしがヌィを見つめるとヌィはにっこり微笑み頷いた。
「わっ……なにこれ?」
温まった空気と一緒に缶にあけた穴からどんどん白い糸みたいなのが溢れ出す。
私は思わず口をぽかんと開けたまま見つめた。
「ありがとうアンジェ、ばっちりだよ」
ヌィは器用に棒を動かしてその白い糸を絡めとる。
ほわほわ白い糸がまとまってだんだん大きく膨らみだす。
「こんなもんかな? どうぞ食べてみてっ」
ヌィはわたしにそれを差し出した、これって食べ物なんだ、こんなの初めてみた。
「んんっ……ほわほわして不思議だけど……甘くておいしいっ!」
柔らかい白いほわほわは口にいれると甘さを残して溶けていく。
「よかったぁ、アンジェに食べて欲しいと思ったんだ」
ヌィが私の為に作ってくれたお菓子……食べると心がほんわかとした。
それは綿菓子といって、砂糖……ザラメを溶かして綿状にしたお菓子なんだって。
「なにかぁ、甘ぁぃ匂いがしてるんですけどぉ……」
いい匂いに誘われたのかなぁ、やって来たのはユーリカだった。
──手伝って貰ってもいいかな?
ヌィは申し訳なさそうに首を傾げ、わたしはもちろんいいよと頷く。
言葉にしなくても気持ちが通じるみたい、初めてあった時からヌィとはそんなことがある。
わたしが魔法で砂糖を溶かし、ヌィがそれを絡めとる、二人で一緒にお菓子作り。
「じーーー……」
いつの間にかソフィアが傍に……
ヌィが怖がるから近づけないように気を付けなくちゃ。
「真っ白で可愛いわね」
「初めて見るお菓子だよ」
「あ、ありがとうございます」
クラリッサとオフィーリア、遠慮していたレイチェルにも綿菓子を配る。
「甘いモノは苦手だがこれは面白いな」
「すぐなくなっちまうな」
「いただこうか」
他の皆も、もちろんどうぞ。
「ふぅん、まぁまぁね」
「……面白い作り方」
「酒には合わねぇけどうまいな」
いつの間にか知らない子供やハンターも混ざっていた……忙しかった訳だよ。
でもこうしてみんなと一緒にワイワイと過ごすのはなんだかとても楽しかった。
これも私のところにヌィが来てくれたおかげかな。
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