夢の中へ
【前章のあらすじ】 ベルコ・リンドルに会うため、ルーシーの育ったスティーレという街にやってきたミレノアールとルーシー。一方その頃、別の場所にはリンドルとクロエが。そして過去を知るリンドルによって、ルーシーの秘密が語り始められる。『ヴァルプルギスの夜』というスティレット家にまつわる厄災と『スターミリオン』という100万人分の魔力を持つ魔法使い。さらには母の命と引き換えにかけられたルーシーの封印。そんな時その話を盗み聞きしていたのは、魔法騎士団のレイヴンという青年。しかしその男こそスティレット家の一族だった。かつて消された自分たちの国を復活させようと目論むレイヴンが、隠された絶大な力を持つルーシーを手に入れようと動き始めるのだった。
まるで深い眠りから覚めるように、ルーシーはゆっくりと目を開けると辺りを見渡した。一寸先も見えないほどの暗闇が広がっている。
しかしルーシーの意識が次第にはっきりしていくと、それに伴うかのように徐々に光が差し込み辺り一面に明るく色が付き始めた。
そこはまるで昼間にホウキで飛ぶ練習をした場所によく似ている。
「ここは……どこ……?」
大海原のように広がる緑緑しい草原にポツンと佇むルーシーは、眠りにつく前の記憶を辿ってみた。3日ぶりに自分の育った街に帰って来て、確かその日の夜は眠気に勝てずオリビアに促されて孤児院にある自分のベッドで眠りについたはずだ。
しかし辺りを見渡しても見慣れた孤児院どころか建物一つない。ただ大草原がずっと遠くまで広がっているだけだった。
「師匠ぉー! オリビアー! どこー?」
そんな時だった。どこからともなく声が聞こえた。
「ここはステューシーの意識の中だよ。夢の中と言ってもいい」
「!! だれ……?」
聞き覚えの無い声が、ルーシーの後方から届いた。
ルーシーはビクッとして驚くと、声のする方をゆっくり向いた。
そこに立っているのは漆黒のローブを纏った魔法使いのレイヴン。不気味な笑顔をルーシーに向けている。
しかしルーシーにとっては、その人物を知らなければ『ステューシー』という言葉の意味もわからない。キョトンとした表情をレイヴンに向けた。
「この街に来てビンゴだったよ。まさかこんなに早くに会えるなんてね。ふふふっ。目元なんかデイジーおばさんにそっくりだ。あーいや、何より生きててよかったよステューシー」
「私、ステューシーって名前じゃないよ」
「ああ、そうだったね。僕もこれからは『ルーシー』と呼ぼう」
相変わらずルーシーは、その言葉の意味を理解出来ずにいた。
「お兄さんは誰なの?」
「僕は魔法使いのレイヴン・スティレット。君のいとこさ」
「いとこ? 親戚ってこと? 私のことを知っているの?」
「そうだよ。君が生まれた時、僕もこの街にいたからね。まあ、突然こんなこと言われても信じられないかもしれないね」
「レイヴンのお兄さん、ごめんね。私、全然覚えてないや」
「はははっ。もちろんだよ。僕もステュ……じゃない、ルーシーが赤ん坊の頃しか知らないさ」
「ふーん。そっかー」
ルーシーは、夢の中に突然現れたいとこだという見たこともない男に戸惑いを隠せない。
レイヴンの言った「夢の中」というのも本当であるならば、この会話も無意味なのではと思い始めていた。
「それよりも僕が一番驚いたのは、ルーシーに魔力が戻っていることだよ! 僅かではあるけど確実に魔力を感じる! 完全に封印したと聞いていたからね!」
レイヴンは両手を目いっぱい広げて興奮気味に話した。
まるで自分のことのように喜んでくれるレイヴンを見て、ルーシーもすっかり気を良くしたようだ。
「うん! 実はね、魔法も少し使えるんだよ! ホウキで空も飛べるんだよ!」
「それは凄い。ルーシー、君はいつか偉大な魔女になるよ。僕が保証する」
「えへへへ」
ルーシーから笑顔がこぼれる。魔法を褒められれば嬉しくてたまらないようだ。
「だけどまだ、強い封印が邪魔をしているね。その封印がなくなれば君はもっともっと凄い魔女になるよ」
「うん……でもこれはなかなか解けないやつなんだって。私も何でこんなのがあるのかわかんないし……」
何かを思い出したかのようにしょんぼりするルーシー。
レイヴンはその姿を見て不敵な笑みを浮かべると、そばに駆け寄りルーシーの頭を撫でた。
「その封印、僕が解いてあげるよ」
「ほんと!? 解けるの?」
ルーシーは顔を上げるとキラキラした目をレイヴンに向けた。
「まあ。正直言ってまだその方法はわからないけど、僕がきっと解いてあげる。その封印が解けたらルーシーの力で僕たちの国を取り戻そう。スティレット公国を復活させるんだ」
「復活? スティレット公国って何?」
「まだ……ちゃんと説明……なかったね。君の本当の……は――――……そして――――……」
「え? 何? 聞こえないよ」
レイヴンの言葉にノイズのようなものが混じる。
(誰かが僕の結界に侵入して意識に干渉しようとしてきているな……今日のところはこれくらいにしとくか)
「ルーシー最後にこれを」
レイヴンはルーシーの手のひらの中に黒く小さな石を渡した。
「何これ?」
「これ……僕の魔法を施した特別な魔法石だよ。……れを君が持っていれば、僕はいつで……君の居場所がわかる。遠くにいてもまた……んな風に夢の中でも会えるんだ。ほら、封印を解くた……にはまた会う必要があるだろう」
「そっか! ありがとう!」
「無くさない……持っててね。これは……二人だ……の秘密だよ……」
「うん! わかった」
「ルーシ……は、このまま朝まで眠る……いい」
レイヴンはそう言うと自分の意識をルーシーから切り離した――――
――――孤児院の屋根の上に立つレイヴンはゆっくりと目を開けた。
その屋根の先には月明かりに照らされた一人の男が見える。
レイヴンの意識がこちら側に戻ったことを確認するように、その男が口を開いた。
「よう。その孤児院に何か用か? そこには俺の弟子がいるんだが、手を出す気ならタダじゃおかねえぞ」
「弟子? ……そうか、あんたがもしかしてミレノアール?」
「ああ、そうだ」
「そう。ならここで死んでもらおうかな。ふふっ」
不敵な笑みを浮かべるレイヴンを前に、ミレノアールは剣を鞘から抜いて身構えるとありったけの魔力を解放した。
それは明らかに目の前の敵が強力な魔力も持つ者だと認識したからだった。