ルーシーの秘密とヴァルプルギスの夜 「その1」
「ただし、あなたにはこの話を聞かないという選択肢もある。この事を知ってしまえば、あなたはいずれ大変な出来事に巻き込まれ、あなたにとって苦しく辛い選択を迫られることになるかもしれない。クロエ、あなたにその覚悟はある?」
リンドルは赤ぶちの眼鏡を左手で押し上げながらクロエに問う。それだけルーシーの封印には重大な秘密があるということなのだろうか。
「もちろんですわ。私はベルコ師匠の弟子。また私の前からいなくなってしまうくらいなら、全てを知って師匠の力になりたいんです」
クロエはそれまで自分に被さっていた布団を跳ね上げと、勢いよく立ち上がってリンドルに強い意思をぶつけた。
「ありがとう、クロエ。試すような真似をしてごめんなさい。あなたにはいずれ私の跡を継いで欲しいと思ってる。でもいつか私に何かあったときのために、この話しておかなければならないと思ったの」
嬉しい反面クロエには、リンドルが口にした「何かあったとき」という言葉の真意を聞く勇気は、今はなかった。
クロエは、小さなテーブルを挟んでロッキングチェアに座っているリンドルと対面するようにベッドの縁に座りなおした。
改めて辺りを見渡すと、自分の家かと見間違えるくらい見覚えのある家具だが、クロエの記憶ではそれらはすべてガルスとの戦いで焼けてしまっている。
このベッドもテーブルもそしてあのロッキングチェアも、自分が眠りについている間に作ったのだろうか、とクロエの頭をふとよぎったが口にはしなかった。
「元々あなたの家にあったモノを魔法で復元したのよ。このティーカップもね」
リンドルはクロエの頭の中を覗いたかのようにそう呟いた。
――――2杯目の紅茶がリンドルのカップに注がれると喉を潤すように一口すすってから、ようやくリンドルはゆっくりと語り始めた。
「どこから話せば……そうね、ルーシーの秘密を話す前にまず、二つの大きな出来事から話さないといけないわ。一つ目は、およそ一万年前にこの世界で起こった事件」
「一万年前……ですか!?」
「とうぜん私も聞いた話よ。文献なんかも調べたりしたから確かではあるけどね。今この世界には、七つの国があるのは知っているわよね?」
「もちろんです!」
クロエは自分でも驚くほど大きな声で答えた。その相槌を気にすることもなくリンドルは話を続ける。
「だけど一万年前、この世界にはもう一つの国があったの。8番目の国……もう滅んでしまったけど、その国の名は『スティレット公国』。そう『魔力を持つ血統』の名門、スティレット家を君主とする国よ」
「え!? でもスティレット家は今、アルバノン王国に属してますよね?」
スティレット家といえば、かつてこの国では知らない者がいないほど有名な『魔力を持つ血統』の名門一族である。
「スティレット公国が滅ぶことになった事件。それが一万年前の出来事……」
「いったい何があったんですか?」
「およそ一万年前のある日、スティレット家に生まれながらに覚醒し強い魔力を持った男の子が誕生したの。名前は『スターミリオン』。それが本名なのか異名なのかは今になってはわからないけど、その子はまさに天才……いえ、天才と言う言葉では言い表せないくらいのとてつもない魔力を秘めていたらしいわ。それは成人する頃には『並みの魔法使い100万人分の魔力』とも言われたらしいの。そしてその桁外れの魔力を持つ魔法使いは若くしてスティレット公国の君主となったわ。しかしその若さと強さこそが後に大きな過ちを犯すこととなった」
「並みの魔法使い100万人分って……それ本当なんですか? 過ちっていったい何が?」
リンドルは軽く頷くように一呼吸置くと、言葉を選びながら再びゆっくりとした口調で話し始めた。
「スティレット公国は、他の国々に比べて小さな国だった。けれども、そのスターミリオンという絶大な魔力を持つ魔法使いはその国を率いて、世界の国々を相手に戦争を始めたの。自分の力を過信したのね。でもその力を脅威に感じた『魔法協会』が、他の7か国と共にスティレット公国を滅ぼすことを決めたの」
「え!? 魔法協会がですか? だって魔法協会は……」
「そう。本来、魔法協会というものはあくまで中立、国々間の戦争に介入してはならないという決まりがあった。だけどその時はそれを例外とし、世界中の『魔力を持つ血統』を結集してスティレット公国に一気に攻め込んだの。結果、魔法協会主導のもと7か国が手を組み力を結集した世界勢力の前には、いくらそのスターミリオンという魔法使いが強かったとしてもスティレット公国は一晩と持たなかった……」
「そんな……それがスティレット公国が滅んだ理由?」
「そうよ。たった一夜にして一つの国が滅ぶこととなった出来事、この悪夢のような夜はのちに『ヴァルプルギスの夜』と呼ばれ、生き残ったスティレット家を含むほんの一部人間だけに忌まわしい事件として語り継がれることとなったの」
「待ってください。『ヴァルプルギスの夜』は聞いたことがありますが、それは都市伝説のようなもの。私が子供の頃なんかは夜更かししてると両親から「早く寝ないとヴァルプルギスの夜が来るぞ~!」なんて言って脅かされたりしたもんですわ」
クロエはリンドルの口からでた聞き覚えのある言葉に思わず反応した。あの頃は自分も含めて周りの大人たちの誰がその出来事の真偽を知ることができただろうか。
「そうね。噂や都市伝説の元になった話なんて案外そういうものかもしれないわね」
リンドルは冷めた紅茶をぐいっと飲み干すと小さなため息を一つついた。
「でも……一万年前とは言え、この世界でそんな大事件があったなんて……ちっとも知りませんでした。魔法学校の歴史の授業でも習いませんでしたし……」
「そりゃそうよ。戦争を仕掛けたのがスティレット公国だったとはいえ、世界の7か国と魔法協会が協力して一つの国を滅ぼしたんですもの。誰もが口を噤むほどの出来事だったのよ。今でもこのことを知っているのは、スティレット家と各国の王族、それに魔法協会の幹部くらいね」
クロエにとっては、まるで空想上の話でも聞かされているかのようで、ちゃんと理解するには暫くの時間を要した。『一万年前』そして『ヴァルプルギスの夜』という迷信めいた言葉のせいもある。
「それで、その一万年前にスティレット公国が滅んだという出来事とルーシーにどういう関係が?」
リンドルが話を再開するよりも先にクロエが急かすように尋ねた。
しかしリンドルは落ち着いた様子で紅茶のおかわりを使い魔のショコラに頼むと、一口飲んでからゆっくりと口を開いた。
「焦らないで。まだ続きがあるわ。その後、国として滅んだスティレット公国はアルバノン王国の領土となったの。この国の北の土地は元々スティレット公国があった場所よ。最北にある『スティーレ』っていう街を知らない?」
「もちろん知ってます。お兄様が幽閉されていた城が近かったので、数十年前に何度かあの街には訪れていますわ。そう言えばその時に一度、スティレット家の君主の方にご挨拶をさせていただいたこともあります」
クロエはミレノアールを地下の牢獄からどうにか助けようとしていた時のことを思い出した。そのために当時、何度かスティーレという街に寄っていたからだ。『魔力を持つ血統』が新しい街を訪れるとき、その街の代表が『魔力を持つ血統』であるならば、一度は挨拶をしなければならないという決まりがある。
クロエはその時の記憶を探るが「挨拶をした」という出来事以外はどうにも思い出せない。なにせ数十年前の出来事なので仕方なかった。
「そのスティーレという街は、一万年前にスティレット公国が滅んだ際、生き残りであるスティレット家の一族がアルバノン王国から少しばかりの土地を与えられて、長年に渡って少しずつ大きくしていった街だったの。そして細々だけど着実に、スティレット家が代々治める公爵領として発展を遂げ、その街と共に一族も『魔力を持つ血統』の名門と呼ばれるまでに成長していったわ」
「でも……確かあの街は、10年ほど前に不運にも大きな災害に遭って街ごと崩壊したって聞きましたけど……」
「そう。10年前にその街が滅びることとなった事件こそが、ルーシーに直接関わる話さなければならない二つ目の出来事よ」
―――― ゴクリッ ―――― クロエは緊張のあまり思わず生唾を飲み込んだ。




