孤児院と親友のオリビア
ルーシーに目を向けると、いつの間にかもう随分と遠くに行ってしまっている。
ミレノアールは町長のジルバトに挨拶をしてルーシーを追いかけた。
石畳の道をコツコツと音を立てて歩くルーシーのもとに駆け寄ると、ミレノアールは背中をポンと押した。
「リンドルに合うから緊張しているんだろ」
「先生の言いつけを聞かずに勝手に出てきちゃったから。それに……」
「封印のこと、聞くのが恐いか?」
ルーシーは何も答えず、少し俯いたまま歩くスピードを上げた。
ミレノアールは右手の指を2度パチンと鳴らすと二人分のホウキを出した。
「孤児院まで飛んでくか?」
「うん!」
二人でそれぞれのホウキに跨る。
「あんまり高く飛ぶなよ。あと街の中だからゆっくりな」
「わかったー」
二人は街の中を並んでゆっくりと飛び始めた。
街灯の下すれ違う大人たちは驚いて皆ルーシーに声をかける。
ルーシーはその都度、手を振ってそれに答えた。
「楽しそうだな、ルーシー」
「えへへ。なんだか有名人になったみたい」
世界中においても魔法を使える者の絶対数は少ない。ほんの一握りの人間だけが覚醒し、魔力を帯びることが出来るのだ。そしてその一握りの人間は、血統によるものが大きい。
ミレノアールは以前、自分を生んだ両親はどちらも覚醒していなかったと言ったが、それは極めて稀なことだった。
ではルーシーの両親はいったい……。
30分ほど行ったところでルーシーの育った孤児院が見えてきた。
コの字型に長く伸びた平屋の建物だ。
町長のジルバトの言う通りなら、10年前の災害のすぐ後に建てたのがこの孤児院なのだろう。
「師匠は玄関の前で待ってて。私このままオリビアに会ってビックリさせたいの」
ルーシーはニヤニヤしながらそう言うと、ホウキに乗ったまま建物の奥にある部屋へと回り込んだ。
ほんの3日前まで暮らしていた自分の部屋から灯りが漏れているのを見て、ルーシーはそっと窓を覗き込んだ。
オリビアが机に向かって本を読んでいる。
ルーシーは窓をコンコンと叩いた。
「だれ?」
オリビアはその音に気付くと恐る恐る窓を開けた。
「私だよ! オリビア!」
「わあ! ルーシー、おかえり。やっぱりリンドル先生に見つかっちゃった?」
「違うよー。それより私を見て何か気付かない?」
オリビアからは窓を隔てて上半身のルーシーしか見えない。
戸惑うオリビアを見てルーシーは手招きをした。
それを見てオリビアは窓から身を乗り出すと、ようやくホウキに跨がり宙に浮くルーシーの姿を目の当たりにした。
「え!? そのホウキって……ルーシー、もしかして浮いてるの?」
「そうだよ。魔法が使えるようになったんだ!」
「ええー!! 本当に!? だってあれからまだたったの3日だよ! すごいよ、ルーシー!!」
オリビアが驚く様子は、ルーシーの予想通りだったので嬉しくてたまらない。
ルーシーは調子に乗って高く飛ぶと、その場でクルクルと回転して見せた。
「じゃあ、王都の魔法学校まで行けたの?」
「ううん。王都には行けなかったの。でもすごい魔法使いの弟子にしてもらったんだ。それからドラゴンと戦って、それからドSの魔女に会って、あとエルフの里に行ったり、それから――――」
「ちょっと待って。いろいろあってわかんないよ。とりあえず魔女になることは出来たってこと?」
「そう! まだ見習いだけどね。」
「おめでとう! 私はてっきりリンドル先生に見つかって連れ戻されたのかと思ったよ。昨日の朝、ルーシーがいないのバレちゃって、慌てて探しに行っちゃったから……」
「そう……リンドル先生いる?」
「ううん。それからまだ帰って来てないみたいだよ」
ルーシーは少しホッとすると、窓から部屋に入った。
「あっ! そうだ。師匠を待たせてるんだった」
「師匠ってさっき言ってた魔法使いの?」
ルーシーはオリビアに返事するよりも早く玄関へ向かうと勢いよく扉を開けた。
そこには寂しくポツンと佇むミレノアールの姿があった。
「ごめん、ごめん、師匠」
「お前、絶対俺のこと忘れてたろ……」
オリビアがルーシーの後ろからひょこっと顔をだした。
「おっ、その子がルーシーの親友か?」
「うん、オリビアだよ」
「初めまして。オリビア・ルカレです。ルーシーがお世話になってます」
オリビアは頭をペコリと下げて挨拶をした。
「俺は魔法使いのミレノアールだ。よろしくな。それにしてもオリビアはルーシーと違って礼儀正しいんだな」
「どうぞお入りください、お師匠様!」
ルーシーも負けじと言葉遣いを改める。
「いや、勝手に入るのも悪いからお前たちの先生に会ってからにするよ。リンドルを呼んできて貰えるか?」
「それがねー、リンドル先生、私を探しに行ったまままだ帰ってきてないんだってー」
「リンドルも大変だな、ルーシーのような生徒を持って……」
「そんなことないよ! ねえ、オリビア」
「う、うん」
ルーシーに同意を求められ困るオリビアだが、本当のことを言えばこれまで何度もルーシーに振り回されているのは事実だ。
しかしそれがルーシーの長所でもあり、オリビアが憧れる部分でもあった。
「じゃあ、他の先生か大人はいるか?」
「ここで暮らしてる大人はリンドル先生だけ。他の先生は別のところに住んでるの」
「そうか。じゃあ俺は外で待つよ。リンドルもそのうち帰ってくるだろう」
ミレノアールは孤児院の庭にあるベンチに腰掛けると、ふぅ~とため息をついて夜空を見上げた。
満月に少し足りない月ではあったが、辺りを照らすには十分なほどの月明かりだ。
これからのことをボーっと考えていると、ルーシーがやって来た。
「師匠、これ夕食。余り物だけど」
ルーシーは、パンとシチューを手渡した。
「ああ、ありがとな。腹減ってたから頂くよ」
「うん。私なんだかすごく眠くなちゃった」
ルーシーはそう言うと、ふあ~と大きく欠伸をした。
「今日は一日中、魔力を使ったからだいぶ疲れているんだろう。早く寝たほうがいい」
「うん、そうする。師匠はここにいる?」
「ああ、俺もこのベンチで横になるよ。リンドルが帰ってきたら教えてくれ」
「りょーかい」
ルーシーは眠い目を擦りながら答えると、おぼつかない足取りで部屋に戻った。
待っていたオリビアが心配そうにルーシーに尋ねる。
「あの魔法使いさん、だいぶ服がボロボロだったけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。それより私がいつも持っていたカボチャのぬいぐるみあるでしょ。あれねぇ、実は――――」
ルーシーはそこまで言うと大きな欠伸をした。
もう眠気には勝てそうにないくらい瞼が下りている。
「寝るならベッドで寝た方がいいよ」
「ごめんね……本当はもっとオリビアと……話してたかったんだけど……いろんなこと……あったし――――」
ルーシーはベッドに横になるとそのまま眠りに落ちた。
――――しかしこの夜リンドルの帰りを待つ二人のもとに、迫り来るある男の脅威を、この時はまだ知る由もなかった――――