一度滅びた街
空から見たときに感じた得も言われぬ違和感は、街に入った後も続いた。
大通りに面した建物は、ここ数年以内に建てられたかのような新しい物が多い。しかし少し通りの奥に目をやると、そのほとんどが朽ち果てたように古い建物が連なっていた。
だがその古い建物でさえも老朽化によるものではなく、火事のせいなのか焼け焦げているようなものが多い。
街の灯りの少なさは、これから発展していく街のようなものではなく、むしろその逆で一度賑わった街がなんらかの理由で衰退しているかのようだった。
「なんだか変わった雰囲気の街だな、ルーシー」
「そうなの? 私この街しか知らないもん」
ルーシーにとっては見慣れた街のようで、ミレノアールの言葉も気に留めることなく受け流した。
「あ、町長だ!」
ルーシーが「町長」と呼び指差す方向には、60代ほどの小太りでちょび髭を生やした男性が歩いている。
ルーシーは「ちょーちょー!」と叫びながら手を振り、その男に向かって走りだした。
「おや、ルーシーじゃないか。昨日リンドルさんが探してたぞ。さてはまた悪戯したな」
「え!? リンドル先生が……怒ってるかな~」
ルーシーがしょぼくれていると、ミレノアールがその横にやって来た。
「こんばんは。俺は……いや失礼。私の名前はミレノアール。しがない魔法使いです。この子が外で迷子になってたんで、この街まで連れてきたワケですよ、ハハハッ」
町長に対して突然、言葉遣いを変えたミレノアールを見て、ルーシーはクスクスと笑っている。
「そうでしたか。それはどうもありがとうございました。私はこの街の町長をやっとります『ジルバト』と申します。ルーシーはいくつになってもお転婆で困ったもんですわい。ガハハハッ」
それを聞いたミレノアールは、横目でルーシーを見るとお返しとばかりに笑いを堪えてみせた。
「町長! 余計なこと言わなくていいよ!」
ルーシーはほっぺたを膨らませて怒っている。
「ところで町長、この街のことなんだが……」
そこまで言ってミレノアールは、口調が戻ったことに気付いたがそのまま続けた。
キャラに似合わないことはするもんじゃない。
「歴史のある街のようにも見えるが、それにしては人口も建物も少ない。いや建物に関しては不自然なほど崩壊している感じだ。お節介かも知れんが、この街に何かあったのか?」
「この街ですか……ご存知ないということは、ミレノアールさんは、アルバノン王国出身のお方ではありませんかな?」
「いや、この国に生まれはしたが……まあワケあって最近の事情は全く知らないんだ」
「そうでしたか。この街は10年前に一度……滅びております」
ジルバトは自分の弛んだアゴをさすりながら、遠い目をして答えた。
「滅んだって、どういう意味だ?」
「そのままの意味です。10年前に大きな災害に合いまして、街全体が壊滅したんです。それはもう悲惨な状況だったと聞きました」
「災害? これほどの街が災害一つで滅んだっていうのか? いったい何があったんだ?」
「それが未だにわからんのです。私も当時は王都におりましたので、それを知ったのは災害が起きたという次の日、新聞で知ったくらいです。生き残った方々の話では、真夜中に気付いたら辺り一面火の海だったとか、隕石のような火の玉が空から降り注いでいたとか……また別の者は、至る所で大地が裂け竜巻が発生していたと……私がこの街にやって来たときはもう、街と呼べるようなものではありませんでした」
(災害というより魔法に近いと思うのは考え過ぎか……?)
ミレノアールは直感的に思いを巡らせた。
「そうか……大変だったんだな。町長もこの街出身なのか?」
「ええ。生まれはこの街です。このスティーレという街は元々、ウィ、ウィザー……なんと言いましたっけ? 魔法使いや魔女の方々の呼び名」
「『魔力を持つ血統』か?」
「そうそう、『魔力を持つ血統』。その一族が公爵領として治めておりました。アルバノン王国の領地ではありますが、とても栄えた歴史のある良い街だったんです」
「『魔力を持つ血統』の一族?」
「ええ。スティレット家という一族でした。この街の名も、スティレットという名が由来と聞いております」
――――『スティレット家』
ミレノアールは、最近聞いたはずのその言葉に一瞬困惑した。
記憶を呼び起こそうと頭を抱える。
(そうだ。昨日クロエが話してた。確かアルバノン王国と魔法協会の戦争に関わっているとか……)
「それでそのスティレット家は今どこに?」
「それが10年前のその災害で街と共に一族諸共、滅んでしまったらしいんです」
「まさか……そんな」
ミレノアールは驚きを隠せなかった。
自分が地下の牢獄に幽閉されていた間に、目と鼻の先でそれほどの出来事が起きていたのだ。
「ねぇ~。先に行ってていい?」
大人の会話に飽きたのか、それまで横でつまらなそうにしていたルーシーが口を開いた。
「ああ。先に行っててくれ、ルーシー」
それを聞くが早いか、ルーシーは一人で孤児院に向かって歩き出していた。
「これ以上ミレノアールさんのお手を煩わせるわけにはいきませんよ。ルーシーは私が連れていきましょう」
ジルバトは町長としての責任を果たすかのように胸を張って申し出た。
「いや、いいんだ。ルーシーの先生にちょっと話があってな。ベルコ・リンドルっていうんだけど」
「ああ、リンドルさんですか! あの方はこの街の復興に大変尽力なさってくださいました。聞くところによると災害があった次の日にはもうこの街に来ていたんだとか。私なんてその半年も後だったのに。本当はリンドルさんに町長を任せたかったんですが……」
「リンドルは断ったのか?」
「ええ。リンドルさんは、自分にその資格はないと。街の復興に協力することは、自分にとっての贖罪なのだと。そう仰ってました」
「贖罪……か」
「災害でこの街が滅んだ後、最初に孤児院を作りまだ赤子だったルーシーを育てたのもリンドルさんだと聞いております」
魔導士ベルコ・リンドルとルーシーの封印は必ず関係がある……はず。
そして10年前この街に起こった災害とスティレット家という『魔力を持つ血統』の一族、これにリンドルが関わっているとすれば……。
――――『ヴァルプルギスの夜』とは、ある一族に付きまとう災厄の総称じゃ――――
ふいにエルフの予言者ポポスの言葉がミレノアールの頭をよぎった。