名もなき森と新しいホウキ
【前章のあらすじ】 エルフの里で少しだけ魔法を覚えたルーシー。一方ミレノアールは、エルフの予言者ポポスの言葉が心に引っ掛かっていた。そして二人の知らないところで魔法騎士団副団長のレイヴンという男が密に動き出す。エルフの里から戻った二人は、ルーシーの封印の謎を知るべく、魔導士ベルコ・リンドルに会いにスティーレという街に向かうのであった。
パウルの空間魔法から出来た異空間を抜けると、そこには名もなき森があった。
ルーシーが育った、『スティーレ』という街の南に位置する森なのだろう。
時刻は太陽が真上にあることから、正午に近いか少し過ぎたくらい。
木々に程よく遮られた日差しが気持ちいい。
ルーシーは、その木漏れ日にマシェリから貰った青藍の精霊石を当てた。
光の屈折でキラキラと輝くのが気に入ったらしい。
「無くすなよ。エルフが精製した精霊石ってのは、とても貴重なんだからな」
ミレノアールは、隣で無邪気にはしゃぐルーシーに注意を促した。
「貴重?」
「ああ。売れば10年は遊んで暮らせるぞ」
「う、売らないよ! 私の宝物だもん」
ルーシーは、大事そうにその精霊石を両手の中に収めた。
「じゃあ、そんなルーシーにもう一ついい物をやろう」
ミレノアールは、そう言うと右手の指をパチン!と鳴らした。
すると目の前に質素だが真新しいホウキが現れた。
「わあ! 新しいホウキ!? どうしたの、コレ?」
「昨日の夜な、お前たちが寝たあと作ったんだよ。おかげで寝不足だけどな」
「ありがとう! 師匠!」
ルーシーは真新しいホウキを受け取ると空に掲げ、嬉しそうにマジマジと見つめた。
そんなルーシーを見て、ミレノアールはさらにドヤ顔で話を続ける。
「そのホウキの芯に使われてる木材はな、なんとあの聖樹マリアリベラの枝なんだぞ! ポポスのじいさんに頼んで分けてもらったんだ」
「あの大きな木? すごい!!」
「じいさん曰く、聖樹マリアリベラから作ったホウキを持つ人間なんて、世界中探してもルーシーくらいなんじゃないかってさ」
「すごい! すごい! 師匠ー、ありがとう!」
ルーシーは嬉しさのあまりミレノアールに抱き着いた。
ミレノアールは思わず照れてしまう。
「おいおい、はしゃぎ過ぎだ。物だけ一人前じゃダメだぞ。」
「うん。そうだね! じゃあ飛ぶ練習する!」
ルーシーは昂る気持ちを抑えながら、早速そのホウキに跨った。
「待て、待て。練習するならもっと見晴らしの良い所にしろ。森の中じゃあ枝にぶつかっちゃうぞ」
「そっかー。じゃあ師匠のホウキに乗って木の上を飛べば、あっという間に森を抜けられるかな」
ルーシーは手をポンっと打って提案した。
しかしミレノアールは上を見上げると、辺りの木々を見渡した。
「ルーシー、上を見てみろ。カラスがいっぱいいるだろ。こういう森は静かに抜けた方がいい」
「どうして?」
「魔法使いの勘だ」
「カン?」
確かにその日その森にはカラスが多かった。
たかが勘、されど勘。魔法使いや魔女というのは、元来そういうものを信じている。
「そんな大きな森でもなさそうだし、歩いていくか」
ミレノアールの言葉に、ルーシーは元気よく「うん!」と答えた。
新しいホウキがよっぽど嬉しかったのか、はたまた魔法を使えるようになったからか、いつにも増して機嫌がいいようだ。
二人は北に向かってゆっくりと歩きだした。
ミレノアールの言う通り、この森はそんなに大きくはなく、歩き出すと程なくして辺りから木々が減っていった。
森の出口が見えるとルーシーは、はやる気持ちを抑えきれず走りだした。
「師匠ー! 早く、早く!」
「コケても知らんぞー!」
言ったそばから木の根っこに足を取られてドテッと転ぶルーシー。しかし、立ち上がって両膝をササっと払うと何事もなかったかのように再び走り出した。
森を抜けるとそれまで遮られていた日差しがパァーっと目に飛び込む。
そこには見渡す限りの草原が広がっていた。それはまるで大海原のように、清々しいほど続く緑。
爽やかな風が草原を優しく撫でるように吹いている。
「師匠、ここならホウキで飛ぶ練習していい?」
「ああ、いいぞ! 目一杯頑張れ。ただし夕方までには街に着きたいからあと2~3時間だな」
「わかったー」
ルーシーは、森の出口からさらに遠ざかるように走っていった。
「今度はちゃんと飛ぶとこ見ててよね、師匠ー」
「そう言えば、昨日は気付いたら浮かんでたもんな。今日はちゃんと見ててやるよ」
ルーシーは、聖樹から出来た真新しいホウキに跨ると、「えへへ」とミレノアールに笑顔を見せた。
「あんまり高く上がるなよ。助けに行くのが大変になるから」
「どれくらい上がればいい?」
「そうだな。まずは50センチも浮けばいい。それから下がる練習。上がる下がるが出来るようになったら徐々に高さを上げていけばいい。そんでその次は前に進む練習だ」
「わかったー。想像力と集中力だったよね」
「そうだ。あと目は瞑るなよ」
ルーシーはホウキに跨ったまま「スー、ハー」と大きく深呼吸をした。
高まる集中力に体が軽くなっていく。
昨日同様、足が地面から離れる感覚。そして昨日とは違い、目を開けているから少しづつ目線が高くなるのが分かる。
ルーシーは少し浮いたところで自分にブレーキをかけるように意識した。
「おお! ちゃんと浮いてるぞ、ルーシー!」
「うぐぐぐぐー」
しっかり浮いているルーシーを見て、昨日と同じく驚いて見せるミレノアール。
しかしどうやらルーシーは、まだ浮いた状態では会話が出来ないようで、集中力を切らさないように必死な様子を見せていた。
「そのまま、ゆっくり下がってみろ。集中力を切らすなよ」
ルーシーは、ゆっくりと下がっていく自分を想像した。
徐々に低くなる目線と、つま先が地面に触れる感覚。
足の裏が完全に地面に着いたことを確かめるとルーシーは、「ふぅ~」と大きく息を吐いた。
「出来た! ちゃんと降りられたよ!」
「ああ、いい感じだ。今日はその繰り返しの練習だな」
「少しづつ高さを上げていけばいいんだよね!」
「あんま無理するなよ。魔力だって無限じゃないんだからな」
「うん。分かってる。でも……少しでも魔法を見せたいんだ、リンドル先生とオリビアに」
「オリビアって誰だよ?」
「孤児院でいっしょだった親友」
「そっか。二人ともビックリするだろうな。ルーシーが魔法を使えるようになってて」
「うん。だからもう少し頑張る」
ルーシーは、やる気満々で再び修業に戻った。
その姿を見ながらミレノアールは横になると肘を立てて手のひらに頭を乗せた。
「ふあ~」と欠伸をすると、暖かな日差しと爽やかな風が眠気を誘う。
ウトウトする師匠をよそに、ルーシーは上がって下がってを繰り返し、少しづつその高さを増していくのであった。