エルフの里と美女マシェリ
仮面を外したその姿は一見すると20歳前後の美しい女性だった。
見た目において普通の人間との違いといえば、エルフの特徴でもある尖った耳くらいだ。
そんなマシェリだが先ほどまでとは打って変わり、今はその美しい顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。
「うっ、うっ……ミレ様が生きておられたなんて、こんな嬉しいことはないです。ミレ様が処刑されたという噂がこの里にも流れて来ましたので……もちろん私はそんな噂、信じておりませんでしたが、100年も音沙汰なしだと……どれだけ心配したことか……うっ、ううっ」
「ちょっ! 何も泣くことないだろ。心配かけて悪かったよ」
申し訳なさそうにマシェリの頭をくしゃくしゃっと撫でるミレノアール。
それはマシェリの思わぬ号泣に慌てふためきながらも、クロエ同様自分のことをこんなにも心配してくれる人がいることに感動していた。
そしてほんの数日前までは暗い地下の牢獄に幽閉されて、「もう死にたい」と思っていた自分を情けなく思えた。
「ねえ、ねえ、師匠ー。このお姉さんと知り合いなの?」
そんなミレノアールの心の内を知ってか知らずか、ルーシーが不思議そうに覗き込む。
「ああ、ずいぶん昔のことだけどな。訳あって少しの間いっしょに旅をしてたんだ。エルフってのは生まれながらにして凄い魔力を持っているんだぞ!」
それを聞いたルーシーは目を輝かせてマシェリを見た。
「ちょっとミレ様!? 師匠ってどういうことですの? まさかこんな小さな子供を弟子に?」
今度は驚きが混じった泣き顔のマシェリが覗き込む。
「まあこれにも色々あってな。それにマシェリだって当時は、ルーシーくらいの年齢だったろ」
「エルフは人間とは成長の速度が違いますもの。あの頃でもミレ様と同じくらいの歳でしたわ」
「あれ? そうだっけか? 俺はてっきり10歳くらいだと思ってたよ」
「やっぱり師匠はロリコンなんだね!」
ルーシーはまるで悪戯っ子のように「イシシシッ」と笑った。
「おいおい、勘弁してくれよ。どっちも無理やり付いて来たようなもんだろ」
ミレノアールは「心外だ!」と言わんばかりに否定した。
「エルフのお姉さんも師匠の弟子だったの?」
「そうよ、ルーシーちゃん。つまり私はあなたの姉弟子ってわけね」
「あねでし……?」
「ミレ様の弟子として、私はルーシーちゃんと姉妹ってこと。これからは姉御って呼びなさい」
「おおっ! アネゴー!! アネゴー!!」
ルーシーはなぜだか嬉しそうに姉御という言葉を連呼している。
「ところでマシェリ、以前ここに『クロエ』という魔女が来なかったか?」
「クロエ? ええ、クロエなら何度か来ていますわ。最初は私とケンカになって幾度となく殺り合いましたけど、そのうち意気投合して今では親友ですわよ。ふふっ」
「少年漫画かよっ! なんだかその様子が容易に想像出来るな。確かに二人とも似てる部分があるわ……で、クロエは何でここに来てたんだ?」
「クロエは我らが里の『予言者ポポス様』に会いたがってました。でも結局クロエとポポス様がお会いになることはなかったようです。ポポス様は極度の人間嫌いですので……。ミレ様はクロエとお知り合いでして?」
「ああ、クロエは俺の妹なんだ。」
「えっ!? ……ええー!!!」
どうやらマシェリはミレノアールとクロエが兄妹であることを知らなかったようで、それは当然マシェリにとって驚愕の事実であった。
おそらくクロエもマシェリがミレノアールと古い知り合いだなんて思ってもみなかっただろう。
マシェリの驚く表情をよそにミレノアールは平然と話した。
「予言者か。エルフの予言者は人間界でも有名だからな。もちろん俺も会ったことないが」
「予言者って何ー?」
「んー? 魔力によって未来を見ることが出来る人だ。いや今回は人じゃなくてエルフだけどな。で、その予言ってのがえーっと、何だっけ?」
「はい。掻い摘まんで言うと『今日この里へやって来る魔力を持った人間が、いつか世界を滅ぼすだろう』と言うものでした。だから私たちは警戒してこの場所で待ち構えていたのです。それがまさかミレ様だなんて思いもよりませんでしたけども」
「なるほどな。……うーん」
ミレノアールはしばらくその場で考え込んだ。
「ところでルーシーちゃん……」
考え込むミレノアールをよそに、マシェリはこっそりとルーシーに耳打ちした。
「さっきのミレ様のあれ……何? 一瞬だけ魔力が爆発するみたいに上がったけど、その時以外はまるでそこら辺にいる魔法使い、いやそれ以下の魔力しかないみたいなんだけど……」
「師匠はね、長い間ずっと捕まってたらしいの。悪い魔法使いに。それでね、えーっと、ファレル様っていう悪魔と契約して『不死身』になってね、それから……」
「ちょ、ちょっと待って! 『不死身』って何?? 全然わからないわ」
「私もよくわからないんだよね。師匠と会ったのもちょっと前だし」
「そ、そう……」
10歳の女の子にこれまでの経緯を説明しろと言うのは無理があったのか。
少なからずややこしい事情があるということはマシェリにも察しがついた。
「なあ、マシェリ。俺もそのポポス様っていう予言者に会いたいんだが。その予言のことも気になるし」
黙り込んでいたミレノアールが急に口を開いたので、マシェリは少し驚いた。
「ポポス様に会えるかどうかはわからないですけど、予言のこともあるし里には来てもらいます。しかし皆の手前もしかしたら拘束されるかも……です。私が他のエルフたちを説得出来ればいいんですが」
マシェリは俯きながら申し訳なさそうに呟いた。
すっかり忘れていたが、今はミレノアールを捕らえようとするエルフたちに囲まれているのだ。
「やれやれだな。世界を滅ぼすかどうかは別にして、とりあえずエルフの里に向かうとするか」
「レッツゴー!!」
「楽しそうだな、ルーシー」
そうしてミレノアール一行はエルフの里に向かうのであった。