迷いの森
【前章のあらすじ】 ルーシーの育った孤児院の先生とクロエの師匠が同一人物だと知る。その魔女の名はベルコ・リンドル。運命に導かれるように、その謎を確かめようとする一同。が、その時アルバノン王国・魔法騎士団からの追手がミレノアールに迫り来る。そしてクロエの空間魔法で作られたゲートにより、ミレノアールとルーシーは異空間を抜け、不思議な場所へと迷い混んだのだが……
ミレノアールはルーシーを抱えたまま、クロエのゲートから異空間へと入っていった。
ゲートの入り口から別の場所へ行くための出口へは、異空間を通らなければならない。
「師匠、ここはどこなの? ううー、なんだか目が回りそうだよ。」
空間が歪んで見えるこの場所は、ルーシーにとって初めてだったようで戸惑っている。
「クロエの魔法によって作り出された異空間だ。すぐに出口だからちょっとの間、目つぶってろ」
ルーシーはミレノアールの袖を掴んでギュッと目を閉じた。
「どこへ行くの?」
「さあな。俺にもわからん。おそらくクロエがここを通って最後に行った場所だろう。」
ミレノアールはクロエを残してきたことが心配でならなかったが、今はクロエを信じて前に進むことを決めた。
「ほら、出口が見えたぞ!」
ルーシーはゆっくり薄目を開けてみる。すると前方に眩く光る出口が見えた。
「わぁ!」
「飛び込むからしっかり掴まってろ。」
ルーシーは先ほどより強くミレノアールにしがみついた。
光の出口に飛び込むと一瞬 ――――パアッ―――― と目の前が真っ白に輝く。
ミレノアールたちは気付くと地上に立っていた。
「……どこだ……ここは?」
辺り一面、霧に覆われていて数メートル先ですら見えない状況だ。
しかしよく見ると周りは大きな木々に囲まれている。
どこかの森のようだが……。
「すごい霧。師匠……なんだか怖いよぉ」
霧のせいで薄暗い森は、不気味な雰囲気を醸し出していた。
ルーシーはミレノアールの後ろに隠れながら左足にしがみついた。
「なあファレル、ここがどこだかわかるか?」
ミレノアールは悪魔のファレルに聞いた。
「いや、オレ様にもここがどこだかわからん。だが、オレ様のような悪魔には相性の悪い場所のようだ」
「悪魔と相性が悪いってどういうことだよ?」
「どうもこの霧だか森だかがオレ様の魔力を蝕んでいるようだ。人間界で言えば『神聖な場所』って感じだな」
「神聖な場所か……。以前クロエが来ていたなら、なにか魔法に関する場所かもな」
「ミレ、とりあえずオレ様は一旦この世界から消えさせてもらう。この場所は気持ち悪くて敵わん。この森を抜けられたら呼べ。気が向いたら戻ってきてやる」
「ああ、わかったよ。じゃあな、ファレル」
「バイバイ、ファレル様!」
ファレルの炎がスッと消えた。
「わしは平気やで!」
ミレノアールのローブの中からピョンと、かぼちゃのぬいぐるみジャックが出てきた。
「あっ! ジャックだ!」
ルーシーは嬉しそうにジャックをギュッと抱きしめた。
「そういやお前もついて来てたんだったな」
「当たり前や。わしがおらんとルーシーはんを守れんからな!」
「だからなんでそんなに偉そうなんだよ……」
ミレノアールは呆れた顔でジャックを見る。
「ジャックは、いてくれるだけでいいの」
先ほどまでの不安そうな表情が少し明るくなったルーシーを見て、ミレノアールは少しホッとした。
「よし、ここにいてもしょうがないから人がいないか探してみるか」
ミレノアールは指をパチン! と鳴らした。
しかし何も起こらない。
「あれ、おっかしいな」
もう一度指を鳴らす―――― パチンッ!
静かな森に音だけが響く。
「師匠……どうしたの?」
「ホウキが出ねぇんだよ。空からなら霧も晴れてここがどこだかわかると思ったんだが……。まさか……」
ミレノアールは空を見上げた。
「こりゃあ『魔力を持つ血統』用の結界だな……。魔力を制限されているっぽい。仕方ない、歩いていくか」
ミレノアールはゆっくりと辺りを見渡す。
微かだが人が通った形跡のある道を見つけた。
「ねえ師匠、前がよく見えなくて歩きづらいよぉ~。手繋いでいい?」
「しょうがねえな。ほら。」
ルーシーの歩幅に合わせるように、二人はゆっくりと歩き出した。
しばらくするとルーシーは突然、元気よく歌いだした。
「ある~ところ~に~♪ ひとりの~魔女が~♪ おりました~♪」
「……なんだその歌は?」
「怖いときは不安になったときは、歌うといいんだよ。リンドル先生が言ってた」
「……変わった歌だな。」
「うん。勇者の歌。これもリンドル先生が教えてくれたの。――――その魔女は~秘められた~ちからで~♪ 世界を~滅ぼそうとする~大魔王を~♪」
歌いながらしばらく歩くと霧が少し晴れてきて辺りを見渡せるほどになってきた。
気付くと足元の道幅は広がり、明らかに何者かによって作られた道へと変わっていた。
「気をつけろ、ルーシー。少し前から誰かに見られてる気配を感じる」
「もしかしてクロエさんとか?」
「クロエだったら隠れたりはしないだろう」
ミレノアールは視線を感じる方向に目をやった。
「隠れてないで出て来てくれないか。俺たちは敵じゃない。この森に迷い込んでしまっただけだ」
ミレノアールが大きな声で叫ぶと、木の陰からガサガサと人が現れた。
それは一人や二人じゃなく、十数人はいるようだ。
彼らは見慣れない民族衣装に奇抜なペイントを施された仮面を被っている。
大きさもまちまちで2メートルを超える者もいれば1メートルに満たない者もいる。
だが例外なく皆、武器を持っていた。
「ひぇ!!」
ルーシーは見たことのない風貌の人々に驚き、思わず尻もちをついた。
「まずいな。こいつらエルフだ。 ……今頃思い出したよ。ここはエルフの森だ。」
ミレノアールは腰に差した剣を鞘から抜いた。