クロエの結界と大男のガルス
ルーシーが書庫に戻った後も、その場には重い空気だけが残っていた。
しばらくしてようやくミレノアールが重い口を開く。
「なあ、クロエ。やっぱりルーシーの封印を施したのはお前の師匠なんだろうか?」
「分からないわよ、そんなこと。 ……その可能性はあるだろうけど」
クロエは俯きながら小さな声で呟く。
「ただ……ベルコ師匠がルーシーの近くにいて、あの封印に気付かないはずがない。ルーシーに黙っていたのなら、何かしらの理由があったはずよ。封印を施したのが師匠であっても、なくてもね」
「だが幼い少女にそんな封印を施す理由が見当たらないだろ。仮に、もしそれだけの魔力が備わっているんだとしてもベルコ・リンドル程の優秀な魔導士が近くにいれば、将来は偉大な魔女に育てることも出来たはずだ。ルーシー本人にも魔女になりたいという思いがあるんだからな」
「だから私に言われても分からないわよ! ……だけど、これだけははっきり言える。私の師匠は理由も無しにあんな魔法を使うはずがないわ」
「ああ、そうだな……すまなかった」
いくら考えたって事実を突き止めない限り答えはでない。お互い感情的になり、声を荒らげたことを反省した。
辛いのは他でもないルーシー本人であると分かっているからだ。
――――そんな時だった
クロエが何かを感じたかのように立ち上がった。
「私の結界に何者かが侵入したわ! こっちに向かってる」
「クロエの知り合いとかじゃないのか?」
「お兄様じゃあるまいし、私の縄張りに『魔力を持つ血統』が不法侵入なんてあり得ないわ」
「じゃあ、もしかして俺を探しに来たアルバノン王国のやつか」
ミレノアールの表情が急に険しくなる。
「私とお兄様が兄妹だと知っている人間がいるとも思えないけど……その可能性はあるわね。お兄様はとりあえず地下に隠れていてちょうだい」
「気を付けろよ、クロエ」
「分かってるわよ。お兄様は自分の心配だけしていればいいのよ。あと……何かあったら地下の書庫の奥に、別の場所に繋がるゲートがあるわ。私の空間魔法が施してある。いざとなったらそこから逃げてちょうだい」
クロエは薄いピンク色をしたお気に入りのマントを羽織ると出口に向かった。
ミレノアールはクロエを見送ると地下へ繋がる階段へと向かった。
「お~い! わしもルーシーはんのとこ、連れてかんかい」
部屋の奥からカボチャのジャックがピョンピョンと跳ねながらやって来て、ミレノアールの肩に乗った。
「ご主人様とルーシーはんを守らなあかんねん」
ミレノアールとジャックは地下のルーシーのもとに向かうため階段を降りた。
クロエは扉を開けて外に出ると、使い魔であるドラゴンのマカロンが鼻息を荒くしてクロエを待っていた。
「クロエ様、何者かがこっちにやって来ますだ!」
「ええ、なかなか強い魔力を持ってるみたいね。敵だったら厄介だわ」
クロエはビリビリと強い魔力を肌で感じた。その力が段々、近づくのがわかる。
そうしているうちにクロエ達の目の前にホウキに乗った一人の魔法使いが現れた。
「残念ながら知り合いではなさそうね。嫌な予感が的中しそうだわ」
クロエはその場で「ハァ~」と大きくため息をついた。
「お前がクロエ・ホワイト・ノワールか?」
身長2メートルはあるかというほど大男の魔法使いは、突然ぶっきらぼうに口を開いた。
「ええ、そうよ。あなたは?」
「俺の名は『ガルス・ジャッジ』。アルバノン王国の魔騎団の者だ。お前に聞きたいことがある」
「あらあら、王国の魔騎団様がこんなところまで何の用かしら?」
「貴様、ミレノアールという人物を知っているな?」
「ミレノアール? さあ、初めて聞く名前だけど?」
クロエは動揺を悟られないように平然と答えた。
「そんなはずはない。貴様が最北の城にまで、奴に会いに行っていたという情報がある」
「人違いでしょ? そんな男知らないってば! 私、忙しいんだけど、もういい?」
「ふふん、俺は『男』とは言っていないぞ! 貴様やはり何か知っているな! 家の中を見させてもらうぞ」
ガルスはそう言うと、クロエを押し退けて家に入ろうとした。
「ちょっと止めなさいよ。勝手に入るなんて許さないわよ!」
「許さないだと? 俺は王国から遣わされている。貴様がもしミレノアールを匿っているのならそれは重罪だぞ。ミレノアールが見つからない場合は、クロエ・ホワイト・ノワール、貴様を連れてこいとも言われているんだ。従わない場合は半殺しにしてもいいんだぞ!」
ガルスは威圧感を押し付けるように言い放った。
「ふん! 相変わらず王国の奴等は自分勝手でめちゃくちゃね! 私の家に無理矢理上がろうとするのなら、こっちこそあんたを半殺しにしてやるわ!」
クロエも負けじとガルスを見上げるように睨み付けた。
「ふはははっ! 面白い女だな。いいだろう、王国の魔騎団相手にケンカをするとどうなるか思い知らせてやろう」
ガルスはそう言うと、魔力を解き放ち自分の全身から炎を噴き上げた。