クロエの師匠とルーシーの先生
その写真の人物は、20代半ばの女性で長い黒髪と赤ぶちの眼鏡が印象的だ。
とんがり帽子がいかにも魔女といった感じだが、純白のローブのせいかとても清楚に見える。
クロエは師匠と言ったが、ルーシーにとってもよく知る人物であるのは間違いなかった。
「私の師匠があなたの先生って、いったいどういうことなの、ルーシー?」
「うん。この写真の人……リンドル先生は、私が育った孤児院の先生なの。写真の方が少し若く見えるけど、この赤いメガネ、間違いないよ!」
「そんな偶然……いや、でもベルコ師匠が姿を消したのが10年前。その頃からルーシーの孤児院で働き出したってことかしら。でもいったいなんで?」
クロエは未だに信じられないという表情をしている。
「ベルコ・リンドル……そうか、やっと思い出した! リンドルってあの魔導士リンドルか!? ルーシーに最初に聞いた時から引っかかってはいたんだ。クロエもなかなかの大物魔女の弟子だったんだな」
ミレノアールは古い記憶を懸命に思い出した。
「まどうし??」
ルーシーはキョトンとした顔で見上げる。
「魔導士って言うのはな、世界の『魔力を持つ血統』の中でもさらに限られた者だけに与えられる称号みたいなものだ」
「昔はお兄様もその一人だったのよ。もう今は、とっくに剥奪されてると思うけど。あと魔導士にはそれぞれ異名みたいなものがあってね、お兄様は『世界の終わりを告げる魔法使い』と言われていたわ。私の師匠ベルコ・リンドルは『世界の秩序を保つ魔女』よ」
「なんか長くてよくわかんないや。でも師匠もリンドル先生も凄い魔法使いだってことはわかったよ! リンドル先生なんて私の前ではちっとも魔法使ってくれなかったのに」
ルーシーは、驚きと嬉しさと少しばかりの怒りが混ざったような複雑な表情で、ほんの少し前までいっしょに暮していた先生のことを思い出していた。
「でもちょっと待てよ。クロエが昨日言ってたルーシーの封印って……」
「……ええ。私もすぐにその可能性が浮かんだわ」
ミレノアールとクロエはお互いに顔を見合わせて、意図を感じ取ったようだ。
ルーシーだけは理解出来ずキョトンとしている。
「二人ともどうしたの? 急に黙っちゃって」
「ルーシー……私が昨日言った封印のこと覚えてる?」
「うん。私が魔法を使えないのは、その封印のせいなんだよね。なんでかわかんないけど、すごい封印だから解くのも難しいって……」
「そうよ。そして私の見解では、あの封印を解けるのはあの封印を施した者、もしくは私の師匠クラスの魔導士だけよ。封印に関する造詣が深い人だからね」
「あ! じゃあリンドル先生ならこの封印が解けるってこと? リンドル先生に頼めばいいんだね!」
「う、うん……もちろんそうなんだけどね」
クロエは口ごもった。
ルーシーにどう説明すればいいのか悩んでいた。
それは下手すればルーシーを傷つけてしまうと思ったからだ。
「ルーシー、俺とクロエの考えではそう簡単じゃないと思っている。魔導士リンドルがルーシーの孤児院の先生だったこと、そしてルーシーの封印。これが偶然の出来事だとはどうしても思えない」
ミレノアールが代わりに答えた。
「師匠、クロエさん……偶然じゃないってどういうこと?」
「ああ、ルーシーにその封印を施した人物こそが魔導士リンドル……お前の先生なんじゃないかってことだ」
「ウ、ウソだ……」
ルーシーは思いもよらないミレノアールの答えにたちまち顔色が悪くなった。
「お兄様、まだそんな予想の段階で決めつけるのは良くないですわよ。ルーシーだってほら……」
「ああ、ワリィ……確かに可能性の一つに過ぎない」
二人はルーシーを見てバツの悪そうな顔をした。
「信じられないよ! どうしてリンドル先生が私から魔法を奪うの!? 私が魔女になりたいの知ってるはずなのに!」
ルーシーはポロポロと涙を流しながら訴えた。
それまで一番近くにいた親代わりのような存在の先生が、まさか自分が魔法を使えない理由であったなんて、ルーシーにとっては封印そのものよりもショックだったのだ。
「何はともあれ、まずはベルコ師匠に話を聞くのが良さそうね」
「私、嫌だ……今はリンドル先生には会いたくないよ」
ルーシーはそう言って涙を拭うと、また地下の書庫へと走って行った。